音楽人生

NAMMショーに出演!

毎年恒例、カリフォルニア州はアナハイムのコンベンションセンターで開かれるNAMMショー。NAMMはNational Association of Musical Merchantsの略。ウィキによると世界最大規模の音楽産業トレードショー。楽器メーカー、録音機器、オーディオ機器など音楽関係の産業が世界中から出展しに来る。今年のNAMMに出展者として登録した人は130か国からは11万5千人以上。NAMM開催中の取引総額は11億ドル。2020年のNAMMショーは1月16日(木)~19日(日)までの4日間。NAMMショーの事は聞き知ってはいたけれど、参加は今年が初めて。私はShigeru Kawaiアーティストとして出演させて頂いた。 どういう環境でどういう聴衆のために弾くことになるのか、正直心配だった。でも、立ち見のお客さまたちが皆集中して20分のミニコンサートに聞き入ってくださった。入ってくる方はいらしても、演奏中に立ち去るお客様は見当たらず、最終的に40~50人のお客様がいらしたのかな?ちょっと感動してしまった。どういう場所でも音楽を通じて心を交わす事って可能なんだな、と嬉しくなった。 アナハイムはディズニーランドやエンジェルス・スタジアムが在るところ。LAから車で一時間程。アナハイム・コンヴェンションセンターは大規模。4階建てで、端から端まで歩くと余裕で10分はかかる。 そのアナハイム・コンベンションセンターですら、NAMMを収容しきる事は不可能。出演の朝、到着してみて度肝を抜かれた。コンベンションセンターから徒歩5分以内にあるSheratonホテル、Hiltonホテル、そしてMarriotホテルと、その周りの外のスペースが全てNAMMに占拠されているのだ!ホテルは全ての集会場や廊下やロビーが出展者の演奏会場やブースやショールームと化している。外のスペースには野外コンサート用のテントがいくつも建てられ、朝っぱらからいくつもの演奏会が同時進行している。 音楽産業の規模を体感した一日でした。

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明けましておめでとうございます。2020年演目発表!

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 まず、リクエストを公募した2020年の私のリサイタルプログラムを公表させてください。日本では6月中旬から7月上旬にかけて、また演奏させて頂く予定です。小さな曲はこれからまだ詰めていきますが、大体まとまってきました。題して「音楽の架け橋:旧世界🎼新世界、ベートーヴェンとガーシュウィン」。(日本での演奏日程をブッキング中!ご興味がおありの主催者の方々はお早目にご連絡ください。サロンや美術館、ホームコンサートのご相談も承ります。) ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ28番、作品101(1816)21分 ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ32番、作品111(1823)28分 ガーシュウィン(1898-1937)『ラプソディーインブルー』(1924)15分 この3つの大曲の歴史的位置づけを表す小品(未定・模索中) ラヴェル?『道化の朝の歌』『亡き王女のためのパヴォーヌ」他 スコット・ジョップリンかWilliam Grant Stillなどの黒人作曲家? ベートーヴェンとガーシュウィンに徹して彼らの小品で固める? べ「エリーゼのために」「月光(一楽章)」など ガ「I Got Rhythm」などの歌のピアノ独奏編曲や前奏曲 2020年は、ベートーヴェンの生誕250周年記念です。私はへそ曲がりなので、(皆がベートーヴェンを弾いてるときにわざわざ尻馬に乗らなくても…)と思っていました。博士論文では、ベートーヴェンの天才性は歴史的に演出された部分が大きい、と書きました。でも皆さんからのリクエストにもベートーヴェンが多く、(まあこの機会にちょっと…)と見始めた後期のソナタにどっぷりはまってしまったのです。何と言う恍惚の世界!しかも遊び心と、茶目っ気に溢れているのです。 「後期のベートーヴェンは難解」と言うのが一般常識です。私もその固定観念で、今まで作品101や111を避けてきました。が、今この年で初めて自由にこれらの曲を考察すると、ベートーヴェンは実はものすごく楽しんでこれらの曲に取り組んでいた、としか思えないのです。そして私も弾いていて本当に楽しい。 「難聴→失聴」の『運命』のベートーヴェン…これが歴史が創り上げたベートーヴェンのイメージです。でも本当にそうなのでしょうか? 失聴したから聞こえてきた最高の音世界をベートーヴェンは実は満面の笑みで楽しんでいたのでは?障害を持っているから苦しいだろう・不幸だろう、と言うのは健常者の想像力の欠如では?これはパラリンピックの精神にも繋がります。更に、ベートーヴェンには1/16黒人の血が入っていたという学説があります。例えばこれが本当だったとして、リズムの観点からベートーヴェンの後期の作品を見てみると突然ジャズっぽく聞こえてきたりもします。失聴したことで、(その上もしかしたら人種的マイノリティーだった?ことで)常識や固定観念から自由になる事が出来たベートーヴェン。ラッキーなベートーヴェンと言う観点から後期のソナタを検証してみると、全く新しい見解を持ってこれらの曲を解釈する事が可能になります。 そういうお話しをしながら、ガーシュウィンとつなげていきます。ガーシュウィンの両親は、ロシア系ユダヤ人としてアメリカに移民しているので、ガーシュウィンは一世です。反ユダヤ主義が世界的に横行していた時代に、黒人差別に自分たちの人生やアイデンティティーを重ねてみるユダヤ人は多かったようです。そのガーシュウィンの出世曲が「ラプソディーインブルー」です。昨年渡米30年を迎えた私の、日本での演奏活動20周年記念にも相応しい曲です。更に、実に400年前—1620年に清教徒がメイフラワー号に乗って宗教弾圧を逃れて自由を求めてきた自由民主国家、アメリカ合衆国の代表的作曲家とされるガーシュウィンを、この大事な大統領選挙を控える2020年に演奏するのは、意味深だと思います。 書き出してみると、楽しみが募ってきます。ちなみに、生活が不規則になり勝ちな音楽人生ですが、今年の抱負は3時間練習、3時間本の執筆、8時間睡眠を、バローメーターに毎日前進する事!本の執筆にはブログやメールをやっている時間は含みません!楽しんで頑張るぞ!

