泣きながら追悼演奏をしました。


親しくさせて頂いた人生の先輩が亡くなりました。
とっても面白い人で、いつも私を笑わせてくれました。
奥様と、NYの素敵なアパートでパーティーを良く開いてくださり、
(19世紀のサロンと言うのはこう言う物だったのでは?)と思わせるような
色々な分野の面白い方々を沢山ご招待されて皆が楽しく意見交換を出来る、
本当に触発される会に良く私も加えてくださいました。
「パーティーに何をお持ちしたらよいですか?今から買い物に寄ってから伺います」
と、メールをすると、
「それでは金の延べ棒が欲しいです。スーパーにあったら買って来てください」
と返してきた思い出は、今でも思い出し笑いしてしまいます。
若くしてアメリカに渡られ、
エンジニアとしての技術を活かされてビジネス界で大成功を遂げたのち、
若くしてそれを売られて芸術に没頭され、絵画や彫刻などに精進されました。
その姿は私の様に子供の頃から音楽の道を進んできたものの襟を正さすような、
インスピレーションがあり、色々私は触発されました。
私の人生の色々に本当に親身になって一喜一憂してくださり、
一生懸命私の話しを聞いてくれ、私よりも一生懸命私のためにお考え下さり、
私が忘れたころに「次はこうしたら?」と人生相談のリンクを送って来てくださったり、
本当に人生や、友好を、愛でて生きられた方でした。
私が菜食主義だった頃、私の演奏会に来てくださって、
演奏直後でお腹が空いていたた私のために
特別に手作りでスープも昆布だしの「菜食ラーメン」を作ってくださった。
演奏後にホッとしました。
若輩者の私に、本当に腹を割ってご自分の考えや人生観をお聞かせくださり、
そして腹を割って私と対話をしてくださいました。
私には親戚のおじさんの様な、心の拠り所、勇気をくれる人、大事な友人でした。

昨日は三鷹にある和風工芸品のギャラリー「静」さんで演奏だったのです。
自分の気持ちの中で追悼演奏にしようと思っていたのですが、
もう何年も「静」で私の事を聞いてくださっている方々にはやはり聞いて頂きたくて、
アンコールの時に和夫さんのお話しをしました。
そしたら、弾きながら涙が出てしまいました。
ラフマニノフの「哀歌」を弾いたら本当に涙と鼻水が出て、
鼻水がすすり切れなくて、どうしようかと思いました。
そういう私の姿を見たら、和夫さんはきっと大笑いをしたと思います。