• 火曜の夜はJ.COMケーブルチャンネルの19;00-20:00までの「つながる7」と言う番組に生出演しました。 私は日本でテレビも生放送も初めてだったので、少しドキドキしましたが、とても楽しい経験でした。 何より凄かったのはヘア・メークの人です。たかが20分くらいで顔もヘアもばっちりにして下さいました。 この日のゲストはかの有名な相田みつおさんの長男で、「相田みつお美術館」の館長でも在る、相田一人さんでした。私は自分の出番待ちの間に相田一人さんのインタビューを見ることが出来ましたが、相田みつおさんがその字からは想像もできないくらい、自分にも自分の周囲にも厳しい修行人だったと聞いて、納得の思いがしました。 日本での演奏活動10周年目を祝う、良い思い出になりました。 「つながる7」の皆さま、そしてこの出演を実現するのにご助力下さったLAの皆さま、ありがとうございました。 しかし、収録を終えて、帰宅は10時。シャワーを浴びたら(髪がムースとスプレーでごわごわだったので)もう疲れてしまって、荷造り全くせずに寝てしまいました。水曜日は6時に起きて、荷造りです。ちょっと心配でしたが家族の協力を得て、余裕で終えました。今年は家族の皆が車で成田まで送ってくれました。チェック・インを済ませた後、皆でお昼を食べて、出国審査のギリギリの所までお見送りしてくれて、最後の最後まで手を振っていていくれました。少しホロリとしてしまいした。 そして、これを書いているのは、私の高校時代のホームステイ先で、今では私のアメリカの実家となっているニュージャージの家です。昨日の夜遅く、空港からピックアップしてもらい、私のアメリカン・ペアレンツと軽く夜食を外で食べながら、お互いに近況報告をし合いました。私の方も、コルバーンの卒業、日本での演奏会、これからのタングルウッド音楽祭、そしてヒューストンへの移住と沢山報告することが在り、充実した一時でした。 今朝は雑用と練習をし、午後からはイエール大学の友達の所に2泊遊びに行きます。どうせ、時差ぼけだし、イエールの練習室も使わせてもらえるようだし、ここは楽しく気分転換をしましょう!と言う計画です。 それでは行って参ります。

  • J.COMと言うケーブル・チャンネルの「つながる7」と言う番組に生出演します! 日時;6月8日(火)19:00~20:00 (多分私の出演は19;30前後)チャンネル;J.COM (ケーブル・テレビ)番組;「つながる7」 全国放送なのですが、地域によってはケーブルテレビを購入していても入らない所も在るようです。 この出演はロサンジェルスの日系人コミュニティーが中心となって出来た, 「ファン・クラブ」(と自分で言うのもとても恥ずかしいのですが)の方々の御助力で実現しました。 ロスでの日系人用の日本語放送のチャンネルが まず私とコルバーンを紹介する短いドキュメンタリーを作ってくださり、 その製作をしてくださった方々が私を「チャンネル7」にご紹介くださいました。 本当に私は色々な方々に支援して頂き、幸せ者です。 日本での演奏活動10周年記念に合わせて、本当に嬉しい出来事です。 もし可能ならば、見てみてくださいな。

  • 私は今、全く時計の無い生活を送っている。 腕時計をしてはピアノが弾けない。 実際そうなのか、気持ちの問題か、何だか重く、締め付けられている様な感じがする。 だから弾くたびに外して、そのまま忘れてしまう。 忘れ続けるのは馬鹿らしいので、もう腕時計を持たなくなって何年にもなる。 携帯を持つようになってからは携帯の時刻表示を見ているが、 私の携帯はアメリカでしか使えないので、日本では携帯無し=電話も時計も無し、である。 これが妙に快感なのだ。 始めは「妙」だけだった。 それが今日本滞在2週間半目にして、何だかとても素晴らしいのである。 駅までの道もマイペース。 電車一本くらいやり過ごしたって、まあ、どおって事ないさ。。。ああ、良い風。 昨日は小さなサロン・コンサート。 毎回いらして下さるお客様と款談などしてくつろいでいたら、 開演時間が気が付いたら20分過ぎていた。 聴衆皆が参加する音楽談義で盛り上がっていたので、文句も出ず、 主催者側の「あれ、もう6時20分ですよ!」 に、皆大笑いして、演奏開始。 とても良い会になりました。

