九州にいます!

私は日本は本州しか知らなかったですが、九州デビューしています。 おととい長崎に行き、昨日博多に来ました。 昨日は昼食は長崎で長崎ちゃんぽん、そして夕食は博多で博多ラーメンと言う凄い日でした。 長崎では: No. 1 興福寺 (キリシタン迫害、そして鎖国への未知を辿る1620年代の日本で、貿易をしていた中国人がキリシタンではと言う疑いを払拭するためも会って造ったお寺。当時の長崎の人口は5万人。そして中国人人口は5千人だったそうです!)、 No. 2 活水女子大 (1879年にアメリカ人宣教師によって創立された学校。音楽部も在って、昨日は長崎の愛好家コミュニティーが中心となって行うメサイア・シング・アロングに参加させていただきました。特に数は少なくても正確にしっかりと支える男性の部が印象的でした)、 No. 3 県立民族博物館 (長崎の特に西洋と日本の接点と言う位置づけに私は興味があるので、展示が非常に面白かったです)、No. 4 グローバー庭園 (鎖国直後から来日して製鉄や炭鉱などを始めたスコットランド人のグローヴァーを始めとする色々な外国人の豪邸が沢山あり、展示物も充実!草野肇さん、と言う素晴らしく物知りな案内者にご案内いただき、色々お教えいただき、貴重な時間を過ごすことが出来ました。) No. 5 出島 (鎖国中と幕末以来の二つの全く赴きの違う出島が比較検討できるように工夫がされてあり、非常に面白く拝見しました。オランダ人は貿易を日本と続けるために鎖国の滞在賃として一年に一億も幕府に払っていたそうです!日本との貿易がいかに良いビジネスだったか、それだけでも良く分かります。面白い) No. 6 長崎平和記念公園 No. 7 長崎原爆資料館 No. 8 国立長崎原爆死没者追悼平和記念館 そして昨日の夜博多に着き、博多ラーメンを食べ(美味しくてびっくり!)、 博多駅前のクリスマス・イルミネーションに驚嘆しました。 今日は一日博多を観光、そして夜実家に戻ります。 明日は木曽! 私は旅が大好きです。

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思い出ぽろぽろ

『おもひでぽろぽろ』を観みました。 私は宮崎駿は同じ日本人としてとても誇りに思っている人の一人で、ファンです。 この作品もずっと見たかったのですが、 特に先週観たかったのは今週末の同窓会のためです。 『おもひでぽろぽろ」は思っていた以上に今の私にぴったりの映画でした。 人生分岐点にある主人公が、小学校5年生の自分に再会し、 その頃の思い出を復習しながら、これからの自分に思いをはせ、 最終的に決断をする、と言うストーリー。 私の同窓会は小学校3年生の時のクラス。 小3年の同窓会は珍しいと思うけれど、このクラスは特別なクラスだったのです。 S先生は本当に素晴らしい先生だったし、同級生も皆個性ある面白い子ばかりで 毎日が思い出満載の、本当にきらきらした毎日の一年間でした。 インフルエンザが流行して学級閉鎖の多発がニュースで騒がれる中、 「学級閉鎖ごっこ」と称して先生が来る前にクラスの半分以上が教室の中に隠れ (机の下、ロッカーの中、本棚の隙間) 先生を驚かそう、と皆でワクワク協力したのもこのクラスでした。 市が主催するサッカー大会に 「スリーワン一小」(第一小学校の三年一組だったので)と言うチーム名で出場し、 あっさり第一回戦で負けてみんなで悔し泣きしたのもこのクラスでした。 そんな時先生はいつも、 夏はアイスキャンディー、冬はあんこの詰まったうぐいすをおごってくれました。 先生は40人近く居たクラスの生徒一人一人に 二学期の途中にノートをプレゼントしてくれました。 「見た事、感じたこと、発見したことなどを書きましょう」 と先生の手書きで表紙に書いてある日記帳です。 私たちが書いて提出すると、 先生は私たちの本分よりも長いコメントを赤ペンで書いて返してくれました。 私は半年の間に6冊分の日記を先生とやり取りして、 それ以来の私の宝物です。 同窓会にあたり、それを全部読み返してみると、 先生のコメントは小三の私に対しても全て「です、ます」調で まるで今の大人になった私に書いてくれているようです。 その頃良く同級生とけんかして悔し泣きしたりすることも多かった私に 「平田さんの言い分もきちんと理がかなっているのだけれど、 例え間違っているとしても相手の言い分にも思いをはせる気持ちの余裕と時間を持ってください。 その方が自分も楽だと思いますよ。」 など、今の自分が身につまされるメッセージが沢山。 私たちも先生が大好きだったけれど、 先生も私たちのことを本当に大事に思ってくれていたのだと思います。 同級生のK君がお父さんのラーメン屋さんをついでお洒落な中華料理屋さんに改装した 駅前のお店で皆で会いました。 「好華」と言う名前のとっても素敵なお店です。 http://kouka-china.com/ 黒酢の酢豚はレンコンとサツマイモが入って変り種でしたが、 肉がボリュームがあり、ソースの味もすっきりと美味しく、 レンコンもサツマイモも外がカリっと揚がっているのに中が野菜の味がしっかり生きていて絶品! 私はシャオロンパオは大好きで世界の色々な中華街で食べましたが、ここのは本物です。 日本的に少しあっさり目ですが、素晴らしくジューシーで 皮もボリュームとやわからさのバランスが程よく、本当に美味しいです。 やんちゃな3年生だったK君がこんなに立派な店主・コックさんになっているなんて。 脱帽。感慨無量です。 お店は常に満席、と言う感じで 厨房を一人で切り盛り(凄い!)しているK君とはゆっくりは喋れませんでしたが、 でもそのお料理に彼の意気込みと元気を感じました。 和歌山から駆けつけてくれたYちゃん、そして今では引退なさっているS先生も交えて

