あなたはご自分の幸せには何が必要だとお考えですか?
周囲の幸福度が本人の幸福感を影響すると示す研究は沢山あります。例えば2008年のハーヴァード大学の研究によると、Aが幸福だと、Aの友人のBの幸福確率が25%、Bの友人のCが10%、そしてCの友人のDが5.6%増えるのだそうです。CとDは、Aとは赤の他人なのに!
できるだけ多くの人が幸せになれば幸福の好循環が勢いづく―ここを政治の最優先にすると民衆の生活と将来の見通しが政治の重要課題になり、教育・医療・保険などの社会福祉が大事になります。独立宣言には「人間みな平等で生命・自由・幸福の追求の人権は不可譲」とあります。自由の女神の台座には移民を歓迎するエマ・ラザラスのソネットが刻まれています。「疲れや貧しさに喘ぎ、自由に焦がれて岸辺に群がり、安住を拒まれて嵐にもまれる哀れなさすらい人たちを私に送れ。私はランプを掲げて黄金の扉を示す。」『移民の国』アメリカ民主主義の理想です。
一方、個人の人権よりも政府の権威や法の執行を優先し社会秩序を重んじる政治もあります。この方が経済の立て直しなど、大国の大問題の解決には効率がよいとも言えるでしょう。問題は同じような政治家が集まった政権が多様な民衆全ての人権を尊重するか、ということです。今回の米大統領選の結果の不安はトランプ信望者の多くが「アメリカは白人の国」「アメリカはキリスト教の国」と主張する白人男性優勢主義者だということです。「アメリカ・ファースト」は、第二次世界大戦以降アメリカが担ってきた国際社会に於ける民主主義の守護者としてのリーダーシップの終焉を意味します。
知恵・情報・ご馳走・富・爆笑・思い出・愛情…共有すれば意味が倍増するものばかりです。私は世界の平均幸福度を上げるために音楽家になりました。世界は一つ。人間みな兄弟。音楽万歳。
このブログの英訳はこちらでお読みいただけます。https://musicalmakiko.com/en/my-musical-mission/3405 (内容は若干違います。)
上の文章は昨晩就寝前、日刊サンに隔週で連載中のコラム「ピアノの道」♯141として書きました。そしてその晩、二回も悪夢にうなされたんです。二つとも、貧乏学生時代の自分に戻って、宿や練習場所を求めて不安な気持ちでマンハッタンをさまよい歩いたり、あまり好ましく思わない相手の好意にすがらざるを得ない状況を惨めに感じたりと、焦燥感と不安に満ちた暗い夢でした。原因はすぐに思い当たりました。自分の経験を基に、もっと悲惨な状況にいる在米移民や避難民の方々の苦労に思いを馳せていたのです。
私は13の時に父の転勤に伴なって渡米し、16の時の家族の帰国後もアメリカ人夫婦のところにホームステイをさせてもらって一人でアメリカに残りました。私の両親は、私を音楽家にしたかったわけでも、在米日本人にしたかったわけでもなかったので、(ダメだったら日本に帰ってくればよい)というスタンスでした。私も意地もあり、学生ビザでもできるアルバイトで時給を稼ぎながら、我武者羅に貧乏学生生活を送りました。
学部生の時のアパートは、ハーレムに隣接したビルの半地下の部屋で、日の当たらない窓には鉄格子がかかっていました。今から思うと住居用ではなく、オフィス用の部屋割りだったと思います。簡易ベッドを押し込むとそれだけでいっぱいになってしまう小さな部屋の家賃は毎月210ドルと破格でしたが、ネズミが毎日のようにアパート中を走り回っていました。同じくらい小さな部屋がもう一つ、そしてもう少し大きな部屋が2つあって、色々な学生が間借りをしたり、出て行ったりしていました。私はそこに3年間住みました。
