お握りと、良い言葉。


今日はタングルウッドで同じ日本人のYさんがおにぎりをくれました。鳥そぼろのふりかけの混ぜご飯のおにぎりで、チャンと海苔が巻いてある奴です。Yさんは何とタングルウッドに炊飯器と米を持ってきたのです!(それからふりかけも)何と云う素晴らしい日本人でしょう!私はどんな食事でも美味しく食べれると言うことを誇りに思っていますが、久しぶりに食べるご飯はお腹に本当に自然に収まる感じで、癒された一時でした。ありがとう、Yさん!そう言えば、私とYさんが日本語で喋るのを興味深く聞いていたアメリカ人の友達が「マキコ、日本語で喋ると楽しい?楽ちん?」と聞いてきました。私が「う~ん、英語からすぐに日本語に変える時はぎくしゃくする時も在るけど。。。」と考え込んでいたら、Yさんが「でも、マキコの日本語はタングルウッドに来てから随分自然になったよ!始めはちょっと変な感じがしたけど。。。」とフォローしてくれました。でも、Yさん。。。それはただ単に、Yさんが私の奇妙な日本語に慣れただけじゃ。。。
今日の歌の公開レッスンは昨日に増して素晴らしいものでした。皆、唸るほど上手いし、先生の言うことも的を得ていて、その度に皆がぐんぐんと上手く成るのを見るのも、触発されました。それから去年一緒に来ていた研修生の声が成長して、より深み、厚み、色、そして場合によっては音域を増しているのを目の当たりにするのは本当に感動しました。ハイディ・グラント―マーフィーと言う素晴らしいソプラノ歌手と、ケヴン・マーフィーと言うピアニストの夫婦のペアで教えていたのですが、歌の内容と、音楽的である、と言うことのバランス(美しさを追求するあまり、メッセージが曖昧になってはいけないし、またメッセージを追求するあまり美しく無く成っても行けないと言うこと)、それからLESS IS MORE(抑えることによって表現効果を上げる)と言うことを繰り返していました。特に"Starve the sound of air(音が空気に飢えるまで、息を節約しなさい)”と言う表現が心に残りました。要するに、最小限の体力で最大限の音楽的効果を上げるために工夫を怠るな、と言うことなのですが、それ以上に「頑張る事で自己満足をするな!」と言う戒めにも聞こえました。
今日は二つのとても心の琴線に触れる言葉に出会うことが出来ました。二つとも英語なのですが、訳す努力をしてみます。一つは譜読みを始めた歌の歌詞です。スターウォーズや、E.T.などの映画音楽で有名なジョン・ウィリアムズの"Seven For Luck"と言う歌曲を8月に演奏するのですが、その5番目「セレナーデ」と言う曲の歌詞にこんなのが在りました。”Heart-break lives on when memory’s died (記憶が亡くなっても別れの傷は生き残る)” ―読んで、何だかしみじみと共感してしまいました。これだけだとちょっととてもネガティブなので、英語で全部書きます。Rita Doveと言うアメリカの女流詩人の詩です。

Look for me under a rose
Look for me
Look wherever love grows
There you’ll find a drop of dew
It is a tear I’ve left for you
Look for me beyond the skies
Look for me wherever love flies
surely you know
don’t act surprised
heart-break lives on when memory’s died
Look for me behind your eyes
Listen to me when someone sighs
Go to sleep you’ll dream of me
Wake to eat I am in your tea
If you take her there where lovers go
I’ll be waiting under a rose
何だかこうやって書き出してみると、随分未練たらしい詩に思えてきますが、この詩を読んだ時私は夕焼けがまぶしい練習室に一人で居て、何だかこの詩にとても共感したのです。
もう一つの言葉は私の友達、ライアンが言った事です。”Good-bye is a polite thing to do with someone you don’t know(サヨナラって言うのは良く知らない人に対して礼儀を踏まえるために言うことだ)"。これは、LAからの友達が手紙をくれて「秋にロスで会った時にまた。。。云々」と書いてあったのに私がびっくりして「ヒューストンに行く事をチャンと皆に伝えなかったから。。。私はきちんと皆にサヨナラをしきれなかった気がする」と言った所、こう言う風に返されたのです。本当の友達なら「サヨナラをしきる」なんていうのは不可能だし、サヨナラなんて全然言う必要が無いはずだ、とこの文章の後に説明が付きました。「凄い、今凄い事言ったね!」と私が褒めてあげたら「うん、僕もそう思う」と、顔を赤らめて、素直に嬉しそうにしていました。ライアンはコルバーンで一緒に4年間勉強した仲間ですが(そして今一緒にタングルウッドで研修生をやっている)、私はライアンにはずっとGood-byeを言わないと思います。