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私は、Dr.ピアニストとして、音楽を社会的なツールとして提唱しています。音楽の正しい活用方法を広めることで、沢山の人に、より健康に幸せに人間として尊厳のある生活をして行く手助けができると確信しています。今回は認知症の予防、症状の改善、そして介護でどのように音楽を使えるか、少しご紹介させてください。実際にワークショップも行っています。
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私は原語で読みました。The Power of Habit: Why We Do What We Do in Life and Business by Charles Duhigg (2012), Random House Trade. 最近の読書は、内容もさることながら、ベストセラーの書き方に共通する事は何か、どういう書き方が本やメッセージに力を与えるのか、研究するつもりで読んでいます。この本はニューヨークタイムズやアマゾンのベストセラーに選ばれただけでなく、2012年の Financial Times and McKinsey Business Book of the Year Award にも選ばれています。 この本の主張は簡単に要約する事が出来ます。それはこの本の構築と論点が良くも悪くも簡潔だ、と言うことです。以下にまとめてみましょう。 習慣は無意識。例えば脳の破損により、新しい出来事を記憶する事が全くできなくなった人(側頭葉の内側-Medial Temporal Lobe新しい記憶を時間に基づいて整理するという機能をも持つーを破損すると短期記憶が出来なくなる)にも、繰り返しによって新しい習慣を確立する事は可能です。習慣は全く違う、もっと本能に近い脳の箇所(Basal Ganglia、大脳基底核)に記憶されるからです。2006年に発表された研究によると、私たちが日常的に行う行為の約40%は、習慣に基づいているということです。「研究者によると、脳は常に効率を上げる方法を模索しており、習慣と言うのはその結果である。脳まかせにすると、脳は我々の行動のできるだけ多くを習慣化しようとするだろう。(原文より “Habits, scientists say, emerge because the brain is constantly looking for ways to save effort. Left to…
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新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 まず、リクエストを公募した2020年の私のリサイタルプログラムを公表させてください。日本では6月中旬から7月上旬にかけて、また演奏させて頂く予定です。小さな曲はこれからまだ詰めていきますが、大体まとまってきました。題して「音楽の架け橋:旧世界🎼新世界、ベートーヴェンとガーシュウィン」。(日本での演奏日程をブッキング中!ご興味がおありの主催者の方々はお早目にご連絡ください。サロンや美術館、ホームコンサートのご相談も承ります。) ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ28番、作品101(1816)21分 ベートーヴェン(1770-1827)ソナタ32番、作品111(1823)28分 ガーシュウィン(1898-1937)『ラプソディーインブルー』(1924)15分 この3つの大曲の歴史的位置づけを表す小品(未定・模索中) ラヴェル?『道化の朝の歌』『亡き王女のためのパヴォーヌ」他 スコット・ジョップリンかWilliam Grant Stillなどの黒人作曲家? ベートーヴェンとガーシュウィンに徹して彼らの小品で固める? べ「エリーゼのために」「月光(一楽章)」など ガ「I Got Rhythm」などの歌のピアノ独奏編曲や前奏曲 2020年は、ベートーヴェンの生誕250周年記念です。私はへそ曲がりなので、(皆がベートーヴェンを弾いてるときにわざわざ尻馬に乗らなくても…)と思っていました。