「天上の音楽 v.s. 地上の英雄」演目解説!

家族の来訪、リサイタル、卒業式、母の日…イベント続きの日時を満喫した。家族がそれぞれの家へ帰って行ったあと、思いがけずヒューストンのお友達から博士課程取得を祝ってもらったりもした。

週末には野の君とLake Livingston州立公園と言う湖沿いの広大な自然公園を散策したり、サイクリングをしたり、日本語のテレビを見たり、兎に角ひたすら楽しんで、夢の様なときを過ごした。

しかし...「はっ‼‼!」と気がつけば、もう一つ演奏会が一週間半後、日本への出発は2週間後、6月17日の品川きゅりあんは3週間半後、そして千葉美浜文化ホールはきっかり一か月後!が~~~ん。

演奏にはいつも、常に、反省点が付きまとう。5月11日と15日に弾かせて頂いた際も例外ではありません。これからの課題を忘れないうちに、練習再開!にわかに焦って来て、昨日の夜は演目解説を一気に書き上げた。お気づきの点がおありでしたら、お手数ですが、ご一報いただければありがたいです。

第一部「天上の音楽」=『ゴールドベルグ』変奏曲

古代ギリシャにて数学者のピタゴラスは鍛冶屋の金を打つ音がハモる時、ハモっている金づちの重さが整数比になっている事に気が付きました。「天上の根源は数である」=>「音楽は数を体現している」=>「音楽は天上を体現している」…『天上の音楽』と言う概念の誕生です。「動きあるもの全てに音がある」と考えた古代ギリシャ人は、惑星の動きも音を奏でている、と考えました。この事も「天上の音楽」、そして「音楽=天上-すなわち数字-の体現」と言う考え方を強めたのです。この考え方は、後にガリレオやコペルニクスが実際には天上の音楽は在り得ないと証明した後でも、西洋音楽を大きく影響し続けました。バッハもその影響を受けた一人。彼が数字学や、黄金律などと言った数学的概念を自分の作曲に応用したことは良く知られていますが、ゴールドベルグ変奏曲はその最たる例と言えるのではないでしょうか。

30の変奏曲のリストをご覧ください。ルター教の熱心な信者だったバッハは三位一体(父と子と精霊の三者、全てが一人の神だと言う考え方)から、特に3と言う数字に重点を置いてこの曲を構築しています。3つの変奏曲を一つの単位として進行するのですが、この3つの変奏曲は常に「作曲技法(音楽様式)」「鍵盤技術(手の交差)」「カノン(輪唱)」と繰り返しています。この3つはいわば、知性(父)、肉体(子)、感性(精霊)を象徴していると言っても良いでしょう。さらに主にト長調のこの曲で3つの変奏曲だけがト短調…紙面の都合上、これ以上例を挙げるのは辞めますが、掘り下げれば掘り下げるほど、バッハの数字へのこだわりがこの曲に実に緻密に、そして至る所に織り込まれているのが明らかになります。人間の創造とは思えないこの完璧な音の世界を、よろしければ宇宙を想像しながら、お楽しみください。

J.S. Bach (1685-1750) 『ゴールドベルグ』変奏曲(1741)  (正式名:2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」 (ドイツ語: Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen Veraenderungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen)、BWV988

 

主題アリア3/4拍子

第1変奏3/4拍子、1鍵盤。

第2変奏2/4拍子、1鍵盤。

第3変奏12/8拍子、同度のカノン、1鍵盤。

第4変奏3/8拍子、1鍵盤。

第5変奏3/4拍子、1あるいは2鍵盤。(手の交差)

第6変奏3/8拍子、2度のカノン、1鍵盤。

第7変奏 6/8拍子、1あるいは2鍵盤。(ジーグのテンポで)

第8変奏3/4拍子、2鍵盤。(手の交差)

第9変奏4/4拍子 3度のカノン、1鍵盤。

第10変奏2/2拍子、1鍵盤。(フゲッタ)

第11変奏12/16拍子、2鍵盤。(手の交差)

第12変奏3/4拍子、4度の反行カノン(鍵盤指示なし)。

第13変奏3/4拍子、2鍵盤。

第14変奏3/4拍子、2鍵盤。(手の交差)

第15変奏2/4拍子、ト短調、5度の反行カノン、1鍵盤。

第16変奏2/2拍子 – 3/8拍子、1鍵盤。(フランス風序曲)

第17変奏3/4拍子、2鍵盤。(手の交差)

第18変奏2/2拍子、6度のカノン、1鍵盤。

第19変奏3/8拍子、1鍵盤。

第20変奏3/4拍子、2鍵盤。(手の交差)

第21変奏4/4拍子、ト短調、7度のカノン(鍵盤指示なし)。

第22変奏2/2拍子、1鍵盤。

第23変奏3/4拍子、2鍵盤。(手の交差)

第24変奏9/8拍子、8度のカノン、1鍵盤。

第25変奏3/4拍子、ト短調、2鍵盤。(アダージオ、通称「黒真珠」)

第26変奏右手3/4・左手18/16拍子2鍵盤。(手の交差)

第27変奏6/8拍子、9度のカノン、2鍵盤。

第28変奏3/4拍子、2鍵盤。

第29変奏3/4拍子、1あるいは2鍵盤。(手の交差)

