私は本当に効率のよい練習に打ち込んでいる時は意地悪だったりせせこましいことは考えられません。そんな余裕が無いのです。必然的に、何が人にとって美しいのか・心地よいのか・優しいのか・自然なのか・正直なのか・共感できるのか、だけを考えます。それはやっぱり祈りなのでは無いでしょうか?
クラシックの「完璧主義」に抗って、ありのままの自分をさらけ出したい自分もいる。そうする事でクラシックの敷居の高さ、エリート主義、非現実性を払拭できるのでは…?という淡い希望的観測もある。
取り合えず、朝練ライブ配信始めたことは良しとして、やはりガイドラインは必要なので明日から毎朝バッハのゴルトベルグ変奏曲を解説つけながら一曲ずつやっていきます。
最近、野の君がオートミールで作るお好み焼きに凝っています。卵を多くしたり、とろろの擦ったのを入れたり、色々工夫して食べさせてくれます。片栗粉を入れたらカリカリに香ばしくなりました。野の君はそこに大量のニラをいれ、キムチとポン酢とゴマ油で「はい!チジミ!!」と自慢そうに出してくれます。そういう純真な野の君を見ていると、自虐的になってはいけない、と思います。感謝と暖かい気持ちでいっぱいになります。
指使いは「みんな違ってみんな良い。Diversity and Inclusion」それぞれの指にそれぞれの特徴と性格がある。これを活かした指使いを工夫するところから音楽造りを始めていく…と言う訳です。