博士論文では、ベートーヴェンの天才性は歴史的に演出された部分が大きい、と書きました。でも皆さんからのリクエストにもベートーヴェンが多く、(まあこの機会にちょっと…)と見始めた後期のソナタにどっぷりはまってしまったのです。何と言う恍惚の世界!しかも遊び心と、茶目っ気に溢れているのです。 「後期のベートーヴェンは難解」と言うのが一般常識です。私もその固定観念で、今まで作品101や111を避けてきました。が、今この年で初めて自由にこれらの曲を考察すると、ベートーヴェンは実はものすごく楽しんでこれらの曲に取り組んでいた、としか思えないのです。そして私も弾いていて本当に楽しい。 「難聴→失聴」の『運命』のベートーヴェン…これが歴史が創り上げたベートーヴェンのイメージです。でも本当にそうなのでしょうか? 失聴したから聞こえてきた最高の音世界をベートーヴェンは実は満面の笑みで楽しんでいたのでは?障害を持っているから苦しいだろう・不幸だろう、と言うのは健常者の想像力の欠如では?これはパラリンピックの精神にも繋がります。更に、ベートーヴェンには1/16黒人の血が入っていたという学説があります。例えばこれが本当だったとして、リズムの観点からベートーヴェンの後期の作品を見てみると突然ジャズっぽく聞こえてきたりもします。失聴したことで、(その上もしかしたら人種的マイノリティーだった?ことで)常識や固定観念から自由になる事が出来たベートーヴェン。ラッキーなベートーヴェンと言う観点から後期のソナタを検証してみると、全く新しい見解を持ってこれらの曲を解釈する事が可能になります。 そういうお話しをしながら、ガーシュウィンとつなげていきます。ガーシュウィンの両親は、ロシア系ユダヤ人としてアメリカに移民しているので、ガーシュウィンは一世です。反ユダヤ主義が世界的に横行していた時代に、黒人差別に自分たちの人生やアイデンティティーを重ねてみるユダヤ人は多かったようです。そのガーシュウィンの出世曲が「ラプソディーインブルー」です。昨年渡米30年を迎えた私の、日本での演奏活動20周年記念にも相応しい曲です。更に、実に400年前—1620年に清教徒がメイフラワー号に乗って宗教弾圧を逃れて自由を求めてきた自由民主国家、アメリカ合衆国の代表的作曲家とされるガーシュウィンを、この大事な大統領選挙を控える2020年に演奏するのは、意味深だと思います。 書き出してみると、楽しみが募ってきます。ちなみに、生活が不規則になり勝ちな音楽人生ですが、今年の抱負は3時間練習、3時間本の執筆、8時間睡眠を、バローメーターに毎日前進する事!本の執筆にはブログやメールをやっている時間は含みません!楽しんで頑張るぞ!
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近藤麻理恵著の「人生がときめく片付けの魔法」を読んで片付けをするのは2回目。来年以降の自分の将来の希望と目標に正直に向き合うため、年末の大掃除も兼ねて今の私に必要な通過儀礼だと思ってやっています。 まず著書を読み直して驚愕。私も本を執筆中ですし、内容は一度踏まえているので、余計書き方や本当の構成に注目しています。この本はとても良く書かれている。これはこの本自体が素晴らしく整理整頓されているからだと思う。 二年前に読んだ内容がすぐ思い出せる。 言葉と内容の徹底的な整理 目次や太字で内容が一目瞭然。 価値観の改革 物よりスペース 論理より感覚 実用性より『ときめき』(客観より主観) 豪語力: 例えば以下のようなくだり。 「『一度でいいから『完璧』に片づけてしまうことをおすすめします。『完璧』と聞くと、『それは無理です』と身構えてしまう人も多いかもしれませんが、心配はいりません。なぜなら、片づけはしょせん物理的な作業だからです。』自分の言いたいことは100%断言したうえで、アンチに対するフォローをさっと差し入れているのだ。こうして反論を「片づけ」ながら読者を説得させていく腕っぷしの強い文章力」 メッセージが明確 「片付け」=「過去に方を付ける」(P. 4) 人生に必要なもの、更に自分が人生でやるべきことが分かる方法(P. 4) 捨てられない原因:「過去に対する執着」と「未来に対する不安」(P. 238)何を持つかは、まさにどう生きるのかと同じ(P. 238) あくまでも読者のための本。