1月6日(月)
ラジオで「例外的に降水量が少ない雨期に強風が加わり、山火事の危険性が倍増している」と言っている。強風警報発令。何だか落ち着かない不安な気持ち。この曲がぴったり。
1月7日(火)
早朝、物凄い強風の音で野の君と同時に目が覚める。「どん!ごごん!」—物が飛ばされて何かにぶつかる音。「ごおおおお~」という強風音。家の中にいると強風が怖いので、野の君と二人で特に行く必要のない野の君の大学のオフィスに出かけて二人で作業。出かける前に、ごみ箱やバケツや脚立など、庭にある吹き飛ばされそうなものを全部しまう。飛ばされて人に当たったら大変だから。「寝袋持って、一応オフィスで眠れるように準備しておこうよ」という私を野の君一笑に付す。
午前中にパリセーズで山火事が発生。ノーベル賞文学賞を受賞した小説家トーマス・マンを始め、シェーンベルクやアドルノなどの文化人がナチスを逃れて第二次世界大戦中居住した地域。2021年にトーマス・マン・ハウスで演奏収録プロジェクトに携わらせて頂いてから私にも色々思い入れのある地。強風に煽られた火の勢いが心配だけれども、煙の臭いがするわけではなく、この段階では全てが想像の領域。
午後:風がどんどん強くなる。16時から強風が悪化するというニュースで今度は我が家の安全が心配になり、野の君と急遽帰宅。風がどんどん強くなる。ズームしている野の君のオフィスに入って外を指さす。怖い!野の君と二人で庭に出てみると、いつもハイキングに行く山に火がちろちろとついている。「え?えええ??あれ、火だよね~…」という感じ。この距離だと人差し指の先っちょくらいの大きさ。「一応避難の準備しておく~?」という感じ。後1時間でまたズームという野の君と二人で何となくおろおろと動きつつ実際にはまだこの段階では物をまとめていない。そしてこの時は私の方が「避難!」といい、野の君は「大丈夫だよ~」という感じ。強風が一番強くなるのが16時から翌日6時までという情報が頭に残っている。次の予定のズームを始める直前の野の君ともう一度庭に出てさっきの山の上の火を見ると、下腕の長さくらいに火が広まっている。たかが10分くらいの間に驚異的な広がり方。野の君が突然血相を変える。「逃げよう!」次のズーム相手に「逃げます」宣言をした後、二人で寝袋・重要書類・洗面用具・着替え・軽食などを車にぶち込み始める。風がどんどん強くなり、野の君の血相の変化で私も泡を食らってしまい、トイレットペーパーや、キッチンタオルや、もう何が必要か全然わからない状態で車にどんどん詰める。野の君が突然「ドレスは?」と私に聞く。(え?…ドレス?)「買えるものはいいから!買えないものは何?簡単に買えないものを持っていこう」野の君が珍しく大きな声を出している。
私は行動を共にしたかったのだけれども、野の君は車を2台とも避難させたいという。とりあえずより安くて古いカローラ君は、山に近い我が家よりは安全と思われる大きな駐車場に避難させ、そこからプリウス君で二人で大学に向かう。木の枝が道路に散乱している。大きな物は道路の幅を半分以上またいでいるものもある。これが車の上に降ってきたら走行不可になる!歩行者の上に落ちたら死ぬ。高速に乗ると、実際大きな木の下敷きになっている車がある。何だか凄まじい。高速はラッシュアワーなのに空いている。車を出て、初めて煙の臭いに気が付く。…これはやばい!大学近くで中華料理のテイクアウトを大量に買う。野の君と二人で、ちょっとストレス食い。温かい野菜餃子とチャーハンがお腹に詰まって少し安心。
二人でオンラインニュースで山火事を見守る。我々が避難して2時間後に、我が家のある一帯にも避難勧告発令。避難命令ではないことに希望を託す。地図でも少し距離があるし、火事の現場と我が家の間に4車線の大きな道路がある。でも強風の勢いがあまりにも強くて、その大きな道路を火が飛び越えるのではというのが懸念。数時間ニュースを見たり、近所の友人と安否を確認しあったりして過ごす。普段の就寝時間を過ぎて、やっと寝袋を床に敷き、就寝。私は割と簡単に寝付く。非常時には私の方が慣れている。
