Tag: 音楽史


  • 明鏡日記9.28:演技は喜ばす為か・正直になるためか

    人を喜ばせる、特に人を笑わせる必要性を常に感じている人の多くは、子供時代に何らかの脅威を感じて育った人ではないか、と思います。人を笑わせている瞬間は自分が周囲の人間をコントロールしているからです。

  • 洒脱日記194:なぜ・誰のために・何を書くのか。

    出版ということが現実化して来た今、なぜ・誰のために・何を書くのかということを再考しなければいけない。一度、私の本を「商品」と扱うチームと組んで、出版や売り上げをゴールに戦略を練るようになったら、確かになぜ・誰のために・何をかくのか、ということが自分の中で不明確になる可能性が多いにある。

  • 明けましておめでとうございます。2020年演目発表!

    新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 まず、リクエストを公募した2020年の私のリサイタルプログラムを公表させてください。日本では6月中旬から7月上旬にかけて、また演奏させて頂く予定です。小さな曲はこれからまだ詰めていきますが、大体まとまってきました。題して「音楽の架け橋:旧世界🎼新世界、ベートーヴェンとガーシュウィン」。(日本での演奏日程をブッキング中!ご興味がおありの主催者の方々はお早目にご連絡ください。サロンや美術館、ホームコンサートのご相談も承ります。) ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ28番、作品101(1816)21分 ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ32番、作品111(1823)28分 ガーシュウィン(1898-1937)『ラプソディーインブルー』(1924)15分 この3つの大曲の歴史的位置づけを表す小品(未定・模索中) ラヴェル?『道化の朝の歌』『亡き王女のためのパヴォーヌ」他 スコット・ジョップリンかWilliam Grant Stillなどの黒人作曲家? ベートーヴェンとガーシュウィンに徹して彼らの小品で固める? べ「エリーゼのために」「月光(一楽章)」など ガ「I Got Rhythm」などの歌のピアノ独奏編曲や前奏曲 2020年は、ベートーヴェンの生誕250周年記念です。私はへそ曲がりなので、(皆がベートーヴェンを弾いてるときにわざわざ尻馬に乗らなくても…)と思っていました。博士論文では、ベートーヴェンの天才性は歴史的に演出された部分が大きい、と書きました。でも皆さんからのリクエストにもベートーヴェンが多く、(まあこの機会にちょっと…)と見始めた後期のソナタにどっぷりはまってしまったのです。何と言う恍惚の世界!しかも遊び心と、茶目っ気に溢れているのです。 「後期のベートーヴェンは難解」と言うのが一般常識です。私もその固定観念で、今まで作品101や111を避けてきました。が、今この年で初めて自由にこれらの曲を考察すると、ベートーヴェンは実はものすごく楽しんでこれらの曲に取り組んでいた、としか思えないのです。そして私も弾いていて本当に楽しい。 「難聴→失聴」の『運命』のベートーヴェン…これが歴史が創り上げたベートーヴェンのイメージです。でも本当にそうなのでしょうか? 失聴したから聞こえてきた最高の音世界をベートーヴェンは実は満面の笑みで楽しんでいたのでは?障害を持っているから苦しいだろう・不幸だろう、と言うのは健常者の想像力の欠如では?これはパラリンピックの精神にも繋がります。更に、ベートーヴェンには1/16黒人の血が入っていたという学説があります。例えばこれが本当だったとして、リズムの観点からベートーヴェンの後期の作品を見てみると突然ジャズっぽく聞こえてきたりもします。失聴したことで、(その上もしかしたら人種的マイノリティーだった?ことで)常識や固定観念から自由になる事が出来たベートーヴェン。ラッキーなベートーヴェンと言う観点から後期のソナタを検証してみると、全く新しい見解を持ってこれらの曲を解釈する事が可能になります。 そういうお話しをしながら、ガーシュウィンとつなげていきます。ガーシュウィンの両親は、ロシア系ユダヤ人としてアメリカに移民しているので、ガーシュウィンは一世です。反ユダヤ主義が世界的に横行していた時代に、黒人差別に自分たちの人生やアイデンティティーを重ねてみるユダヤ人は多かったようです。そのガーシュウィンの出世曲が「ラプソディーインブルー」です。昨年渡米30年を迎えた私の、日本での演奏活動20周年記念にも相応しい曲です。更に、実に400年前—1620年に清教徒がメイフラワー号に乗って宗教弾圧を逃れて自由を求めてきた自由民主国家、アメリカ合衆国の代表的作曲家とされるガーシュウィンを、この大事な大統領選挙を控える2020年に演奏するのは、意味深だと思います。 書き出してみると、楽しみが募ってきます。ちなみに、生活が不規則になり勝ちな音楽人生ですが、今年の抱負は3時間練習、3時間本の執筆、8時間睡眠を、バローメーターに毎日前進する事!本の執筆にはブログやメールをやっている時間は含みません!楽しんで頑張るぞ!

