Tag: 演奏活動


  • 洒脱日記148:収録と応募で張り切った一日!

    今日のミッションはフェローシップの応募の質問に取り合えず全部答えることと、収録(Stairway to Heavenと変奏曲プロジェクトの3曲)を終えること。どちらも後もう一歩だけれど、取り合えず今日は非常に充実して、朝から晩まで集中の途切れない一日だったので、グー!

  • 今日は午後、小さな演奏が在る。生涯学習の聴衆のための1時間のリサイタル。今回はヴァイオリン奏者と共演する。 チャレンジはこの会場のピアノ。 寄付された古いピアノ。鍵盤の重さにばらつきがあり、鍵盤によっては弾いた後上がってくるまでの時間が非常に遅いものが在る。もちろん調律もきちんとされてはいないし、椅子の高さもいい加減。こういうピアノでも、ベストを尽くすというのはとても大変。著作権などそっちのけで巨匠が最高条件で収録・編集した録音が様々な形で無料か安値で聴ける時代、聴衆は奏者を知ったつもりで容赦なく審査する。そういう中で気を張って、与えられた状況の中で自分に恥じない演奏をする、と言うのは中々大変なのである。 対処法① ベースラインや、メロディーなど、細かい音以外の大きな音楽の構築に集中する。鍵盤が思い通りに反応してくれないと、細かい音を正確に弾くことに気を取られがちになったりするが、細かい音は割愛しても、大きな音楽に心を込める。 対処法② 『間」を大事にする。どんなにピアノがまずくてもいつでもコントロールできるのは間と呼吸。心を込めて、音楽的な間と呼吸。 対処法③ 手を抜かない。一度アンコール用の映画音楽の音合わせが終わった時に共演者に「美しく弾いてくれてありがとう。でも、最後の和音を弾き終わった時にあなたがペダルで音を引っ張りながら手を外してしまったので、やはりこういう曲を弾くのは不本意なのか、失礼だったかと心配になりました。」と言われたことが在る。自分の本心はどこに反映されるか分からない。どんな状況であれ、ピアノであれ、曲であれ、演奏するからにはプロ精神と音楽家の誠心誠意を込めて自分が誇れるものを発信する。 対処法④音楽家としてやっていくということの現実を受け止める。バッハもモーツァルトもベートーヴェンもシューベルトもシューマン夫妻もリストもショパンも、演奏するピアノや会場に状況(支払いも含めて)に恵まれていない事が多かった。 本心を言えば、良いホールで良いピアノで良いお客様の前で精一杯の演奏を年に何十回もしたい。フルコンで、音響に細心の工夫と最新の技術が駆使されたホールを自分の音で響かせたい。でも、現実には本番が在る事に感謝して、リミテーションの中で自分の音楽性をいかにどこまで発揮できるかと言うチャレンジを受けて立たなければ音楽と言う生業はやっていけない。 ベストを尽くします。

  • 半年で3回、生涯学習の音楽のクラスに呼んでいただいた。 医療・法律・教育・研究…専門は様々だが男女問わずみんな引退後でも向上心に満ち溢れ、質問もコメントも活発に出る。参加者の一人は92歳だと教えてくださった。御年を伺ってびっくりー若々しいと言うのもそうなのだが、何しろおしゃれなのだ。皆さん素敵で、イキイキとしていらっしゃる。 私は演奏でのデモンストレーションを交えながら脳神経科学で明らかになってきている音楽の効用について、3回続けて講義をした。そのために文献を読み、自分なりに勉強をし、胸を張って1時間話しをして、多くの方に喜んでいただけた。CDも沢山売れたし、「あなたの音楽活動を応援しています」と沢山の人に言ってもらえたし、立って拍手もしてくださった。3回目のレクチャーの後、一人の男性に大きな封筒を渡された。「家で、一人で、開けてください」と封筒に指示してあった。私はレクチャーの中で、自分が音楽の効用を演奏会に行きづらい人たちに届ける音楽宅配サービスをしたい、そのために沢山の人の協力と支援が必要だ、と訴えてきたのでビジネスの助言か、あるいは支援金か、とちょっと気になりながら急いで帰途した。お腹が空いていたけれど、「家で一人で」と指示してあるので、とりあえず食事は後回しにして、急いだ。最近の物騒な郵便物騒動も脳裏をよぎった。何しろ名前も知らない人から受け取った小包だし。でもまあ、そんなことする動機も思いつかないし、とりあえず楽しみに家に帰った。封筒の感触からハードカヴァーの本だと言うことは明らかだったけど、本に小切手が挟んであるのかも…あるいはビジネス関係の本なのかも…! 家に帰って小包を開けたら、中からハイフィッツの伝記が出てきた。「この本を見て、あなたの事を想いました。ハイフィッツはヴァイオリニストで、あなたはピアニストですが…ちなみに私はバスクラリネット奏者です。テニスもやります。If you want to trade men, call me.」最後の文章が良く分からなかった。直訳すると「男の人たちを交換(あるいは取引、又は輸出輸入)したければ、電話をしてください。」