演奏会のご案内

本番前日!

明日13時半開演で千葉の美浜文化ホールで リサイタル「ショパンToジャパン」を弾きます。 と、言うことで今日はリサイタル前日なのですが、 私の日本最後の2日、ゆっくりできる最後の1日でも在ります。 家族でゆっくり、映画を観て笑い合ったり、ご飯をゆっくり食べたり、 ジムに行ってヨーガをしたりしています。 練習は確認程度。 ゆっくり練習したり、ゆったりリラックスした状態でイメトレしたり。 そして体力セーブ。 一音一音集中して、心を込めて弾く。 しかし、あんまり感情移入し過ぎない。 今まで弾いた箇所には適当に心の中で蹴りをつけ、距離をとる。 今弾いているところは、しっかりと「仕事」と思ってこなす。 次に弾くところは常に一番集中して客観的に計算をして、 冷めて、しかし覚めて出来るだけ的確なイメージを持つ。 精一杯弾きます。 是非、お越し下さい。

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今の私だから弾けるショパン

日本に帰ってきました。 先の帰国は年末年始だったのですが、その後プライヴェートで色々ドラマがあり、 半年前ここに居て家族と同じ食卓に座り同じ様に談話していた自分が これから起こることにまだ何にも影響されていなかったことが信じられない。 実に不思議な気持ちです。 でも、life goes on, and the show must go on。 そして全ては芸の肥やしです。 人生観が変わった私の音楽観も、当たり前ですが大きく変わりました。 2001年に初めて日本での演奏活動をさせていただいたあの頃の自分と、 今ここで14年目の演奏活動を再開しようとしている自分が、 同じ人間、同じ音楽家、そして同じピアニストであることが信じられません。 そんな私を14年間、本当に最初の年から毎年、暖かく見守り続けてくれている 家族を始め、家族のようになって来た支援グループの皆さま、聴衆の皆さまに 今年もお聴きいただけることが、今の私の大きな支えです。 言葉に気持ちを託せると、私は余り思っていませんが、 音楽には今年こそ、託してみたい気持ちです。 台風が接近中ですが、一人でも多くの方にお聴き頂ければ幸いです。 「Chopin To Japan」今の私にしか弾けないショパンがある、と思って準備しています。 7月12日(土)みなとみらい小ホールにて13時半開演!

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明日、みなとみらいで弾きます!

明日、7月6日(土)19時開演で、みなとみらいで私の今年のプログラム 「ピアノで奏でる東洋」を演奏いたします。 私がアメリカでずっと考え、歩んできた音楽人生の集大成とも言えるこのテーマで行う、 今年13年目の私の日本でのソロ・リサイタルは特に感慨深いものです。 みなとみらいの会場からの夜景は本当にきれいで、明日はお天気にも恵まれるはず。 できるだけ多くの方と、明日の音楽空間を共有したい、と思っています。 お時間があれば、是非いらしてみてください。