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今日のチャレンジ。

今日は午後、小さな演奏が在る。生涯学習の聴衆のための1時間のリサイタル。今回はヴァイオリン奏者と共演する。 チャレンジはこの会場のピアノ。 寄付された古いピアノ。鍵盤の重さにばらつきがあり、鍵盤によっては弾いた後上がってくるまでの時間が非常に遅いものが在る。もちろん調律もきちんとされてはいないし、椅子の高さもいい加減。こういうピアノでも、ベストを尽くすというのはとても大変。著作権などそっちのけで巨匠が最高条件で収録・編集した録音が様々な形で無料か安値で聴ける時代、聴衆は奏者を知ったつもりで容赦なく審査する。そういう中で気を張って、与えられた状況の中で自分に恥じない演奏をする、と言うのは中々大変なのである。 対処法① ベースラインや、メロディーなど、細かい音以外の大きな音楽の構築に集中する。鍵盤が思い通りに反応してくれないと、細かい音を正確に弾くことに気を取られがちになったりするが、細かい音は割愛しても、大きな音楽に心を込める。 対処法② 『間」を大事にする。どんなにピアノがまずくてもいつでもコントロールできるのは間と呼吸。心を込めて、音楽的な間と呼吸。 対処法③ 手を抜かない。一度アンコール用の映画音楽の音合わせが終わった時に共演者に「美しく弾いてくれてありがとう。でも、最後の和音を弾き終わった時にあなたがペダルで音を引っ張りながら手を外してしまったので、やはりこういう曲を弾くのは不本意なのか、失礼だったかと心配になりました。」と言われたことが在る。自分の本心はどこに反映されるか分からない。どんな状況であれ、ピアノであれ、曲であれ、演奏するからにはプロ精神と音楽家の誠心誠意を込めて自分が誇れるものを発信する。 対処法④音楽家としてやっていくということの現実を受け止める。バッハもモーツァルトもベートーヴェンもシューベルトもシューマン夫妻もリストもショパンも、演奏するピアノや会場に状況(支払いも含めて)に恵まれていない事が多かった。 本心を言えば、良いホールで良いピアノで良いお客様の前で精一杯の演奏を年に何十回もしたい。フルコンで、音響に細心の工夫と最新の技術が駆使されたホールを自分の音で響かせたい。でも、現実には本番が在る事に感謝して、リミテーションの中で自分の音楽性をいかにどこまで発揮できるかと言うチャレンジを受けて立たなければ音楽と言う生業はやっていけない。 ベストを尽くします。