  • ドクターピアニスト多数出没!

    6月20日(木)ギリシャのスペツェス島。5日間の機械学習の学会の最後の晩に演奏させて頂きました。海辺から徒歩5分の素晴らしい環境で、同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で生活して、自分たちの研究や将来への夢や野望を語り合った仲間たちの前での演奏。ピアノは理想的とは言い難いとても古いピアノ。調律師はスペツェス島には居らず、演奏会のために調律師の手配…と言う手配はされてはおらず、兎に角最善を尽くすのみ。でも、毎日一緒に海辺を散歩や海水浴をした後でしたので、ショパンの舟歌やリストのエステ荘の噴水は、格別に意味深く感じられ、本当に奏者も聴衆も会場全体が一体となって「ピアノに聴く水」を堪能できた、素敵な演奏会となりました。アンコールの後も、お客様がいつまでも名残惜しそうに質問やコメントを投げかけてくれ、時間がしばし経って荷物をまとめて会場を出ると、出しておいたCDが一枚残らず完売されていました。「もっと持ってきてくれても良かったのに…」と、数人からちょっぴり残念そうに言っていただけて嬉しかったです。(CDはオンラインでもご購入いただけますよ~。) 6月29日(土)実に36時間くらい前にヨーロッパからカリフォルニアに帰宅しばかりの本番。でも本番!となるとやっぱり音楽家は張り切ってしまうものなのですね。時差ぼけなんて何のその。「第二次世界大戦中日本で活躍したユダヤ人音楽家」のトピックでレクチャーコンサートをするのは実に6回目だったのですが、やはり「音楽は人類愛」と語っていると熱くなってしまいます。レオ・シロタやレオニード・クロイツァーや、逆境の中で音楽魂を燃やし続けた日本人やユダヤ人の音楽家の話しが、涙を持って迎えられたりすると本当に充実感を覚えます。今回も打てば響くような素晴らしい聴衆に恵まれました!感謝! 6月30日(日)ホームコンサートで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。実はこれまでの「ピアノに聴く水」の演奏はすべて、30分とか、45分とか、1時間の抜粋で、初めから終わりまで「ピアノに聴く水」を通させて頂いたのは初めて。マークの家にあるヤマハのC7のピアノは特に低音の響きが素晴らしく、楽しみにしていましたが…この日は結構苦闘しました。お客様には喜んでいただけ、ホストのマークと奥様のエスター、そして最近私のエージェントの候補となっているラリーなどは手放しで褒めてくれ、涙を流さんばかりでしたが、毎日私の練習の耳辺りにしている野の君は一言「なんか危うかったような…」マークが熱狂的に3つのカメラと二つのマイクを使って録音・録画してくれたので、じっくりと一人反省会を翌日しました。一言で言って、この日の私は聴けていなかった。これから弾こうとする音や音楽も頭の中で聴けていなかったし、その瞬間瞬間自分が出している音を冷静に判断して将来に役立てると言う聴き方も3曲目くらいから放棄してしまっていたし、余韻を楽しむ余裕も無くなっていた。疲労・マークの家の残響の多さと音量、など言い訳はできるけれど、この日は課題を多く見出させて頂いた演奏経験でした。 7月2日(火)大事なお友達ご夫妻の人生の節目のパーティ―に立ち会わせて頂き、音楽をご提供させて頂きました。彼らの家のK. Kawaiは10日前に調律した調律師さんの腕もさることながら、元々のピアノも、ピアノとお部屋の相性も最高だったのだと思います。音楽愛好家が多いお客様の前で、奥様がお好きなゴールドベルグ変奏曲のアリアや、モンポ―の「一滴の水について」、シューベルトの即興曲や、ショパンのエチュードなど、小品をいくつか披露させて頂きました。あまりに美味しいおご馳走に合わせて少し日本酒とワインを頂いてしまっていたのですが、落ち着いて、余韻を楽しみながら弾くことが出来ました。日曜日の自身回復が少しできたかな? 7月3日(水)Music at Noonと言うパサデナの街に古くから続くコンサートシリーズで「ピアノに聴く水」の抜粋を演奏させて頂きました。演奏会場にお集まりくださった聴衆はざっと100人ほど。赤ちゃん。車いすに乗って看護婦さんの付き添いと来られているご老人。毎週来ていると言う近所の男性。夏休みなので子供を連れて来ているお母さんたち。この人たち全員に、まず私の合図で一緒に息をしてもらい、次に簡単な発声をしてもらい、会場に笑いと安心と一体感を醸し出してから、シューベルト、ショパン、リスト、と弾き進みました。