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今年の夏のプログラム,「東洋を夢見る西洋音楽」について

今年の夏の選曲を一生懸命行っています。 リサイタルのトップバッターはモーツァルトの「トルコ行進曲」が最終楽章のイ長調ソナタ11番、KV331。 一楽章と二楽章は以下にもクラシックと言った変奏曲とメニュエット。そこで「ピアノ独奏会に来たな~」と言う気持ちを確立して頂いて、有名な三楽章「トルコ行進曲」に突入。ここで「東洋との遭遇」になります。なぜこの曲が「トルコ」なのか、と言うのは一瞬のデモンストレーションで一目瞭然です。ここで「東洋」の大義、さらに私がこのリサイタルプログラムをデザインするに至った思考を説明します。西洋音楽を専門する日本人として、日本と西洋音楽の最初の接触以来の発展の歴史を勉強する意義を感じたこと、などです。 モーツァルトのソナタは意外に全楽章で24分ほどかかります。前半の残りは主に日本人作曲家の曲を弾いてみようとおもっっていますが、その前に私がこの学年度リサーチをした「天正遣欧少年使節(1582-90)」について少し話しをしようと思います。ポルトガルから来た宣教師に洗礼と教育(音楽を含む)を受け、ヨーロッパに送られて日本での宣教活動の報告と資金援助の要請をスペイン・ポルトガル・ローマの貴族や法王に行った、4人の十代の少年たちが、日本からヨーロッパに向けて正式に送られた最初の使節団です。彼等は無事日本に帰国し、豊臣秀吉の前で持ち帰ったチェンバロ、ハープ、ヴィオラ・ダ・ガンバなどを使って御前演奏をしました。その時の曲が何だったのかと言う記録は残っていないのですが、今ではジョスキン・デ・プレの「千の悲しみ(Mille regretz)」と言うシャンソンであったのではないかと言う音楽史家、皆川達夫氏の説が広く受け入れられています。この曲をルート用の変奏曲にしたものがあるので、まずそれを演奏しようと思います。 まず、山田耕作(1886-1965)のピアノ曲を二、三曲弾こうと思っています。山田耕作一般的には「赤とんぼ」など日本語の抑揚を活かした、親しみ深いメロディーで多く知られていますが、ベルリンで留学中にはマックス・ブルックなどと勉強し、日本人としては初めて交響曲やオペラを作曲し、海外で演奏され、評価を受けた最初の日本人作曲家です。彼のピアノ曲はかなりの量になります。私はピアノ全曲集を最初から最後まで何回か読み通して見ました。「スクリャービンに捧ぐ」と題された二曲の曲集はいい曲ですが、すでにYoutubeでいくつかビデオが発表されており、出来ればまだあまり知られていない曲を紹介してあげたい。http://www.youtube.com/watch?v=iwB4rt7cItc でも、あまり難解なものや、単純すぎる物、彼のベストでは無いものを選曲してしまって、彼について間違った印象を残してしまってはいけない! 選曲にこんなに責任を感じ、悩むのは久しぶりです。自分の美的センスが問われる作業です。 他に、やはり武満徹(1930-96)はどうしても入れるべきでしょう。 時間的には、あともう一人くらい選べるのですが、これが又難しい。 色々考えています。 滝廉太郎(1879-1903)の「メニュエット」と「憾」と言うそれぞれ2分30秒くらいのピアノ曲があります。彼は結核で亡くなっており、病気を広げないために未発表の作品は全て焼却処分になったそうですが、メニュエットは初期作品、「うらみ」は遺作だったのと、彼自身は途中で断念した留学先で知り合った日本人女性のために書いた曲であったため、彼女の元に郵送されて、残ったようです。従って、この曲を弾くか、滝廉太郎は断念するか、と言う選択になります。私は「メニュエット」方が好きです。 滝廉太郎は音楽での日本国費留学生第2号で、第一号は幸田延と言う女性です。彼女は残念ながらピアノ独奏曲を残していませんが、ヴァイオリンソナタなど、多数作曲もこなしました。彼女が作曲した横浜平沼高校の校歌は聴いたらびっくりしますよ。(幸田延は山田耕作も、滝廉太郎も教授しています) 後半は、「東洋」に触発されて書かれた曲たちです。 トップバッターはラモー(1683-1764)のオペラ・バレー「インドの優雅の国々(Le Indes Galantes)(1735)」からの抜粋を作曲家自身がハープシコードのために編曲した曲集からさらに抜粋します。このオペラ・バレーのあらすじは、『破壊的な戦争では無く、愛を!』と言うメッセージの元に愛の妖精たちがそれぞれトルコ、ペルー、ペルシャ、そして「未開の土地」に行き、恋人たちの縁を結ぶ、と言う筋です。このあらすじは色々、意味深です。まず、ヨーロッパから見た「東洋」の大義。それから器楽曲(歌とは違って言葉を要しない)の国境・文化・言語を越えた共通性の大義。実際、最初は歌の伴奏として発展した器楽曲が独立したジャンルを確立する過程にはそう言う思想がありました。 それから、沢山の小品を弾きます。(順番はまだ未定) バルトークの「アレグロ・バルバロ」。バルバロというと、北アフリカのイスラム系の人種(ムーア人)が住む地域になります。英語で「Barbaric」と言うと「野蛮な」と言う意味になりますが、語源はこの地名なんですね。シェークスピアの「オテロ」の主人公はバルバロ出身のムーア人ですし、ストラビンスキーのぺトルーシュカにもムーア人が出てきますよね。でも、このバルバロも「東洋」に入っちゃうんです。ちなみに大きな意味ではユダヤ人も、ジプシーも「東洋人」です。 それからスペイン出身の作曲家、アルベニスの「Orientale」、ラヴェルの『マ・メール・モア』より「パゴダ(多重の塔)の女王レドロネット」、ブゾー二の「テューランドットの居間(曲集『エレジー』より)など。 そして最後はやはり東洋音楽を西洋音楽にとり入れることを一番積極的に開拓したドビュッシーの『映像』二巻目。 どうでしょう?曲目のご指摘などございましたら、どしどしお願いします!

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本番前の後悔

先週末のすみだトリフォニーでの演奏会もおかげさまで盛況の内に終わり、 今週金曜日の美浜文化ホールでのリサイタル(18;30開演)を楽しみに、 今日は本番前について書き記そうと思います。 大島弓子さんは私が一番好きな漫画家の一人ですが、彼女が「漫画を書きながらいつも『これを最後の作品にしよう』と思う」と言う意味のことをあるとき書いていました。また、あるオペラ歌手は彼に関するドキュメンタリーで「本番前の楽屋では、いつも『逃げ出したい』と言う気持ちを必死でこらえている。舞台に上がって最初の音を発声すれば、後はもう純粋に楽しいのだが…」と言っていました。この言葉に何度も勇気を得たことから、私も自分の葛藤について書き記してみようと思いました。 楽屋裏で私は「何でこんなことやってるんだろう。苦しい。もうこれを最後の演奏にしたい」と思うことがあります。昔は緊張とか、舞台の恐怖から、切実にそう思いました。死刑になるより怖い―死刑は受身であれば良いのですが、本番は自分から舞台に歩いて行って聴衆に働きかけなければいけないのですから―と思ったこともあります。このごろの私の葛藤は少し違います。いろいろな努力、そして舞台経験を経て、私も大分「緊張」と言うものからは自由になってきました。この頃の私の葛藤はもう少しぼんやりとした、じわじわした重圧のような物です。勉強すればするほど、「凄い」とより深く納得していく音楽と言う物を演奏する責任。 でもドレスに着替え、係りの方に呼ばれて控え室から舞台袖に移動し、そして照明が熱く光っている舞台に歩いていって、最初の音を弾く、と言うプロセスを進んでいくどこかでその重圧が消え去り、第一音を発声するまでにはわくわくした気持ちになってきます。この重圧の昇華されて音響を楽しむ気持ちへの変化を信じているから、この控え室での重圧を耐え切れるのか、それとも控え室で一緒に居て、舞台袖まで一緒に歩いていくれる妹のおかげか、待ってくださる聴衆の方々のためか… とにかく、ここまで来れました。嬉しいです。5日の演奏会では本当に沢山の方々に喜んでいただけたようです。

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