博士論文

明鏡日記9.28:演技は喜ばす為か・正直になるためか

人を喜ばせる、特に人を笑わせる必要性を常に感じている人の多くは、子供時代に何らかの脅威を感じて育った人ではないか、と思います。人を笑わせている瞬間は自分が周囲の人間をコントロールしているからです。

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博士論文審査、通りました!

  論文審査の討議と言う物が一般公開されている、と言う事は私は論文執筆の最初から知っていました。「あなたの論文は面白い!私が指導します。そして審査の討議には出席します。」と始めに図書館の論文指導統括を担当するエリザベスが言ってくれたのは、2014年の秋だった。そして2年半前の約束通り、竜巻警報も出る大雨の中、長靴を履いて、素敵な手書きのカードとお守りの首飾りを持って来てくれました。     論文を審査会の教授群に提出する際「論文審査発表」と言う物を学校に提出します。これを受けてライス大学は大学中とインターネットを通じて「何科の誰それの論文「(題名)」の審査がいつ、どこで公開で行われます。」と発表されます。 ところが…!今までライス大学の音楽科の論文審査は全てオフィスの会議室で行われていたようなのです。それだけでもう一般の人は来にくい。さらに私が「友人が数人来たいと言ってくれていますし、論文に関係あるピアノでのデモンストレーションで行いたいので、教室で審査をさせて頂く事は可能でしょうか?」と言ったところ、驚くべき抵抗に会ったのです。「不可能です。諦めてください。」「前例がありません。ピアノのデモンストレーションは自分の演奏をヴィデオをで撮ってプロジェクターで映写してください。」など。反論を許さない、威圧的な返答でした。ところがここで、私の論文指導教授が奮闘してくれました。「私の専門は中世ですが、大学と言うシステムがそもそも最初に設立されたころ、こういう論文審査は執筆者の発表の場でもあり、大学関係者全員が執筆者に質問をし、活発な議論の場となったようです。本来、論文審査と言うのはこういう場であるべきではないでしょうか?私が責任を持ちます。教室でやらせてあげて下さい。」ここからまた色々な論争があり、やっと妥協されたのが、教室の中に机を並べ、審査委員会と私が真ん中に座り、聴講者は教室の端っこでおとなしく目立たないように座る、と言う事でした。 当日は、最初に書いた様に竜巻警報も出る大雨で、「絶対に行く!」と言った人の多くが足止めを食らってしまったのですが、それでも野の君や私のデュオパートナーで心の友の佐々木麻衣子さん、エリザベスと引用のチェックを細かくしてくれた音楽図書館委員のメアリーなどが出席してくれました。 審査は私のプレゼンテーションから始まります。153頁でも簡略し過ぎたと思えるような複雑な内容なのし、それを15分のプレゼンにまとめるのはもうジョークと言うか、罪悪感と言うか。割愛に次ぐ割愛。でも「審査委員会は全員、きちんと読んできたばかりだから」と言う指導教授の激励を受けて、何とか12枚のスライドにまとめました。 プレゼンの後に審査会からの質問やコメントがあります。皆まず、褒め言葉から始めてくれました。「前例がない研究なのに、良くここまで色々情報を集め、まとめました。素晴らしい。」とか「Beautifulな仕事」とか色々言ってくれて嬉しかったです。 次に質問です。 「この内容を踏まえた今、あなたのこれからの演奏様式はどのように変わるのですか?」「クラシック音楽の教育はどのように成長するべきだと思いますか?」「記譜法と言うのは演奏にある限界を設定したと思いますか?」「録音産業と言うのが演奏様式にもたらした影響と言うのは暗譜と同じくらい多大ではありませんか?」 しかし私はプレゼンで全ての脳パワーを使い切ってしまった様にぼーっとしてしまい、さらに教授たちは質問の理由や背景など長々と説明するので(今の2分ほどのスピーチのどこが、どういう内容の質問なんだ。。。?)と私の頭ははてなマークでいっぱいで、なんとなくそれに関係のあるような論文の内容をお話ししたりして、(これでよいのかな?)という感じでした。それなのに質問が止むこと無くどんどん次から次へと発せられ、さらに聴講の人にも質問が振られ、聴講の人も一杯質問してくれて、私は脳みそがぐるぐるしてしまいました。 その後に、今度は最終論文出版前の最後の校正についてのコメントを頂きます。 「イラストに付けてある説明書きをもう少し丁寧にしないと良く分かりません。」「付録としてあなたが言及する出来事の年表があると、読者として大変助かります。」「目を閉じると聴覚が増す、と言うのは間違えではありませんが、あなたの引用している研究発表のデータとは必ずしも一致するとは言えない。この引用は適当では無いでしょう。」「ここはコピペの失敗だと思いますが、句読点が正しくありません。」 そして最後に「それでは合格の是非を審査委員で協議しますので、一度退室をお願いします。」と言われ、ぞろぞろと聴講の人達と一緒に部屋を出ます。「論文審査」と言うのははっきり言って大抵の場合合格する、どちらかと言うと通過儀礼と言う常識があるので、気楽な物で、聴講に来てくれた人は皆「おめでとう」と言って記念写真を撮ったりして、楽しく嬉しく別れます。が、何分も待たされている内に「何をそんなに協議することがあるんだろう…」と不安にもなってきます。 でも、ドアが開いて「おめでとう!」と握手を求められて、とっても嬉しい気分になります。 そして論文審査委員の教授たちと記念写真を撮って終わり!皆喜んでくれていますが、私の顔が嬉しくてくしゃくしゃなので、私はこの写真が好きです。野の君が撮ってくれました。 夜は美味しい赤ワインと洋ナシの甘酢煮添えフォアグラと自家製パスタにロブスターがゴロゴロ乗っている奴、とフィレミニョン(超レア)を食べました!  