誤字か何かかと思った。小切手もビジネスアドヴァイスも無かった。 ちょっとがっかりもしたけれど、とりあえず本の御礼をと思い、数日後電話した。そしたら「If you want to trade men…」と言うのは「野の君を自分と交換したければ…」だったのだ。2回目の会にはたまたま休日だった野の君がボランティアカメラマンで登場していた。 男性はまず自分の昔の彼女と、自分の音楽歴の話しを長々とした。その時はまだ「If you want to trade men」には全く想いを馳せずにできるだけ丁寧に聞いていた。そしたらいきなり口説き始めたのだ!電話越しに。 私はこの男性の名前も知らなかったし(カードに書いてあったので初めて知った)今だに顔も背格好も思い出せないし、第一70代か80代かはたまた90代か全く知らないが、そういう対象として考えると言うことに想像さえ及ばない。70代・80代の男性に口説かれることは残念ながら初めてではないが、少なくとも過去のケースはもう少し顔見知りだった。 渾身込めてやった講義の全てが無駄だった訳ではないのは、理解できる。会場の他の人たちは素直に感動して講義が終わった後もいつまでも群がって質問や感想を述べ、感動を分かち合おうとしてくれた。でもこういう男性の邪心は、私や、私の様な女性を、一挙に萎えさせる。 (私がどんなに頑張っても真面目に受け取ってもらえないのか?)(私が童顔だから?)(やはり従順で幼稚な「東洋人女性」のステレオタイプを払拭することは無理?)(私の挙動に媚びたところが少しでもあった?) 特に今回の様なケースでは相手を全く知らないので、結局自分に原因を求めてしまう。 私はもう40代である。しかも自分を女性とあまり思っていない。私は着飾ることも、女性らしくあることも、あまり好きではない。それなのにどういう因果で今だこういう目に合うのだ? 最近、結構こう言うことが立て続けにあって、敢えて書きました。「美人」と言われて(ちなみに私は自分の事を美人と思ったことは一度もないし、美人になりたいと思ったこともない)、それだけで済まされて、話しもろくに聞いてもらえないで、見た目だけでまるですべてを見透かしているかの様に上から目線で話しをして… 後日談:このブログは一年以上前に書きました。色々な理由から発表するのをためらっていましたが、今日読み返してやはり公表しようと思いました。いかに日常的に、しかもこういう「無害」と言われてしまってもおかしくないハプニングの積み重ねが、私たち女性の勇気ややる気をいかにくじいているか、と言うことも大事だと思ったからです。 もう一つ、理由があります。こういう問題は単純ではない、と言うことをこのブログの後日談で考えさせられたからです。この電話の数日後、この男性は赤いシャツを着て私の演奏会に登場!壇上の私に目線をビシビシ送りながらちょっと客席から手を振ったりもして、真ん前の席のど真ん中に座り、ニコニコしていました。「If you want to trade men, call me.」で私が電話をして来たので、電話で私の口調が変わったのも気づかず、彼は誤解をしてしまったのです。私は演奏中もずっと怒り心頭で、演奏が終わってアプローチして来た彼に「あなたの言動は非常に不適切(inappropriate)で、私の夫や私たちの結婚に対して大変失礼だったと思います。」と言った。そしたら彼は急に空気が抜けた風船の様になってすごすごと寂しそうに帰ってしまった。私も非常に後味が悪かった。#MeTooのブログを書いた後だったし、私はこういう風に相手方の男性に面と向かってぴしゃりと言ったのは初めての経験だった。でも考えてみたら、彼は私にアプローチして来た人達の中では一番弱い立場にあった人だ。今までアプローチして来た人達はお金や、演奏会や、立身法や、音楽の秘伝(笑)や、そう言うものをちらつかせながら来た。中には「言うことを聞かないと君のキャリアに傷がつくぞ」と程度の差はあれ、暗示したり実際に脅迫して来た男性もいる。なんにせよ社会的に地位がある事を誇示しながら「俺様に目をかけてもらってラッキーだと思え」と言う感じで上から目線で来る人が多かった。一方この男性はもうかなりのご高齢で、しかも一聴衆。私に危害が加えられる立場にはない。そして脳神経科学によると、恋愛感情と言うのは脳の活性化にとても効果的なのである。 こういう人達を軽くあしらう話術や態度を身に着けることも、私の様な職業の一部なのか?それとも、#MeTooのご時世で私は女性として、やはりきちんと一線を引く厳しい気負いを常に前押しするべきなのか?性格的には私は後者なのだが…でも前者がうまく演じられる器があったら、私はもっと演奏の機会を頂けているのだろうか…?いやだ!こういう悩みも本当に時間とエネルギーの無駄だ!これだって十分セクハラの弊害だ。結局...結局こういうことが起こらなければ、こう言うことを全く考えずに済むのだ!やる方が悪い!!