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これもセクハラ!?-私がちょっと悲しいわけ。

半年で3回、生涯学習の音楽のクラスに呼んでいただいた。 医療・法律・教育・研究…専門は様々だが男女問わずみんな引退後でも向上心に満ち溢れ、質問もコメントも活発に出る。参加者の一人は92歳だと教えてくださった。御年を伺ってびっくりー若々しいと言うのもそうなのだが、何しろおしゃれなのだ。皆さん素敵で、イキイキとしていらっしゃる。 私は演奏でのデモンストレーションを交えながら脳神経科学で明らかになってきている音楽の効用について、3回続けて講義をした。そのために文献を読み、自分なりに勉強をし、胸を張って1時間話しをして、多くの方に喜んでいただけた。CDも沢山売れたし、「あなたの音楽活動を応援しています」と沢山の人に言ってもらえたし、立って拍手もしてくださった。3回目のレクチャーの後、一人の男性に大きな封筒を渡された。「家で、一人で、開けてください」と封筒に指示してあった。私はレクチャーの中で、自分が音楽の効用を演奏会に行きづらい人たちに届ける音楽宅配サービスをしたい、そのために沢山の人の協力と支援が必要だ、と訴えてきたのでビジネスの助言か、あるいは支援金か、とちょっと気になりながら急いで帰途した。お腹が空いていたけれど、「家で一人で」と指示してあるので、とりあえず食事は後回しにして、急いだ。最近の物騒な郵便物騒動も脳裏をよぎった。何しろ名前も知らない人から受け取った小包だし。でもまあ、そんなことする動機も思いつかないし、とりあえず楽しみに家に帰った。封筒の感触からハードカヴァーの本だと言うことは明らかだったけど、本に小切手が挟んであるのかも…あるいはビジネス関係の本なのかも…! 家に帰って小包を開けたら、中からハイフィッツの伝記が出てきた。「この本を見て、あなたの事を想いました。ハイフィッツはヴァイオリニストで、あなたはピアニストですが…ちなみに私はバスクラリネット奏者です。テニスもやります。If you want to trade men, call me.」最後の文章が良く分からなかった。直訳すると「男の人たちを交換(あるいは取引、又は輸出輸入)したければ、電話をしてください。」誤字か何かかと思った。小切手もビジネスアドヴァイスも無かった。 ちょっとがっかりもしたけれど、とりあえず本の御礼をと思い、数日後電話した。そしたら「If you want to trade men…」と言うのは「野の君を自分と交換したければ…」だったのだ。2回目の会にはたまたま休日だった野の君がボランティアカメラマンで登場していた。 男性はまず自分の昔の彼女と、自分の音楽歴の話しを長々とした。その時はまだ「If you want to trade men」には全く想いを馳せずにできるだけ丁寧に聞いていた。そしたらいきなり口説き始めたのだ!電話越しに。 私はこの男性の名前も知らなかったし(カードに書いてあったので初めて知った)今だに顔も背格好も思い出せないし、第一70代か80代かはたまた90代か全く知らないが、そういう対象として考えると言うことに想像さえ及ばない。70代・80代の男性に口説かれることは残念ながら初めてではないが、少なくとも過去のケースはもう少し顔見知りだった。 渾身込めてやった講義の全てが無駄だった訳ではないのは、理解できる。会場の他の人たちは素直に感動して講義が終わった後もいつまでも群がって質問や感想を述べ、感動を分かち合おうとしてくれた。でもこういう男性の邪心は、私や、私の様な女性を、一挙に萎えさせる。 (私がどんなに頑張っても真面目に受け取ってもらえないのか?)(私が童顔だから?)(やはり従順で幼稚な「東洋人女性」のステレオタイプを払拭することは無理?)(私の挙動に媚びたところが少しでもあった?) 特に今回の様なケースでは相手を全く知らないので、結局自分に原因を求めてしまう。 私はもう40代である。しかも自分を女性とあまり思っていない。私は着飾ることも、女性らしくあることも、あまり好きではない。それなのにどういう因果で今だこういう目に合うのだ? 最近、結構こう言うことが立て続けにあって、敢えて書きました。「美人」と言われて(ちなみに私は自分の事を美人と思ったことは一度もないし、美人になりたいと思ったこともない)、それだけで済まされて、話しもろくに聞いてもらえないで、見た目だけでまるですべてを見透かしているかの様に上から目線で話しをして… 後日談:このブログは一年以上前に書きました。色々な理由から発表するのをためらっていましたが、今日読み返してやはり公表しようと思いました。いかに日常的に、しかもこういう「無害」と言われてしまってもおかしくないハプニングの積み重ねが、私たち女性の勇気ややる気をいかにくじいているか、と言うことも大事だと思ったからです。 もう一つ、理由があります。こういう問題は単純ではない、と言うことをこのブログの後日談で考えさせられたからです。この電話の数日後、この男性は赤いシャツを着て私の演奏会に登場!壇上の私に目線をビシビシ送りながらちょっと客席から手を振ったりもして、真ん前の席のど真ん中に座り、ニコニコしていました。「If you want to trade men, call me.」で私が電話をして来たので、電話で私の口調が変わったのも気づかず、彼は誤解をしてしまったのです。私は演奏中もずっと怒り心頭で、演奏が終わってアプローチして来た彼に「あなたの言動は非常に不適切(inappropriate)で、私の夫や私たちの結婚に対して大変失礼だったと思います。」と言った。そしたら彼は急に空気が抜けた風船の様になってすごすごと寂しそうに帰ってしまった。私も非常に後味が悪かった。#MeTooのブログを書いた後だったし、私はこういう風に相手方の男性に面と向かってぴしゃりと言ったのは初めての経験だった。でも考えてみたら、彼は私にアプローチして来た人達の中では一番弱い立場にあった人だ。今までアプローチして来た人達はお金や、演奏会や、立身法や、音楽の秘伝(笑)や、そう言うものをちらつかせながら来た。中には「言うことを聞かないと君のキャリアに傷がつくぞ」と程度の差はあれ、暗示したり実際に脅迫して来た男性もいる。なんにせよ社会的に地位がある事を誇示しながら「俺様に目をかけてもらってラッキーだと思え」と言う感じで上から目線で来る人が多かった。一方この男性はもうかなりのご高齢で、しかも一聴衆。私に危害が加えられる立場にはない。そして脳神経科学によると、恋愛感情と言うのは脳の活性化にとても効果的なのである。 こういう人達を軽くあしらう話術や態度を身に着けることも、私の様な職業の一部なのか?それとも、#MeTooのご時世で私は女性として、やはりきちんと一線を引く厳しい気負いを常に前押しするべきなのか?性格的には私は後者なのだが…でも前者がうまく演じられる器があったら、私はもっと演奏の機会を頂けているのだろうか…?いやだ!こういう悩みも本当に時間とエネルギーの無駄だ!これだって十分セクハラの弊害だ。結局...結局こういうことが起こらなければ、こう言うことを全く考えずに済むのだ!やる方が悪い!!

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来夏の演目、ご希望はありますか?

2020年の夏の来日は、私の日本での演奏活動20周年目になります。本当に沢山の方々に支えられて、ここまで来れました。 来年はまたベートーヴェン生誕250周年でもあります。それからアメリカに於ける女性参政権が執行された100周年記念でもあるんです。 演目の案は色々あるのです。 案その①「ベートーヴェン:『運命』に惑わされるな!」 ベートーヴェンと言うと難聴で何年も苦しんだ後晩年失聴した悲劇と戦いながら作曲を続けたヒーローと言うイメージが強いと思います。イメージの通りベートーヴェンの有名な曲には短調で悲しい・苦しいイメージの曲が多いです。例えば『運命』『エリーゼのために』『悲壮』『月光』『熱情』... 肖像画もいつもこんな感じです。 でも、実はベートーヴェンの作曲の多くは明るい美しさやユーモアにあふれているんです。単純計算でも例えば32あるベートーヴェンのピアノソナタの内23曲は長調なんです。 このユーモアに溢れたベートーヴェンに注目したプログラムはどうかしら?そしてベートーヴェンは啓蒙主義的な考え方で、当時の女性蔑視に抗うように女性の演奏家の意見を重視したりもしています。ユーモアに溢れた作品の中でも特に女性に献呈されたソナタを弾いて、歴史的な女性問題やベートーヴェンの啓蒙主義も検討する演目なんて、どうでしょう? 今、バ~っとベートーヴェンのソナタを読み通しています。楽しい! このプログラムにこだわらずとも、お客様たちは私に弾いてほしい曲ってあるのかしら?お伺いしてみたいところです。コメント・ご連絡、お待ちしています。

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