明鏡日記10.4:移動日の幸せのかけら

今日からヒューストンです。

We Are United on Twitter: "“Sing us a song you're the piano (flight  attendant)!” Thanks to SFO based FA Karl K. for gifting LAX with his  musical stylings in Terminal 7. 🎹🎼…
ロサンジェルス空港のユナイテッドのセキュリティーを終えた直後にあるカワイのグランドピアノ。演奏旅行の出発前は一番練習したい時なのですが、いつも色々な雑用に追われて結局一番練習量が少なくなってしまったりします。飛行機を待つ時間、ここのピアノで通し稽古の様な事をさせてもらった事が前にもありました。一度などは喜んでくれたユナイテッドの職員さんに日本までのフライトをアップグレードしてもらった事もあるんです!今日も思いのほかセキュリティーが手短に済んでぽっかり空いた1時間。返信するべきメールを保留にして、ピアノを弾かせてもらいました。

コロナ禍で一年半生演奏をしなかった後遺症を急に感じます。朝早くて体が眠っている状態だったせいもあるかも知れません。8月下旬から音楽祭などで少しずつ演奏を再開していたにも関わらず、体が硬い。鍵盤が重く感じるのが実際にピアノの不調のせいなのか、自分の主観なのか、冷静に判断できない。それでもチャレンジ精神で一番怖いバッハの平均律でぶっつけ本番!(お金を頂いている訳ではない。)(このピアノではいろんなジャンルをいろんなレヴェルのピアニストが弾くんだから。)(今は聴衆の為じゃなく、自分のリハビリの為に弾いているんだ。)自分に言い聞かせながら一番、二番、三番…と弾き進みます。番号が進むほど暗譜が不確か。視界の中で人が私に携帯を向けているの気配がして、心拍数と血圧が少し上がるのを自覚します。でも焦らずに旋律を誠実に歌いまわす事に集中して弾き切りました。バッハのテーマに集中して指の動きに専念しながらも、エスカレーターの下ではセキュリティーの荷物チェックを忙しそうに通貨する乗客や職員が左に見えます。

「Thank you」

ピアノの右側を通り過ぎた女性がスーツケースを引っ張りながら声と笑顔を投げかけてくれました。頬がゆるみ、自分の体が温かくなるのを感じます。次のシューベルトは和声に浸りながら大きな気持ちで歌う事が出来ました。

「What a treat!(最高のご馳走!)」

私の背後に立っていたので視界に全く入っていなかった女性が、曲が終わったら拍手をしながら言ってくれました。背筋が伸び、胸が開き、呼吸が深くなります。

空港の冷房や慣れないピアノをウォームアップ無しで弾いたせいで、いつもは絶対しないミスをしたりもしていたのですが、(大事なのはそんなことじゃない)、と気づかされます。音楽はやっぱりシェアリングなんだ。毎日弾きなれた我が家のマイ・スタインウェイでヨーガと瞑想とウォームアップを経て完璧な状態で練習しているのは、今日のこの瞬間に私に満面の笑顔で声をかけてくれたこの女性の様な人々と幸せのひとかけらを共にする為なんだ。

リストを弾く私をずっと見つめて両親が動こうとすると抗議の唸り声をあげる乳母車の赤ちゃん。

モーツァルトを弾く私に手を振ってくれた幼い兄妹。

私のドビュッシーに笑顔で何度も頷きながら目を見てくれたお兄さん。

ショパンに親指を高く大きく上げてくれた夫婦。

そして30分ほどずっと立ちっぱなしで聴いて下さった金髪の女性。

結局40分ほど弾いたでしょうか。最後には一曲弾き終える度に数えきれないほどの人混みが大きな拍手をしてくれる、ミニコンサートになっていました。その後私は荷物をまとめてゲートに向かったのですが、トイレでもゲートの前でも搭乗中にも、色々な人に「良かったよ。」「ありがとう。」「素晴らしい演奏を思いがけず聴くことができて本当に幸せです。グッドラック。」と声をかけてもらいました。

特にコロナ禍では音楽人生の家計簿に気持ちが萎えることもあったけれど、今日私は思い知らせてもらいました。私は音楽人生を歩ませて頂くことでお金以上の物をもらい続けている。私は非常に豊かな、掛けがえの無い人生を送らせて頂いている。

私は音楽家として、数えられない物の大切さを一番知らしめる修行を重ねてきているはずなのです。そして今日、やっぱり音楽の道を歩んできてよかったんだ、これからもこの道を進んでいくべきなんだ、と沢山の一期一会で出会った人達に教えてもらいました。

これからの活動への勇気を頂きました。ありがとうございました。

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