Category: 音楽人生


  • タイムマシーンと世の移ろい。

    2010年の秋から2017年の秋まで暮らしたヒューストンに帰って来ると、タイムマシーンに乗って時間を2017年まで逆流した様な気持ちがする。でも、確実に時間は経っている。 30分かけて私のヒューストン時代のお気に入りのレストランに行ってみた。(このお店のこれが食べたい)と言うのはいくつかあるのだけれど、地元の農家から材料を買い付けるLocal Foodsの蕎麦サラダはリストのトップに近い位置づけ。いつも長蛇の列ができるお店なので、お昼の時間を外して少し遅めに空腹を抱えて行ってみたら…が~ん…なんと、蕎麦サラダがメニューから消えている。そして2番目に好きだったキヌアのパティの菜食バーガーも無くなっている… 私は、私が居た時のままのヒューストンが在ると、どこかで思って帰って来る。でも勿論、私がいない間もヒューストンの時間は進行し、都市は発展し、レストランのメニューは変わる。ハリケーンHarveyの洪水の直後に引っ越していった私だけれど、帰ってきたら新しい建築物がにょきにょきと建って、古いお店が新しいお店に乗り替わっている。学校に行けば、建物は同じだけれど、学友は皆卒業していない。私自身が成長し、色々な発見を経て、音楽人生を歩んでいるように、皆それぞれの人生の物語の章から章へと歩み進んでいる。 その中で変わらないものもある。「Makiko!」と叫んで、ハグをしに走ってきてくれる友人がいる。座り込んで私に近況報告をしてくれる人がいる。私のピアノを聞きに、30分、1時間と、運転して来てくれる人達が居る。そして見た目が変わっても、ハグをすると、その人のにおいと声と気持ちと共有する思い出は同じ。 大事なものが明確になってくる。感謝。

  • ワークショップの日。

    10代・20代と犬養毅の孫、犬養道子の著書を愛読していた。戦後直後から欧米で暮らし、文化研究や執筆・出版、さらに難民救援などの国際的貢献などに精力的携わった彼女の生きざまに、在米日本人としての自分の望郷や野心と垣間見た。 特に「お嬢様放浪記」は薄い文庫本で携帯しやすかったこともあり、何度も読み返した。 特に印象に残っているエピソードの一つに、話し込んでいて夜が更けて泊まる事になった友人が「寝床は作らないでくれ」と犬養道子に頼んだエピソードがある。自分は国際的な人道活動を夢見ているので「いつでもどこでも、どんな劣悪な環境でも寝られる訓練」をしているので、と言ってさっさと床に寝転んで寝付いてしまった友人のエピソード。(かっこいい!自分もこういう風になろう)と思った。お蔭でどこでも良く眠れる。 昨日の宿はシアトル郊外のAirbnb。居間と洗面所とベッドルームが、家主の住む家の半地下にある。独立したユニットになって贅沢な間取りなのだが、天上が低く、窓が少なく、薄暗い。インテリアはそれなりにこだわりが見られ、ベッドの脇にはチョコレート、コーヒー、ナッツとドライフルーツなどサービス精神も旺盛なのだが、(何となく元気の出にくいスペースだな)と思ってしまうのは、6週間ぶっ続けの旅疲れ?犬養道子の友人を目指す自分としては恥ずかしいのだが、疲労にも関わらず何となくグダグダ夜更かししてしまい、その割に予定より早く、6時半に目が覚めてしまう。 朝日を浴びて体を動かし元気を出すべく、ジョギングに出かける。シアトルは起伏が激しいのだがその分、坂を上ると遠くの湖や山が一望でき、気持ちが良い。すがすがしい快晴。涼風が気持ち良い。 7時半にAirbnbに戻り、シャワーと朝食と荷造りを済ませて8時15分に出発。9時からは、私のワークショップにご参加くださる8人の後ろで、マーケティングのセミナーを聴講する。参加者の積極性や雰囲気などを予習させて頂くのが第一目的だけれど、アメリカのマーケティングのルーツが聖書を売るセールスマンであり、アメリカに於ける宗教観とマーケティングの根強い関係や、選挙に於けるマーケティングの移り変わりなど、セミナーその物も興味深い。 午後は私担当の「音楽でチームビルディングとリーダーシップ」ワークショップ。講義ではなく参加型ワークショップだし、内容も音楽なので、皆さんどんどん打ち解けてくださって笑い声が絶えない。一生懸命聞いてくださるので、私もどんどん一生懸命になる。好循環の相乗効果。気が付いたらあっという間に担当時間が終わっていました。最後に「一滴の水について」を演奏したら、皆さんシーンとなって聞いてくださいました。 4時にワークショップ終わってその足で空港に。ぎりぎりで7時の飛行機の最終コールに間に合う。帰宅は11時半過ぎ。荷物もそのままで、取り合えず寝支度だけして、それでも就寝は深夜過ぎ。バタンキュー。