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博士論文提出、完了!

脱力… 寝不足のせい? 昨日の夜11時半、締め切りの30分前に論文審査員の教授たちに私の博士論文「To See Music in Your Mind’s Eye: The Genesis of Memorization as a Piano Performance Practice」を提出しました。そんなにぎりぎりになったのは、コンピューターでのフォーマットが思ったよりもずっと大変だったからですが、結構必死で時計を横目で見ながらの戦い…そして間に合った~。 脱力のもう一つの原因は病み上がりです。 チャリティー演奏会にご来場くださった方は絶対信じてはくださらないと思いますが、実は私は熱を押して演奏していたのです。演奏会では、みんなにハンガリー狂詩曲で掛け声を要請し、掛け声のお手本を弾き始める前に示してみんなの「掛け声の練習」の音頭を取ったり、弾きながら自分で自分に掛け声をかけて笑いを取ったり、大はしゃぎをしましたが、実は先週の大半を寝て過ごしていたのです。私は元々熱に強いと言うか、鈍感と言うか、それに何をしても元気に見えるらしいのです。10歳の時一か月ほど入院していたのですが、トイレに行くのに病院の廊下をスキップして行って看護婦さんに「あなたはきっと誤診ね。。。」と苦笑された位なのです。そして病気で居るのが嫌いでもない。熱があって夢見心地な状態なのは、結構好きです。でもエネルギーはすぐ切れてしまっていた。それはちょっともどかしかった。そして今はだいぶん良くなったけれど、まだ回復中で、やっぱり腕が重い… しかし多分、脱力の一番の原因は感情的なモノです。 論文が終わった。「終わった~」と言うホッとした気持ちと「終わってしまった…」と言う名残惜しい気持ちが入り混じって実に複雑。論文は本当に大変だった。特にリサーチの最初にはどんなに探しても暗譜に関する言及が見つからず、本当に暗中模索状態で、終わるかどうか自信が持てない状態がずっと続きました。でも色々な文献を漁ると言う作業は刺激的でいつも楽しかったし、やっと自分の論点の方向性が定まってからは本当に夢の様に楽しかった。チョコをぼりぼり食べながら、没頭しました。 そして論文を提出した今、論文執筆中の2年半の間に起こった色々な事が本当に走馬燈の様に思い出されます。実に色々あった。自分が人生でこんな経験をすることになるなんて予想もしていなかった色々な事を沢山、沢山経験しました。物凄く良い事も、物凄く悪い事も両極端にあった。そして何より盛りだくさんだった。私の人生でとても大事だった人達が相次いで亡くなったりしました。でもその人達との思い出にとても感謝できる。そして色々辛い時に本当に親身にサポートしてくれる友人やコミュニティーのありがたみを、辛い時間が思い知らせてくれました。今私は「物凄く悪い事があったから、物凄く良い所にたどり着けた」と思えることを本当にラッキーに幸せに感じ、感謝しています。 少しの時間、脱力状態で居る事を、自分に許そうと思って居ます。 ミント・ティーにはちみつとミルクを一杯入れて、ゆっくり飲みながら書きました。

