• ペーパーの締め切りに追われて、図書館で頑張っていたら、なんだか図書館が騒々しい。図書館の緊張感にそぐわない遠慮のない笑い声や矯正があがる。始めは無視して頑張っていたが、そのうち興味がわいてきた。声のするほうに行ってみると、クッキーや飲み物が用意してあって、生徒たちやスタッフが地面にペタリと座り込んで、なんだか楽しそうにしている。それで思い出した。「期末試験中ストレス対策、セラピー用子犬作戦!」なるものが一週間くらい前からメールやチラシで宣伝されていた。(わざわざこの忙しい時期に図書館でやらなくても…)と一瞬ちょっと苦い気持ちがしたけれど、自分の仕事に戻って数十分後、なんだか和んでいる自分を発見。遠くに人の笑い声がする、と言うのは決して悪い物ではない。何だかやっているペーパーに対しても「取り組む」と言うより、トピックに少しやさしい気持ちが持ててくる。 特に子犬に興味が無い私にも、この企画は成功だったみたいだ。飴も何個か失敬したし。

  • 休む時間

    聴いた話しですが、クラシック音楽(ハイドンの交響曲)を聞かせながら色々な人の脳波を集めまとめた結果、脳が一番学習していたのは、休符のときだったのだそうです。聴いていることに集中している時は実はインプットをすることに忙しく、脳はそのインプットされた情報を学習するところには至らないのですよね。 私は何かにつけて我武者羅になってしまう癖があります。短い期間で曲を仕上げなければいけない時、ペーパーの締め切り前、試験勉強中などは、寝食、健康管理、お洒落、衛生、社交…全てを犠牲にしてひたすら働くことにある種の自己満足を感じているような…でも、このごろそんな自分の傾向を反省するようになりました。「後は野となれ山となれ」と言った感じで全てを犠牲にしてまでやる価値のあるプロジェクトと言うのは本当はどれくらいあるものか?さらに、そう言う仕事の仕方が非効率的だとしたら…? ベートーヴェンは森の中を歩いて構想を練ったと言います。この前ちょっとオンラインで見た、私の好きな作家、Kurt Vonnegutが単身赴任中(大学で教授をしていました)に妻に送った手紙の中では彼の日課についてこんな文章があります。 『睡眠と空腹と仕事が、私に相談無しにそれぞれの時間を見つけていく。朝5時半には目覚め、8時まで仕事。家で朝食を取り、10時までまた仕事。歩いて町まで行き、雑用を片付け、誰も泳いでいない市営のプールで30分泳ぐ。11時45分に家に戻り、郵便を読み、正午に昼食。午後は学校の仕事をする。教えるか、教える準備。5時半には帰宅。刺激の強すぎる自分の意識をスコッチの水割りでなだめ、夕食を準備し、読書とジャズ鑑賞(ここのラジオは良い音楽を流す)。10時に就寝。腕立て伏せと、腹筋を四六時中やっている。ちょっと鍛えられてきた気がするのだが、気のせいかもしれない…』 私にとって特にこの文章が刺激的なのは、この週末、腕立て伏せと腹筋がほぼ出来なくなっている自分を発見したからです!数ヶ月前、友達に「痩せた?ストレス?」と心配そうな顔をされて、なんだか安心していたのですが、痩せデブやいやです!忙しくても、気分転換に運動することは出来ます。図書館でも恥ずかしがらずにストレッチ!家で勉強している場合、練習室で練習している場合は堂々と腹筋、背筋、腕立て伏せ!! そして散歩の心がけ。 そして掃除、洗濯、料理、そしてお洒落などの手間を無駄、仕事の邪魔、と思わず、気分転換、構想を練る時間、脳みそに学習するチャンスを与える時間、と思って豆に取ること。 それから、世捨て人にならない! もう一人私の好きな作家、ヘンリー・ミラーのこんな物も見つけました。 11 COMMANDMENTS (11の掟) Work on one thing at a time until finished. (仕事は一つずつ、終わるまでやる) Don’t be nervous. Work calmly, joyously, recklessly on whatever is in hand. (イライラしない。心静かに、喜びを持って、他の何も顧みずに、今している仕事をする) Work according to Program and not according to mood. Stop at the appointed time! (気分ではなく、自分に課した時間表にしたがって仕事をする。時間が来たらやめる!) When you can’t create you can work.…

