クララの練習法―


今日のブログはReinhard Kopiez氏による「Suffering for her Art: The Chronic Pain Syndrom of Pianist Clara Wieck-Schumann」(2010)を参考に書いています。
クララ・シューマン(1819-1896)は3時間以上練習をしなかったらしい。
同世代の同じような超絶技巧の神童たち、例えばクレメンティやチェルニーは子供時代から8時間以上の練習が日課だったと言うのに、である。大人のカーくブレナーは12時間、ヘンゼルに至っては16時間の練習が日課だった言う記述もあるようだ。
しかし、クララは父親の指導のもと、練習時間と同じ時間が散歩やストレッチの運動に充てられ、
そしてオペラ鑑賞や観劇、演奏会鑑賞に積極的に連れていかれた。
(その代り学校は「時間の無駄」と言う理由で数年で辞めさせられている)
それなのに1857年くらいから演奏が不可能になるくらいの苦痛に何度も見舞われ、
1873年の12月から1875年の3月までは演奏を全く休み治療に専念している。
なぜか。
色々考えられる。
1.使いすぎによるケガ、と言う説
夫ロバート・シューマンが自殺未遂の後精神病院に入れられた1854年からあと、
クララは7人の子供を養うために演奏活動を活発にした。
ブラームスの第一協奏曲など、クララにとっては全く新しい超絶技巧を沢山取り入れた曲を練習し始めた。
2.何等かの感染による炎症、と言う説。
3.精神的なもの
面白いのは、どんなに演奏会が増えても、クララは3時間以上は練習しなかったようだ。
教えや子供の世話、家計の管理など、できなかった、と言うのが現実かも知れない。
しかしそれでも物凄い数の、初演を含む演奏をこなし、
膨大なレパートリーを自分の物にしていた。
肉体的苦痛が演奏に伴うようになったあと彼女は
「練習はピアニッシモで」とか「今日はメゾフォルテで」と言った記述を沢山残している。
演奏時と同じように弾くことが『練習』ではない、と戒められる気持ちである。