Makiko Hirata


US-ジャパンリーダーシッププログラムのご縁でお会いすることの出来た退蔵院副住職でいらっしゃる松山大耕さんの記事です。音楽家として、皆さまの心により寄り添った活動をするにはどうすれば良いのか試行錯誤をしている自分にはとても考えさせられる記事でした。 「孤独死」は本当にいけないことかこの度、京都新聞夕刊一面「現代のことば」で1年間連載をさせていただくことになりました。40名ほどで週末を除く毎日交代で担当するので、だいたい年に7回ほどの連載になる予定です。初回ではありますが、… Posted by Daiko […]

皆さまの心に寄り添った音楽活動とは?


FMブルー湘南で毎週土曜日の朝10時半から放送されているクラシック音楽番組「スカッとスカぴあ」。横須賀ゆかりのピアニストグループ、スカぴあメンバーが交代で担当しています。今月は私。2週目の昨日の放送では、この夏リリースされたアンサンブルMATIMA(Matima.org)のアルバム「100年:初期ベートーヴェンと晩年のブラームス」についてお話ししました。 ご購入はこちらから!CD本体をご注文いただけるほか、ダウンロードも可。サンプル音源も在ります。https://store.cdbaby.com/cd/matima 放送用の原稿です。 『横須賀ゆかりのピアニストグループ、スカぴあメンバーが送るクラシック音楽番組「スカッとスカぴあ」の時間です。今月はヒューストンからスカぴあメンバーの平田真希子がお送りします。 私はほぼ2~3年おきにソロ・アルバム・リリースすることを自分に課して来ました。そして本当にお陰様で今年の夏7枚目をリリースすることが出来ました。最新アルバムは題して「100年:初期ベートーヴェンと晩年のブラームス」。1794年に書かれたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第一番と1895年に書かれたブラームスのピアノとクラリネットのためのソナタ作品120をおさめています。 […]

MATIMAのアルバム・リリースを「スカッとスカぴあ」でラジオ放送!


8月5日(土)の10時半からFM湘南ブルーで放送されたクラシック音楽番組「スカッとスカぴあ」を担当していました。7月27日にUS-Japan Leadership Programの一巻として初めて広島に行っていた私は、その時の話と人間の強さと愛おしさについて話しました。 上で放送をお聴き頂けます。US-Japan Leadership中のカラオケの大音量をも制する大声で大議論を戦わせたりしていたので、声がつぶれています。 […]

原爆記念のラジオ放送…



横須賀ゆかりのピアニストグループ、『スカぴあ』の創始者メンバーとして2011年に活動を始めた。 日本での演奏活動をずっと共催してくださっていた「世界で活躍する音楽家を応援する会」が横須賀拠点と言うだけの、メンバーの中でも一人だけ横須賀出身で無い、しかも在外の、お味噌の様な存在の私。 でも色々一緒に仲間としてやってきた。 その活動の一部。 FMブルー湘南78.5MHzで毎週土曜日朝10時半から放映されているクラッシック音楽番組『スカッとスカぴあ』。6月3日に私の日本での演奏活動の宣伝も兼ねて、出演させていただきました。その時書き起こした原稿をここに今日は挙げさせていただきます。 […]

遅ればせながら...6月3日にラジオ放送された原稿です。


今年の日本での活動では3週間で実に600人以上の聴衆の方々と音楽交流することが出来ました。 感謝の念に堪えません。 昨晩最後の「『天上の音楽』vs.地上の英雄」を武蔵境にあるギャラリー「静」で弾き終え、今日ヒューストンに発ちます。 また行ってまいります。長い間、ありがとうございました。 飛行場では溜まっているメール、飛行機の中では読書と爆睡に励みます。 […]

今年もありがとうございました。行って来ます!


