• どんな方々がこのブログを読んでくださっているのでしょうか? アメリカに居ると 「貴重な体験をさせていただいている特権的な立場。 この経験を私だけのために心のうちにしまっておくなんて勿体無さ過ぎる。 演奏は勿論のこと、こういうブログを通じてでも一人でも多くの方とシェアできれば..」 と言う思いで不特定多数の方々に発信することに責任感を感じていましたが、 日本に帰ってきて親しい方にご挨拶のお電話を差し上げると 「ブログ、読んでるよ~」と、近況報告が不要になったり。 さらに、時々小学校3年生の時の同級生(とび!)や NYで10年以上前に親しかったけれど今は帰国されてママになっている旧友などから ぽっこり思いがけずコメントを頂いたりします。 今月は本当に久しぶりに日本でゆっくりしています。 普段は帰国中は演奏と練習に追われているので、 今回の帰国は心が洗われているような実感があります。 家族の中でも私は普段は一番早飯なのですが 今回はゆっくりゆっくり最後まで咀嚼して、お茶も一番ゆっくり楽しみ、 そして急ぐこと無くお茶碗、おわんと洗っていきます。 水の音が気持ちよい。 窓から眺める日本の秋晴れとそれに対する紅葉は素晴らしいです。 昨日は母と商店街に行きました。 日本のお店は面白い! 朝一で行ったためか、 お菓子屋さんでは昆布茶とお饅頭を振舞われ、 珍味屋さんでは甘いコーヒーを振舞われ、 魚屋さんではイカのゲソを頂きました。 そんな中で、また段々とピアノが恋しくなってきます。 「弾きたい」と思って弾くピアノは 「弾かなきゃ」と強迫観念に駆られて弾くピアノとは 全然違います。 音が耳にしみこんできます。 愛おしい。。 ゆっくり、これまでの多忙を洗い落としていきます。 人生、洗濯のひと時です。 そんな中、人生の色々な場面でお会いした色々な方の お顔や交わした言葉が次々と思い起こされます。 もしよろしければ、コメントいただけませんか? 同窓会とかの企画がちょっと持ち上がっていますし。 昔、コメントいただいた方々の連絡先を、私知らない場合が多いので、 こちらから連絡が取れません。(とび!及び3年一組狛江一小のみんな!)

  • 先日、日本の知人にメールを書いたら 「ずっとブログの更新も無いし、どうしてるかと心配していた」 と、返信が来ました。 (見守ってくれているんダ…)と、何だかほっこりしました。 人生、色々です。 結構走り回っているかも。 今日はアルバイトでフルートの録音の伴奏のあと、レッスンを一つ教えて、 それから自分がレッスンを受けます。 その後ピアノのクラスで新曲の試し弾きをして、 友達と夕食? そして、あさっては日本に向けて出発! 今回の帰国は久しぶりに公開演奏をしないことに決めた帰国です。 この過去13年間、帰国のたびに演奏活動が入っていて、 ありがたいことですが毎週末なんらかの演奏、週日も1~2回演奏や、演奏関係の諸々。 そして勿論練習に追われ、 例えば日本でしか出来ない家族との団欒とか、歯医者とか、 そう言うことがもう何年越しでおろそかになっていました。 今回はだから、演奏は入れず、ほぼ10年ぶりの日本での年越しを家族と楽しみます。 それでも、一ヶ月以上遊んでいるわけでは在りません。 まず、ここで多いに宣伝したいのが、 私も一メンバーである横須賀ゆかりのピアニストグループ 「スカぴあ」が主催する 「スカぴあジュニア・シニア」公募のオーディション。 応募締め切りは12月10日で、オーディションは12月28日。 私も審査員として参加します。 アマチュア・プロ、そして年齢全て不問ですし、 ソロだけでなく、連弾のカテゴリーもあります。 オーディション参加者全員に審査員からの丁寧なコメントがあるのと、 合格者には来年のスカぴあでの演奏、合奏と言う特典! 会場の特別入場券「パスポート」の贈呈もあります。 詳しくはこちらで。 http://www.sukapia.com/2014Audition.pdf 冬の日本は本当に久しぶり。 楽しみです。

