• 土曜日のシーズンオープニングに続き、 日曜日は同じ室内オーケストラの同じ演目で野外演奏をしました。 会場はライス大学のすぐ北にあるヘルマン・パークのミラーシアター。 ヒューストン・シンフォニー、バレー、グランドオペラなども出場するほか、 シェークスピアなどの演劇、ブロードウェーミュージカル、 そして和太鼓など民族色の強いグループも出場します。 出し物はすべて無料。 無料ではあっても配布されるチケットを受け取って入る 屋根のついたちゃんと椅子に座って鑑賞する場所と、 その外にある広い芝生でピクニックなどをして鑑賞する場所があります。 冬の寒い時期以外はほぼ毎週何等かの出し物があります。 私も和太鼓やシェークスピアやミュージカルなど、何回か見たことがあります。 こう言う野外劇場にはもちろん問題も、あるのです。 雨など、気候がすぐれないときがある。 音をどうしてもスピーカーで通さずにはできないので、アコースティックの音楽には不利。 チケットをちゃんと受け取って屋根付きの場所で真剣に鑑賞したい人には 芝生でピクニックしたり、子供を走り回らせたりしている人の雑音は気になる。 でも、逆に良い点と言うのが盛りだくさん! 例えば、チケット制の屋根付き・椅子付きの部分は障がい者用の対策が万全。 実際にこの会場で何度も車いすやストレッチャーの重度障がいの方々をお見受けして 感銘を受けました。 それから子供が、自由に音楽を楽しめる。 「静かにしなさい!」と言うピリピリした雰囲気が無いだけ、 大人も子供が少々はしゃいでもおおらかな気持ちで楽しめます。 屋根付きの場所でもリラックスしてビール缶など片手に姿勢もだらしなく楽しんでいる人。 中にはお弁当を食べている人もいます。 そして何より、こういう会場で本物を無料で提供するのは、すごい! 普段演奏会ではあまり見かけないような人たちを沢山見かけます。 例えば子だくさんの家族。 いかにも移民と言う人たちや、いかにも留学生、いかにも年金暮らし、と言うような 演奏会のチケットが経済的に負担のような人たち。 そういう人たちが本当にリラックスして楽しんでいるのを見るのはうれしいです。 そして一番うれしかったのが、今回の演目のトリを飾ったラテン系の音楽で 皆が口笛を吹いたり、踊りはじめたりして、ものすごく盛り上がったことです。 この曲です。 生憎の雨で、客足は少し寂しかったものの、 土曜日の盛装の演奏会とはまた違った醍醐味を味わいました。 ヴィヴァ、音楽!

  • 独奏のコンサートと違って、オケのコンサートに乗る日は緊張感が少ない。 その代り、ソロの練習や、論文執筆、そして生活のペースダウンをしないで いかに演奏をこなすか、と言うことが重要事項になってくる。 今日は朝は6時起き。 夜の本番はシーズンオープニングのギャラなので、 後でオケ付きのドーナー(寄付してくださる方々)をお招きするパーティーのイベントにも出席。 その時を見込んで朝の身支度はいつもより入念に。 そして朝食を取ったあと、8時過ぎに学校の練習室に入り、練習開始。 9時半まで練習して(11月の現代曲リサイタルの譜読み) 10時開始のオケのリハーサルに向けて、出発。 会場には10分前には入ったのですが、すでに奏者はほとんど全員着席状態。 素早くハーモニアムのチェックや、最終の打ち合わせを行い (音量の微調整をするために、ふたの開け閉めを担当するアシスタントがそばに座ることに) 10時ぴったりにリハーサルが始まります。 11時には私の乗る曲はリハーサル終了。 昼食は外で食べることにします。 どんなに小さな本番でも、やっぱり本番の日はいつもより多めに食べます。 『古き良きアメリカ』風の「House of Pies」と言うライス大学の学生を始め、 この地域一帯に愛されている24時間営業のお店でポーチドエッグとトーストとポテトの朝食セット。 すごいボリュームです。 食べながら、することのリストを作ります。 書くべきメール、整理するべき郵便物、払うべき請求書、スケジュールするべきレッスン… 図書館でも、楽譜を借りたり、録音を聴いたり、することのリストはどんどん長くなっていきます。 お腹とリストが一杯になったらお家に帰って、一つづつリストの項目をチェックオフ! 一段落したら、学校に行ってもうちょっと練習して、 その後入念におしゃれをして、5時に開演に余裕を持って着くべく4時には出よう! 5時開演、7時終演。 終演後は近くのカントリークラブでのギャラに出席です。 今日は幸い、気持ちの良い快晴です! それにしても面白いのは こういうスケジュールだから見える、色々な奏者の、化粧を落とした素顔。 今夜ばっちりお化粧することを見込んでか、 今日の朝のリハーサルは皆ほとんどすっぴん。 自分があまり化粧をしないため、私は男性のように誰がどのような化粧をしているか、疎い。 ところが、すっぴんを見て初めて 「あの美しい女優のような顔は要するに、ものすごいアイメークだったのですね! もしかして、付けまつげ+マスカラ+アイシャドー+アイライナーなど、などですか!?」 みたいな。 皆、素顔もきれいなのに。 それによく見ると、ちょっと怖そうな印象だった人が、意外とあどけない顔だったり。 何だかちょっと家族になったみたいで嬉しい。 すっぴんも良いものです。

