演奏道中日記カリブ海編10.30ーセント・マーチン島

朝6時:演奏直後の夜は、いつも演奏のフラッシュバックが頭の中で花火の様になっていて、よく眠れない。昨日の夜はいつもの高揚感とは違ったもやもや感で、寝る前に映画を一本観た。認知症の保守的で虐待的な父親を引き取る決意をする同性愛者の男性の話し。深刻なドラマだったけれど、真摯で体当たりの演技で船に乗っている事すらすっかり忘れて見入ってしまった。お蔭で5時半まで安眠。そして早起きのお陰で神聖な日の出が見れました!

刻一刻と色が変わる海と空を見守りながら、豪華客船の良い所は、朝起きるといつも新しい空気・新しい景色・新しい可能性が感じられる事だなあ、としみじみ実感。特に加齢や他の諸事情で移動が困難な方々が、寝てる間に新天地に行けるというのは素敵です。

私が就寝した後、バンドリーダーからメールが来ていました。

あなたは今日はファンタスティックな仕事をしたわ。私は楽しんで演奏できた。明日は9時に一緒に朝ごはんを食べて10時から12時までリハーサルをして、13時から島のツアーをしましょう。

私は実は、もうトリオには辟易していて、トリオに内緒で朝のツアーに登録していたのです。何と返信しよう...取り合えず、美味しい朝食を食べながらゆったり考えることにしました。

7時半:この船で美味しいと前評判の高かった、ノルウェーおばあちゃんのワッフルを朝ごはんに!

サワークリームとラズベリー・ブラックベリー・苺・ブルーベリーと共に乗っているのはピーナッツバターと混ぜ合わせたチーズ!

ワッフルの生地からショウガの香!焼き方がすっきりと薄くて、端はカリカリ。とても食べやすい!食傷気味の胃にすっきりと収まってしまいます!ラッテと共に頂いて至福!

8時半:他のメールと共に、バンドリーダーへの返信も自分を信じてあまり考え過ぎずサッサと書きます。

「私は朝のツアーに行ってきます。お休みが必要だと思うので。私の不在中、次の三つの事をやってください。①「自己成就予言」という物が何かググってみて下さい。(リハーサル中にまるで暗示か呪いをかける様に「あなた、本当にここ間違えない?絶対?随分自信があるのね。他のピアニストは皆ミスるのだけれど...」などと延々と言うので。)②5つ私に関して評価する点を書きだしてください。③なぜ私を敬意を持って扱うべきか、どうしたら敬意を表明できるか、考えてみて下さい。Have a good day!」

そしてこのメールは、私がもう船を出発した後送信されるように設定しました。

9時半:ツアー開始。バスに乗り込んだら「昨日のピアニストだ!」と人気者。ちょっと気分が良くなります。セント・マーチン島は大きな島では無く、水に含まれる塩分の度合いが非常に高いので農作物が育たず、観光が主な収入源の小さな島です。でもサンゴが美しく、地理的にも有利でオランダとイギリスが半分ずつ統治しています。西インド諸島をめぐっていると、植民地の歴史や地理的条件がいかに島の運命を左右するか、考えさせられます。一昨日のドミニカ島も、昨日のアンティグア島も、今日のセント・マーチン島も2017年にハリケーンで多大な損害を被っています。2017年はヒューストンで私がハリケーンハーヴィーを体験し、洪水の為に10日ほど4階のアパートに籠城状態になった年です。ところがヒューストンは完全復興しているのに対し、西インド諸島では、いまだに屋根がない家や、潰れた家の損害などがそのままになったりしています。ヒューストン内でも、貧富の差で回復度の早さや予算の組み方が如実に違い問題視されましたが、グローバルに見たらもっとそうなのだと実感しました。

今朝起きた時からベランダまで沢山の小さくて白い蝶々が飛んできているのに気がついていました。島に上がってびっくり!まるで群れる様に飛んでいるのです。島は花が咲き乱れ、鳥も沢山飛んだり鳴いたりして自己主張をし、そしてイグアナがそこら中にいます!イグアナというのは滑稽な動き方をする生き物だという事を初めて知りました。

観光で経済が成り立っている島に特権的な立場で来て、何かを買わないのは罪悪感すら感じます。お金は投票権と同じだと思います。自分が支援する物に使う。いつもは買い物に全く興味がない私ですが、この旅ではちょっとずつ買っています。

13時過ぎ:船に戻ったらバンドリーダーから返信が。

「私がこのグループのリーダーよ。私は血と涙と貯金をこのグループに賭けているの。これは私の収入源の100%よ(いつも生徒やレッスンの話しをしているので、これはウソ)あなたはこの仕事を受けた時に最初のリハーサルから最高級のレヴェルの演奏を約束したはずよ。(そんなことは一言も申しておりません)...(中略)...昨日の演奏は素晴らしかった。次回も同じレヴェルを要求します。私のゴールはこのグループがいつも最高級の演奏をする事だけ。私はその為だったら何でもします。」

チェリストからのフォローで、船のスケジュールの都合で月曜日に予定されていた私たちの二回目の演奏が明日(日曜日)になったことを知ります。メールを無視して気を揉ませる事もできる。究極的には、ここで共演放棄、ストライキをする事でもできる。少なくともその可能性を匂わせることは出来る。この船での演奏には私が必要で、あまり邪険に扱うと、彼ら自身の損だという事を自覚させたい。取り合えず、腹ごしらえをしながら考えます。