日本に帰って来る度の楽しみには色々(食!)あるが、乱読もその一つである。平田家はみんな本が好きなので、帰ってくるとすでに両親からの「推薦読書」が結構ある。妹が漫画をシリーズで図書館から借りておいてくれてある時もある。今年は特にUS-Japan リーダーシップ・プログラムへの参加を来月に控えて、みんなの推薦読書がより硬派になっている。私の音楽馬鹿さ加減を一か月で解消しよう、と言う野望には無理があるが、でも面白く・ありがたく読み進んでいる。 今日のブログには今年の直木賞受賞で話題になった、国際ピアノコンクールを描いた小説「蜜蜂と遠雷」について書きます。この本は私の演奏に来たお客様にも意見を求められるほどだった。今朝読破。小説の中心になる4人の登場人物がコンクールに勝ち残れるのかどうか、気になってぐいぐい読んでしまう。まず第一印象から言うと、この小説はバレーを題材にした少女漫画(例えば有吉京子の「スワン」)によく似ているな~、と思った。そしてピアニストとしてピアノ・レパートリーの描写をどう思うかと聞かれると、私は筋を折う事に専念して、特に小説の終わりの方はそう言う所は読み飛ばしている自分を発見した。一般のお客さんには「ピアニストは演奏中何を考えているのか」と言う興味に、夢が出て、この小説のお陰でクラシックの人気が高まるのかも知れない。そうすれば私もうれしい。今回の帰国で、家族の気遣いが例年より細やかなのも、もしかしたらこの小説のお陰なのかもしれない。私がこの小説で一番共感したのは、「練習と言うのは掃除に似ている」と言う所である。曲(家)が小さければ、掃除も簡単。でも局(家)が大きくて、構造が複雑であればあるほど、その家をきれいな状態に保っておくことが難しくなってくる。一か所をきれいに保つことを集中すると、他がいつの間にか汚くなっている。でも、段々効率よくその家をきれいにすることをマスターするとやがて、花を飾ったり、特別にぴかぴかに磨いたりして、自分らしさを演出することが出来るようになる。この描写は(そう言う云い方もできる!)と深く共感した。それから本番前と演奏中の緊張の描写。特に三次予選トップバッターがプレッシャー負けして暴走する部分は、凄い洞察力・描写力だと思った。恩田陸は幼少からピアノを習い、大学時代にはビッグバンドでのサックス演奏経験などもあるようだが、それにしてもすごい。 でもやっぱり、少なくともピアニストとしての私の実感とは違うな~と言う所もある。そして風間塵と言うキャラクターはかなり現実離れした状況設定。曲に対する奏者の事細かなイメージ描写も、う~ん、やっぱり音楽とか音楽体験を言語化することの限界を感じてしまう。それから小説に於いて注目されるコンテスタントの二人が日本人、もう二人が日本人とのハーフと言うのも、この小説は国際的にはベストセラーにならないな、と私が思う理由である。あと、もう少し違う国の教育とか音楽観とかピアノ技術へのアプローチの違いを浮き彫りにした方が、舞台を国際コンクールにした理由がもっと生きるな、と思った。 同じく音楽を題材にこれから色々執筆しようと思っている私が一番うれしかったのが、ナクソス・ジャパンとの提携で小説で出てくる曲全てを、著者のイメージと合った演奏で聴ける、と言うサービスがあること。http://www.gentosha.jp/articles/-/7081 私も自分の著書にはCDを付録して出版したいと思っている。私の場合は自著自演になるけれど。 […]

書評:恩田陸「蜜蜂と遠雷」をピアニストとして読むと…



昨日は千葉女子専門学校と障碍福祉サーヴィス「まあるい広場」、そして千葉の「平田真希子応援団」の皆さんのご協力により、障碍者とその家族のための音楽会が実現しました。音楽が特に自閉症などをお持ちの方々に効用を発揮することは証明されていますが、でも実情ではこの様な方々が普通の演奏会にご出席なさりにくいのです。通常のクラシックの演奏会では聴衆は儀式のルールにのっとった行動を期待されます。静粛不動で、決められた場所で拍手をする。それは、正直なところ大方の人に窮屈なのではないでしょうか?特に、色々な事情をお抱えの方々はこのルールに徹するのは無理がある場合が多いのですが、そうすると他のお客様のご迷惑になる場合があり、ご家族も恐縮されてしまいます。だから障がい者とそのご家族が、何の心配も気兼ねも無く、堂々とおおらかな気持ちで音楽を楽しめる会が出来れば良いな~、といつも機会を探しています。 昨日は思いがけず多くの方々にお越しいただけました。主に自閉症、ダウン症と言った知的障碍をお持ちの小さなお子様から大人まで、そしてそのご兄弟や保護者の方々、そして施設や団体関係者の方々など雲行きのあやしい土曜日の午後でしたが、120名位の方々がお集まりくださいました。中には車いすの方もいらっしゃいます。(音楽会の会場に居る!)と言うだけで興奮と緊張のあまり車いすの中で跳躍の様な動きが何分も止まらない男の子も居ました。開場前の私が少し練習の手を止めると、その度に一生懸命一々拍手をして下さる方も居ました。 時間が来て会が始まった時、私はまず音と言う物がいかに空気の振動で耳の鼓膜だけじゃなくて、聞いてくださる方を囲んでいる空気の全てを振動しているか、と言う事、だから私はピアノを弾くとき、聴衆の皆さまを一人ひとり優しく触れるつもりで弾いています、と言うお話しをしました。そしたら最前列の女の子が自分の頬っぺたを優しく触れているのです!うれしい…。そしてみんなの興奮を沈め、音に集中してもらうために、まず一音だけぽ~んと弾きました。そして皆には手を挙げてもらって「音が段々小さくなって、もう聞こえないと思ったら手を下げてください」とお願いしました。そしたら会場の空気が本当に集中して来るのが手に取るように分かったのです。不思議な感じでした。 その次にバッハの平均律集一巻から前奏曲一番を弾きました。 「この曲はいつも同じフレーズが二回繰り返されます。皆で一回目に息を大きくゆっくり吸い、二回目で大きくゆっくり吐いてみましょう」と言ってまずデモンストレーションをした後に曲を弾き始めました。そしたらみんな本当に一生懸命私と一緒に息を吸ったり吐いたりしてくれました。 […]