問いかけ。 「片付けをすることで、いったい何を手に入れたいのだと思いますか。」(P. 55) 「『具体的に理想の暮らし』を妄想してみることが重要。」(P. 55) 「なぜそんな暮らしをしたいのか」(P. 58) それでは、私はなぜ今「こんまり」しているのか。片付けをすることで何を手に入れたいのか。 私が手に入れたいのは、明確なヴィジョン。自信を持って発信し続けられる、心からの信念。シェアすることに喜びを感じ続けられる共感ヴァイタリティ―。さらに1+1が2以上の仲間・同志のコミュニティーを育てるサロンを気軽に定期的に催せる家庭。 具体的に理想の暮らし。探しているもの(物・客観性・アイディア・信念・思い出・幸せ・共感・自信・目標)がすぐに見つかる簡潔性。集中しやすいすっきりとした環境と心情と人生状況。優先順位が一目瞭然の生活環境と時間割り。 なぜそんな暮らしがしたいのか。自分の本領を思う存分発揮して、世のため人のために効果的に(独りよがりではなく)奮闘したいから。そして前進を喜び合い、挑戦に共に奮い立ち合う、腹心の友のコミュニティーを培いたいから。 よし、居間に広げた服の数々とこれから向き合ってきます。
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珍しく雨。今日は練習に没頭日。 リクエストの出たベートーヴェンのソナタ32番作品111と、マイブームの28番作品101番、そしてラプソディーインブルーやガーシュウィンの「アイゴットリズム」の編曲などを集中的に譜読みするほか、ゴルトベルグ変奏曲など古い曲をも見直して、自分のテクニックや過去の教訓を復習したりもする。 まず楽譜を読む。本を読むように読む。頭の中で音が鳴る。作曲家の意図が見えてくる。曲の構築が立ち上がってくる。指さばきを頭の中でシミュレーションしてみる。アールグレーが非常に美味。 時々ピアノに行って、楽譜から想像できにくい和声進行や、指使いなどをちょっとやってみる。そして机に戻って楽譜を読み続ける。 そしてピアノに腰を据える。楽譜を読む作業を続けながら、どういう姿勢・動き・指さばきが一番楽譜を活かすのか、振り付けをするような気持ちで考えていく。それぞれのリズムで体感が変わる。この部分のリズムを感じるのは肩か下腹かお尻か、かかとか?歌い方も指先で歌ったり、手首、肘、肩とか、フレーズをどこで感じるかで方向性が変わる。そういうことを考えながら楽譜を読み続ける。 どうしてもっと早くこういう練習法が出来なかったのか...過去の自分に一瞬怒りを覚えてから、次の瞬間思い出す。 無理だったのだ。 私は何十年も音楽学校の練習室で練習することを与儀なくされた。小さなグランドがやっと入る窓もそっけもない練習するためだけの部屋。ピアノは何十年もの間、歴代音大生たちに毎日十数時間酷使されて来ている名ばかりのスタインウェイ。そして自分が弾く手を止めると隣の練習室からの音が洪水のように押し寄せてくる。周りの練習騒音に追い立てられるように、自分もできるだけ速く・大音量で弾かねばと言う強迫観念に取りつかれる。 少しでも静かな環境で、自分が好きなピアノ・好きな練習室で静かに練習がしたくて、朝一で学校が開くと同時に練習を開始する努力をしていた。でもすぐ練習室は埋まってしまう。ある朝、寝不足の早朝、何とか練習しようともがいていた私の耳を、隣の部屋の「ワルトスタイン」ソナタが乗っ取った。自分の指は他の曲を弾いているのに(何を練習していたか思い出せない)、耳も脳みそもワルトスタイン。気が違うかと思った。気が付いたら泣き始めている自分を発見した。 そんな中で、静かに楽譜を読んだり、自分が出す音に耳を傾け発音に一番適した動きを想像するなんて、無理だったのだ。もちろん、練習環境のほかにもプレッシャーや、生活苦もあった。 それを全て乗り越えて、今が在る。今、私は安定した環境の中で渡米直後に両親に買ってもらった愛器と、愛着を感じる我が家で、大事で大好きなものたちに囲まれて、安心して練習に没頭できる。だから私の音楽が新境地に達している。 ありがとう。私は幸せです。