このバンドの為にあなただけが苦労して、あなただけがこの演奏の結果に影響されるという主張が、あなたが成し遂げたいと思っているゴールに役立っているか考えてみて下さい。あなたは究極的に何を成し遂げようとしているのですか?考えてみて下さい。会社の経営者が、利益を目的にするのではなく、従業員の幸福度を目的にしたことで従業員の気運と生産性が上がり、その結果利益も上がったという私の話しを思い出してください。(夕食時に父が中小企業診断士だと話しをした時に、話題に上がった経営論のゴール設定の話。興味深げに聞いて居たので。)

リハーサルしていないときは、バンドリーダーは常識的。そして普通に身の上話しなどもしたりします。例えば「私の両親は絶対こんな客船で旅なんかしないの。彼らは家に居て、仕事しかしない。え?何の仕事をしているかって?...二人共私のマネージャーよ。」…これには仰天しました。それはかなりのプレッシャーになるという事は推測できます。更に、母親がかつてはピアニストだったという話しも小耳にはさみました。チェリストには仲間意識らしきものを見せ、リハーサル中も比較的友好的なのに、ピアニストにだけ威圧的で横暴なのは、もしかしてそういう事も背景にあるのかも知れません。

でも、彼女自身にどういう背景があってこういう態度に出てるとしても、いかに情状酌量の余地が在ろうとも、私は良い演奏をするためにも、これからの音楽人生を邁進するためにも、自分の自尊心を守らなければいけません。好き勝手言われて黙っている訳にもいかないのです。それに、人類愛的に、私は彼女に気が付いてほしい。彼女に面と向かって言う人は少ないかもしれないけれど、彼女はピアニストをいじめることで間接的に自分で自分の首を絞めている。

16時:リハーサル。結局彼女は私の二通のメールには返信も言及もしませんでしたが、態度が少し軟化。「ここであなたにテンポをまかれてしまうと、音を全部弾き切れないの。もう少しゆっくり弾いてくれる?」などと、びっくりするような可愛い発言も出てくるように成りました。前だったら「あなたはなんでそんなに走るの?私に何回言わせる気?何も考えないで、テンポ通りに弾いて。メトロノームみたいに弾いてほしいのよ!あなたメトロノーム使って練習しないでしょ。聞いてて分かるわ。メトロノーム、見た事ある?私の質問、理解してる?言われてること、わかっているの?だったら楽譜に書き込んで!書く所を見せて!今すぐ書いて!『メトロノーム通りに弾く』…書いてよ!私はメトロノームとしか、練習しないのよ。メトロノームみたいに弾いて!」とか言っていたのに。

17時半:思ったよりずっとすんなりリハーサルが気持ちよく終了。19時半のお夕飯の予約まで自由時間。メールやブログを書き、少しテレビなんかも観て、ゆっくりする。グラスゴーでの環境G20サミットが始まる。船がセント・マーティン島を出港すると共に凄い夕焼けが刻一刻と色を変えて素晴らしいショーを繰り広げてくれる。コンピューターのスクリーンを観ているのが勿体ないよう。夕日が海面に落ちていくところを自分の部屋のベランダから見ているマキコって何様!?

19時半:サックス奏者として豪華客船を渡り歩く流し音楽家トミー君とトリオで夕食を一緒にする。船内でも美味しいと評判のイタリアン・レストラン。バンドリーダーはトミー君の様に豪華客船でもっと演奏をしたいと思っていて、トミー君のアドヴァイスを熱心に聴いてる。トミー君はバンドリーダーを「可愛い後輩」的に気前よく延々と最初のショーの感想を述べてくれる。「大丈夫。あなたたちのショーは最高だったわ!これからはきっと客船のお仕事も増える。うん、保証する。でももっとお客さんを喜ばせたかったら、歩いたり立ったりして舞台を動き回ってダイナミックに!演奏はもう素晴らしいのだから、後は演出よ!それからもっとチェリストとピアニストの違う面を観たかったの。ショーで一番興味深かった瞬間、分かる?マキコ?あなたの名前の発音はマキコで合ってる?ああ、良かった!そう、マキコが脳神経科学の話をした時よ。ああいうのがこういう上昇志向のお客さんたちには受けるのよ。知性が香るじゃない?もっとマキコに喋らせて!」…ありがとう、トミー君!(いや、「トミーちゃん」かな?)でかした!よくぞ言ってくれた!!!にわかに楽しく、ワインが美味しくなる。いや~、愉快愉快!!

夕飯の前菜。この後舌平目とリブアイステーキ(レア!)とフェッタチーニのカニ肉クリームソース和えを食べました。余りの興奮に写真を撮り忘れた…すごい夕飯でした。

21時15分:お腹いっぱい食べた後、4人で客船のエンタメ総監督のヴェリティーが歌うキャバレーショーを見に行きました。彼女は前世はフルタイムで歌手をしていた人。ガーシュウィンやコール・ポーター、「Over the Rainbow」などの曲をアレンジして素敵なショーにしていました。その後3人で暖炉の前でハチミツ入りのハーブティーを飲みながら女学生の様に恋愛とかの話しをして笑い転げたりしました。

人はいつも仲良くしたいと本心では思っているのだと思います。それなのにどうして憎まれ口をたたいてしまったり、意固地になってしまったり、怒ってしまったり、いじめてしまったりするのでしょう?私の永遠の課題です。

1 thought on “演奏道中日記カリブ海編10.30ーセント・マーチン島”

  1. お疲れ様です。

    旅の役者のどさ周りに、本物がいた。
    一見ひ弱な東洋人の女だ。
    上から目線で怒鳴りつければいいなりだとリーダーは勘違いをした。
    しかし、東洋人の女は、脳科学者で博士、そして、クラッシックのピアニストで専門家だ。
    現世利益の願望を打ち砕いて、颯爽と演奏をし、そして、クルージングを楽しんだ。

    小川久男

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *