演奏を終えて見上げたら、スクリーン越しでも皆の表情が温かくなっているのが感じられました。拍手がいつまでも続いて、私が何度も「ありがとう」と言っても辞めないのです。
本番に向けての練習は張り切り、入り込みます。練習が乗っている時は(これぞ私の本領発揮!)という気がします。ただ、コロナ初期に本番が無く、自分の持つ経験・技術・専門的観点の価値の応用を模索して色々思案していた時の自由な思索も、これを機会に柔軟に続けていきたいと思っています。
3つの連続音が西洋音楽でよく使われるモチーフとして定着したのは、もともとそれが音楽的なのか、それとも西洋音楽に於いてキリスト教と「3位一体」の象徴性が重要だからそうなったのか?明日のプログラムで一緒に考えてください。
ここに来れば真希子がいて、しょうもないことをあーだこーだいつまでも大学生みたいに考えている、そしてピアノを弾いている。そういうスペースで包み隠さず自分を無防備にさらけ出して、熱く語る。(そんな真希子がいるんならこんな私がいても良い)と安心してくれる人がいるかもしれない。