3つの連続音が西洋音楽でよく使われるモチーフとして定着したのは、もともとそれが音楽的なのか、それとも西洋音楽に於いてキリスト教と「3位一体」の象徴性が重要だからそうなったのか?明日のプログラムで一緒に考えてください。
ここに来れば真希子がいて、しょうもないことをあーだこーだいつまでも大学生みたいに考えている、そしてピアノを弾いている。そういうスペースで包み隠さず自分を無防備にさらけ出して、熱く語る。(そんな真希子がいるんならこんな私がいても良い)と安心してくれる人がいるかもしれない。
応募資格があるグラントや支援金に手当たり次第申し込んでいる。いくつ、何に、いつ申し込んだのか、記録はない。なぜならこういう支援金の多くは早い者勝ちだからだ。応募が急に打ち切られてしまうこともある。(じゃあ、応募要項の記載を終わった段階で記録を残せば?)と思われるかもしれないが、応募記載が終わった段階では結構げんなりしている。倍率も審査基準も分からない宝くじのような支援金の応募記載に時に何時間もかかる事も在るからだ。(自分は何をやっているんだろう?自分の人生って何だろう?)とげんなりしてしまうのだ。そして今この非常時に、急に発表される支援金や補助金の多くはタイムラインが明らかでない場合が多い。いつ受賞者の発表があるのか、受賞者に対する支払いはいつ行われるのか、分からない。だから応募が終わったらさっさと忘れた方が良い。
私はどちらかと言うと頭でっかちの耳年間として、生意気な子供だったと思います。そんな私の周りに今度は「失恋をしろ」「尼寺に行け」「苦労をしろ」という大人が多数現れました。そうすればより良い音楽家になれるというのです。私は13歳で英語も分からず渡米をし、右も左も分からないまま月曜から金曜日までアメリカで英語の高校生活、そして土曜日は朝9時から夜6時までお昼休みもないスケジュールでジュリアードで大学レヴェルのクラス、と今から思えば尼寺なみの苦労はしていたと思うのですが…この人たちに言わせると、音楽家というのは死ぬほどつらい体験をしなくてはいけない、狂うほどの苦しみを味わわなくてはいけない、というのです。そして実際に自殺した作曲家や精神病院に入った音楽家の話を英雄の様にするのです。