  • 調律師と言う人種が、私は一般的に好きである。 ピアノと言うのはその西洋音楽の楽器としては飛び抜けて精巧なメカニズムによって成っている。 その製作、修理、そしてメインテナンスを受け持つピアノ技術師(英語ではpiano technician)には エンジニア、職人、そして伝統芸術家の全ての要素が備わっている人でなければなれないと思う。 しかも修行期間、下積み期間が普通の職業に比べて長い(ピアニストよりは短いかもしれないけど)。 そして割と需要が大きそうなこの職業なのに、ピアノが好きで、音楽が好きで、 儲けを度外視してお仕事してしまい、結局余りお金持ちになれる人が少ない。 そう言うこと全部ひっくるめて、私は調律師一般に共感するし、好感を持つし、友達も多い。 でも実は、少なくとも今日、演奏会場において、技術者と演奏者の接点と言うのはとても少ないのである。 私は演奏会と言うものは共同製作だと思っている。 企画する人、広報の人、当日裏方をしてくれる人、聴衆、そして演奏家。 皆が集まって、音楽を通じて2時間の時空を共感すべく、力を合わせて製作するイベント。 もっと大きく言えばその日の曲の作曲家、ホールの設計をした建築家、音響のデザインをした人、 そして今までこの西洋音楽を今日、私に至るまで継承して来てくれた人たち全ても 間接的にその日、その音楽の共同製作に携わっていると思う。 そんな中で調律師と言うのはピアノの音を整備する、演奏により直接関わっている、 ピアニストにとってはほとんど共演者と言っても良い存在だと思う。 それなのに、技術者と言うのは演奏者が会場入りする前に仕事を終える。 アメリカでは演奏者が会場入りする頃にはとっくに立ち去っている技術者が多い。 日本では技術者が調律を終える頃ピアニストが会場入りして、 10分ほどピアノの確認に立ち在ってもらったりするが、 技術者が演奏会に残って聞いてくれることは例外的だ。 私は「技術者=共演者」と言う意識を持っているので、演奏前に技術者と話す機会が在れば、 そのピアノの音色の由縁、どうしたらホールの音響、このピアノの性格、その日の天候に対応して より良い音楽を与えられた状況・楽器から引き出せるか意見を求めたり 楽器に不都合な点が在れば改良が可能か、尋ねたりする。 クレームを付けるのとは違って、私にだって個性が在るし、 私がそれぞれの演奏会場やピアノの状況からベストを引き出したいのと同じに、 可能ならば私のベストを引き出せる物をピアノが提供してくれることを望むからだ。 でも、技術者とそう言う対話をするピアニストは、私の友達によると少ないらしい。 自分の専門の「弾く」と言うことに専念する為だろうか? 技術者を絶対的に信頼するからだろうか? 私は皆で関わったほうが面白いし、満足感も大きいと思うのだけれど。 一般的にピアニストは自分の楽器のことを一番よく知らない楽器奏者だと思う。 ピアノが複雑な楽器だ、と言うせいもあるが、そう言う態度が今まで継承されてきた、と思う。 それは一部、ピアノはアマチュアが多く弾く楽器だから、と言うことが無いだろうか? でも、プロとして、私は自分の音楽をさらに極めるためには、もっと自分の楽器を知ること、 そして自分の楽器を一番良く知っている技術者に助けを求めるのは、必要な様な気がする。 今度、ピアノの調律を習ってみようかなあ、とか考えている。

  • 演奏会の後、聴衆の方に「暗譜で弾かれるのは凄いですね~」と良く感心される。 確かに、暗譜と言うのは少なくとも私にとって演奏への準備の努力の大きな部分を占める。 ソロの演奏で暗譜が必修なのはピアニストだけである。 ニューヨーク・タイムズの音楽評論家は何年か前に一度 「本当に暗譜と言うのはそんなに必要なのか?  暗譜を必修にしなければピアニストのレパートリーは広がり、 演奏中の事故は減り、プラス面が多いのではないか?」と言う記事を発表した。 暗譜で弾くことによる利点と言うのも、逆に在る。 詩を朗読する際、活字を読みながらの朗読と、暗記でする場合の感情移入と言うのはやはり増えると思う。 しかし、自分の記憶に自信が無い場合、それで集中が途切れてしまう場合がある。 また曲や奏者によっては、暗譜をするまで弾き込んでしまうと新鮮さを失って逆効果の場合もある。 しかし現実問題、今の世の中で楽譜を使って堂々と聴衆からお金を取った演奏会をするのは勇気が要る。 私は自分の勉強・修行も兼ねて今までの演奏は全て暗譜で行っている。 暗譜でする演奏と言うのは目的地に向かって歩いて行くのに似ている。 地図や道順が頭に入っている場合は、道端の花や景色を楽しみながら自由なペースで行ける。 ただし、自信が無い場合や、始めから方角がきっちり分かっていない場合は恐怖である。 裏覚えのヒントを必死で探し、それだけを藁にもすがる思いで進んでいく。楽しいどころでは無い。 もともと方向感覚の優れている人と言うのもいるし、方向音痴の人もいる。 それと同じで始めから曲の構造(地図)が簡単に頭に入る人とそうじゃ無い人もいる。 ただし、地図が頭に入っていても、その日の集中の度合いや調子によっては 道筋を間違えたり、突然方角や道順が分からなくなったりするものである。 これを阻止するためには、いつも次の道、次の道しるべ、と先を考えることである。 しかし、「良い演奏」と言うのはその瞬間瞬間に自分を投じて、計算をしないことである、と私は思う。 前読みと、瞬間瞬間に一所懸命になる、 この二つの相反する意識のレヴェルをどうバランスするか。 これが、暗譜の難しさだと思う。