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ブログを書く、と言うことの不思議さ

どんな方々がこのブログを読んでくださっているのでしょうか? アメリカに居ると 「貴重な体験をさせていただいている特権的な立場。 この経験を私だけのために心のうちにしまっておくなんて勿体無さ過ぎる。 演奏は勿論のこと、こういうブログを通じてでも一人でも多くの方とシェアできれば..」 と言う思いで不特定多数の方々に発信することに責任感を感じていましたが、 日本に帰ってきて親しい方にご挨拶のお電話を差し上げると 「ブログ、読んでるよ~」と、近況報告が不要になったり。 さらに、時々小学校3年生の時の同級生(とび!)や NYで10年以上前に親しかったけれど今は帰国されてママになっている旧友などから ぽっこり思いがけずコメントを頂いたりします。 今月は本当に久しぶりに日本でゆっくりしています。 普段は帰国中は演奏と練習に追われているので、 今回の帰国は心が洗われているような実感があります。 家族の中でも私は普段は一番早飯なのですが 今回はゆっくりゆっくり最後まで咀嚼して、お茶も一番ゆっくり楽しみ、 そして急ぐこと無くお茶碗、おわんと洗っていきます。 水の音が気持ちよい。 窓から眺める日本の秋晴れとそれに対する紅葉は素晴らしいです。 昨日は母と商店街に行きました。 日本のお店は面白い! 朝一で行ったためか、 お菓子屋さんでは昆布茶とお饅頭を振舞われ、 珍味屋さんでは甘いコーヒーを振舞われ、 魚屋さんではイカのゲソを頂きました。 そんな中で、また段々とピアノが恋しくなってきます。 「弾きたい」と思って弾くピアノは 「弾かなきゃ」と強迫観念に駆られて弾くピアノとは 全然違います。 音が耳にしみこんできます。 愛おしい。。 ゆっくり、これまでの多忙を洗い落としていきます。 人生、洗濯のひと時です。 そんな中、人生の色々な場面でお会いした色々な方の お顔や交わした言葉が次々と思い起こされます。 もしよろしければ、コメントいただけませんか? 同窓会とかの企画がちょっと持ち上がっていますし。 昔、コメントいただいた方々の連絡先を、私知らない場合が多いので、 こちらから連絡が取れません。(とび!及び3年一組狛江一小のみんな!)

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すっかりご無沙汰!

先日、日本の知人にメールを書いたら 「ずっとブログの更新も無いし、どうしてるかと心配していた」 と、返信が来ました。 (見守ってくれているんダ…)と、何だかほっこりしました。 人生、色々です。 結構走り回っているかも。 今日はアルバイトでフルートの録音の伴奏のあと、レッスンを一つ教えて、 それから自分がレッスンを受けます。 その後ピアノのクラスで新曲の試し弾きをして、 友達と夕食? そして、あさっては日本に向けて出発! 今回の帰国は久しぶりに公開演奏をしないことに決めた帰国です。 この過去13年間、帰国のたびに演奏活動が入っていて、 ありがたいことですが毎週末なんらかの演奏、週日も1~2回演奏や、演奏関係の諸々。 そして勿論練習に追われ、 例えば日本でしか出来ない家族との団欒とか、歯医者とか、 そう言うことがもう何年越しでおろそかになっていました。 今回はだから、演奏は入れず、ほぼ10年ぶりの日本での年越しを家族と楽しみます。 それでも、一ヶ月以上遊んでいるわけでは在りません。 まず、ここで多いに宣伝したいのが、 私も一メンバーである横須賀ゆかりのピアニストグループ 「スカぴあ」が主催する 「スカぴあジュニア・シニア」公募のオーディション。 応募締め切りは12月10日で、オーディションは12月28日。 私も審査員として参加します。 アマチュア・プロ、そして年齢全て不問ですし、 ソロだけでなく、連弾のカテゴリーもあります。 オーディション参加者全員に審査員からの丁寧なコメントがあるのと、 合格者には来年のスカぴあでの演奏、合奏と言う特典! 会場の特別入場券「パスポート」の贈呈もあります。 詳しくはこちらで。 http://www.sukapia.com/2014Audition.pdf 冬の日本は本当に久しぶり。 楽しみです。