  • 移動日

    朝5時半起き。昨日の夜Hollywood Bowlで第九を聞いて就寝が深夜を過ぎたので、ちょっぴり辛い。第九の生演奏は初めてで、野外コンサートと言うこともあり観客が思い思いの楽しみ方をしており、演奏後にはあちこちで「喜びの歌」の無意識の鼻歌が聞こえて、そのすべてが感慨深く、良い経験だったのだけれど… 7時までにシャワ―と荷造りと家事とメールをざっと片付けて、7時から8時まで一時間練習。朝ちょっとでも練習をすると、一日中何となく頭が無意識に復習している感じなので、お得感が在る。8時半までに朝食と身支度。 飛行機は予定通り11:45分に離陸、2時半にシアトル着陸。そこから今夜の宿までは公共交通機関を使って移動。去年の夏シアトルでUS-Japan Leadershipの一週間を過ごした思い出がありありと蘇ってくる。あれからまだ一年なんだなあ。シアトルは水(海と湖)と山に恵まれた美しい都市。 4時半に宿に着き、昼寝。もうすぐ友達が迎えに来てくれて一緒に夕食をする。

  • 日記の大切さの再確認

    日本での3週間が遠い昔の様な気がしますが、日本を発ってからまだ2週間経っていない… 日本では本当に充実した、興奮でいっぱいの三週間を過ごさせて頂きました。沢山の刺激的な出会いに恵まれました。Dr.ピアニストの音楽ワークショップも3回やらせて頂きました。そしてUS-Japan Leadershipの創立20年の式典や催し物に参加し、その仲間と富士山頂上でご来光を拝みました! 「ピアノに聴く水」も渋谷から木曽の山奥まで、色々なところで弾かせて頂きました。主に独奏だったのですが、水上カルチャーセンターと、金沢八景の8K スタジオでは私の独奏に加え、宮川久美さんとスメタナのモルダウなどの連弾もしました。 日本での最後のコンサートがその金沢八景8K スタインウェイサロンでの二回公演。14時からと18時からの演奏をこなして、お客様と打ち上げをして帰宅してバタンキュー。翌朝は、超特急で荷造りをして、成田空港からアメリカへ。 帰宅から36時間後、今度は西海岸から東海岸へ飛びます。室内楽音楽祭に講師として参加するためです。タングルウッド音楽祭に歩いて行けるマサチューセッツ州の避暑地にあるお城の様な豪邸で、音楽愛好家が一週間プロの音楽家からの指導を受け、共演をします。ラヴェルのトリオやヒンデミットのクラリネット・ヴァイオリン・チェロとピアノのための四重奏など、私も初めての曲が多く、おまけに到着の翌日には講師演奏会でベートーヴェンのトリオ作品11の演奏。時差ぼけも練習不足も心配でしたが、でも音楽愛好家の熱意と、環境の美しさと、音楽の楽しさに触発されて、実り多い一週間を終えることが出来ました。 水曜日の深夜帰宅して、しばらく腑抜け状態ですごして、気が付いたら日曜日。そう言えば6週間ぶりに自宅で過ごす週末でした。やっと掃除や買い物や練習を始める気になって、気になっていた郵便物の山などを片付けていると、この夏の色々な思い出が頭の中で蘇ってきます。 私の演奏活動や日々の発見に、ご興味を持ってフォローしてくださる方々がいらっしゃいます。そして私は本当に胸の内や頭の中の思い出だけにしておくのが勿体ないほど、沢山の音楽や出会いや学びの機会に恵まれています。やっぱり短くても、自分の備忘録のためだけにも、ブログは毎日アップしよう。 そう、心に想いながら、今日は一日静かに整理整頓とお料理と練習とメールに専念しました。感謝の気持ちでいっぱいです。

  • ドクターピアニスト多数出没!