  • 学期末II

    「前からストレスが強くなってくるとパニック・アタックに襲われるんだけど、こんなにひどかったのは生まれて初めて。昨日の夜と今朝、泣いてしまった」 木曜日のルネッサンスの期末試験の前私に打ち明けてくれたのは私より一年後輩の博士課程をやっている子です。この子は運悪く、ルネッサンスの期末試験のと同じ日に音楽理論のクラスのプレゼンテーションが重なってしまい、皆から同情を買っていた子でした。 「さあ、腹式呼吸をして、背筋を伸ばして!大丈夫、どういう結果でも命には関わらないよ!」 と励ましながら、私はひそかに感謝していました。 この子も私も、今学期受けている授業は二つだけ。 勿論、その上に自分の練習・レッスン・演奏があり、さらにそれぞれ担当のクラスを教えているのですが、(こんなに大変なのは、自分はもしかして効率が良くないんだろうか?理解が遅いんだろうか?今学期がこんなに大変なら、博士課程の最終筆記・口答試験はどうなるんだろう…)と言う自己猜疑と戦いながら勉強する毎日だったのです。この子が打ち明けてくれたおかげで(ああ、皆大変なんだ~~)と言う安心感、連帯感が出来、ちょっとホッとして明るい気持ちでルネッサンスの試験に臨めました。 何しろ、ルネッサンスの授業だけで教科書のほかに平均50ページの学術論文を14,読んだのです! 今、この文章を書くために読んだ論文の数を数えて、改めてびっくり! 凄い!時間がかかるわけです。 さらにその上に、楽譜を勉強し、曲を聞いて、それぞれの作曲家の音楽史に置ける位置と特徴を把握しなければいけません。その上に40ページ近い論文まで提出したのです! 私たちは頑張った!えらかった! 木曜日はそんな訳で、結構大変だったのですが、昨日(金)は良いことが沢山ありました。 まず、教えている「非音楽専攻のための音楽理論」のクラスの期末試験実施。 (難しくしすぎたかな~、皆時間内に終えられるかな~)と心配ですが、自信満々の振りをして配り、「Good luck!」と激励してタイマーを開始します。 皆、物凄く集中してカリカリ鉛筆の音を鳴らしています。私は自分のルネッサンスのまだ残っている色々を片付けながら、今学期のもろもろを思い出して感慨深い思いで居ました。(この子たちは私の一学期の授業の何を一番覚えているんだろう。何か一つで良いから、音楽をもっと好きになるきっかけが与えられたら本望だな~)と思っていたら、一人、又一人と終わった順に生徒が試験を私に渡しに来ます。 「今学期、ありがとうございました。」と言ってくれる子。 他の生徒を気遣って静かにスマイルをしてくれる子。色々でしたが、最後まで粘って「もう時間だよ~」と言ってもまだ鉛筆を話さなかったA君は試験を渡したあと、もじもじとして中々去りません。「どうかしたかな?」と言ったら、「このクラスは、僕の一番好きなクラスでした、凄く楽しかったです。ありがとうございました。来年もこの続きの音楽理論IIを取るけれど、本当はあなたが教授だったら良かった。(私は来学期もう一度音楽理論Iを教えるのです)」と言ってくれたのです!嬉しい! そして、本当はまだ色々勉強する必要があるのですが、昨日は午後いっぱい練習してしまいました。ちょっとだけのつもりが、やめられないくらい楽しく、気持ちよかったのです。 さらに昨日の夜は学校のオーケストラのコンサートがありました。私は今までは指揮を勉強していたこともあって、オーケストラのコンサートは勿論、リハーサルにもしょっちゅう顔を出していたのですが、今学期はそんな余裕が全く無く、コンサート自体も沢山欠席してしまったくらいで、昨夜のコンサートは久しぶりだったのです。去年修士を得て卒業した作曲家の曲の初演があり、ストラヴィンスキーのDivertimento、そして休憩の後はチャイコフスキーの交響曲5番、と言う演目です。特にチャイコフスキーは去年自分も指揮のために勉強した曲でしたし、楽しみにしていたのですが、想像以上の感動とインスピレーションをもらいました。改めて(ああ、今自分がこんなに勉強しているのは、このためだった)、と勇気をもらうような気持ちでした。勉強していると、兎に角課題をこなし、試験に備えるために必死になってしまい、それを自分の音楽人生とつなげることすら忘れがちに成ってしまいます。そう言う時期があっても、それはそれで良いのだと思います。でも、昨日の練習やオケの演奏会で思い出させてもらうと、本当に自分の人生の選択に音楽を選んだことに嬉しい、誇らしい、気持ちになります。 昨日は良い日でした。 さあ、今日も頑張るぞ!

