音楽


今年の夏は日本に帰る前にマドリッドとイタリアに行く。 それも在って、今年の夏の日本でのリサイタルは『南欧の愛と幻想』と題し、 スペインとイタリアに関する曲を幾つか弾く。 イタリアは面白い国だ。 豊かな文化に恵まれ、実に音楽的な言語を持つ国なのだけれど、 […]

情熱:北欧vs。南欧


曲順、と言うのは、私はかなりこだわる方である。 例えばメニューだってこの味の後にこの味が来るから引き立つ、と言うのがあると思う。 絵だって並ばせる順番や、壁の色調、部屋の色調によって印象が随分変わるだろう。 今回の「ショパンToジャパン」は私の6枚目になる。 5月4日にライス大學のダンカン・リサイタルホールで短めのリサイタルとして発表するが、 […]

曲順に関するこだわり「ショパンToジャパン」


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今日は朝、ヒューストンの小学校で2回演奏をして、そのまま直接学校でのクラスに駆け付け、午後はリハーサルを二つこなして、その後ずっと練習し、夜はオーケストラの演奏会でピアノ・パートを演奏した。朝の小学校での演奏会が遠い昔の事に思えるのは、今日余りに色々な事が在ったからだろうか? はたまた自分が演奏した後(現代曲。プログラムの一曲目でした)聞いた、エルガーのチェロの協奏曲の美しさにつまされたからか、あるいは後半に在ったショスタコーヴィッチの交響曲11番(一時間5分に及ぶ大曲。しかも楽章と楽章がつながっていて、一つも休みが無い)に圧倒されたからか。 今週は風邪をひいてしまいながらも、一日も休むことなく鼻をかむための塵紙を片時も離さずに走り回ってリハーサル、本番、クラス、宿題とこなした。風邪は回復に向かっているが、自分にご褒美で今晩はゆっくり寝ようと思う。

長い、長~い一日、長い、長~い週。



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昨日「ブルーライダー」と題した音楽会に行って来た。これは、1911年から1914年にカンディンスキー率いる画家が集まってミュニッヒを中心に行われた絵画の一派で、ドイツ語でDer Blaue Reiterと言うのを英語に訳した物だ。私は全く知らなかったのだが、カンディンスキーはショーンベルグと親しい友達で、第二ウィーン楽派の12音階技法に非常に傾倒し、自分が絵画でやろうとしている事を音楽でもやっている、と喜んだらしい。彼らは色々な芸術表現の方法を一つにまとめられないか、と協議し、ショーンベルグは自ら筆をとって絵を書きDer. Blaue Reiterの展示会に出品したりもした。昨夜私が行った演奏会はこの事にヒントを得ている。ショーンベルグや、彼の弟子で在ったベルグなどの作品、それからこれまたカンディンスキーが気に入っていたスクリャービンの作品などを、カンディンスキーの絵画を基にデザインされた光の投影を背景にピアノ独奏や、歌曲の演奏で行う、と言う物だ。 […]

演奏会に視覚芸術を取り入れることの是非


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この夏の日本の演奏会ではバッハのゴールドベルグ変奏曲を弾こうかと思い、冬休みから勉強中である。 大体、譜面は覚えた。この頃は色々な録音を聴いている。面白い。 私の先生、Brian Connellyは古楽器にも現代曲にも詳しい超人的なピアニストで、彼のレッスンは非常に面白いが、彼がしょっちゅうフレーズについての解釈を「弦楽器で弾いたらどう言う弓使いになるか」と言う事を基本に決めているのに触発されて、今ブログを書きながら聴いているのは、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのトリオようにアレンジされたゴールドベルグ変奏曲。結構有名な編曲らしく、色々な人が録音しているし、私の昔のコルバーンの同級生も最近演奏していた。確かに息使いが弓の都合によって、鍵盤では思いつかなかったような面白い工夫がされていたりする。 バッハはゴールドベルグを「2マニュアルの鍵盤楽器の為」に書いた、としている。2マニュアルと言うのは、上下2段に分かれている鍵盤の事である。変奏曲の幾つかは片手が上鍵盤、もう片方の手が下鍵盤で弾くように書かれており、物凄く激しく両手が交差したり、同じ音域で弾いたりするので、これを普通のピアノで弾くには、ピアニストの工夫が必要になり、これをすでに「編曲」とみなす人は多い。本当にバッハが意図したゴールドベルグ変奏曲を聞きたかったら、ピアノ演奏で聴くのは邪道だ、と言うのだ。逆に「ピアノで演奏することがこんなに主流になった曲なんだから、他の楽器で演奏するのも在りのはず」と言う論理も成り立って、例えばオルガンで弾いたり、2台のピアノに編曲したり、色々な解釈が在る。 […]

ゴールドベルグ変奏曲


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今年カーネギーホールはJapanNYCと題して、色々な日本と関係のあるプログラムを組んでいる。 その一環として、斎藤記念オーケストラがカーネギーホールで一週間に渡り色々なプログラムを演奏した。癌の闘病を続けている小澤征爾の指揮(体力の低下から、当初の予定を変更してプログラムの一番大きな曲だけを振り、他の曲は若い日本人の指揮者に振らせた)、内田光子や武満徹と言った日本を代表する日本人の出演と、目玉が多く、ニューヨークタイムズも二回に渡って写真入りの大きな批評を載せたが、私は行かなかった。私なりに大事な事をしていたからである。 斎藤記念オーケストラが小澤の指揮でブリテンの「戦争レクイエム」を演奏した土曜日、私は午後から一泊NYに居て、こう言う土曜日を過ごした。 2時~4時半 クローデ・フランクのレッスン(いきさつは前述、レッスンの内容については下記) 5時~7時   ジェフリー・スワン(私の恩師)とお茶と近況報告、音楽の話など、下記。 […]

NYの物凄さ



モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、コープランド、バーンスタインの直筆が次から次へと出てくる! シューベルトの直筆も、メンデルスゾーンの直筆も、バッハの直筆も、どんどんどんどん出てくる! ランドウスカのハープシコードも、クライスラーのグアルネリも、ピカソのステージプランも、ショーンベルグの「月夜のピエロ」も! これをどうするか、どう活かすか。 試されている気がする。

凄い!


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昨日のマインド・ボディーのクラスにはお医者さんが来てくれた。 彼女はPAMA(Performing Arts Mdeicine Association)と言うのに登録していて、毎月第一木曜日10~2時まで(受付)のperforming […]

音楽家の健康管理


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来る11月9日に指揮をするヒンデミット作曲「白鳥を焼く男」を猛勉強中。自身も超絶技巧のヴィオラ奏者だったヒンデミットが書いた三つ目のヴィオラ協奏曲である。 一曲指揮するのに、こんなに時間かけて勉強してるなんて、本業の指揮者は一体どうやって2時間のプログラムの曲目の勉強を毎週こなすんだろう、とちょっと自分が歯がゆい気もするが、こうやって一生懸命勉強するのは中々楽しいものである。 この曲は歴史的背景も中々面白い。 1935年に書かれているのだが、これはヒンデミットがナチスに糾弾され(知らなかったのだが、ナチスもスターリンと同じ様に『音楽は不協和音を少なく、一般人に心地よい様に ―前衛的なものは取り締まる』と言うスタンスを取っていた模様)、ドイツでの演奏会がどんどん減らされてやむなく外国に演奏の場を求め始めている時に当たる。1936年にヒンデミットの曲はドイツでは演奏禁止になり、彼は最終的にアメリカに移住するのだが、この曲はその前の話。 35年にJoseph […]

ヒンデミットの「白鳥を焼く男」