論分のまとめ。「2章目:簡単だから暗譜する セクション1.社会背景 2.演奏会様式と演目」 2


ヒューストンは洪水警報である。
今日はハロウィーンなのに…
仮装を用意して楽しみに待っていた子供たちが可哀想である。
でも私は雨の音が嬉しい。
例のごとく雨の音が聞こえてくると論文が捗る。
昨日は図書館の論文指導担当の先生とのミーティングがあった。
夏休み明け初めてのミーティングだったこともあり、何とお昼までごちそうになってしまった。
私はこの論文指導の先生が大好きである。
目がとっても大きくてなんだかおしゃれなのだがそんな事われ関せずと言う風に
非常に「できる女」だけど「能ある鷹は…」という感じで、かっこよいのである。
それに私はなぜか特に目をかけてもらっている。
元婚約者との修羅場中コンピューターがいつの間にか破壊されていて
しかもクラウドやエクスターナル・ハードドライヴにバックアップしてあったデータも
全て消されていたことが判明した時、私はこの人の前で泣いたのだった。
(私は今回の事ではセラピストとこの人の前以外では泣いていない。)
まあ、ライス大学のITデパートメントがすごく頑張ってくれて
エクスターナル・ハードドライブのデータがほぼすべて戻ってきたので
今となっては笑い話ですが。
それに私は自分でもタフだなと思うけれど
今まで書いた博士論文が全て消えたかもと思った瞬間に
(やった~!新しいトピックでまた最初からリサーチやり直せる)と
ちょっとだけ嬉しかったのだけれども。
こういう事態になると、自分の優先順位が明確になってくる。
私の場合、お金のロスや身の安全性よりも、
自分の信念、友達、そして音楽に関する仕事の方がずっと、ずっと大事。
自分の車が破損されている防犯カメラのヴィデオを見ても
「証拠残してくれてありがとう!ばかだね~!」としか思わなかったが
その車の修理中私をドライブしてくれた私の心の友の車が破損されたヴィデオを見たときは
本当に気分が悪くなって2時間くらい放心状態だった。
だって私がこんな風にいつまでも強がっていられるのは
私の友達が本当に、本当に素晴らしい人たちで、私を一生懸命サポートしてくれるからなのだ。
ま、前置きが長くなったが、昨日その論文指導の先生に2章目を見ていただいたのである。
2章目と言っても、2章目の5つあるセクションの最初の二つ、
16ページ分だけしか間にあわなかったけれど。
その時に注意されたこと。
「色々情報が詰めてあるけれど、一つの段落と次の段落へのつなぎが弱い。
メロディーが続いていない感じがする。
それぞれの段落を短く一文で説明したものを作り、
それで段落の順序と整理をせよ」
それで昨日の夜、教えの仕事を終えてから朝の2時まで
そして7時半に目を覚ましてからこっち3時間半、それにかかり切った訳である。
その段落を一文にまとめたものを下に書き出してみました。
自分の復習のために元の英文を日本語に訳して、皆さんに公開します。
INTRO (提示)
At lease in some ways memorizing makes piano playing easier than playing from the score.
暗譜は読譜よりも、ピアノ奏法を簡単にする側面がある (鍵盤に集中できる、楽譜には情報が多すぎるので暗譜によって消化ができる)
Memorizing was easier than any other way of trying to protect copyrights or writing out the notation under time pressure for the eighteenth century composer-performers.
18世紀の自作自演のピアニストにとって暗譜は著作権を守ること、そして音符を書き出す手間を省く手段だった。
The earliest examples of memorization was not for show or to make a statement.
このように暗譜は最初は(すごいだろ~)と見せるための物でも、音楽を崇拝しているからと演奏家の謙虚さの現れでもなかった。
Initially, pianists memorized because it was easy to; casual concerts, undemanding repertoire, and natural music making under music empiricism.
暗譜はこの時代簡単だったのだ。演奏会はずっとカジュアルでプレッシャーが少なかったし、曲はずっと単純だったし、それにルソーなどの自然主義の影響で音楽は「自然に湧き上がってくるもの」が理想とされていた。
1. Social and Aesthetical Background(社会的、美学的、背景)
The Age of Revolution was the backdrop for the introduction to the performance practice of memorized performance.
革命の時代を背景に暗譜と言う演奏方は始まった。
For the members of the rising middle class, power of choice they exercised in their new found leisure, such as music, was a matter of self-identity in the age of individualism.
農業・工業革命の結果、中産・ブルジョア階級の出現。そして啓蒙主義や個人主義に影響された彼らは余暇に何をするかと言う選択を自分のアイデンティティーの問題として深刻にとらえた。
Republic of music, connoisseurs that represented the middle class audience in matters concerning music engaged in publicized heated arguments over what music owed to be.
どのような音楽がどのように演奏されるべきかと言うことに関して、ブルジョア階級は紙上で意見を戦わせた。
Social equality, an ideology that was proposed as a result of Age of Revolution led to the idea of musical empiricism, which encouraged memorized performance.
革命の時代の結果、平等社会の概念が歌われ、それは音楽自然主義にとつながり、それが暗譜演奏と言う形となる。
Empiricism also led to exoticism, with more women, child prodigies and ethnic minorities and their music influencing the musical events and market.