  • 学期末!

    今日は11月30日(金)。 ライス大学では秋学期の授業最終日です。 この後土曜日から火曜日までは「スタディーデイズ」と言って、期末試験の準備期間。 教授たちはこの間、ペーパーの締め切りなどを設定したり、 この期間に期末試験を実施することを禁じられています。 そして水・木・金と期末試験の3日間の後、冬休みが始まります。 昨日はルネッサンス音楽の期末試験がありました。 特に修士・博士課程用のクラスの場合、最後の授業に期末試験が行われることは多いです。 その勉強、そして教えている「非音楽専攻のための音楽理論」の期末の準備。 さらに学期末に伴う色々な雑用で、「師走」の意味を実感する日々でした。 昨日ルネッサンスの試験が終わり、今日教えているクラスの最終日。 本当はまだルネッサンスの期末試験の「テイク・ホーム」 (大きな課題の質問が課せられ、それについて一定期間内に簡単なエッセーを書く  締め切り12月8日)や、 音楽理論のクラスの「テイク・ホーム」 (博士課程試験の模擬でフォーマットも規制も全く同じ。12月12日締め切り)、 さらにルネッサンスのペーパーの最終稿(締め切り12月8日)、 そして「非音楽専攻のための音楽理論」のクラスから 「是非現代音楽について、一つセミナーをしてくれ」と言う、 生徒たちからのたっての頼みがあり、非公式に来週月曜日に特別クラスの実施をしたり、 さらにこれらの生徒たちの最終コンサート・リポート(演奏会に行って批評する)を受け取り採点、 それからもちろん、期末試験の採点、などなどまだまだ終わりには至らないのですが、 昨日の試験までがあまりにも上り坂だったため、試験が終わった段階で一つ肩の荷が下りた気持ち。 久しぶりにライス大学の日本人の方々とお寿司を食べに行きました。 お二方音楽とは関係の無い分野で博士課程の最終段階をなさっていらっしゃって、 今年イギリスと日本でそれぞれ輝かしい将来がお決まりになり、お祝いです。 それにしてもアメリカのお寿司というのは面白い。 えびの天ぷらとマンゴを巻いて、外側に刺身とアヴォガドの薄切りをきれいにあしらい、 キムチとマヨネーズのソースで食べる、とか。 結構美味しいです。 でも、お寿司の定義と言うのは、寿司飯が在れば何でもあり、なのでしょうか? 晴れがましいお祝いを一緒にさせていただき、楽しいひと時でした。 さあ、後もう一頑張り! 12月22日、12月31日、そして1月5日にそれぞれある演奏会の準備もそろそろ無視は出来ません!

  • 私はいくつに成っても誕生日が好きです。 テキサス州はヒューストンから車で一時間ぐらいのところにあるメキシコ湾に面した、 Galvestonという町に行ってきました。 ここは1850年くらいはとても栄えた港町でテキサス州一の人口と富を誇っていた場所です。 その頃の豪邸や船が沢山残っており、その中のいくつかは歴史的建築物に指定されて見学できます。 ショパンやシューマンやブラームスが活躍していた時代のアメリカのエリートや金持ちの人生を垣間見ることが出来るのはとても感慨深いです。 天正遣欧少年使節の勉強をめぐって少し歴史が分かってきた矢先ですから、特に興味深かった。 これからも見聞を広め、深め、ちょっとづつ自分の世界を広げていくことに喜びと意義を感じ続ける、その全てを自分の音楽人生に生かす、そう言う人生を歩む自分に自身と誇りを持つ、そう言うことを大事にこれからも一日、一日、正直に生きて行きたいと思います。