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論文リサーチは探偵のごとく

公開演奏での暗譜の最初の例として良く引き合いに出されるのが 1837年、クララ・シューマンがベルリンで行った ベートーヴェン「熱情」のソナタの全楽章演奏である。 ところが調べてみると、クララは同じプログラムでバッハもショパンもメンデルスゾーンも 暗譜で弾いたようなのである。 なぜ「熱情」だけ特別扱い? しかも、この1837年のベルリンのクララの暗譜は「高慢」とされあまり評判が良くなかった、 と思われている。 この理由はBettina von Arnimと言う女性が 「How pretentiously she sits at the piano, and without notes, too! (「なんて傲慢にピアノの前に座ってるの!しかも楽譜も使わないで」) と言ったと言う逸話がこの演奏にまつわる記述の半数以上出てくるからである。 しかし、Bettinaがどういう所でこの発言を記述したのか、あるいは言っただけなのか、 いまだに私には分からないのである。   これについて探求を始めると何時間でも費やせてしまう。 私はドイツ語はかじっただけで、到底文献を読むところまで至らないので余計に探偵仕事。 要するに、古い伝記がそういう逸話を乗せて、それを音楽学者が次から次へと引用して なんとなく本当っぽくなってしまった、と言う事でまあ間違えないと思う。 今の所私が見つけた一番古い記述は 1902年にBerthold Litzmannと言う人がドイツ語出版したクララ・シューマンの伝記。 (ドイツ語版第一巻107頁) https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=hvd.ml169u;view=1up;seq=121 しかしそこに出展の記述は無い! しかもBettinaの発言の記述はこのLitzmannからの引用か、 それをまた重複引用したものを引用している!   でもそれにしても、Bettinaは本当にそう言ったのか? その意見は発表されたのか? 例えこの発言が実際にあってなんらかの形で発表されていたとしても なぜ彼女の意見だけが他の批評(手放しの賛辞)を差し置いて重視されるのか?   Bettinaと言うのは十代の頃ゲートやベートーベンと交友関係にあり、 その書簡を題材に自由に加筆した書簡体小説で有名になった。 ベートーヴェンからベッティーナに宛てたとされる手紙も信憑性が疑わしい物があるらしい。 (1812年のもの) そんな人の在ったか無かったか分からない発言がどうして重要なのか?   ベートーヴェンの伝記(1840)を書いたSchindlerと言う人も ベートーヴェンの秘書を務めたりしたのだが、 難聴だったベートーヴェンのための「会話帳」に死後加筆したり、 自分に損な部分を消去したりしてしまっている。

