Claude Frankについて


Claude Frank(クロード・フランク)氏は、シュナーベルや、カール・ウルリッヒと言った巨匠たちと勉強した、
自分自身もすでに伝説的なピアニストで、
1990年に再出版された彼のベートーヴェン・全32のソナタの録音は
アメリカのレコード・ガイドによって第一位に選ばれた。
特にドイツ物によって一目置かれている。
私は去年の夏にも別の音楽祭で、彼の演奏を聴き、公開レッスンで稽古をつけてもらっている。
その時から、私も年をとったらああいう音楽家になりたい、と言うあるあこがれも混じった目標として
大変尊敬の念を持って、宝物のような気持ちで思ってこの一年来た。
今回、その気持ちがまた強くなった。
フランク氏はすでに84歳だ。
今でも、フィラデルフィアにあるカーティス音楽院や、イエール大学で精力的に教えているが、
近年、少し物忘れが多くなって、例えば数年前に亡くなった奥さんのことを探しまわったり、
自分の受け持ちの生徒の演奏に感動して
「あなたは素晴らしいピアニストだ!一体誰に師事をしているのかい?」
と、本気で質問してしまったりする。
去年に比べて、今年のレッスンはもっとこと細かいディーテールに及び、
口調もよりはっきりしていて、なんだか前より元気になったような感じを受けたが、
それでもベートーヴェンの31番目のソナタを演奏したピアニストの、一楽章のレッスンが終わった所で
「さあ、次の楽章をちょっとやろう」
と言って28番目のソナタの2楽章について、指示を出し始めてしまった一瞬もあった。
そういう自分自身に対する不安とか、体の不都合などもあるだろうに、
まったくそういうことを感じさせずに、嬉嬉として音楽についてしゃべり続け、
実に緻密な稽古を、ホールの次の使用者が入ってくるまで、いつまでもつけてくれる。
指の関節はリュウマチの為に硬直して、変な角度でおり曲がっている。
それなのに、演奏会でも、レッスン中にデモンストレーションする時でも
弾き始めると、実に美しい音で、実に美しい音楽をかもしだす。
それぞれの曲にこうあってほしいと言うイメージがあまりにも確固として彼の中に在って
だから指が動かなくても、そのために少々ミスタッチがあっても
その音楽はゆるぎなく聞き手に明確に伝わるんだと思う。
私の前にベートーヴェンの31番目(作品110)のソナタを弾いたイングリッドは
楽譜をよく読んだ真面目な演奏をして、「もう少し表現を誇張してごらん」と言われていたが、
私は反対に

「セクション毎に、聴衆に分かるくらい、テンポや音量や音色を変えてしまうのは、やりすぎだよ。

分からないくらい変化をつけて、聴衆に
(何が起こったか分からないが、感動した)と思わせるのが
本当だ。
そこの違いを間違えないで。」

と言われ、その節度の中でどう表現豊かに弾くか、と言うことについて厳しく言われ続けた。
モーツァルトの指示には厳しく一時一句従うのだが、
その指示の一つ一つをどう解釈して読むか、
どこまで強調するか、それとも控え目にするのか、
一瞬のタイミング、どの個所で拍の頭に弾くか、お尻で弾くか、
どこで息をするか、どこで句読点を入れるか、どこからどこまでを一息で弾ききるか、
私が弾く途中、ずっとうなり続け、歌い、拍を数え、
「Beautiful, beautiful」
と叫び続け、「Forte! Now, piano!」
としゃがれ声をありったけ張り上げて私に3回通させた。
レッスンの後で、
「この曲は一番難しい曲の一つだ。モーツァルトの中では一番ロマン派的な表現を使っているが
節度を超えるとモーツァルトでなくなってしまう」
と言っていた。

昨日に引き続き、今朝もフランク氏による公開レッスンが在った。
今日はデイビッドがベートーヴェンの最後のソナタを弾いた。
その演奏に同じようにレッスンをつけるフランク氏を見ていて、私は涙が出てきてしまった。
去年私はフランク氏が同じ曲を演奏するのを聴いている。
サラソタの音楽祭である日、カフェテリアのおんぼろピアノで「レドレドレドレド~」
と皆が食事をする最中、われ関せずとゆっくりといつまでもトリルの練習をするおじいさんを見て、
正直私は(うるさいなあ、この人どこのおじさんだろう)
と思ってしまったのだが、周りの生徒に教えられてそれがフランク氏だと知った。
(32番目のソナタは誇張でなく本当に3分くらいトリルを続ける箇所があるのです)。
リュウマチで手が固まってしまっているフランク氏の音楽観は
ミスタッチに全く揺るがされることなく、完璧に圧倒的だったが、
でも、娘さんのパメラ(物凄いヴァイオリニスト、親子でベートーヴェンのソナタを録音している)によると、
フランク氏は自分の演奏に不満で、演奏するのが嫌になってしまっているそうだ。
それが今、若いデイヴィッドや、私に、自分の音楽観を全く無私に伝授しようと一生懸命声を張り上げて
「beautiful, beautiful!」
と、惜しみなく励ましてくれる。
デイヴィッドの演奏のあと
「Yes, it’s ALMOST good now – it’s a funny way to put it, but for a piece like this, the piece is always more beautiful than how you play. I have played this piece over 200 times, and I am happy everytime I do, but I am also, still learning it (そうだね、こんな言い方は変だけど、あとちょっとで良くなるね。こういう曲は、どんなに弾いても、いつまでも曲自身の美しさにかなうことはないからね。私だってこの曲はもう200回以上演奏したけれども、そして弾く度に楽しいけれども、まだまだいつまでも勉強中だからね」
と言っていた。
私もフランク氏のような音楽家になりたい。