Tag: ピアニストの生活


  • 演奏道中記3.19:本番が続く週末の過ごし方

    今週末は今日土曜日の19時からと明日日曜日の16時から室内楽の本番があります。取り合えず今日は、夜の本番に向けて午前はゆっくり目、午後は調子を上げる感じで持っていくために食事や行動をしていきます。

  • コロナ日記100:2つご参加頂きたいプロジェクト

    YouTubeで新しく立ち上げたシリーズ、「Mind-Body Piano Practice(日本語版は『ピアノ道 with Dr. Pianist』)でビジネスアイディアコンテストに出場しています。正規の審査とは別に「視聴者人気投票」もあり、ご参加頂きたいのはそちらです。

  • ピアニストの朝

    目覚めてから起き上がる前にまず色々考える。今日練習する曲の事。今日楽しみな事。昨日あったこと・交わした会話・美味しかったもの・感謝すること。そしていつもいつも、執筆の事は考えている。 起き上がる前にベッドの中でストレッチをする。上体を右に捻り、右ひざを曲げた状態で上体の左側に持ってくる。反対もやる。それから膝を回したり、自分の膝を赤ちゃんの様に抱えておでこに近づけたり、くねくねくねくね、布団の中でストレッチする。最近気温が低いので、布団の中がぬくくて、気持ちよい。 ベッドを去ったら、まず歯を磨いて、それからレモン水を作る。一個のレモンで1リットルほど作ってごくごく飲む。家の庭にはレモンがたわわになっていて、友人に配ってもまだ余って、どうしてよいか悩む。毎日一個は朝のレモン水で消費する。無農薬だし、皮の方が汁よりも栄養価が高い。と言うことで、レモン水を飲みながら、皮を刻んでお湯を注いでおく。 レモン水を飲んだら、運動着に着替えてジョギングに出かける。家から自分で何となく決めた2マイル(約3.21キロ)のコースは遠くにずっと山脈が見えていて、途中で公園やドッグパーク(犬と犬の飼い主専用。首輪を外して自由に走り回らせて良い砂場)があり、毎日変化に富んで面白い。山の色が毎日違う。くっきり青い山脈が見える時も、山頂が雲の帽子をかぶっている時も、なんだか木や草で緑色に見える時もある。公園もホームレスの人がジャングルジムのてっぺんで寝ていたり、ドッグパークの人が大げさに私に手を振ってくれたり、色々な事が在る。 帰ってきたら、体操をする。ストレッチやラジオ体操や、YouTubeと一緒にサーキットトレーニングなどをやる。その頃には汗だくになっている。どんなに寒い日でもちょっと動くだけで熱くなるなんて、身体ってすごい! 運動が終わったらシャワーを浴びずにはおられないくらい汗をかいている。シャワーを浴びたら、コーヒーを作って、ヨーグルト(フルーツと黒ゴマ黄な粉にそば粉やカカオやナッツを入れたもの)を食べる。最近洋梨が感動する美味しさ。汁が滴り、むさぼり食わないと汁がこぼれて勿体ない。熟した柿も脳を刺激する甘さ。どんなにグルメな食事も、熟れ熟れの果物には叶わないと思う。あまりの香りの高さ・美味さに、脳みそがぶっとんんで、我を忘れてしまう。食事が終わったらさっきお湯を注いでおいたレモンの皮のエキスを一日中お茶の様に飲む。レモンにはそれぞれ個性があって、レモン皮茶は爽やかでほとんど甘い時もあれば、苦い時もある。そういうのが一々、面白くて愉快。 レモン皮茶をすすり飲む頃には練習したくてうずうずしている。ゆっくりとウォームアップから始める。呼吸と姿勢が自然と整ってくる。全ての感覚に意識が澄み渡る。色々な事が自明となってくるような気がする。 最近、練習中に毎日思い出していることが在る。もう20年近く前の事だけれど、鮮明に思い出される。私はカウンセリングをかじったことがあって、その勉強会合宿での出来事だった。先生が生徒のカウンセリングを例として行うのを観察する、と言うフォーマットの時の事だ。生徒は少女の様に体が小さくてかわいらしい20代のソーシャルワーカーだった。彼女は、社会にも家族にも見捨てられた孤独な一人暮らしの老人の多さに困惑し、怒っていた。でも自分一人ではどうすることもできない。どんなに頑張っても追いつかないほどこういう老人が多い。彼女は泣き始めてしまった。カウンセラーはずっと聞いていたのだけれど、彼女がひとしきり泣き終わったところで、二人共立ち上がらせた。そして「それじゃあ、あなたはこれから私の体を思いっきり押してください」と言った。少女ソーシャルワーカーが「へ?」と言う顔になると「私を無関心な社会の体現だと思って、怒りを込めて私の体を腕で思いっきり押してみてください。」と言ったのだ。ソーシャルワーカーは「そうですか、それでは」と言う感じで、始めはしょうがなく、照れた感じで先生の肩を両腕で押し始めた。先生は体格の良い50代くらいの女性で、少女ソーシャルワーカーの2倍くらいの体重が在ったと思う。10秒くらい経った頃からソーシャルワーカーはだんだん気持ちが入って来て、顔を真っ赤にして「わ~~~~!!!」声を上げながら先生の体をぐいぐい押し始めた。先生がどんなに足を踏ん張っても踏ん張り切れない強さだった。先生が後ろに転がってしまうくらいソーシャルワーカーが押しまくるので、先生が「よし、よし、ちょっと方法を変えましょう。」と途中で止めた。「両腕で押すのはやめて、今度は右手の人差し指に怒りを全て込めて、私の左肩を指一本で押してください。」皆、ちょっと失笑と言うか(それで本当に発散できるかな~?)と言う雰囲気が漂った。でも少女ソーシャルワーカーはすぐさま人差し指で先生の左肩をグイ~と押し始めた。先生が「気持ちの全てを指に込めて!」と言ったら、ソーシャルワーカーは汗を一杯おでこに浮かべてと口を大きく『へ』の字にして、静かに涙をだらだら流し始めたのだ。今書いていて、私も涙が出てくる。 私も、最近毎日練習しながら、気持ちの全てをそれぞれの指先から鍵盤に伝えようと思って弾いている。言ってもどうしようも無いこと、他の人に分かってもらえない事、変えられない事が沢山ある。過去の傷。世界の不公平・不平等。皆、それぞれの立場で、やるせないことを沢山抱えて、生きている。何がどうやるせないかと言う物語の詳細ではなく、そのやるせなさにお互い共感することで、お互いを勇気づけ慰める—それが、音楽であり、文学だと思う。それが、人間性だ、と思う。