第30変奏4/4拍子 クオドリベット、1鍵盤。

主題アリア3/4拍子。

 

第二部:地上の英雄=ベートーヴェンとヴィルチュオーゾ

数字や宗教に絶対的な真実を求める姿勢、そしてそう言った音楽を理想とした時代は、政治・工業・思想革命が欧州を激変した18・19世紀に過去の物と成ります。代わって大事になったのが、個人それぞれの思想や感性です。音楽は宮廷や教会などで社会的役割を持って使われるものでは無く成り、自己表現の手段となります。美しさよりも感情的な劇的さがもてはやされ、慣習破りで斬新であればあるほど、難しければ難しいほど、その曲は「崇高」だとしてあがめられ、そういう曲の作曲家は「天才」と神聖化されるようになります。この最たる例がベートーヴェンです。「英雄交響曲」を始め、彼は英雄をテーマにした曲も多く書いていますが、ベートーヴェン自身が死後、音楽史に於いて英雄と成ります。これには色々訳があります。一つには、英雄をテーマにした彼の曲の大まかな起承転結の方程式(ざっと混沌・困難・挑戦・勝利・喜び)が、難聴に苦しみ、自殺まで考えたが作曲に生きると決意し、失聴をも乗り越えて大成功をおさめたベートーヴェンの人生にぴったり当てはまる、と言う事があります。

次にお聴きいただくベートーヴェンのソナタ一番は、25歳の時の作品2番ですが、すでに音楽を劇的な自己表現としているのがお分かりいただけるのでは、と思います。

ベートーヴェン(1770-1827) ピアノソナタ一番ヘ短調、作品2-1 (1795)

              一楽章               アレグロ

              二楽章               アダージオ

              三楽章               メニュエット:アレグレット―トリオ

              四楽章               プレスティッシモ

 

 

 

個人の価値と言うものが生まれ落ちた階級や家系では無く、本人の力や能力や、技術・知性・個性と言ったものに変わっていった時代、色々な形の英雄が生まれました。そんな時代に作曲されたショパンの「英雄」ポロネーズがショパンの18のポロネーズの中でも最も人気が高いのは、そういう時代背景もあるのかも知れません。ポロネーズと言うのは格調高い3拍子を特徴とするポーランドの民族舞曲で貴族的なゆっくりとした儀式的な行進の様な舞踏です。

 

ショパンはプロシアの支配下にあった当時のポーランドの独立のための学生革命を同志と共に計画していました。が、革命勃発の直前、仲間から「お前の様な才能がこの様な事で命を失うのには忍びない、ポーランドを去ってくれ」と説得され、パリへと向かいます。その後生涯にわたって望郷の念に苦しみながらポーランドに帰る事の無かったショパンを「革命陰謀者として政府のブラックリストに載っていたからだ」とする説もあります。彼の愛国心は、ポーランドにまつわる数々の作品から伺う事が出来ます。自分の逃亡後、失敗した革命で多くの友人を失ったショパンがどういう心境でこの勇ましい『英雄』ポロネーズを書いたのか、想像しながらお聴きいただければ幸いです。

 

ショパン(1810-1849)   ポロネーズ第六番変イ長調、作品53 (1842) 『英雄』

 

 

ベートーヴェンが音楽史に於ける英雄であるのなら、ピアノ史に於ける英雄はリストだ!と考える人は少なくありません。リストは生前、現在のロックスター的な絶大な人気を誇りました。美男子でもあった彼は特に女性のファンを気が触れるほど熱狂させた、と言います。しかし、リストの成功には、それを許す時代背景もありました。工業革命が人々の生活を激変して行く中、ピアノは工業の産物、『機械』として見られていました。音楽会が興業化するに従い、演奏会場が巨大化して行く中、ピアノは金属のフレームを入れ、楽器のサイズもその音もどんどん大きく重くなり、新しいメカニズムが色々発明されていきました。急激な品質改良と共に、急ピッチで大量生産がされるようになりました。まさに工業革命その物です。その機械の象徴となったピアノを想うがままに操り、制覇するピアニストが、(機械に人間社会が乗っ取られるのでは)と言う工業革命以来の人類の不安を解消する英雄として、聴衆を熱狂へとあおったのです。

 

英雄と同じ理由から、この激動の時代、悪魔や犯罪者は慣習にとらわれず堂々と生きる者として、大衆の崇拝の対象でした。メフィスト・ワルツはドイツの悪魔伝説に基づいたレーナウの詩の一部を題材としています。リストのこの曲をこの様に描写しています。

 

「村の宿場で結婚式の祝いが行われている。悪魔と、悪魔を呼んでしまったファウストが通りかかる。悪魔は結婚式のヴァイオリン奏者から楽器を奪うと非常に魅惑的な音楽を奏で始める。ファウストは悪魔の奏でる音楽をほれ薬にして、村の美人を野性的なダンスへと誘い出す。彼らのダンスは宿場の外へ、そして森へと彼らを連れ出す。結婚式の喧騒と悪魔のヴァイオリンが遠のくに連れ、夜泣き鶯が恋の歌を奏で始める。」

 

まさに劇的な音楽です。お楽しみください。

 

リスト(1811-1886) メフィスト・ワルツ第1番 S.514(1859-61)『村の居酒屋での踊り』

 

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