  • ドクターピアニスト多数出没!

    6月20日(木)ギリシャのスペツェス島。5日間の機械学習の学会の最後の晩に演奏させて頂きました。海辺から徒歩5分の素晴らしい環境で、同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で生活して、自分たちの研究や将来への夢や野望を語り合った仲間たちの前での演奏。ピアノは理想的とは言い難いとても古いピアノ。調律師はスペツェス島には居らず、演奏会のために調律師の手配…と言う手配はされてはおらず、兎に角最善を尽くすのみ。でも、毎日一緒に海辺を散歩や海水浴をした後でしたので、ショパンの舟歌やリストのエステ荘の噴水は、格別に意味深く感じられ、本当に奏者も聴衆も会場全体が一体となって「ピアノに聴く水」を堪能できた、素敵な演奏会となりました。アンコールの後も、お客様がいつまでも名残惜しそうに質問やコメントを投げかけてくれ、時間がしばし経って荷物をまとめて会場を出ると、出しておいたCDが一枚残らず完売されていました。「もっと持ってきてくれても良かったのに…」と、数人からちょっぴり残念そうに言っていただけて嬉しかったです。(CDはオンラインでもご購入いただけますよ~。) 6月29日(土)実に36時間くらい前にヨーロッパからカリフォルニアに帰宅しばかりの本番。でも本番!となるとやっぱり音楽家は張り切ってしまうものなのですね。時差ぼけなんて何のその。「第二次世界大戦中日本で活躍したユダヤ人音楽家」のトピックでレクチャーコンサートをするのは実に6回目だったのですが、やはり「音楽は人類愛」と語っていると熱くなってしまいます。レオ・シロタやレオニード・クロイツァーや、逆境の中で音楽魂を燃やし続けた日本人やユダヤ人の音楽家の話しが、涙を持って迎えられたりすると本当に充実感を覚えます。今回も打てば響くような素晴らしい聴衆に恵まれました!感謝! 6月30日(日)ホームコンサートで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。実はこれまでの「ピアノに聴く水」の演奏はすべて、30分とか、45分とか、1時間の抜粋で、初めから終わりまで「ピアノに聴く水」を通させて頂いたのは初めて。マークの家にあるヤマハのC7のピアノは特に低音の響きが素晴らしく、楽しみにしていましたが…この日は結構苦闘しました。お客様には喜んでいただけ、ホストのマークと奥様のエスター、そして最近私のエージェントの候補となっているラリーなどは手放しで褒めてくれ、涙を流さんばかりでしたが、毎日私の練習の耳辺りにしている野の君は一言「なんか危うかったような…」マークが熱狂的に3つのカメラと二つのマイクを使って録音・録画してくれたので、じっくりと一人反省会を翌日しました。一言で言って、この日の私は聴けていなかった。これから弾こうとする音や音楽も頭の中で聴けていなかったし、その瞬間瞬間自分が出している音を冷静に判断して将来に役立てると言う聴き方も3曲目くらいから放棄してしまっていたし、余韻を楽しむ余裕も無くなっていた。疲労・マークの家の残響の多さと音量、など言い訳はできるけれど、この日は課題を多く見出させて頂いた演奏経験でした。 7月2日(火)大事なお友達ご夫妻の人生の節目のパーティ―に立ち会わせて頂き、音楽をご提供させて頂きました。彼らの家のK. Kawaiは10日前に調律した調律師さんの腕もさることながら、元々のピアノも、ピアノとお部屋の相性も最高だったのだと思います。音楽愛好家が多いお客様の前で、奥様がお好きなゴールドベルグ変奏曲のアリアや、モンポ―の「一滴の水について」、シューベルトの即興曲や、ショパンのエチュードなど、小品をいくつか披露させて頂きました。あまりに美味しいおご馳走に合わせて少し日本酒とワインを頂いてしまっていたのですが、落ち着いて、余韻を楽しみながら弾くことが出来ました。日曜日の自身回復が少しできたかな? 7月3日(水)Music at Noonと言うパサデナの街に古くから続くコンサートシリーズで「ピアノに聴く水」の抜粋を演奏させて頂きました。演奏会場にお集まりくださった聴衆はざっと100人ほど。赤ちゃん。車いすに乗って看護婦さんの付き添いと来られているご老人。毎週来ていると言う近所の男性。夏休みなので子供を連れて来ているお母さんたち。この人たち全員に、まず私の合図で一緒に息をしてもらい、次に簡単な発声をしてもらい、会場に笑いと安心と一体感を醸し出してから、シューベルト、ショパン、リスト、と弾き進みました。