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暗譜の是非。

実は私、博士論文を暗譜の歴史と是非について書くことにしたのです! 文献を読み始めているのですが、 自分でも(何と素晴らしいトピックを選択したんだ!)と歌いだしたくなるほど面白い! 暗譜、と言うことを始めたのは 9歳の天才少女ピアニスト、クララ・ヴィーク(後にシューマンの妻)と、 同時期ヴィルテュオーゾとしてロックスター的人気を誇っていたリスト、と言うことになっています。 しかし、その長い西洋音楽の歴史の発展途上では色々な形の暗譜がありました。 まず、記譜法以前は当然暗譜。 そして、記譜法が発展してからも、楽譜、そして本と言うのは非常な貴重品。 今の私たちからは想像も出来ないほどです。 そして、例えば本に関して言えば「目次」とか「索引」とか言うシステムが確立するまで 数世紀かかっています。 しかも、中世時代の本は非常に大きくて重く、持ち運びなど不可能。 と言うことで、一度出会った文献は覚えるつもりで読まなければいけません。 (ノートを取る、と言う習慣も無い。紙もインクも貴重品) 記憶、と言うことと、記録、と言うことの関係を歴史を追って考えてみると、本当に面白い! 音楽に関しても、記譜法の発展、印刷の発展、そして調性の発展を追って、 楽譜から読む、と言うことと、暗譜から演奏する、と言うことの関係が複雑な発展を遂げます。 例えばショパンは、自分の曲を暗譜で演奏されることを嫌ったそうです。 逆にほぼ同い年のシューマンは、暗譜をする事によって演奏が自由になる、と奨励しました。 私は暗譜がいつも怖かった。 (忘れたらどうしよう)と心配すればするほど、忘れやすくなる。 暗譜しなくて良ければ、どんなにこの音楽人生、楽になるか!? この頃アメリカではこういう意見や記事が良く見られます。 それに、リチャード・グードやエマニュエル・アックスと言った著名なピアニストが 最近協奏曲でも楽譜を使って演奏するようになっています。 昨夜、ライス大学で私のピアノの教授Brian Connelly門下生に夜リサイタルがありました。 私もスクリャービンのマズルカ作品3-7と左手のための夜想曲作品9-2、 そしてドビュッシーの夜想曲と言う三つの小品を演奏。 この3つは昨晩の時点で全く違う暗譜の過程にそれぞれありました。 スクリャービンのマズルカは明らかなABA形式で、Aでは主題が変奏されていく。 単純な構築で、メロディーも覚えやすく、好きな曲で、 大して努力せずに気がついたら暗譜していた。 譜読みを始めたのは3週間ほど前。 暗譜していることに気がついたのは一週間ほど前。 同じくスクリャービンの左手のための夜想曲は2009年以降の持ち曲。 譜読み以来、大好きな曲で別に演奏の予定が無くてもいつもウォームアップで弾いていたし、 アンコールなどでもいつでも弾ける、本当に十八番。 でもこの頃ちょっと忙しくてここ数週間全然弾いてない曲。 最後のドビュッシーはこれは「おお!水曜日に演奏!」と言うことで この月曜日に一生懸命構築分析などしながら急いで暗譜した曲。 譜読みを始めたのは、マズルカと同じく3週間ほど前。 主題が変奏されていって曲が発展するのはマズルカと同じだけど、 転調やセクションとセクションの関連がちょっと入り組んでいて、マズルカより複雑な構築。 論理を使って暗譜した。 でも、暗譜に関する文献を読んでいると、 『こうすると暗譜が確実になります』と言うメソード本にも沢山出会います。 そう言うものを読むと試したくなるのが人情と言うもの。 …そして昨日の演奏の結果は? 三曲ともそれぞれ、違う意味で暗譜が不安でありました。 マズルカはメソードを使わずになんとなく暗譜してしまった。 果たしてきちんと構築を把握しているのか? 本番のプレッシャーで崩れるのでは? ノクターンはここ数週間一度も触っていない!

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