障がい者とご家族のための演奏会


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昨日は千葉美浜文化ホールでの「『天上の音楽』vs.地上の音楽」でした。音響もピアノも素晴らしいホールで前々から今年も楽しみでしたが、本番前の練習の時、あまりにも音がきれいで練習し過ぎ無い様に、本番のために体力温存するため自分を制するのが難しい感じでした。こういう時、本番前は結構苦しいです。素晴らしいごちそうを目前に、お預けを食らっている感じです。 今、昨日の録音を聴きながらブログを書いていますが、素晴らしいピアノや音響と言うのは奏者を勇気百倍にし、また実際の助っ人にもなってくれます。私も昨日は本当に気持ちよく弾けました。まだまだ課題は多いのですが、でもきゅりあんよりも自分本位の演奏が出来た、と自負しています。 でも、ゴールドベルグを演奏する前にちょっとしたハプニングが… このブログを読む方の中には「寝耳に水」の方も多いかと存じますが、私実は毎年恒例で17年間行ってきた日本での演奏活動に一つのピリオドを打とうと思って今年は来日しています。今の形ではあまりにも家族や応援の会・応援団の皆さまへの負担が大きいと言う事、そして私ももう音楽博士の学位を頂き、長かった学生生活に終止符を打ち、ボランティアの方々に頼らなければ出来ない活動は辞めようと思ったのです。品川きゅりあんの際には、嬉しい演奏会の場で、その事をお客様にご披露するのも水を差すようで気が引けしなかったのですが、千葉の方では主催者をずっとしてくれていた叔母から「話しをしてくれ」と言われていましたので、ゴールドベルグの紹介の最後にちょっと言い始めたのです。 「私が今年特にこのゴールドベルグ変奏曲を弾きたかった理由は長~いこの曲の最初と最後にそっくり同じ形で提示される美しいアリアに、時間の不思議さと感慨深さを感じたからです。17年間、私も多大なご支援を得て演奏をしてまいりました。長いようでも短いようでもありました。色々な事がありました。私自身も色々経験・成長しましたが、お客様も皆さま色々おありでした。長い介護の末親御さんを亡くされた方も居ます。生涯の伴侶を亡くされた方も居ます。ご自身がずっと闘病生活を送りながら『来年も真希子ちゃんの演奏が聴けるように一年また頑張ります』と毎年おっしゃってくださった方も亡くなってしまいました…」ここで、ウっとなってしまったのです。自分でも全く予想していなかったことでした。でも本当に沢山の方のお顔が思い出されて感無量になってしまったのです。感謝と、『愛』としか言いようのない気持ちに襲われてしまったのです。 […]

壇上で涙してしまいました…自分でもびっくり!


久しぶりのエントリーです。ご無沙汰のほど、お許しください。 帰国してから、なんかアナログ生活に逆戻りしてしまいました。移動時間に日本の新緑にぼーっとみとれたり、日本のテレビのCMの不思議さ・可笑しさに見入ったり、本を読んだり、温泉に浸かったり、買う物がはっきりしていないでお店に行って楽しんだり、今までコンピューターの前で過ごしていた時間を忘れるような生活をしばらく送りました。その中で、演奏を始めとする音楽活動や、練習をしており、お陰様で充実した日本での日々を満喫しておりました。 その中でもハイライトはいくつかあるのですが、やはり土曜日の品川きゅりあんでの「『天上の音楽』vs.地上の英雄」の演奏は大きなものでした。そして明日13時半開演で、千葉美浜文化ホールでまた同じ演目を弾かせていただきます。今日は明日に備えて、きゅりあんの自分の演奏の録音を聞き直し、反省会をしました。 前にも似た様な事を書いていますが、自分の演奏を聞くのは録音された自分の声を聞くのと同じくらい、嫌な物です。でも、これは非常に勉強になる事でもあるのです。演奏している時は兎に角アウトプットに集中しなければいけません。だからどのような音楽が醸し出されているか、と言う事は分からない。勿論、何か月も練習している中で色々構想を練り、計画を立て、一番効果的・音楽的な曲作りと言うのを準備しています。でも本番中、アドレナリンが体を駆け巡り、いつもと違うピアノ、ホールの音響の中で、何百人と言うお客様と音楽をシェアする時、出て来る物は練習した物と結局随分変わるのです。 不思議な事があります。人によって演奏が変わるのです。練習の一巻として、良く友達と弾きあいっこ、聴きあいっこをします。一般的に批判的な友達の前ではいつも演奏の弱い所が浮き彫りになります。ちょっとでも不確かなところがボロボロになってしまうのです。でもほめ上手で優しい聴き手の場合は理想に近い形の音楽を創れます。これは本当に面白い。一人の聞き手が何百人と言う聴衆となってもこれは同じです。音楽はやはり、時空の共体験、奏者だけが創るものではないのだ、と再確認します。これは責任転嫁ではなく、私の実感です。でも、どんな聞き手・聴衆でも、出来るだけ理想に近い音楽を創るにはどのように自分のコンディションを持っていったら良いのか、どのように練習・準備をすれば良いのか。ベストを尽くすべく色々工夫するのですが、長年の経験で一番効果的なのは、前の演奏を聞く事です。 […]

順調に日本で活動しています。ー明日は美浜文化ホール!