会場はモダンな教会で、ステンドグラスが素敵なのですが、響きが5階建て分くらいある吹き抜けの天上に抜けてしまう感がややあり、残響が長めです。さらにピアノは普段は教会の礼拝中のポップス系の演奏に使われているピアノ。いかにもそういう音がします。ハンマーが固く、輪郭がはっきりしている代わりに軽くて深みが無い音で、陰影がつけにくいのです。だから私は兎に角「間」「ため」「タイミング」で勝負をすることに決めました。これがうまく行ったのだと思います。自分でも与えられた状況の中でベストを尽くせたと言う満足感がありましたし、確かにお客様と心を通わせることが出来た!と言う手ごたえがありました。CDも沢山売れましたし、何しろお客様からの質問やリクエストや反応が素晴らしかった。演奏終了後もお客様がずっと帰りたがらない様子が嬉しかったです。 7月3日の午後、演奏を終えて帰宅して来た私はそのままベッドに直行してしまいました。読書に耽り(練習しなきゃ…反省会をやらなきゃ…)と気持ちは焦るのですが、どうしても体が動かず(自分は何という怠けものなんだ…どうして意思がこんなに弱いんだ…)と自己嫌悪に陥っている中、野の君帰宅。「体が熱いよ!」とすぐ気が付いてくれました。そうと決まれば堂々とごろごろベッドでヴィデオを見て、感動して大量の涙と鼻水を流し、さっさと早寝をしてしまい、至福の時を過ごしました。でも、どうして私は疲れるとすぐ発熱をするのでしょう?そしてどうしていつも発熱を自分で気が付けないのでしょう?どうして発熱する前に、自分の体力管理をきちんとできないのでしょう?まだまだ課題は多いです。 7月4日の独立記念日は久しぶりにイベントの無い、中日。野の君がレバニラと餃子づくりを提唱してくれ、この二つを二人で楽しく料理してがっしり食べたら、自分でもあきれるほど元気になりました。 7月5日(金)の夜は近くのシニア・コミュニティーで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。この日のピアノはBaldwin。少し音が固く、完璧に調律されているとは言えないけれど、定期的にメンテが施されている家庭用としては上等くらいのピアノです。会場は少し余韻が足りない感がありますが、自分の音が良く聞こえる、通し稽古にはちょうど良い環境です。この日はなぜかお客様の食らいつき具合が半端ではなく、私もそれに乗ってとても気持ちよく弾くことが出来ました。この日のプログラムを紹介してくれたアリスが「Makikoは日本へのツアーの前の準備の一環として、今日私たちに演奏してくれるのです。だから応援しましょう!」と言ってくれたのが良かったのかも知れません。兎に角お客さんの反応が良かった。私も集中して音楽に入り込むことが出来ました。演奏中、二回地震があったのですが、むしろそういう予期せぬハプニングもこの演奏会場の結束を強める効果が在ったと思います。演奏終了後、車いすの方がわざわざ時間をかけて私の所に来てくれて「地震にも全く動じずに音楽に徹している姿に感動しました」と言ってくれたのには、こちらが感動しました。 7月6日(土)の午前11時から、家から一時間程運転したところにある会場で「メロディーは世界の共通語」と言うレクチャーコンサートをしました。お客さんは少なかったのですが、6月30日のホームコンサートで初対面だった聴衆の方々が何人かいらして下さったり、歩行困難(一メートル歩くのに歩行器具を使って2分くらいかかっていらっしゃいました。)の女性がおしゃれをして来てくださっていたり…そして皆さん、とても熱心に私のレクチャーに熱心にうなずいたり質問やコメントで応えてくださり、レクチャーの合間に小品を演奏する度に「ブラボー」とため息と拍手で感謝を表明してくださいました。 7月7日(日)の午後2時。今このブログを書いている7月6日からは明日にあたります。もう一度「第二次世界大戦中に日本で活躍したユダヤ人」のレクチャーをします。 (後日談:この日のお客様は今までにも増して超満員ー立ち見が出る上体で、質問やコメントも活発に出て、終了後はお客様の長蛇の列が辛抱強く30分以上もずっと私との会話を待ってくれ、日本出発前最後の会にして、非常に思い出深い特別な会となりました。) 明日が終わると、日本に出発するまでは演奏は一段落。日本に向けての準備と練習と、日本から帰って来てからの曲目(ヒンデミットのクラリネット・ヴァイオリン・チェロ・ピアノのための四重奏、ラヴェルのトリオ、ブラームスのピアノ五重奏、など)を集中して練習します!