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体制立て直し。論文「金曜サスペンスドラマ風」

非常に苦しい数日を経て、今一つの理解に達した。   私は間違っていた。   「ピアノ演奏に於ける暗譜の起源」と言うトピックで博士論文を書く為に 私は今までの不勉強を埋め尽くすために 間接的に関係あると思われることについて手広く調べた。 これは暗譜に関する直接的な言及が 歴史的にも、音楽史に於いても驚くほど少ない事を受けて苦肉の策でもあった。   結果、私は古代ギリシャの英雄たちの演説や、記憶術、 ホーマーの叙事詩がどのように口伝えで代々記憶されていったのかと言う研究を始め、 さらには音楽とは何か、と言う大きな題目を検証するために 宗教音楽として始まったいわゆる「クラシック」が 宗教から独立した時にどのような大義名分を持って 存在意義の主張と経済援助の正当化を計ったのか、 その背景にあったアメリカ独立戦争やフランス革命などの政治革命、 工業革命の結果起こった都市化、分業、テクノロジーの発達 思想革命で変わった個人の自意識と世界観の変化、 さらには演奏会がこの頃儀式化したことを受け、 「儀式とは何ぞや」と考古学や認知心理学などまで読んだ。   それは非常に興味深い作業だったし、沢山、沢山学んだ。 楽しかった。こんなに勉強させてもらえる特権を私は感謝している。   でも、私が間違えたのは、自分の論文を書くと言う作業に於いて これらのリサーチで学んだ新しい知識を羅列して、 それぞれに暗譜をこじつけていく、と言う風に書こうとしていたのだ。 これじゃあ、論点は伝わらない。   暗譜を前押しに。奏者の視点から。と、言う事でもう一度組み直し。 「金曜サスペンスドラマ風」と言うのは、12月12日付けでブログに書いた構成の方式です。 1.事件のシーン(いつ・どこで・誰・何があった)、問題定義(なぜ・誰が・どのように) 2.一見殺人とは無関係で平和そうな(雀がちゅんちゅん)でも実は事件解決に重要な背景情報(探偵や目撃者の日常生活の風景、など)。 3.事件解明の捜査過程(なぜ、誰が、どのように。) 4.道徳(何がこの事件から学べるか)   第一章。「自然に覚える:本能でする暗譜」 1.いつ?1834年; どこで?ベルリン; 誰が?カークブレナーと言う当時有名だったピアニスト・作曲家と、A.B. Marxと言う評論家・音楽理論家(私の論文の最終章の重要参考人);   事件:カークブレナーがA.B. Marxの好印象を買おうとした。「最近は即興演奏が本当にすたれましたね~。私の即興を聴いてください」と吹聴し、十数分にわたってフーガや色々な技法を駆使した素晴らしい演奏を披露した。A.B. Marxは感心したが、翌日カークブレナーが出版した楽譜に目を通している際、前日の「即興」が実は1823年に出版されていたカークブレナー自身作曲の「Effusio Musica」と寸分違わぬ暗譜演奏だったことを発見した。   問題定義:なぜKalkbrennerは自分が出版されている作曲家で在ることや、暗譜演奏に長けている事を誇示するよりも、それを(ばれるリスクを負いながら)「即興」と偽った方が印象が良くなると思ったのか?A.B. Marxはこの逸話をカークブレナーの汚点として面白くおかしく伝えているが、自分が暗譜演奏と即興演奏を見分けられなかったことをなぜ恥ずかしいと思わなかったのか?   2.西洋音楽の根本に「音楽と言うのは記譜することが可能である」と言う概念がある。(雀ちゅんちゅん)聞いた事が無い曲を時空を経て再現可能にする緻密な記譜法を編み出したことは、西洋音楽を世界の音楽の中でも例外的な存在とした。記譜法があったために西洋音楽は急激な発展と複雑化を遂げ、どんどん芸術的になり、楽譜に忠実に一音とも足さず、変えずにそのまま再現すると言う行為・概念が可能となった。「暗譜」ーすなわち、楽譜に忠実に記憶から音楽を再現する、と言う概念も楽譜があって初めて在り得る行為・概念である。   3.1)音楽と言うのは時間の芸術であるから、音楽体験の全ての形に於いて(鑑賞・演奏・作曲・即興)記憶の介入は必然である。そのジャンルに適当な形式展開や和声進行、今聞いている曲のそれまでの経緯の記憶を踏まえて、来る瞬間が楽しめ、その次に来る物への期待が高まり、音楽が理解でき、音が楽しい行為となる。記譜法が布教される以前の西洋音楽、更に西洋音楽の様な緻密な記譜法を持たない文化の音楽では特に音楽鑑賞が記憶に頼る度合は高まる。 2)記譜法布教後の西洋音楽で、楽譜を使わない演奏と言うのは、即興を指すことが多かった。楽譜を使わずに行う既存の曲の忠実な再現は、奏者の能力に欠けているところがあると解釈される危険性があった。例えば、盲目、創造力の欠如(女性・アマチュア)、サヴァン症候群、など。能力は存分にあるが、既存の曲を暗譜演奏する場合、奏者はアリバイを作った。モーツァルトはコンチェルト演奏の際自分のソロ・パートを書き出す時間が無かった際、メモ用紙の様にメロディーの一部などを書き留めた紙を楽譜立てに置いた。メンデルスゾーンは楽譜を忘れて来て、他の楽譜を楽譜立てに置いて適当に譜めくりをしながら「暗譜演奏」をした、と言う記述がある。パガニーニは楽譜を演奏会場に持っていくと盗まれて著作権侵害の被害に遭うため、楽譜を使わないと言っていた。これらの自作自演の場合、どこまでが暗譜でどこまでが即興か、はっきりと言う事は不可能である。しかし、即興演奏も和声進行やメロディーの概要などの記憶を基に演奏するので、音楽に対する記憶力を動員していることに間違えはない。 3)後にロバート・シューマンの妻となる神童クララの教育を全面的に行ったFriedrich Wieckは音楽は独学で、大学では神学を勉強した。神学を専攻する学生は後に教師となる者が多かったため、教育学も神学の一環として教えられた。そのため、父Wieckは当時の音楽教育者としては珍しく、流行の教育論や哲学に精通しており、クララの教育にルソーやパスタロッツィ、そしてJohann

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