「そこにある」と思って見るから見えるもの、数々


今回、夏を終えてロスに帰ってくる道中、ずっとこの事を考えるに至ったのには次の様なきっかけが在った。
私はできれば身軽に旅したい人なのだが、演奏用のドレスや靴、楽譜がどっさりに録音機具などなど、どうしても荷物が大きくなる。特に今回のように、現在の私の拠点であるロス出発から帰ってくるまで3か月かかる場合は、飛行機会社の荷物規定に収めるのが一苦労である。その荷物の山を一人で運ぶのは結構大変だ。今回は特にその前のNY滞在が色々と忙しく、出発前夜まで色々なミ―ティングで荷造りを始めたのが深夜近く、結構疲れた状態で出発する羽目になった。その上NJのホームステイ先から電車に乗って、マンハッタンで空港行きのバスを捕まえ、飛行機も安いチケットを買ったので何回か乗換がある、結構ハードな旅程だったのだ。(本当に一人で大丈夫かなあ?)と言う不安の裏返しの、(一人でもできる!真希子は強い子!)と言う闘争心にも似た、もしかしたら自己憐憫も混じった、頑なな気持ちでの出発となった。
NJの電車の駅に電車が滑り込んでくる。
ホームから電車の車両まで、数段の階段を登らなければいけない。
下唇を噛みしめて、3つの荷物の二つを同時に押し上げたが、一番重い、巨大なスーツケースがまだ一つホームに残っている。階段を駆け下りてスーツケースに手をかけた所で、若い車掌さんが通りかかった。
「手伝いましょうか」
と声を掛けてくれたが、同情は御無用、義務感からの親切心はお断り!と
「一人でも大丈夫です、ありがとう」
と断ってしまった。そしたらその人はちょっとしょんぼりした感じで
「じゃあ、ここに立ってますからもし必要だったら手伝わせてください」と言ったのだ。
私ははっとしてしまった。
あまりに必死で、人の親切が見えなくなっていた。
私にもう少し余裕があって、助けを求める素直さがあれば、他にも手を差し伸べてくれる人はいたかも知れない。でも私があまりに険しい表情で一生懸命頑なだったから、きっとこの車掌さんだって声をかけるのに勇気が必要だったのだ。悪いことをしてしまった。
息を一つ吐いてから「じゃあ、とても重くて申し訳ないけれど、助けていただけますか」と言ったらば、車掌さんはにっこりとして私のスーツケースを担ぎあげてくれた。
そう思って周りを見回すと、優しい人、いろいろな親切が急に見えるようになってくる。
マンハッタンで空港行きのバスを待っている時、突然トイレに行きたくなった。でも大きなスーツケースを二つ担いで、「お客様以外お断り」の札が蔓延するマンハッタンでどこでトイレに行けるのか。高級そうなホテルに入った。
でもホテルのロビーのトイレは、部屋用の鍵で開けるようになっている。ドアの前で途方に暮れていたらば、まだ10代になるかならないかの女の子が恥ずかしそうに近づいてきて、ピッと自分の鍵を差し込んで私の為にドアを開けてちゃんとスーツケースを運びこむまで待ってから、そっと立ち去ってしまった。飛行機に乗り込む時、一人ダウン症の男性がいた。一人旅になれないのか、なんだかきょときょと周りを見回して緊張した様子だ。そしたらスチュワーデスが近寄って行って、さりげなく話しかけ始めた。「今日は本当に暑いですね」。周りは乗り込む乗客でほとんど殺気立ったような状況だ。しなきゃいけないことは色々あるだろう。でも、そんなことはみじんも感じさせずに、ゆったりとにこやかに話しかけている。涙が出そうになった。
優しさ以外にも、「そこにある」と思ってみて、始めて見えてくるものは沢山あるような気がする。
「美」
好運
時間とか余裕
可能性とか、能力
など、など。
など、など。