「そこまで自由自在に弾けたら気持ちよいでしょうねえ」と時々言われます。

実際、自分の思い描く音世界を実現できるのは、時間や肉体や言葉や五感や自我を超越した解放感があります。確かに気持ちよいです。

現アメリカ政権が次々と異例な言動でニュースを賑わす中、アメリカ民主主義を見直す過程で、表現や宗教の自由や自由市場など、『自由』という言葉が良く用いられます。自由とは社会的制約や抑圧から解放され、自分の意志を拠り所にするという意味です。一方『自在』とは、技能や能力を発揮し自分の思うままに物事を操ることだそうです。

政治に於いてもテクノロジーの進展に於いても、我々は『自由』を追求する過程で『自在』を忘れ、重大な間違えを犯してきたのではないでしょうか。人類の文明史は、束縛を最少化する『自由』を追い求めた歴史とも言えます。農業革命・産業革命・IT革命と進む中、食料生産→肉体労働→意思疎通・記録・計算・思考までをもシステム化や機械化することで、生活をどんどん効率化・量産化し、仕事を肉体から頭脳へと移行してきました。今日、先進国に於ける我々大多数は自分の衣食住に関して根本的に無能です。音楽産業でも、実際に体を使って音を奏でる演奏者はヒエラルキーの底辺で、音を出さない教師・指揮者・評論家・興行師などが権力や財力を握っています。

人工知能の出現はその今までの人類の自由追及にどんでん返しの可能性を提示しています。我々は今、重大な自問自答を強いられています。機械化できない人間性とは何なのか。あなたの自在はどこにあるのか。敢えて自分の手でしたい作業、体で成し遂げたいチャレンジとは何なのか。生きる意味とは何なのか。

ChatGPTリリース3周年目を迎えた今週、ピアノを弾きながらそんなことを考えています。

このブログは日刊サンに隔週で連載中のコラム「ピアノの道」♯166(12月7日付け)を基にしています。


5 responses to “美声日記12.2:『自在』の見直し”

  1. abbros Avatar
    abbros

    シンギュラリティはまだ先かもしれないけど。助走は始まってますね。
    わたしは動物的な拒否感をAIに持っています、仕事ではPCのお世話になっていますけどね。
    「機械化できない人間性」これはなかなか難しい問題です、生物学的には身体機能や脳の働きも
    ある意味では電気機械反応に還元出来てしまうでしょう。けどそれはあまり意味のないことですよね。
    地球生物に備わっているシステムの宿命なんだから。
    AIの生まれ方は非常に生き物とは異なってますよ、ある意味では聖書的とも言えますね。
    誰かの目的のために創造されたわけだから。わたしは聖書を物語としか考えていないので、こんなことを
    いうのですけど。AIは自然とは最初から決別した存在、野生が抜け落ちてるところが親しみを感じない
    理由です。利便性・生産性はどうでもよいのです。
    ところがこのAIに愛を感じてしまう人もいるそうですね。人間より親和しやすいのだそうです、受け入れてくれる認めてくれるのだそうです。端的に言ってそれを「心の病」と呼んでいいと思います。
    他者との関係性を持つことのできない半分人間なんですね。仏教では人間を「じんかん」と読みます、ひととひとの間にいる存在、ひとりでは存在できない生き物なんです。なので半分人間なんですよ。
    お昼休みにまとまりのないことを書いてしまいました。ご勘弁。
    ところでマキチャはスピノザ読んだことあります?概説書でOK、一度どうぞおもしろい人ですよ。

    1. Makiko Hirata Avatar
      Makiko Hirata

      Dear Abbrosさん!コメントありがとうございます。Spinozaは名前しか知りませんでした。とりあえず返信を書くためにざっとWikiを読み、8分のヴィデオを観ました。う~ん、共感する点がある気がします。特に島流しのあたりが…
      LLMの中に創り上げた対話相手を「愛人」や「伴侶」と認識する人々のオンラインコミュニティーを、勉強のために覗きました。不思議な物です。とても人間的な会話をしています。「ChatGPTに自殺を停めてもらって今の自分がいる」と言う人がその会話を全てコピペして公開した記事があります。胸を打たれるほど思いやりに満ち溢れた対応が見受けられます。
      LLMは詐欺師だと思うとよいそうです。自分が言ってほしいと思うことを言うようにデザインされているからです。
      相手を餌食だと思って酔わせるたくみな会話術の詐欺師と、LLMと、どちらがより「じんかん」的なのでしょうか。
      マキチャ

  2. abbros Avatar
    abbros

    ちょっと考えてみたのですが、なかなか難しいなぁ。
    AIは人間じゃないじゃないか!人間存在にとつての外部だよ、でもいいのですがね。
    そう簡単でもないのかな、AIに依存してしまうヒトにとって彼(AI)は疑似人間みたいなものだから。
    20世紀的に考えると、詐欺師と対峙するわたしはなんと実存的な人間存在なんだ!などといっても
    良かったのだろうけど、いまではそういう理解は陳腐化していますね。
    その背景にあるのはやっぱり社会の解体なのかもしれないですね、アトム化したヒト。
    失楽園ならぬ失人間なのかも?
    わたしも66才になりました、緑寿(ろくじゅ)と言うのだそうです。
    もう一度頭を鍛えようかと思っています。

  3. Yuko Yamaguchi Avatar
    Yuko Yamaguchi

    福沢諭吉の自由とは(自らをもって由しとなす)は(良し)という漢字じゃない事について考えさせられた今回の平田先生の記事でした。

    この一年、自分の活動に(?)が浮かぶ時は(より良く生きる)など我が身を鼓舞してみたけれど(由しとする)己の自由について、2026年を自問自答しながら日々を重ねていこうと思いました😆

    1. Makiko Hirata Avatar
      Makiko Hirata

      おお、考えさせられますね~。いつもコメント、ありがとうございます。
      真希子

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