音楽

長い、長~い一日、長い、長~い週。

今日は朝、ヒューストンの小学校で2回演奏をして、そのまま直接学校でのクラスに駆け付け、午後はリハーサルを二つこなして、その後ずっと練習し、夜はオーケストラの演奏会でピアノ・パートを演奏した。朝の小学校での演奏会が遠い昔の事に思えるのは、今日余りに色々な事が在ったからだろうか? はたまた自分が演奏した後(現代曲。プログラムの一曲目でした)聞いた、エルガーのチェロの協奏曲の美しさにつまされたからか、あるいは後半に在ったショスタコーヴィッチの交響曲11番(一時間5分に及ぶ大曲。しかも楽章と楽章がつながっていて、一つも休みが無い)に圧倒されたからか。 今週は風邪をひいてしまいながらも、一日も休むことなく鼻をかむための塵紙を片時も離さずに走り回ってリハーサル、本番、クラス、宿題とこなした。風邪は回復に向かっているが、自分にご褒美で今晩はゆっくり寝ようと思う。

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演奏会に視覚芸術を取り入れることの是非

昨日「ブルーライダー」と題した音楽会に行って来た。これは、1911年から1914年にカンディンスキー率いる画家が集まってミュニッヒを中心に行われた絵画の一派で、ドイツ語でDer Blaue Reiterと言うのを英語に訳した物だ。私は全く知らなかったのだが、カンディンスキーはショーンベルグと親しい友達で、第二ウィーン楽派の12音階技法に非常に傾倒し、自分が絵画でやろうとしている事を音楽でもやっている、と喜んだらしい。彼らは色々な芸術表現の方法を一つにまとめられないか、と協議し、ショーンベルグは自ら筆をとって絵を書きDer. Blaue Reiterの展示会に出品したりもした。昨夜私が行った演奏会はこの事にヒントを得ている。ショーンベルグや、彼の弟子で在ったベルグなどの作品、それからこれまたカンディンスキーが気に入っていたスクリャービンの作品などを、カンディンスキーの絵画を基にデザインされた光の投影を背景にピアノ独奏や、歌曲の演奏で行う、と言う物だ。 私はとても楽しみにして行ったのだが、ちょっぴり憤慨して帰って来た。 演奏会に他の芸術を取り入れる、と言う試みは色々なところがやっている。例えばロサンジェルス・フィルハーモニックは「トリスタン・プロジェクト」と名付けられた演奏会のシリーズで、ワーグナーのオケ曲を演奏しながら巨大なスクリーンに抽象的なイメージ(例えばろうそくの火が5分くらい近くなったり遠くなったりしながら写っている、とか、木のシルエット、とか、海、とか)を投影しながら行った。何だか訳が分からん、と言うのが正直な感想だった。他にも踊り子や振付家と共演する、とか、詩の朗読を曲の合間に挟む、とか色々な人が色々な事を試みている。 でも、音楽と言うのはとてもとても繊細な物だ。 掴みどころが無いから、いつも刺激を求める現代人には物足りないのかも知れない。でも、掴みどころが無いから受け止める一人一人が、その時に必要な物をそれぞれ受け止められるのであって、言葉で言えない位繊細で微妙な事を表現するのが、音楽のだいご味なのではないか。それをわきまえないでこう言う「共演」をしてしまうと、音楽はBGMになりやすい。そして、あくまで音楽を引き立てようと気を付けると、今度は視覚芸術の方が「??」となりやすい。 今回の演奏会は音楽も、視覚芸術もどちらも共倒れの大失敗だと私は思った。 まず、光の投影を効果的にするためか、客席は合法ギリギリの所まで真っ暗にされた。プログラムには歌曲の詩の訳しが在ったのだが、これでは全く読めない。さらに、舞台上にしずしずと出てきたピアニストと歌手は真っ黒のドレスを着て、プログラムの一番最初と最後に儀式の様にお辞儀をしただけ。曲と曲の合間に拍手をするな、とプログラムに書いてある。何だか、演奏が一種の儀式みたいなのである。聴衆が居ても居なくても全く変わらない演奏を、第三者として傍観している感じ。そして投影されるイメージはこれまた音楽との接点が何だかよくわからない、思わせぶりな抽象芸術。唯一ハッとさせられたのは、99%舞台上に集中していたこの光のイメージがぐんぐんと聴衆側に伸びて来た時。しかし、これが起こったのはベルグのソナタの最後のスクリャービンの「焔に向かって」の最後で、調性がはっきりと出て来た時だけだ。第二ウィーン楽派のこのプログラムで、調性だけが聴衆につながりえるものだ、と言うメッセージを伝えたかったのか?無調性の音楽は表現主義でもある、と思っていたのだが(カンディンスキーも)。。そして、演奏はと言えば、まるで光の投影に表現力を全て託してしまった様な、誰かの練習を聴いている様な、そんな風に訴えかける物に欠けた演奏だった、と私には思えたのである。 う~ん、酷評し過ぎただろうか。。。? 言いたい放題書いてしまった。失礼。 私の期待が大きすぎたのです。それにちょっと寝不足だったのです。