    6月20日(木)ギリシャのスペツェス島。5日間の機械学習の学会の最後の晩に演奏させて頂きました。海辺から徒歩5分の素晴らしい環境で、同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で生活して、自分たちの研究や将来への夢や野望を語り合った仲間たちの前での演奏。ピアノは理想的とは言い難いとても古いピアノ。調律師はスペツェス島には居らず、演奏会のために調律師の手配…と言う手配はされてはおらず、兎に角最善を尽くすのみ。でも、毎日一緒に海辺を散歩や海水浴をした後でしたので、ショパンの舟歌やリストのエステ荘の噴水は、格別に意味深く感じられ、本当に奏者も聴衆も会場全体が一体となって「ピアノに聴く水」を堪能できた、素敵な演奏会となりました。アンコールの後も、お客様がいつまでも名残惜しそうに質問やコメントを投げかけてくれ、時間がしばし経って荷物をまとめて会場を出ると、出しておいたCDが一枚残らず完売されていました。「もっと持ってきてくれても良かったのに…」と、数人からちょっぴり残念そうに言っていただけて嬉しかったです。(CDはオンラインでもご購入いただけますよ~。) 6月29日(土)実に36時間くらい前にヨーロッパからカリフォルニアに帰宅しばかりの本番。でも本番!となるとやっぱり音楽家は張り切ってしまうものなのですね。時差ぼけなんて何のその。「第二次世界大戦中日本で活躍したユダヤ人音楽家」のトピックでレクチャーコンサートをするのは実に6回目だったのですが、やはり「音楽は人類愛」と語っていると熱くなってしまいます。レオ・シロタやレオニード・クロイツァーや、逆境の中で音楽魂を燃やし続けた日本人やユダヤ人の音楽家の話しが、涙を持って迎えられたりすると本当に充実感を覚えます。今回も打てば響くような素晴らしい聴衆に恵まれました!感謝! 6月30日(日)ホームコンサートで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。実はこれまでの「ピアノに聴く水」の演奏はすべて、30分とか、45分とか、1時間の抜粋で、初めから終わりまで「ピアノに聴く水」を通させて頂いたのは初めて。マークの家にあるヤマハのC7のピアノは特に低音の響きが素晴らしく、楽しみにしていましたが…この日は結構苦闘しました。お客様には喜んでいただけ、ホストのマークと奥様のエスター、そして最近私のエージェントの候補となっているラリーなどは手放しで褒めてくれ、涙を流さんばかりでしたが、毎日私の練習の耳辺りにしている野の君は一言「なんか危うかったような…」マークが熱狂的に3つのカメラと二つのマイクを使って録音・録画してくれたので、じっくりと一人反省会を翌日しました。一言で言って、この日の私は聴けていなかった。これから弾こうとする音や音楽も頭の中で聴けていなかったし、その瞬間瞬間自分が出している音を冷静に判断して将来に役立てると言う聴き方も3曲目くらいから放棄してしまっていたし、余韻を楽しむ余裕も無くなっていた。疲労・マークの家の残響の多さと音量、など言い訳はできるけれど、この日は課題を多く見出させて頂いた演奏経験でした。 7月2日(火)大事なお友達ご夫妻の人生の節目のパーティ―に立ち会わせて頂き、音楽をご提供させて頂きました。彼らの家のK. Kawaiは10日前に調律した調律師さんの腕もさることながら、元々のピアノも、ピアノとお部屋の相性も最高だったのだと思います。音楽愛好家が多いお客様の前で、奥様がお好きなゴールドベルグ変奏曲のアリアや、モンポ―の「一滴の水について」、シューベルトの即興曲や、ショパンのエチュードなど、小品をいくつか披露させて頂きました。あまりに美味しいおご馳走に合わせて少し日本酒とワインを頂いてしまっていたのですが、落ち着いて、余韻を楽しみながら弾くことが出来ました。日曜日の自身回復が少しできたかな? 7月3日(水)Music at Noonと言うパサデナの街に古くから続くコンサートシリーズで「ピアノに聴く水」の抜粋を演奏させて頂きました。演奏会場にお集まりくださった聴衆はざっと100人ほど。赤ちゃん。車いすに乗って看護婦さんの付き添いと来られているご老人。毎週来ていると言う近所の男性。夏休みなので子供を連れて来ているお母さんたち。この人たち全員に、まず私の合図で一緒に息をしてもらい、次に簡単な発声をしてもらい、会場に笑いと安心と一体感を醸し出してから、シューベルト、ショパン、リスト、と弾き進みました。