ピアノフェストでの一日


私は朝方人間…のはずだった。

でも、ピアノフェストに来てからは、朝いくらでも眠れてしまう。

相部屋のオルガ(ベルルース出身、私と同じくイーストマン音楽院で博士課程一年目を終了したところ)の目覚ましが7時45分になってから、彼女がシャワーを浴び終えて私の順番になるまでしっかり2度寝をしてしまう。

私がシャワーを浴びている間しっかり30分、オルガは髪を整え、お化粧をする。

私はシャワーを浴び終えたら、服をパッパ、と着て、目をサッサ、と書いて、準備終了である。

ピアノフェストの参加者の一人は朝の化粧のためにルームメートよりも2時間早起きをするそうである。

人生優先順位の違いである。

そのことについてたまに考えるが、私はやはり朝ゆっくり眠れる方が、

眠くない時は、練習する方が良い。

準備完了の段階で同じ家に同じく下宿している中国人の男性ピアニスト二人と、計4人で便乗して

オルガの車でピアノフェストの本部へとドライブする。

運転行程15分、歩いて1時間15分。

私は歩くのが好きなので、一人の時間が欲しいときや、天気が特別気持ちいいとき、運動したい時は、

この行程を歩く。

ピアノフェストについたら台所に直行。

たいてい前夜の飲み会の残骸で、台所は悲惨な状況である。

その中から清潔そうな調理器具や食器を掘り出し、

台所に山とある食材からそれぞれ思い思いに好きな朝食を用意する。

オムレツを作る子、パンを焼きもせずにくわえ、練習室に向かう子、コーヒーだけの子。。。

私の最近の定番はオートミールに卵をかき混ぜて作るしょうゆ味の卵粥のようなものである。

台所にもピアノがあって、そこでも誰かがいつも練習している。

人の練習を聞いているのは面白い。

色々な工夫、練習法、そして解釈がある。

台所で練習していると、色々な人が色々な時間におやつや食事や、つまみ食いに来る。

無意識のうちにいつも誰かが練習している曲を一緒にハミングする子、

「え!そこの指使い、教えて!」などと無邪気に話しかけてくる子。

無視している様に見えながら気配で明らかに聞いているのが分かる子。

まったく我関せずの子。

みんなさまざまである。

あまり練習に乗り気でない時は、台所に陣取って、

来る子とおしゃべりしながらその合間にチョコチョコ練習すると

思いがけずはかどったりする。

でも、私は「ピアノフェストは人生の休暇!」と決めているので、

朝一番で練習にがっつくことはせずに準備した朝食を持って、庭を見渡すポーチに行く。

たいていオルガと一緒に色々しゃべりながらゆっくり朝食をとった後、

その日の練習が始まる。

朝方の子や、コンクールに向けて準備中の子は、もうバリバリ練習しているが、

逆に毎晩飲み会の子はまだお見えにならない、そういう時間である。

その後はたいてい夕飯まで思い思いに練習しながら時間を過ごす。

午後はレッスンがあったり、演奏会前の通し稽古があったりする。

昼食を外で食べたり、多くの日はみんなで連れ立って砂浜に向かい、海で波遊びをしたりする。

昨日の海は荒かった。

寄せる波を足を踏ん張ってやり過ごしたと思ったら、返す波に足をすくわれ、

転がされて髪から水着の中まで砂だらけになってしまった。

水着を忘れてズボンで入水した男の子は両ポケットに信じられない量の砂が入り込み

それをかきだし、かきだし、苦心していた。

寄せる波と返す波の間の一瞬の海水は信じられないほど透明である。

海底だけでなく、他の色々なものを反映してくれるような、吸い込まれる様な透明だ。

私はふと、東北でみた津波の爪あとを思い出して、非常に複雑な気分になってしまう。

のどと鼻の奥に、海水が苦い。

今日の波は大きかったが勢いが少なく、ゆったりとしていた。

浮いてやり過ごせる波ではないが、

波が来た時、下をくぐる様にもぐって進んでいけば、楽にかなり沖までいける。

足が届かないところまで、波がまだ水しぶきを上げない、うねりの状態の所まで泳ぎ出せば

もう波は関係ない。

簡単に抜き手でも平手でも泳げるし、

仰向けになっていつまでも浮いていられる。

仰向けになって顔だけ出して、水下にある耳の中で自分の呼吸と水の音を聞きながら、

海水のうねりに身を任せて空をずっと見てみる。

赤ん坊になったような気がする。

イースト・ハンプトンにはかの有名な映画監督、スピルバーグや、

小児麻痺のヴァイオリニスト、パールマンの別荘などがある。

広い、広~い敷地の美しいの庭の向こうに豪邸が見える。

そういうのをミーハー精神でもって、ドライヴやお散歩して見に行ったりするのも楽しい。

また、ピアノフェスト本部にはビリヤード・テーブルとピンポン・テーブルがある。

私はここに来て、ビリヤードがかなり上手くなった。

みんなが歓声を上げ、自分でも信じられないほど。

特に、ゴールドベルグを演奏した後は、自分で意図していないところに玉が続けて入ったりする。

私はこれを「ゴールドベルグ現象」と命名し、バッハにいつも感謝している。

夕食は7時。

その前にごみ捨て、掃除、料理助手などの家事分担の義務が日替わりである。

夕食は参加者14人全員で外のポーチで食べる。

わいわいがやがや、そしてあっという間に食べ物は消えてしまう。

みんな「ピアノフェストに来てから太った」と文句を言っているが、

それが信じられないほどの食べ物があっという間に食い尽くされる。

夕食の後はもう少し練習して、その後恒例の飲み会がある。

私やオルガは、どちらかと言うと一匹狼タイプで、

中国人たちはコンクールの準備中とあって、参加したり参加しなかったりだが、

毎晩参加のつわものたちには正直脱帽だ。

朝の3時まで飲んで、次の日は9時に来て練習を始めたりしているのだから。

ただの飲み会は私たちにはついていけないところがあるが、

ゲームをやるときは楽しい。

心理ゲームや、

「シュレード」(身振り手振りだけで、相手チームの指示する単語やことわざを自分のチームに当てさせる)

は私たちの一番好きなゲームだ。

大変盛り上がる。

こうやって過ごしてきたピアノフェストも後2日を残すのみと成った。

不思議な感覚だ。