1月8日(水)
早朝4時、新しく避難命令を受けた野の君の同僚が我々にジョインする。みんな不安な表情。「ごめんごめん、寝て寝て…!」と言われるけれども、この非常時の同伴者ができた心強さで、起き上がって安全を確認しあう。その後も野の君と二人で山火事の進行状況を調べたり、ごそごそごそごそ。
7時半ごろ、みんなで寝袋からもそもそ起床。「眠れなかった…」という人が多い中、結構グーグー寝た自分のタフさがちょっと自慢。簡単に身支度をしてから、みんなでそれぞれ持ち寄った食糧をテーブルに広げて朝食ビュッフェ。頂いた半熟味卵が美味で元気が出る。気心の知れた人達と楽しく一緒にお食事をするのは大切だなあ、と思う。
コンピューター作業。沢山の人から安否確認の連絡が入る。それに応答しながら、火事の進行具合も気になってしまい、なかなか本来の仕事に手がつけられない。入れていたズームアポの相手から「延期しましょうか…?」と気遣いのメールが入るけれども、決行。この避難生活・非常事態がいつまで続くか全く未知なので、むしろできるときにやってしまった方が気もまぎれるし、得策。そうこうしている内に、友人から「家族も私も安全に避難したけれど、家が全焼した。持ち出した3つのスーツケースと乗ってきた車以外もう何もない…」と連絡。何だか我が家の無傷が申し訳ないような気にすらなる。風は収まり、我が家から近い山火事は鎮火には至らずとも昨晩以来広がっていない。我が家はこれから燃える確率はほぼゼロに近い。
16時ごろ、一度帰宅。大木が強風に煽られて根こそぎ倒れているのを高速でも、個人宅の庭でも何度も見かける。特に大木が家に向かって倒れていると、家が潰されてもおかしくない。怖い。でも、24時間前には道路中に散らばっていた木の枝や葉っぱがきれいに路肩に寄せられている。これは行政の仕事。ありがたい。帰ってシャワーを浴び、着替えを持って友人宅へ。お家が愛おしい。燃えずによく頑張ってくれた。強風の中でもよく頑張ってくれた。
18時。友人のJさん宅に到着。Jさんは野の君と私の心の友。野の君の何十年来のお友達。ご飯とお味噌汁とサラダと納豆と…そしてお酒!普段はお酒は飲まない私だけれど、今夜はシャンペンを二杯!思いもかけない新年会。心からリラックスして打ち解ける。沢山おしゃべりしながらゆっくり沢山いただく。
21時。「おやすみなさい」と言って寝室のドアを閉めた直後に野の君はベッドに転がって寝息を立て始める。緊張がゆるんだんだね~。ゆっくりおやすみ~。私の安否を気遣ってくれる友人たちにテキストを返して一時間。みんなやさしいね~。ありがとう。
1月9日(木)
7時起床。ぐっすり寝たけれど、起き掛けに「新しい火事が発生している!」と指さして大声をあげている夢を見る。窓の外が奇妙な白さ。朝がしらばむのとはちょっと違う。野の君と「ちょっとお散歩に行こう…」とドアを開けて、「うおおお~~。これはダメだ~~~」とすぐドアを閉める。異様な匂い。ただの煙じゃない。ちょっとプラスチックが燃えたような匂いが混ざっているし、のどがチリチリする。9.11の後のNYをちょっと思い出す。Jさんが起きてこられる。「朝ごはんは鮭を焼こうか~。」まるで旅館の様な朝食を用意して下さる。おネギたっぷりの貝のお味噌汁が心底嬉しい。多分今夜はもう我が家に戻っても大丈夫だけれども、Jさんの優しさに癒されて、お言葉に甘えてもう一晩お邪魔することにする。
10時。大学のオフィスに作業に来るけど、作業に身が入らない。Jさんが持たせてくれた鮭のお握りを食べながら、(そうだ!この山火事体験をブログに残しておこう!)と思い立つ。今夜はおネギたっぷりの天ぷらそばの予定!