会場はモダンな教会で、ステンドグラスが素敵なのですが、響きが5階建て分くらいある吹き抜けの天上に抜けてしまう感がややあり、残響が長めです。さらにピアノは普段は教会の礼拝中のポップス系の演奏に使われているピアノ。いかにもそういう音がします。ハンマーが固く、輪郭がはっきりしている代わりに軽くて深みが無い音で、陰影がつけにくいのです。だから私は兎に角「間」「ため」「タイミング」で勝負をすることに決めました。これがうまく行ったのだと思います。自分でも与えられた状況の中でベストを尽くせたと言う満足感がありましたし、確かにお客様と心を通わせることが出来た!と言う手ごたえがありました。CDも沢山売れましたし、何しろお客様からの質問やリクエストや反応が素晴らしかった。演奏終了後もお客様がずっと帰りたがらない様子が嬉しかったです。 7月3日の午後、演奏を終えて帰宅して来た私はそのままベッドに直行してしまいました。読書に耽り(練習しなきゃ…反省会をやらなきゃ…)と気持ちは焦るのですが、どうしても体が動かず(自分は何という怠けものなんだ…どうして意思がこんなに弱いんだ…)と自己嫌悪に陥っている中、野の君帰宅。「体が熱いよ!」とすぐ気が付いてくれました。そうと決まれば堂々とごろごろベッドでヴィデオを見て、感動して大量の涙と鼻水を流し、さっさと早寝をしてしまい、至福の時を過ごしました。でも、どうして私は疲れるとすぐ発熱をするのでしょう?そしてどうしていつも発熱を自分で気が付けないのでしょう?どうして発熱する前に、自分の体力管理をきちんとできないのでしょう?まだまだ課題は多いです。 7月4日の独立記念日は久しぶりにイベントの無い、中日。野の君がレバニラと餃子づくりを提唱してくれ、この二つを二人で楽しく料理してがっしり食べたら、自分でもあきれるほど元気になりました。 7月5日(金)の夜は近くのシニア・コミュニティーで「ピアノに聴く水」を通させて頂きました。この日のピアノはBaldwin。少し音が固く、完璧に調律されているとは言えないけれど、定期的にメンテが施されている家庭用としては上等くらいのピアノです。会場は少し余韻が足りない感がありますが、自分の音が良く聞こえる、通し稽古にはちょうど良い環境です。この日はなぜかお客様の食らいつき具合が半端ではなく、私もそれに乗ってとても気持ちよく弾くことが出来ました。この日のプログラムを紹介してくれたアリスが「Makikoは日本へのツアーの前の準備の一環として、今日私たちに演奏してくれるのです。だから応援しましょう!」と言ってくれたのが良かったのかも知れません。兎に角お客さんの反応が良かった。私も集中して音楽に入り込むことが出来ました。演奏中、二回地震があったのですが、むしろそういう予期せぬハプニングもこの演奏会場の結束を強める効果が在ったと思います。演奏終了後、車いすの方がわざわざ時間をかけて私の所に来てくれて「地震にも全く動じずに音楽に徹している姿に感動しました」と言ってくれたのには、こちらが感動しました。 7月6日(土)の午前11時から、家から一時間程運転したところにある会場で「メロディーは世界の共通語」と言うレクチャーコンサートをしました。お客さんは少なかったのですが、6月30日のホームコンサートで初対面だった聴衆の方々が何人かいらして下さったり、歩行困難(一メートル歩くのに歩行器具を使って2分くらいかかっていらっしゃいました。)の女性がおしゃれをして来てくださっていたり…そして皆さん、とても熱心に私のレクチャーに熱心にうなずいたり質問やコメントで応えてくださり、レクチャーの合間に小品を演奏する度に「ブラボー」とため息と拍手で感謝を表明してくださいました。 7月7日(日)の午後2時。今このブログを書いている7月6日からは明日にあたります。もう一度「第二次世界大戦中に日本で活躍したユダヤ人」のレクチャーをします。 (後日談:この日のお客様は今までにも増して超満員ー立ち見が出る上体で、質問やコメントも活発に出て、終了後はお客様の長蛇の列が辛抱強く30分以上もずっと私との会話を待ってくれ、日本出発前最後の会にして、非常に思い出深い特別な会となりました。) 明日が終わると、日本に出発するまでは演奏は一段落。日本に向けての準備と練習と、日本から帰って来てからの曲目(ヒンデミットのクラリネット・ヴァイオリン・チェロ・ピアノのための四重奏、ラヴェルのトリオ、ブラームスのピアノ五重奏、など)を集中して練習します!