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今日はチャイナ・タウンに行きました。 横浜のも、ニューヨークのも、フィラデルフィアのも、ロサンジェルスのも、ロンドンのも、ヴァンクーバーのも、チャイナ・タウンは皆ゴミゴミと混み合っていましたが、ヒューストンのチャイナ・タウンは普通のアメリカのショッピングセンタ―に中国系のお店が入ったところが沢山、沢山ある、と言う感じで、ショッピング・センターそのものは広々として、駐車場もとても奇麗です。看板が中国語なだけ。色々なお店に行きましたが、一つ日本の百円ショップそのもののお店が在りました。本当に中に在る物も、日本製の物ばかりなのです。お値段は2ドルから、と少し割高でしたが、私はゴミ箱や、小物入れや、飴や、沢山買いました。 それから今日のドライヴァー(ヒューストン4年目の台湾人で心理学で博士課程のリサーチをしている女性。ブルーベリーがアルツハイマーに効く、と言う事を立証するリサーチをしているそうです)が特別に私の為に超大きなスポーツ品店に連れて行ってくれました。そこが自転車が安い、と聞いたからです。確かに本当の「自転車屋さん」では一番安いのが300ドルでしたが、ここでは一番安いのは58ドルで、それを買いました。これで学校までの徒歩25分が、自転車で10分に進歩しました。 でも、その後学校までスイスイ気持ち良く漕いで行って練習して帰り道、転んでしまいました。久しぶりに膝小僧をすりむきました。
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ライスで今年音楽の博士課程(Doctorate in Musical Arts)を始める生徒は4人います。 私ともう一人ピアニスト、チェリスト、そして作曲家です。 今日はそのピアニストの運転で、チェリストとそのルームメート(建築の修士)、そして私で韓国雑貨のお店に行きました。博士課程の生徒たちは一緒に取るクラスも多く、これから沢山一緒に勉強をする仲間なので何となくお互い観察してしまいます。韓国雑貨のお店ではお米の大袋と、炊飯器と、キムチの大瓶と、そば、うどん、のり、ふりかけ、そしてラーメンを買いました。これで何となく気持ち的に落ち着きます。 その後少し練習をして(ほぼ一週間ぶり!)、また3人でベトナム料理を食べました。運転して午後一杯付き合ってくれたのに、インスタント・ラーメンを一袋買っただけのピアニスト(男の子です―外食中心の生活らしい)におごりました。 さて、これから「リサーチにおける責任ある行動について」と言う、オンラインのコースを取らなければいけません。博士課程の生徒は皆必修のコースで、例えば学会に発表する際、自分のリサーチのどの課程を報告から省いてしまったら倫理的に問題が在るか、とか他の人のアイディアはどうやって引用するのが正しいか、とかそういう事に関するコースです。何故か読もうとすればするほど眠く成ってくるので、一息入れて、ブログを書きました。 明日はチャイナ・タウンに行きます。安い洋服(短パンが切実に必要)や、食器、小物、果物・野菜などを買いだしてきます。
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タングルウッドに居る間インターネットで見つけた下宿先は、ライスから徒歩20分くらいの所にある静かな住宅街にあった。周りの家はつたに覆われていたりして、趣が在る。でも私の住む事になった家は近所の中で目立って古い家だった。大きいのだが、古く、手入れが行き届いていない。私の部屋も窓が3方に在り、壁に備え付けの本棚が在ったりして素晴らしいのだが、床が傾いている~家具付きの部屋なのだが、コンピューター・デスクに備え付きの車輪付きの椅子が転がって行かないように必死で足で押えながらタイプをするほど。そして、部屋のドアが。。。在って無いようなドア。トイレのドアも壊れている。ドアのノブが壊れて回らないので、ドアを閉めたままの状態にするためには故障後に取り付けられた簡単なちょうつがいを操作し無ければいけない。