音楽自然主義はエキゾチシズムに繋がり、それまで注目を浴びなかった人種(ジプシーの様な異文化、女性、神童)が脚光を浴び、市場と演奏様式に影響を及ぼす。
The cultural others were considered to be less intellectual and more natural and instinctive, and so were their memorized performances.
これ等の人種は知的能力に於いて劣ると考えられていたが、同時に本能や感覚、勘などに於いては優れているとされていた。暗譜をしてもそのように見られた。
Musical commercialism also promoted the cultural others for populism and sensationalism
出来たてホヤホヤの音楽産業もポピュリズムやセンセーショナリズムのためにこれらの人種の音楽活動に賛同した。
An example of cultural others can be found in a successful blind Viennese keyboardist, Maria Theresia von Paradies (1759-1824).
エキゾチシズムの例の一人に、盲目の女性ピアニスト、Maria Theresia von Parasiesが居る。
Piano became popular as a symbol of social equality (because everyone, including women and children could play it), individualism (because one can make music in its entirety on his or her own), an individual’s power in the age of industrialization (piano was rapidly evolving with new and improved features, and mass produced) and consumerism (owning one and exerting control over it symbolized an individual’s power over a machine.)
この時代を反映する楽器としてピアノは社会に浸透する:平等社会(女性でも子供でも弾ける楽器)、個人主義(一人で音楽が演奏できる)、工業主義(ピアノ=どんどん進化途中でどんどん大量生産がこの時代されている、個人で操つることが可能な機械)、
The concert format and the quality of music for miscellany concerts made featured pianists’ job relatively undemanding both in terms of quality and quantity of music he or she would be responsible for.
多様な教養背景を持つ人間の集大成であった新しいブルジョア階級を聴衆とした演奏会は多様性を求められ、結果ピアノ・ソリストの演奏は量に於いても質に於いても楽になる。
As an important part of miscellanies, improvisation made memorized performance unnoticeable, leading to the difficulty of research on this topic for the lack of records.
この時代の演奏会では即興演奏は会の一部だった。楽譜を要さない即興演奏に慣れた聴衆は暗譜演奏に於いて楽譜が無い事に気が付かない。
Memorized performance was indistinguishable from improvisation.
暗譜演奏は即興演奏と見分けがつかなかったのだ。
Kalkbrenner claimed his performance of memorized piece to be an improvisation, and Professor Marx failed to identify the con.
カークブレナーは自分がすでに作曲・出版した曲を暗譜で演奏し、それを「即興演奏だ」と言って披露してばれた。
Professor Marx’ failure to recognized a memorized performance in Kalkbernner’s “improvisation” does not negate his musical qualifications because Mozart thought Beethoven’s improvisation memorized.
モーツァルトはベートーヴェンの即興演奏をあらかじめ用意した暗譜演奏だと間違えた。暗譜演奏と即興演奏は聞き分けられなくて当然だ。
The important aspect of these two anecdotes are: improvisation and memorization were indistinguishable, and improvisation was more impressive than memorization.
この逸話から分かることは即興演奏の方が暗譜演奏よりすごいと思われていた、と言うこと。
Literature attest (although without much substantiation) that pianists started playing from memory in the 1800s.
1800年ごろからすでに暗譜演奏が始まっていたと言う記述はある。
Another point of view states that the memorization did not automatically become a requirement for every pianist with Liszt and Clara Schumann in the 1830’s: many accounts of performances from the score up to the 1940’s.
そして1940年ごろまで楽譜を使いたいピアニストは使っていた、と言う記述もある。
Conclusion for the section; almost everything that pianists think they know about the history of memorization is a myth.
暗譜の歴史に関して私たちが知っていると思っている事柄のほとんどは無根である。
2. Concert Format and Repertoire(演奏様式と演目)
The first public concerts had to cater to a diverse audience members, so they included a variety of music.
多様な聴衆のニーズに応えてこのころの公開演奏の演目は多様だった。
There was no hierarchical distinction between different types of music, partially as a result of musical empiricism
ジャンルに格差をつける風潮は無かった。
Paganini only performed very small repertoire of his own, virtuosic but musically uncomplicated, compositions repeatedly; a perfect combination for memorization.
パガニーニは20ほどの自作を型破りに沢山の演奏会でとっかえひっかえ弾いた。自作自演で、曲数が少なく、超絶技巧でも音楽内容としては単純な曲で、しかも沢山の演奏を繰り返していればいずれ暗譜するのは当然である。
Performing in a concert was casual; performers rehearsed little, and the audience paid little attention. even talking during concerts.
その頃の演奏会はとても砕けていた。リハーサルなどほとんどせず、聴衆はほとんど聞かずに会話を続けた。
The audience was even louder when they liked what they heard.
気に入った演奏の時は聴衆は熱狂的にもっとうるさくなった。
Improvisation as an interactive aspect of a concert, and Liszt’s example.
リストなどの演奏家は聴衆からテーマをもらってそれを元に即興演奏するなど、聴衆と対話式の演奏法としても、即興演奏を取り入れた。
Newer the music better it was considered to be – and shared time/aesthetic/idiomatic style make memorization easier to memorize, even if the piece was not your own
その時代は新しい作曲ほど音楽的に価値があるとされていた。例え自作自演でなくとも、同時代の同じ美的感覚・音楽センスで作曲された曲の方が暗譜もしやすかったに違い無い。


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