ある時、エチオピア出身の若い女性が大きめの一室を借りました。外に貼ったチラシを見て面接にきたのです。若い小柄な女性で、息をひそめていつもドアを閉めて暮らしていて、打ち解けようという努力はお互いしなかったと思います。ところがある日、同じ学校のルームメイトが彼女の部屋を横目で見ながら小声で話しかけてくるのです。「あの人の他に赤ちゃんと知らない女性がいる。もう数人いるかもしれない。なんか家族で暮らしてるっぽい。」ドアの隙間から覗いてみると、赤ちゃんが床に敷かれたタオルの上に寝かされていて、その周りを女性が二人囲んで、小声で話しをしていました。よく知りもしない防災法を持ち出してアパートの人数制限とかなんとかルームメイトと寄ってたかって言って、その女性には出て行ってもらいました。今から思うと、ただ単に未知の状況や自分の知らない背景や価値観の人と一緒に暮らすことが、大学生の私たちには薄気味悪かったのだと思います。無知・無経験故に、残酷なことをしてしまったのかもしれない。あの女性たちは、そして赤ちゃんは、どこに行ったのだろう。あの後大丈夫だったのだろうか。
一方、私自身も何度か家なき子を経験しました。
家主との契約を交わしていたルームメイトが夜逃げをしてしまい、二人分の家賃を一人では払いきれなくて困っていたら、厳寒のNYの2月に暖房も電気もガスも切られてしまったことがありました。結局友達に引っ越しを手伝ってもらって私自身も急遽夜逃げしました。その後どこに身を寄せたのか、何だか思い出せないのです。
ロックスター(U2のボノ)や超有名映画俳優(アレックス・ボールドウィン、他)などが沢山住む高級アパートのメイドの部屋に家賃無料で2年住んでいたこともあります。家賃の代わりに、毎朝飼い犬を一時間散歩に連れ出すことと、毎週一回アパート全部の掃除をすることが条件でした。ジョーンという名のエキセントリックな高齢女性が一人で暮らしていました。広大なアパートで、3回違う場所のコンセントに差し替えないと一室の掃除機がかけきれないのです。掃除をやり切るのに毎週6~7時間かかりました。ある日練習を終えて夜遅く帰ってくると、ジョーンが私を待ち構えていました。私の上腕を引っ張ってアパートの一室に連れていき、家具を動かすように命令しました。無理だと思ったのですが、言われた通りに押すと車輪がついていて意外にもすっと動きました。ジョーンは、その動かされた家具の下にたまった埃を指さして「音楽家というのは貧乏だと思っていたけれど、あなたは無料の家賃がありがたくはないのかしら。こんな手抜きをして私にばれないとでも思った?次にこんな埃を見つけたら、即叩き出しますからそのつもりでいてね。」と、静かな声でパワハラしてくるのです。でもジョーンは、来客があった時はご馳走の残り物をくれたし、私は何しろグリーンカードを取るために貯金をしていたので家賃無料の好機は逃したくありませんでした。
私もかなりの綱渡りをしてきました。上の二例の他にもいろいろ、ぎりぎりの体験談は思い出し始めると尽きません。それでも私がここまで音楽の道を来れたのは、いよいよになれば泊めてくれる友達や恩師が周りにいて、頼めば送金してくれる両親が日本に居て、仮に本当に帰国になっても日本は平和で豊かな国だったからなのだと思います。でも、トランプが強制送還をほのめかしている人達の出身国は戦争中だったり極貧だったりです。そして彼らが渡米するに至った背景も私たちなんかには想像もつかない、切羽詰まって命がけの悲惨なものです。
私は、人の不幸の上に自分の幸せや富を築き上げることは、不可能だと思います。サステイナブルでないのは、地球の資源が有限だからだけではありません。私は、個人の意識は世界の全ての意識に繋がっていると思っています。物質的・条件的にどんなに自分の近辺だけを豊かにしても、周囲の苦しみが雲の様に自分の意識に影を作ると思うのです。地球上の苦しみ全てを無くすことは不可能です。生きること自体が苦しいことだと思う。でも、その苦しみを和らげ、自分も周りも慰められる唯一の方法は、苦しみを直視して、良い方向になるよう働きかけることだと思います。
一人の音楽家ができることなんていうのは、歯がゆいほど間接的で微力かもしれません。それでも私は、やらせて頂かなければいけません。