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ゴールドベルグ変奏曲

この夏の日本の演奏会ではバッハのゴールドベルグ変奏曲を弾こうかと思い、冬休みから勉強中である。 大体、譜面は覚えた。この頃は色々な録音を聴いている。面白い。 私の先生、Brian Connellyは古楽器にも現代曲にも詳しい超人的なピアニストで、彼のレッスンは非常に面白いが、彼がしょっちゅうフレーズについての解釈を「弦楽器で弾いたらどう言う弓使いになるか」と言う事を基本に決めているのに触発されて、今ブログを書きながら聴いているのは、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのトリオようにアレンジされたゴールドベルグ変奏曲。結構有名な編曲らしく、色々な人が録音しているし、私の昔のコルバーンの同級生も最近演奏していた。確かに息使いが弓の都合によって、鍵盤では思いつかなかったような面白い工夫がされていたりする。 バッハはゴールドベルグを「2マニュアルの鍵盤楽器の為」に書いた、としている。2マニュアルと言うのは、上下2段に分かれている鍵盤の事である。変奏曲の幾つかは片手が上鍵盤、もう片方の手が下鍵盤で弾くように書かれており、物凄く激しく両手が交差したり、同じ音域で弾いたりするので、これを普通のピアノで弾くには、ピアニストの工夫が必要になり、これをすでに「編曲」とみなす人は多い。本当にバッハが意図したゴールドベルグ変奏曲を聞きたかったら、ピアノ演奏で聴くのは邪道だ、と言うのだ。逆に「ピアノで演奏することがこんなに主流になった曲なんだから、他の楽器で演奏するのも在りのはず」と言う論理も成り立って、例えばオルガンで弾いたり、2台のピアノに編曲したり、色々な解釈が在る。 不思議なのは、琴で弾こうが、合唱が歌おうが、ジャズ風にアレンジしようが、バッハいつもバッハなのである。 さて、この弦楽3重奏、中々良い。Dmitry Sitkovetskyと言う人の編曲で、私が今聴いているCDは彼がヴァイオリンを弾き、ヴィオラはGerard Causse, そしてチェロはMisha Maiskyである。