などなど。 私はニューヨークでもっともっとひどい状態のアパートに沢山住んできたし、ここはインターネットで調べた他の物件と比べて格安だったので、(何か在るだろう)と覚悟して来ていたので、(まあこんなものだろう)と言う感じだったのだが、一日違えて越してきたもう一人のライスの生徒の女の子はショックを受けて、他の物件をサッサと見つけて来てしまい、下宿のオーナーと今交渉中、もめている。その子のショックぶり、そしてその子がもう少し割高だが、まあ同じくらいの物件でずっと手入れの行き届いた下宿先を見つけてきたという事実で(私ももう少し探してもっと居心地の良い場所を見つけるべきだろうか)と言う気持ちが湧いてきた矢先の今朝・・・ たまたま昨日オリエンテーションで在った修士を始める作曲家の男の子が「今は知り合いの家に身を寄せているが、新居を探さなければいけない。一緒に来ないか?」と誘ってきた。私は(この作曲家が、出たがっている子の後釜に座れば、全てが丸く収まるかも)と思い、それから他の物件を見る事にも興味があったので、同意した。まず、この作曲家を私の現住所に連れてきた。500ドルで、電気もガスも水道もインターネットも全て込み、全館冷房・暖房で、キッチンとバスは共有、と条件を話した所では興味を持って聴いていたのだが、私の部屋を見せた途端「これはひどい、ここには住めない。僕の許容範囲を超えている」とはっきり断られてしまった。この子は車を持っているので、この子がここに越してきたら、車を借りられる、と踏んでいたのに。。。 この子のリードで近所の物件探しが始まった。そして探してみれば、あるものである。500ドルで1LK、ベランダも付いている。車でライスから10分。キッチンには皿洗い機もオーブンも付いている(マイクロウェーブは無かった)。アパートの中にはフィットネス・センターもプールまでも在る。他にも似たような物件がかなりあるのだ。この子はヒューストンに知り合いが居ないらしく、私にしきりに同じアパートで二部屋借りて、一緒に登校しよう、と誘って来る。私が車を購入するまでは喜んでアッシー君をしてくれる、とか、良い住環境は生産性を高める、とか色々言って来る。 私は正直揺れてしまった。自分の生き方を根本的な所から疑問を持ってしまった。 私はどうして日常的なレヴェルでもっと欲が無いのだろう? これは怠慢なのだろうか?努力して変えるべきなのだろうか? 本当に住環境を整えたら、生産性が上がってもっと良い音楽家になれるのだろうか? でも、どんなに家賃が同じでも、このアパートに越してくるためには私はまず家具を一杯買わなくてはいけない。そして車を買わなければいけない。車を買えば保険、そして故障したら修理、さらに駐車場、ガソリン、どんどん経費がかさばって行く。その上、電気代、ガス代、インターネット代、全て家賃の上に自腹だ。その経費を賄うために私は働かなくてはいけない。働いたら、練習と勉強の時間が減る。今の下宿先だったら私は学校からもらう生活費だけでも何とかやっていけるのである。でもこのアパートに越したらば、絶対にバイトをしなくてはいけない。住環境と言うのはそこまでの価値が在るものなのだろうか? 私はこの作曲家の良い生活を求める為の努力、と言うのには脱帽したのだ。この子は東欧出身の子だ。だから余計にハングリー精神が強く、物質的な貧しさと言うのを避けたがるのかも知れない。でも、私は逆に豊かな暮らしに生まれおちて、だから簡潔さ、苦労、と言うのに敢えて憧れるのかも知れない。 作曲家とのアパート探しが午後早い時間に終わった後、タングルウッドで出会ったお友達にドライブしてもらってお買いものに行きました。この下宿先に腰を落ち着ける、と決めた後だったのでこの部屋をいかに居心地良くするか、色々工夫してちょっと奮発して色々買いました。中でもセールで買ったとても座り心地の良い椅子が嬉しい。19ドル99セントで、折りたたみなのですが、本当に可愛くて、楽ちんなのです。これくらいの贅沢が私には丁度良いのです。
