朝4時起床:今夜の宿も、切れまくりのバンドリーダーの機嫌も、なぜ明後日バルベードスで客船に乗り込む為に、今日テキサスに飛び、明日マイアミに飛び、そして明後日バルベードスまで飛ぶという旅程になるのかも、全く未知の不安。夜中に何度も目が覚め、考えてもしょうがない事を考えあぐねてしまったりする。4時にかけた目覚ましで起こされた明け方は、どうしても飛行機に間に合わない悪夢にうなされていて、目覚まし時計の音を夢心地に聞きながら(ああ、夢だった。良かった~)と心底ホッとした。
4時15分出発:野の君が空港まで運転してくれる。車には保温カップに入れたコーヒーまで準備してある。何と素晴らしい野の君!
6時10分:ここ数週間で、色々な航空会社のフライトが一日何百便とキャンセルになっている。理由は気候とか、スタッフ不足とか航空会社によって様々だが、一貫性が無くあまりにもキャンセル便が多いため(航空会社を狙ったハッキングでは...?)とのうわさが飛び交っている。しかし懸念された今朝の私の飛行機はオンタイムで順調。フライトは満席。キャンセル待ちの人たちの名前が10人弱チェックインカウンターのスクリーンに表示されている。機内は乳幼児連れの若夫婦が多い。この時間は安いからか?それとも若い人達は休みが取りにくいので、前夜に移動するのではなく当日に移動になるのか?赤ちゃんたちの早朝の便に抗議した金切声の合唱が3時間半の飛行中ずっと泣き響く。でも耳栓してるので、大丈夫。少し寝る。コラムを書く。やる事リストを作る。
12時半(テキサス到着): バンドリーダーとチェリストが空港まで迎えに来てくれる。彼らの野暮用に付き合い、出来あいのお昼ご飯をスーパーで購入し、今夜の宿に連れていかれる。バンドリーダーの叔母夫婦の家。超豪邸であんぐり。今夜は雑魚寝か、地下室かと、懸念していたのがウソのよう。バンドリーダーもチェリストも、世間話しをしている分には常識的に友好的。
15時:リハーサル開始。休みなしで、ずっと弾きっぱなしでしかも大音量のクリックトラック(録音されたドラムセットと音響効果のプラスアルファ)に合わせるリハーサル。最初の曲を通した後「素晴らしいわ。あなた、凄いじゃない。」といかにも見直されたように目を見つめて言われる。虐待者の常だ。褒めてけなすのローラーコースター。(油断するな)と自分に言い聞かせる。3時間のローラーコースターと、クリックトラックの大音量にさらされ続けたせいか、はたまた疲労のせいか、フラフラしてくる。
18時:もう弾けないと訴える。「そんなんじゃあなたには私達とのツアー生活は無理ね」と鼻息荒く言い放たれながら、寝室に案内され、10分ほど安静にする。チップスとディップとお水とサラダを5分ほど食べた後、バンドリーダーの祖母が10年来居住している高級高齢者コミュニティー施設に行く。今朝のリハーサルの通し稽古。演奏中のバンドリーダーの動きが激しい。ピョンピョン飛び回ったり、ピアノベンチに突然突進してきて「ドカッ!」座ってそのまましばし耳元で弾いたり、演奏中私にやたらとニコニコして来たりして、ビビる。私が一生懸命弾いていると「あなたずっとそんなしかめっ面で弾いてるつもり?もっと楽しそうに弾いて!」と笑顔のささやきで叱られる。
でも、居住者の方々は大喜びして下さる。「天使が降り立ってきたようだ。」「いつまた演奏しに来てくれるの?」「こんな素晴らしい演奏が聞けてなんてすばらしい日!」…私がクラシックの教育で『本物』と教え込まれた音楽でなくてもーいや、無い方が、大衆は気軽に楽しめるのか?こんな、録音された電子音楽に合わせた逆カラオケでも?こんな芝居じみた踊り付きの演奏でも?超高級老人ホームの集会所のピアノーPetrofのベビーグランドーはかなりひどい。調律はまあまあだが、アクションに問題があってピアノの鍵盤が非常に重く、上がりが遅くて、腕が痛くなる。グリッサンドも力を込めてやらないと鳴らないので、皮がペロリと向けて血がにじむ。でも高齢者の方々が「このピアノは固いでしょ?問題あるわよね?管理人に何度も言っているのだけれど直してくれないのよ。あなた、このピアノで良くあそこまで弾けたわね~。やはりプロは違うわね~。」と口々に言ってくれて、リーダーに顔は立つ。
20時半:バンドリーダーの祖母(93)の部屋を訪問した後、夜食にドライブスルーのタコスを買って、今夜の宿で皆で食べる。
お疲れ様です。
旅芸人のようで気の毒に思います。
真紀子スペシャルに涙する人が一人いれば成功です。
人の魂が救済されるのですから。
小川久男