  • ジェーン・エアを読み終えて

    「音楽でチームビルディングとリーダーシップ」をシアトルで終えて深夜近く帰って来た翌日は、ちょっとだけ疲れ気味。それでも「規則正しい生活」を何とか目指して、6時半に起床。野の君と一緒に「ジョギング」と称して5分くらい走っった後、旅の途中のハプニングなどの話題で盛り上がりながらぶらぶら30分ほど散歩。まあ、朝日を浴びて少しだけ運動になったかな。明朝9:22分発の飛行機でヒューストンに行くまでの、出張と出張の間の中日。 野の君出勤の後は、取り合えず早急なメールと昨日のワークショップの一人反省会とブログだけ片付ける。後は洗濯をしながらジェーン・エアを読みふける。ベッドで、ソファで、庭で…場所を変えながら、そして果物やナッツやポップコーンを色々口にほおりこみながら、至福の一日。面白くて面白くて、早く次のページが読みたいのだけれど、旅疲れもあって、睡魔に何度も襲われる。読みながらとろとろ寝て、起きてまた読み進む。時々自分が読んでいるのか、夢を見ているのか分からなくなる瞬間がある。夢の中でもジェーンエアを読み進めていて、(え、まさかこんな展開が…!?)と思ってパッと目が覚めると、どこまでが本当のジェーンエアで、どこまでが私の夢の中のジェーンエアか分からなくなってる。授業中の居眠りでも、こういうのあったな~。 ジェーン・エアを通じて垣間見える1847年の日常生活・会話・文体・世界観の全てに興味が在る。1847年にはショパンもリストもシューマンもブラームスも…要するにピアノ曲の主要な作曲家のほとんどがこの時期に生きていた。私が特に興味を持ったのは、その時間の感覚。19世紀の一日は長く、世界は狭く、刺激が少ない。食事も会話も探求心も満たすために、労働と時間と積極性を要する。その中で、宗教とか、音楽とか、暖かい食事が、どれだけの感動を呼び起こしたか?嫉妬さえ感じる。タイムマシーンでこの時代に帰って、一年間この禁欲状態を経験した後で、ショパンを、ブラームスを聞いてみたい。教会のステンドグラスに見とれてみたい。凍えるような隙間風が吹き込む家の中の暖炉の前で暖かいスープを飲んでみたい。 ジェーンエアを読み終わったのは夕方。気が付いたら窓の外はピンク色の夕焼け。そう言えば明日の夜はヒューストンで演奏!慌てて練習を始める。