  • 今週末はこのオケ曲のハーモニアムパート担当です。 https://youtu.be/wmMpbGdrivA ハーモニアムと言うのはペダルオルガンの事です。 アコーディオンとパイプオルガンの中間と思ってください。 小学校の教室に置いてあるペダルオルガンの豪華版です。 ストラウス、マーラーなど19世紀末、20世紀初頭の作曲家は好んで使います。 昔はペダルで空気を楽器に送り込み、それで音量を調節することもできたのですが、 今は大抵のハーモニアムは電気で空気を送り込んでいるため 微妙な音量のコントロールはしにくくなりました。 奏者の運動量は減りますが。 膝を開いたり閉じたりすることでコントロールする「ニー(Knee)ペダル」があり 右のニーペダルは音量、左のニーペダルはオクターブを足したり引いたりするのに使いますが、 私が今回弾いているハーモニアムは右のニーペダルが馬鹿になっています。 ピアノに比べると、実に非音楽的な鍵盤楽器だ… でも、オケと弾くのは楽しいです。 ソロでも、オケの一パートでも、息と気持ちを一つにしてハモると言うのは音楽人生の醍醐味。 今回一緒に弾くオケはヒューストンでも重鎮。 今年10周年記念を迎えるリヴァ―オークス室内楽団。 http://rocohouston.org/ このオケはユニークな理想を掲げた演奏活動を行っており、 その為に色々表彰されたり、メディアで取り上げられたりもしています。 例えば、聴衆との距離を縮めるため、 毎回演奏会の度に抽選で四名の人が最初の曲だけ、壇上でオケ奏者に交じって聞きます。 それから、地域のボーイスカウトや、日曜学校など、子供のためのグループを招待して、 演奏会全部ではなく、2曲くらい20分だけホールで聴く「演奏会初体験」もやります。 子供たちの入場は会場全体にアナウンスされ、 壇上の奏者も聴衆も一緒になって拍手で迎えます。 また、健康上の理由から会場に足を運べないご高齢の方々のために 地域の介護施設と提携して、演奏会の録画がダウンロードで観れるようになっています。 また奏者同志の関係も良くするためにも、色々な試みがされています。 例えば、午前と午後のリハーサルの間の一時間に豪華のお昼がケータリングされます。 皆、テーブルクロスのかかったテーブルで座ってお昼をいただきながら歓談します。 それから一つのプログラムのリハーサル・演奏中に必ず一回は 誰かのお家でピザパーティーが開かれます。 オケの鍵盤パートと言うのはあまり多くありません。 だからいつもエキストラ状態なのですが、 それでも私がリハーサルのために会場入りすると、 色々な人が笑顔で手を振って、迎えてくれます。 仲間、そして同志です。 さあ、リハーサルに行く準備をするぞ! 行ってまいります。

  • 教える日

    木曜日は朝から教えている。 幼稚園から高校3年までエレヴェーター式のある国際学校でピアノのレッスンをするのだ。 すごい経歴の知り合いのピアニストは その性転換手術を伴う人生の紆余曲折の中、 一時演奏の機会をかなり失った時期があった。 「私は幼稚園児を教えるためにジュリアードに行ったのか? レパートリーに持っている100幾つの協奏曲を誰も一つも欲しがらない」 と号泣されたことがあった。 もう10年以上昔になるが。 まあ、そういう風にも考えられる。 でも、私、実は結構楽しいのである。 ト音記号の書き方から道化の朝の歌を弾きこなすまで、 プライヴェートの生徒さんを含めると私の生徒のレヴェルは本当にまちまちだが、 その一人ひとりがすごく個性的。 そしてそれぞれの個性に合わせてピアノの技術や音楽への心構えなどを伝授しようと工夫する 自分の言葉や言い回しに昔自分が先生におっしゃっていただいたことを思い出したり、 新しい考え方の発見をしたり。 歴史上、演奏だけで食べていけた器楽奏者と言うのは本当に少ない。 ショパンもモーツァルトもベートーヴェンさえ、生徒が結構たくさん居た。 クレメンティやチェルニーやクレーマーに至っては 楽器販売、楽譜の出版業、教則本の執筆など様々なことを手掛けている。 それに、教えるということも、音楽をシェアする一つの手段である。 練習と演奏だけの音楽人生より、幅が出て楽しい。 朝の8時にレッスンスタート! 行ってまいります。

  • 今日は朝練!

    だんだん、生活が自分のものになってくる。 引っ越し、完了! 荷物を全て片づけて、小さな自分なりのこだわりをあちこちにしてみました。 いつも素敵なプレゼントをしてくれる、幼馴染のみっちゃんのママから頂いた 書道の大書の練習書きの大きな紙をクロゼットのドアに貼ってみたり、 私のNYの大好きなお友達の画伯が、まだ絵を勉強中に描いた絵を LAに引っ越し記念にと郵送してくださったのを、玄関にかけたり、 そうやってこの小さなスペースをマイホームにしてみました。 仮住まいですが、でも幸せに、生産的に、活動的に、創造力豊かに生活するために 住環境にも心を籠めようと思ったのです。 優先順位の問題ですよね。 小さいころ繰り返し読んだ本の中でも特に好きだったミヒャエル・エンデのモモ。 その中の登場人物の一人、道路掃除夫のベッポのこんな言葉を思い出します。 「なあ、モモ、とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くて。これじゃとてもやりきれない、こう、思ってしまう。」 彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。 「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへってない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたは、いかんのだ。」 ここで彼はしばらく考えこみます。それからやおらさきにつづけます。 「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ、いつもただつぎのことだけをな。」 またひとやすみして、考えこみ、それから、 「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」 そしてまた長い休みをとってから、 「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」 彼はひとりうなずいて、こうむすびます。 「これがだいじなんだ。」         ~「モモ」第一部第4章“無口なおじいさんとおしゃべりな若もの”より~ 今朝は朝一から練習! 久しぶりに朝は丸々練習できます! 楽しみ。頑張るぞ。