会場はモダンな教会で、ステンドグラスが素敵なのですが、響きが5階建て分くらいある吹き抜けの天上に抜けてしまう感がややあり、残響が長めです。さらにピアノは普段は教会の礼拝中のポップス系の演奏に使われているピアノ。いかにもそういう音がします。ハンマーが固く、輪郭がはっきりしている代わりに軽くて深みが無い音で、陰影がつけにくいのです。だから私は兎に角「間」「ため」「タイミング」で勝負をすることに決めました。これがうまく行ったのだと思います。自分でも与えられた状況の中でベストを尽くせたと言う満足感がありましたし、確かにお客様と心を通わせることが出来た!と言う手ごたえがありました。CDも沢山売れましたし、何しろお客様からの質問やリクエストや反応が素晴らしかった。演奏終了後もお客様がずっと帰りたがらない様子が嬉しかったです。 7月3日の午後、演奏を終えて帰宅して来た私はそのままベッドに直行してしまいました。読書に耽り(練習しなきゃ…反省会をやらなきゃ…)と気持ちは焦るのですが、どうしても体が動かず(自分は何という怠けものなんだ…どうして意思がこんなに弱いんだ…)と自己嫌悪に陥っている中、野の君帰宅。「体が熱いよ!」とすぐ気が付いてくれました。そうと決まれば堂々とごろごろベッドでヴィデオを見て、感動して大量の涙と鼻水を流し、さっさと早寝をしてしまい、至福の時を過ごしました。でも、どうして私は疲れるとすぐ発熱をするのでしょう?そしてどうしていつも発熱を自分で気が付けないのでしょう?どうして発熱する前に、自分の体力管理をきちんとできないのでしょう?まだまだ課題は多いです。 7月4日の独立記念日は久しぶりにイベントの無い、中日。野の君がレバニラと餃子づくりを提唱してくれ、この二つを二人で楽しく料理してがっしり食べたら、自分でもあきれるほど元気になりました。 7月5日(金)の夜は近くのシニア・コミュニティーで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。この日のピアノはBaldwin。少し音が固く、完璧に調律されているとは言えないけれど、定期的にメンテが施されている家庭用としては上等くらいのピアノです。会場は少し余韻が足りない感がありますが、自分の音が良く聞こえる、通し稽古にはちょうど良い環境です。この日はなぜかお客様の食らいつき具合が半端ではなく、私もそれに乗ってとても気持ちよく弾くことが出来ました。この日のプログラムを紹介してくれたアリスが「Makikoは日本へのツアーの前の準備の一環として、今日私たちに演奏してくれるのです。だから応援しましょう!」と言ってくれたのが良かったのかも知れません。兎に角お客さんの反応が良かった。私も集中して音楽に入り込むことが出来ました。演奏中、二回地震があったのですが、むしろそういう予期せぬハプニングもこの演奏会場の結束を強める効果が在ったと思います。演奏終了後、車いすの方がわざわざ時間をかけて私の所に来てくれて「地震にも全く動じずに音楽に徹している姿に感動しました」と言ってくれたのには、こちらが感動しました。 7月6日(土)の午前11時から、家から一時間程運転したところにある会場で「メロディーは世界の共通語」と言うレクチャーコンサートをしました。お客さんは少なかったのですが、6月30日のホームコンサートで初対面だった聴衆の方々が何人かいらして下さったり、歩行困難(一メートル歩くのに歩行器具を使って2分くらいかかっていらっしゃいました。)の女性がおしゃれをして来てくださっていたり…そして皆さん、とても熱心に私のレクチャーに熱心にうなずいたり質問やコメントで応えてくださり、レクチャーの合間に小品を演奏する度に「ブラボー」とため息と拍手で感謝を表明してくださいました。 7月7日(日)の午後2時。今このブログを書いている7月6日からは明日にあたります。もう一度「第二次世界大戦中に日本で活躍したユダヤ人」のレクチャーをします。 (後日談:この日のお客様は今までにも増して超満員ー立ち見が出る上体で、質問やコメントも活発に出て、終了後はお客様の長蛇の列が辛抱強く30分以上もずっと私との会話を待ってくれ、日本出発前最後の会にして、非常に思い出深い特別な会となりました。) 明日が終わると、日本に出発するまでは演奏は一段落。日本に向けての準備と練習と、日本から帰って来てからの曲目(ヒンデミットのクラリネット・ヴァイオリン・チェロ・ピアノのための四重奏、ラヴェルのトリオ、ブラームスのピアノ五重奏、など)を集中して練習します!