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今日はライス総合大学の修士課程、博士課程の生徒の為の説明会が在りました。 朝の9時から夜の9時まで色々な活動が在ったのですが、朝食(ベーグルとお茶かコーヒー)、昼食(サンドウィッチとクッキーとポテトチップスと飲み物)と夕食(バーベキュー)が全て無料で支給されました。この不景気の中、ヒューストンは石油からの収入で経済状態がそれほど悪く成っていない、さらにライス大学は他の大学が教授の給料カットや解雇などをしているのに比べ、全く健在である、と言う噂は本当みたい、と思いました。セクハラ予防のコースが必修だとか、論文を書く際出所を明らかにせずに他の人の文章を盗む事は、見つかったら大抵退学になります、とか、言う話の他に心理学の先生も、お医者さんも、生徒会の人も「運動をしよう!運動は心身と共に健康にしてくれ、生産性を高め、効率よく勉強も仕事もはかどるし、集中力もアップする!運動をしよう!」と繰り返しているのが印象的でした。 その他、キャンパスのツアー(とても大きく、キャンパスの中をぐるぐる走っているバスが在るほどです)や、図書館のツアー、生徒会主催の説明会、など色々ありました。「ラマダンで断食をしている生徒は、ヒューストンの気温と湿度に気を付けてください。それからお昼は、後で食べられるように持って帰って下さい」などと言っていて、人種や民族、宗教の多様性が垣間見られました。ざっと見ただけでも確かにインド人や、中近東ぽい人が多いし、アジア人も思ったよりずっと多い。黒人の人は思ったより少ないですが、何しろ多様なグループです。 明日も引き続き、説明会が在ります。 9時から11時半まで「安全」に関する説明会(多分ここら辺に多いハリケーンに付いてとか、キャンパス内での事故についてとか)の後、私はタングルウッドで一緒だったレーチェル(ピアニストでライスでは正式伴奏者として働いています)に運転してもらってお買いものに行きます。4時からは生徒会主催のお楽しみ会みたいなのが在って、6時からは校長先生のお家で修士課程・博士課程の生徒全員が招待されて、バーベキューが在ります。 私はしばらく練習の事は忘れて、ヒューストンを好きになる事、ライスでのこれからの生活を楽しみにする事に専念したいと思っています。
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私は、自分が自信を持って良かったと思える演奏がしたい。 他人にどう思われようと、どう褒められようと、自分が満足できない演奏には納得したくない。 言動で、演奏の印象をごまかしたくない。 でも、言動で演奏の印象をごまかせる事は承知している。 だから余計、その誘惑に勝てる、正直な、まっとうな演奏家になりたいと思う。 でも、今回のアウガスタ・リード・トーマスは、その意味で正直難しかった。 もともと現代音楽はベートーヴェンと違って一般的な解釈と言うものはまだ設立されていないし、 どの音が「正しい」のか、分かりにくいから、その演奏を正しく評価するのが非常に難しく成る。 私の経験から言えば、現代曲は余りにも複雑だから、 作曲家自身でさえ演奏家が正しい音を弾いているか分からない場合が多い。 多分、本当にその演奏の正確さをはっきりと把握しているのは演奏家自身だけだと思う。 だから演奏中、あるいは演奏後のハッタリでごまかしている「現代曲専門家」と言うのも居る。 今回私の演奏した”Traces”は現代曲の中では概念的にはもう少し分かりやすかったが、 技巧的にはかなり難しい所もあったし、音一つ一つに強弱記号や、 「エレガントに」「前の音に逆らって」と言ったト書きの様なものが付いていたり、 一つの音を右手と左手で交互に凄い速さで連打し続ける、と言った 普通のピアノ技法とはかなり違った疲れ方をする部分もあった。 そう言う意味で「難しい」曲だったと思う。 自分で解釈にやっと自信を持てたのは作曲家自身に狂喜してもらってからだ。 アウガスタ・リード・トーマスに初めて会ったのは去年のタングルウッド。 彼女は去年はFestival of Contemporary Musicの監督を務めた。 