明鏡日記9.25:音楽と食と倫理

ドビュッシーの「Reverie(夢・夢想)」という曲が在ります。

独特な雰囲気を醸し出す、不思議な曲です。ピアノの音色を美しく際立たせてくれるので私は最近好んで弾きます。でも後年ドビュッシーはこの若い時の自分の作品を「単純で粗悪」などと言ってこき下ろしました。確かに単純です。でも、単純というのは悪い事なのでしょうか?

先日、とある日米の友好を祝うおめでたい席で演奏を添えさせていただきました。

お花がゴージャスです。色のバランスも落ち着きも素晴らしいです。写真に納まりきらないダイナミズムには動きすら感じられます。

京懐石のシェフの作品です。全体的に盛り付けも美しく、一つ一つのお料理の細部にまで技術と心遣いが感じられます。

技術と心遣いを細部まで凝らした作品には勿論、価値があります。相応の注目を持って心して愛でるべきだと思います。

でもそれは日常的にするべき贅沢なのでしょうか?

非日常的な空間でピアノを奏でた翌日、来る野の君の誕生日を祝って、行列のできる寿司食べ放題に行ってきました!

突き詰めれば、京懐石とは料理の心意気が違います。刺身サラダの刺身が筋がきちんと切れておらず切れ身が繋がってしまっている。生ガキやムール貝は最高でない素材を色々薬味やソースをかけることでごまかしている。でもさすが行列の出来るお店です。コスパは間違え無し。そして何よりもお魚が新鮮。そして時々悲しくなる食べ放題寿司の「シャリを多くして客の腹を膨らませる」作戦が微塵も感じられない。すし飯が甘すぎる事もない。そして何よりもスタッフと寿司職人さんが皆ニコニコして、おもてなしの心を体現してくれる。

私は食いしん坊なので、音楽を良く食べ物に例えます。自分は「栄養士の資格を後から取った料理人」と例えられる、と思っています。私は音楽の効用を語る時、特別な訓練を受けた高級シェフが食事と健康の関係を語っている様な感じが心配になる時があります。

世界の多くの人が高級食材を手に入れることができない。食材はあっても毎日の料理にそこまで手間暇や労力や時間をかけることを許されない状況の中で暮らす人がほとんどです。それなのに特権的に高級料理(とかクラシック音楽)の教育を思う存分受けさせてもらい、好きなだけ練習し場数を踏む贅沢に恵まれた人が、「食事(あるいは音楽)の本当の効用は、高級食材を非常な技術と時間と手間暇をかけて用意した時に得られます」と説いて、何の意味が在るでしょう。そして本当に一級品で無ければ癒し効果は無いのでしょうか。

しかし...食べられれば良いという物でも無い。売り上げ最優先の食品会社は、添加物や中毒性のある材料や宣伝のありとあらゆる手段を使って、消費者の健康を「食い物」にして成長します。音楽にも同じようなものがある。アドレナリン放出を促すビートや大音量で聴衆を興奮させる音楽。洗脳効果を疑うほど繰り返しの多い曲。作曲家の態度に問題があるとしか思えない創意工夫のない音楽。

音楽倫理というのは、あるのか。弾いてはいけない曲、妥協してはいけない音楽の一線というのは、あるのか。悩んでいるのは、あるバンドのピアニストの代役として、ピンチヒッターを頼まれているからです。

私は譜面があれば大抵のものは弾けます。そして特に今「Dr.ピアニスト」として成し遂げたいことが明確化している今、資金は常に必要です。更に私はがちがちのクラシック馬鹿として何十年も教育を受けて来た音楽家として、もっと自分の音楽の知識をジャンルを超えて広げ、柔軟性を持たせて「音楽は治癒効果」の大義を自分なりに大きくしていかなければいけないと考えています。

…健康を害し心身を病ませるジャンクフードと、血肉となり元気づけてくれるお食事の違いは何か。

それを見極めるためにも、「カリブ海の海賊」や「ゲーム・オブ・スローンズ」のテーマソングや喜びの歌のロックバージョンを一週間だけ弾いてみても良いのか...たかが一週間、されど一週間。そしてやるとしたら来月のツアーの為に今から私は譜を読んで、こうして頭を抱えている。

3 thoughts on “明鏡日記9.25:音楽と食と倫理”

  1. お疲れ様です。

    頭脳明晰な人は、ジャックと豆の木。
    ハープを手に入れ、人食い大男も倒す。
    けれど、倒した後にまた豆の木が。
    こうして、アカデミックの探究者には、果てがありません。

    小川久男

    追伸
    食いしん坊は、歯槽膿漏にご用心。
    手入れを怠ると、歯肉が溶け、歯痛を経て抜けます。
    虫歯治療より、歯周病予防を大切に。

    1. 人生は探求心と冒険精神で豊に成りますね。
      歯科検診にも冒険精神で挑みましょう。
      真希子

  2. Pingback: 明鏡日記9.28:演技は喜ばす為か・正直になるためか - "Dr. Pianist" 平田真希子 DMA

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