カフェで幸せ。


久しぶりにゆったりとした気持ちです。

一人でゆっくりとお昼をした後、大好きなカフェに来てラッテを飲みながら書いています。

最近はお砂糖を極力控えているのだけれど、今日は色々頑張ったご褒美。

ラッテの上にサラサラとザラメをかけたので、表面が光っているのがご覧いただけますか?

こうやって飲むと、上のホワホワのスチームミルクに甘いじゃりじゃり感が加わって

私はとっても幸せです。

 

今朝は早起きして練習した後、今週末土日のリハーサルに行きました。

土曜日と日曜日は3時からと4時半からそれぞれ30分ずつ、

ヒューストン美術館(Museum of Fine Arts Houston)のドガー展で

ドガーと同時代の作曲家の作品をオーボエ奏者のAlecia Lawyerと演奏します。

素敵な企画でしょ?

詳細はこちらでどうぞ。

https://www.mfah.org/calendar/not-your-typical-impressionist-music/

 

私が今来ているのはInversionと言うカフェです。

http://www.inversioncoffeehouse.com/location.html

Art League Houstonと言う視覚芸術を教えたり展示したりする所と

絵画・工芸用品を扱うお店の隣にあって、

お店の壁にかかる展示物も定期的に変わる、ギャラリーの様なカフェです。

来る人はArt League Houstonの関係の方が多いのか、

彼らのファッションを観察するのも楽しいです。

ここに来て一人ひとりを盗み見て、その人生や今日なんでこのカフェに居るのか、

想像を繰り広げて、優しい気持ちになります。

皆一生懸命、出来るだけ良い人生、良い一日を送ろうと思って工夫して頑張っている。

最近は朝から晩まで一歩も外に出ないで論文に没頭する日々が数日続いたり、

ちょっと論文から距離を置くときは練習室にこもってピアノとひたすら向き合ったり、

そういう時間が多かった。

クリスマス・年末年始の会合と言うのはそれなりにあって

全て楽しく参加させていただいていたのですが、

でもこうやって一人で外でゆったりする時間と言うのは全く違います。

私はあんまりこう言う事をしないのですが、でもたまにすると命の洗濯になります。

私の座っている机の真横の壁はこんな感じ。

 

幸せな気持ちの理由は沢山、沢山ありますが、一番直接的なのはこれかな?

昨日の夜、ドアに貼ってあるのに気が付きました。

「Piano sounds awesome!(ピアノすっごく良い!)」と書いてあります。

あんまり嬉しかったので「ありがとう!ご自由にお取りください」とCDを3枚出して置いたら

お昼までにはみんな無くなっていました。

 

もう一つ幸せな理由は1月19日に大好きなゴールドベルグ変奏曲を演奏できること。

練習していても毎日この曲の偉大さに一瞬一瞬が「開眼!」と言う感じ。

この曲は本当に底知れない深さと広がりがあるのですが、

同時に信じられないミクロの世界もあります。

本当にすごい。

バッハが昔生きて、息をして、私たちと同じように食事やトイレをしていた人間だと言う事すら

信じがたい!

こんなにすごい物を毎日愛でられる幸せに感謝!

1月19日(木)の正午から一時間(リピート無しで演奏します)。

Houston Methodist Hospital Crain Garden Performance Seriesにて。

http://www.houstonmethodist.org/performing-arts/news-events/crain-garden-performance-series/

 

最後に。

昨日書いたエッセーで、自分がこれからやりたい事がやっと言葉に出来た感じ。

苦しんで何時間も書いたけれど、書いてみたら「これだ!これが言いたかったんだ!」と。

英語ですが。

as an artist of time, I know that the subjective experience of time is immeasurable.  Our chronological age does not reflect how much each of us has absorbed from the physical time granted to us. One can find eternity in a moment of resonance in music, whereas another in the same space and time might find not enough time, for example, to turn his cell phone on to check his email. And in my pursuit of beauty in sound, I have become keenly aware of the power of aurality and acoustic transmission of feelings to ground us in the present through our senses. It is in direct opposition to the literal communication of information on a scale and speed available for the first time in the age of high-speed internet. In addition, as a classical pianist who performs pieces written by composers from the past to audiences I do not personally know, I find that a significant affirmation can be attained through a shared experience of communion with greater entities beyond the limitations posed by words, time, space and our each individual subjectivity.  Finally, as an author on the topic of the genesis of memorization as a piano performance practice, I know what we have lost in the process of our society transforming from a memory-based age of preliteracy to the literal-based mechanical modernity of external memory. It is the sense of the present, and confidence in our own memory, senses, and the power of empathy. Music can remedy that, and I can explain and demonstrate how.