  • 実は私、博士論文を暗譜の歴史と是非について書くことにしたのです! 文献を読み始めているのですが、 自分でも(何と素晴らしいトピックを選択したんだ!)と歌いだしたくなるほど面白い! 暗譜、と言うことを始めたのは 9歳の天才少女ピアニスト、クララ・ヴィーク(後にシューマンの妻)と、 同時期ヴィルテュオーゾとしてロックスター的人気を誇っていたリスト、と言うことになっています。 しかし、その長い西洋音楽の歴史の発展途上では色々な形の暗譜がありました。 まず、記譜法以前は当然暗譜。 そして、記譜法が発展してからも、楽譜、そして本と言うのは非常な貴重品。 今の私たちからは想像も出来ないほどです。 そして、例えば本に関して言えば「目次」とか「索引」とか言うシステムが確立するまで 数世紀かかっています。 しかも、中世時代の本は非常に大きくて重く、持ち運びなど不可能。 と言うことで、一度出会った文献は覚えるつもりで読まなければいけません。 (ノートを取る、と言う習慣も無い。紙もインクも貴重品) 記憶、と言うことと、記録、と言うことの関係を歴史を追って考えてみると、本当に面白い! 音楽に関しても、記譜法の発展、印刷の発展、そして調性の発展を追って、 楽譜から読む、と言うことと、暗譜から演奏する、と言うことの関係が複雑な発展を遂げます。 例えばショパンは、自分の曲を暗譜で演奏されることを嫌ったそうです。 逆にほぼ同い年のシューマンは、暗譜をする事によって演奏が自由になる、と奨励しました。 私は暗譜がいつも怖かった。 (忘れたらどうしよう)と心配すればするほど、忘れやすくなる。 暗譜しなくて良ければ、どんなにこの音楽人生、楽になるか!? この頃アメリカではこういう意見や記事が良く見られます。 それに、リチャード・グードやエマニュエル・アックスと言った著名なピアニストが 最近協奏曲でも楽譜を使って演奏するようになっています。 昨夜、ライス大学で私のピアノの教授Brian Connelly門下生に夜リサイタルがありました。 私もスクリャービンのマズルカ作品3-7と左手のための夜想曲作品9-2、 そしてドビュッシーの夜想曲と言う三つの小品を演奏。 この3つは昨晩の時点で全く違う暗譜の過程にそれぞれありました。 スクリャービンのマズルカは明らかなABA形式で、Aでは主題が変奏されていく。 単純な構築で、メロディーも覚えやすく、好きな曲で、 大して努力せずに気がついたら暗譜していた。 譜読みを始めたのは3週間ほど前。 暗譜していることに気がついたのは一週間ほど前。 同じくスクリャービンの左手のための夜想曲は2009年以降の持ち曲。 譜読み以来、大好きな曲で別に演奏の予定が無くてもいつもウォームアップで弾いていたし、 アンコールなどでもいつでも弾ける、本当に十八番。 でもこの頃ちょっと忙しくてここ数週間全然弾いてない曲。 最後のドビュッシーはこれは「おお!水曜日に演奏!」と言うことで この月曜日に一生懸命構築分析などしながら急いで暗譜した曲。 譜読みを始めたのは、マズルカと同じく3週間ほど前。 主題が変奏されていって曲が発展するのはマズルカと同じだけど、 転調やセクションとセクションの関連がちょっと入り組んでいて、マズルカより複雑な構築。 論理を使って暗譜した。 でも、暗譜に関する文献を読んでいると、 『こうすると暗譜が確実になります』と言うメソード本にも沢山出会います。 そう言うものを読むと試したくなるのが人情と言うもの。 …そして昨日の演奏の結果は? 三曲ともそれぞれ、違う意味で暗譜が不安でありました。 マズルカはメソードを使わずになんとなく暗譜してしまった。 果たしてきちんと構築を把握しているのか? 本番のプレッシャーで崩れるのでは? ノクターンはここ数週間一度も触っていない!…

  • 香港でもハロウィーンがあって、 子供のころは仮装してマンションの一軒一軒を回ってお菓子をもらうのが楽しみでした。 幼馴染と一緒にはしゃぎながら回ったのを覚えています。 今年は10月31日はなんだか忙しく、お菓子の買い置きが無かった。 子供が来るたびに「ごめ~ん、なんにもありませ~ん」と謝っていました。 相棒の家では、玄関の横が音楽室になっていて、練習しているとピンポンピンポン。 その度に謝っていました。 夕方は親に連れられた幼児が多かったのが、 暗くなってくると今度が高校生くらいの子達が結構手の込んだ仮装で来ます。 もう反射神経のように「ごめ~ん」「ごめ~ん」と謝っていたら、 その中の一グループが中々立ち去りません。なんか玄関の外で叫んでいます。 良く聞くと「ピアノ、聞かせて~!」と言っているのです。 玄関を開けて、ドビュッシーのアラベスクのサワリを1分くらい弾きました。 どんな子たちか分からないし、ドンナ音楽を期待してるかも分からない。 正直、猜疑心で一杯でした。 ピアノから見上げると、結構一生懸命聞いているのです。 そして弾き終わった私に拍手してくれて、 「きれ~い!」「お菓子より、嬉しい!」 …私も嬉しい!! もっとちゃんと弾いてあげれば良かった。

  • 私は、教えることも大好きです。 特に今は、私は本当に個性豊かで熱心な生徒さんに恵まれていて幸運! その中のAちゃんとのレッスンで、今日私は自分でもびっくりする格言を発してしまったのです。 Aちゃんは凄く飲み込みが早く、音楽性もある6歳の女の子です。 実は物凄い美人なのですが、それに反抗するかのように憎まれグチをたたきます。 「同じことを繰り返し言わないで!」とか平気で言います。 「繰り返し言わなきゃいけないのは、同じ問題が続くからなんだけどな~」 「忘れちゃったの!」 「だから思い出させるのが私のお仕事だよ。」 などとやり取りするのですが、それでもこちらがいやな気持ちがしないのは、 やはりこの子の愛嬌でしょうか。 この子は素早く曲を仕上げてくるのですが、 曲の性格に関係なくなんでも凄いアップテンポで弾くのが好きな子でもあります。 今日の会話。 「これはどんな曲?」 「ハッピーな曲」 「そうだよね~、でも今のAちゃんの弾き方は、ハッピーじゃなくて忙しそうだったよ」 「…忙しいってピアノではどういう感じ?」 「忙しいって言うのは、一つ一つの音の全てにそれぞれ集中していることだよ。ハッピーはそれぞれの音が大きなグループに属していて、そのグループを大きな目で見られること。違いが分かるかな?」 凄くないですか? 忙しい=一つ一つの小さなことにそれぞれ集中してしまい、収集が着かなくなること 幸せ=それぞれの仕事が一つの大きな方向性や目標に属していて、それを安心してこなすこと。 おおお!真希子(の潜在意識!?)、素晴らしい! 自分で自分の発言を聞きながらびっくりしていました。 勿体無くて、思わずブログで発表してしまいました。