去年のテーマは「存命中の作曲家」で、選ばれた作曲家も曲も凄く若かった。 そう言う所が彼女と私と似ていると思うのだが、彼女は選曲の責任を全て任されたにも関わらず 自分の曲を出展する事を避けた。 兎に角、彼女が監督を務めた去年のFCMで私はやはりソロの曲で出演し、 彼女に大変気に入られた。 自分自身では納得できる演奏では無かったのだが、 演奏後の私の前に彼女は文字通り飛び出してきて(本当にピョン、と人混みの中から飛んできた) 「貴方は凄い!I love your playing! Oh, my God!!」 とこちらが後ずさりするような大興奮を披露したのだ。 今年、8月1日の最初の本番の前の準備の段階から、彼女は同じ様な興奮を披露した。 私自身の演奏の評価が自分で分からなくなるような作曲家の興奮で 実際観客にも受けたし、批評も「この演奏を逃した人は損をした」と言うような、大げさなものだったし 今となっては私はその日の自分の演奏を正確に評価する事が出来ない。 なんにせよ、その本番を前後して彼女は色々な人に私の推薦状を書いてくれ、 8月14日今年のFCMでの出演が決まってからは(多分本人も興奮・緊張していたと思うのだが) 「楽章の間は20秒くらい間を持った方が良い」とか、「このトリルは笑いを誘うように微笑んでみたら」とか 細かい提案がメールで細切れに来るようになった。 その間も「真希子のTracesの演奏は素晴らしい、私は一生でもう二度とこの曲をこのレヴェルの演奏で聴ける事は無いと思っている」とか「この曲はもう私のものではない、真希子のものである」と言った『前宣伝』と言ったら意地が悪いかも知れませんが、まあでも結果的にそう言うメールが沢山書かれていたようです。 本番二日前には「ニューヨーク・タイムズとボストン・グローブが批評に来るから」と言うメールが来ました。 なぜ、彼女がそのことを知ったのか、この二つの大新聞が来る事にどれだけ彼女自身が影響していたのか 今は振り返って少し疑問です。 私は8月11日の深夜の録音、そしてその週毎日において行われていたシューマンのトリオのリハーサルとコーチングの為、余り経験しないような右腕の過労を感じていた。それから大きな新聞が二つ批評に来る、と言う事を他の誰にも言えず(他の子も同じプログラムで演奏するから、プレッシャーを与えたくなかったし、なぜ私がそのことを知っているのか、と追及されたらやはり困ったし。。。)シューマンのトリオもスムーズなプロセスでは無く、正直ストレスを感じていた。結果、8月14日のTracesは全く不満足な出来になってしまった。原因はどうであれ、私が自分自信、達成感も誇りも感じられない演奏をしてしまったのだ。(シューマンは頑張りました)。 ところが批評は全く悪く無かったのだ。ニューヨーク・タイムズとボストン・グローブ、両方とも批評が今日出たのだが、私のかなりアカラサマなミスについては一つも触れずボストン・グローブは「弾けるような自身を持って "Traces"を演奏したマキコ・ヒラタはジャズとクラシカルの要素を混ぜたこの曲を両方の要素を活かして弾きこなし。。。」と言及し、ニューヨーク・タイムズはさらに「ジャズの要素を活かしながらショパン風のメロディーを歌わせ、バッハの要素を描き出しながら、モンク(ジャズ・ピアニスト)のハーモニーとリズムを際立たせ。。。」ともう少し紙面を割いて描写的。そして両方とも「今年のFCMではピアニストの活躍ぶり、レヴェルの高さが際立っていた」と結論づけている。確かに今年のFCMではピアニストが凄かった~私以外は。しかも、本当に唸るような素晴らしい演奏をしたのに、ニューヨーク・タイムズが記述を漏らしたピアニストが居るのに、私は両方ともに好意的な批評を頂いてしまっている。 批評家が本当に分からなかったのか?分からなかったとしたら作曲家自身の前宣伝に目がくらんでしまったのか?それとも若いながらにすでにかなりの地位を築いているこの作曲家への敬意表明が正直に書くことをためらわせたのか?何でも良い。私は惑わされない。私の演奏はまずかった。…