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NYの物凄さ

今年カーネギーホールはJapanNYCと題して、色々な日本と関係のあるプログラムを組んでいる。 その一環として、斎藤記念オーケストラがカーネギーホールで一週間に渡り色々なプログラムを演奏した。癌の闘病を続けている小澤征爾の指揮(体力の低下から、当初の予定を変更してプログラムの一番大きな曲だけを振り、他の曲は若い日本人の指揮者に振らせた)、内田光子や武満徹と言った日本を代表する日本人の出演と、目玉が多く、ニューヨークタイムズも二回に渡って写真入りの大きな批評を載せたが、私は行かなかった。私なりに大事な事をしていたからである。 斎藤記念オーケストラが小澤の指揮でブリテンの「戦争レクイエム」を演奏した土曜日、私は午後から一泊NYに居て、こう言う土曜日を過ごした。 2時~4時半 クローデ・フランクのレッスン(いきさつは前述、レッスンの内容については下記) 5時~7時   ジェフリー・スワン(私の恩師)とお茶と近況報告、音楽の話など、下記。 8時~9時半 クリスマス・パーティーでクリスマス・キャロル伴奏のアルバイト。 9時半     音楽仲間との集まり クローデ・フランクは私にとって音楽の天使の様な人だ。このクリスマス・イブに85歳の誕生日を迎える。ここ何年間かに渡って痴呆が出て、イェール大学で教えている自分の生徒の演奏に興奮して「君は素晴らしい才能の持ち主だ!一体誰に師事しているんだね?」と、自分の生徒だと言う事を全く失念して聞いてしまったり、そういうエピソードは私も沢山目撃しているが、音楽に関しての話になると、物凄く鋭く、そしてベートーヴェンの後期のソナタなどをリュウマチで固まった手で奇跡の様に素晴らしい演奏をしたりする。私はゴールドベルグ変奏曲を今回持って行った。ゴールドベルグと言えば、繰り返しを全部省いても演奏に45分以上かかる長い、長い大曲である。この夏タングルウッドで師事した時よりもさらに身体が一回り小さくなってしまった様なフランク氏と再会して、私は正直、「この素晴らしい曲で音楽鑑賞して、気持ち良く成ってもらえればそれで良い」と思ったのである。ところがフランク氏は私にみっちり2時間半のレッスンをしてくれたのである。最後は私が疲れてしまい、しなくても良いミスを連発してしまった位である。でも、「こんな素晴らしい曲、午後じゅうでも聞いていたいよ!」と仰ってくれ、(これ以上弾かされたらどうしよう)と私はちょっと心配になった。 それでもやっぱり痴呆のサインはある。テーマのアリアを私は「ちょっと表現豊か過ぎるよ。特にこの大曲の一番始めのイントロとして、もう少し荘厳に(stately)弾いてみようよ。さあ、もう一回」と言われ、私がその方向で試みると「もう少し表現豊かに。心配しないで。表現豊か過ぎる、と言う事はあり得ないよ。」と言われたりする。そう言うことが何回か繰り返されて、私は私なりの彼の言葉を解釈して納得した。要するに、彼は構造や大きな方向性を無視して、瞬間瞬間の音楽や音そのもののきれいさに惑わされた小手先の表現を嫌い、しかし大きな構築と方向性をわきまえた上でなら、「表現豊か過ぎる、と言う事はあり得ない」と言っているのではないか。その方向で私が試み始めると、うっとりとした表情で「ビユーティフル!ビユーティフル!」と何回も繰り返してくれるので(本当に「ビ」と「ユ」を全く分けてゆっくり発音して気持ちを表現してくれる)、こちらも本当に嬉しくなってしまう。そう言う繰り返しが変奏曲毎に何回か繰り返され、私も段々色々つかめてきた頃、一度凄い目力でグッとみられて「今、君はバッハが描いた通りの方向性で弾いたよ。バッハの意図を実現したんだよ。分かった?忘れないで。今の感覚を覚えていてね。」と言われた。とても感動した。最後に「君はとても良く練習したね。とても律儀な演奏だ。でも、どちらかと言うと律儀過ぎるよ。微妙な自由、と言うのはいつも必要だ。」と言われた。肝に銘じようと思う。 ジェフリー・スワンは私にとって、全能のゼウスの様な人だ。若いころは主な国際ピアノコンクールの賞を総なめにして鳴らしたのに、ワーグナー研究の権威でもあり、文学、絵画、歴史一般、どんな分野に関しても恐ろしいほど造型が深く、おまけに中国語、イタリア語、ドイツ語、イスラエル語、そして多分他にも数国語喋れるのである。 私はNYに来る時はレッスンをしてもらう時もあるが、ただお茶を頂きに来る時もある。そうして一緒におしゃべりをさせてもらっているだけで、何だか講義をいくつも聞いた様な感じがするのだ。彼は凄い早口で、話題もくるくる変わる。昨日も私の学校生活に関しての質問に始まってヒューストン一般に関する彼自身の意見、彼が音楽監督を務めるイタリアの音楽祭の話、音楽界での政治の話、私の指揮の訓練と指揮に関する彼の一般の見識について、など忙しく色々なトピックをカヴァーした後、私のLibrary of Congressの話、さらにライス大学が創立された1912年と言う年自体の話になった。この頃、「芸術や、芸術運動は、歴史の一大イヴェントを前もって反映する傾向が在る」と言う見解が発表され、話題になっている。1912年と言えば、第一次大戦の直前だ。その視点から見ると、例えばストラヴィンスキーの「春の祭典」(春が無事に到着するよう毎年行われる乙女をいけにえにする原始ロシアの(架空の)儀式をバレーにした作品)の初演が1913年、ショーンベルグの悪夢の様な「月夜のピエロ」が作曲されたのが1912年、他にも絵画でのフォーヴィズム、表現主義、そして文学と、全てが確かにそう言われてみると、破壊的なのである。「そして戦後、何が起こると思う!? 古典主義だよ!」ジェフリー・スワンは目をキラキラさせている。心底、歴史・人類・芸術の不思議に感じ言っている感じだ。本当に楽しそう。こう言う時私は、こう言う先生、先輩、音楽家に成長したいなあ、と思うのである。 その後、アルバイトに直行した。恥も外聞も無く、「アルバイトが在ったら、回して!!」とNYに来る前からあらゆる機会に宣伝していた効果が在って、昨日の夜急に飛び込んできた話である。クリスマス・キャロルを一時間初見で伴奏と言うアルバイトで、もっと若いころは(音楽の安売りはしない)とか言ったかもしれないが、はっきり言って「腹が減っては戦は出来ぬ」なのである。しかもクリスマスのせいか、それとも余りにも土壇場のせいか、報酬も割が良い上に「早めに来て、是非ご馳走を食べてください。パーティーですから沢山ご馳走が出ます」と、何とも嬉しいオファーなのである。住所も5番街の超高級アパート。アパートの間取りが見れるだけでも嬉しい!着いたらば、子供が一人一人並ばされて、歌を歌ったり、ヴァイオリンで「きらきら星」を弾いたり、それを親が目がとろけるような感じで見守る、と言うパーティーだった。アメリカ在住がもう長い、韓国系のアッパークラスの家族が10くらい集まったパーティーといった感じ。ご馳走が凄かった。寿司、キャヴィア、大きなしゃけの切り身、韓国の焼き肉、山菜のたっぷり入った韓国系混ぜご飯。私は宴たけなわで、皆のお腹がくちくなった頃に着いたのだが、それでもご馳走の90%がまだ手つかず、と言う感じで、本当に大量のご馳走なのである。本当に幸せを絵に描いたよう無パーティーで、子供は無邪気に歌い、次のクリスマス・キャロルを選ぶのにキャーキャーと大はしゃぎで一生懸命で、その横でお母さんの一人がそっと目じりをぬぐう、と言う様な、私も幸せのおすそわけをもらった様なパーティ―だった。 そしてアルバイトが無事終わり、何とただの一期一会のアルバイトの私の為にわざわざ用意してくださっていたクリスマス・プレゼントまで頂いて、友達との会合に向かう地下鉄での事。インド系(に見えた)女性が実に疲れた感じで段ボールを敷いて、駅の隅にうずくまっている。その前には「失業中。助けてください」と書かれたサインが。ホームレスを地下鉄の駅で見かけるのは、珍しくない。特に冬は、外はマイナスの厳寒。地下鉄のホームなら少しは寒さがしのげるのである。こう言う物乞いには詐欺も多いし、実は悔しい位の稼ぎが在ると言う噂も流れていて、私は滅多に足を止めない。ところがこの女性は腕に2歳くらいのぐったりと熟睡した女の子を抱えていたのである。こう言う物乞いの稼ぎがイカに多くても、私がどんなに貪欲でずるい詐欺でも、寒い地下鉄のプラットフォームに子供を抱えて夜の10時に座るだろうか?私がおすそわけにあずかった20分前のパーティーの幸せが目の前にちらつく。この落差は何なんだろう。もうすぐクリスマスなのに。。。始めは衝動で、今さっきもらった報酬の半分を上げようかと思ったが、色々考えて、結局2ドル「Happy Holidays」と言って渡した。お母さんは、こちらが救われる様な、割と明るい目で見返して、「thank you」と言ってくれた。何だか免罪符を買った様な、後ろめたい気がしないでもなかったが、他に私に何ができるだろう。これからもう少し考える。

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凄い!

モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、コープランド、バーンスタインの直筆が次から次へと出てくる! シューベルトの直筆も、メンデルスゾーンの直筆も、バッハの直筆も、どんどんどんどん出てくる! ランドウスカのハープシコードも、クライスラーのグアルネリも、ピカソのステージプランも、ショーンベルグの「月夜のピエロ」も! これをどうするか、どう活かすか。 試されている気がする。

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