• この3~4日のブログが簡潔なのは、手をかばっているからです。 右手が痛いのは練習のせいか、伴奏のせいか、コンピューターのせいか、あるいは沢山の楽譜の入ったカバンをたすき掛けにして走り回って肩が痛くなったのか、良く分からないからとりあえず全てをちょっと楽にしています。 書きたいことは沢山あるのですが。。。例えば月曜日のパーカッション・アンサンブルのリサイタルで演奏するミニマリストのアメリカ人作曲家、スティーブン・ライヒのセクステット。2台の鍵盤楽器奏者が二人ともピアノとシンセサイザーを掛け持ちし、その他4人の打楽器奏者がマリンバ、鉄琴、大太鼓、ベルなどを忙しく掛け持ちしながら弾く曲です。「ノル」と言う言葉が、新しい意味を持って実感できます。 それから来るこの夏のタングルウッド音楽祭のレパートリーについて。ピアニストは事前に予定の曲目を渡され、そのどれを「とても弾きたいか」「まあ、弾きたい」「どちらでも良い」か、希望を出すことが出来ます。このピアノ入りの曲は全部で50曲程あり、これを全部下調べするのは結構面白く、そして大変! などなど。 天気にも恵まれ、元気でやっております。

  • 発見

    右手をちょっと痛めて、左手中心に生活、練習をしようとしていて、面白く成って来た。 同時にいかに自分が色々なことを考え無く、惰性でこなしてきたか、空恐ろしい気持ちで在る。 これは、生活でもそうだが、特に練習において、ショック! 左だけの練習なんて子供の時先生に言われて、退屈しきりながらやって以来、こんなに沢山やるのは久しぶり! それから、鍵盤に触らず、楽譜だけを頭の中でやる練習―いつもいかに効果的か分かっていながら、 弾いている方が楽しいし楽だから、すぐ鍵盤に触っちゃう。 これを機会に、きちんと(やった方が良い)と頭で分かっていることは実行する習慣をつけましょう。

  • 右手の手首の上が突っ張るような感触がある。良く見ると右手が左手に比べて、腫れているというかむくんでいるというか。多分伴奏のしすぎ。伴奏はいつも緊張して楽譜をなめるように見つめながら、次の音を素早く探り当てる感じで弾くので、気を付けていても力が入っていることが多い。 う~ん。 でも、これはもしかしたらそう言う実際の腫れでは無くかの有名な「練習したくない病」かも。練習したくないな~、と思っていると、実際に肉体的に問題が無くても何だか腫れたり、痛くなったりするやつ。 今日はとても美しい陽気の日なので、友達とお散歩に遠くまで行ってきます。 練習は延期。

  • 私は修士を修めた翌年2001年から,コルバーンに来る2006年まで,毎年東欧のオーケストラのアメリカやヨーロッパのツアーに独奏者として参加した。限り在る予算で行われるツアーで、毎朝早くバスでホテルを出発し、午後遅く現地入り、サウンド・チェックをして夜本番、と言う繰り返しのツアーで、食事は移動の休憩時に止まるスーパーで買いだめしたクラッカーや缶詰、果物などだったが、毎晩本番が繰り返し弾け、私はとても楽しかった。そのツアーに2回、指揮者として参加したフランス人が、奇偶なことにLAオペラの副指揮で今LAに居ることを最近発見、連絡を取り合って、今日お昼を一緒にした。 彼はパリの一流オケの主席チェロを務めていたが、バーンスタインに勧められて指揮を始めた。長いことパリ・オペラで当時の常任指揮者だったジェームス・コンロンの副指揮を務めていたが、「一流オペラ、有名指揮者の副指揮を務めるより、片田舎の2流オケでも良いから、自分の指揮がしたい」と、奥さんの故郷であるハンガリアに移住、今ではハンガリアでトップ・レヴェルのオケやオペラの指揮者として、活躍している。その一方時々助っ人で今でもジェームス・コンロンの副指揮を務めるため、お声がかかれば世界中の色々なところに飛んで行く。 彼に会うのは実に6年ぶりだったが、そう言えばツアーの最中はバスで移動中、私を隣に座らせて総譜の読み方や分析の仕方、彼の会った有名な指揮者の逸話、私の演奏に関する指摘など、色々教えてくれたなあ、と懐かしく思い出した。音楽が楽しくてたまらない、と言う感じのエネルギーの溢れたいつまでも若若しい人で、白髪は当時に比べて著しく増えていたが、それ以外は全く昔と変わらず、私のこれからの進路について親身に相談に乗ってくれた。 「私はまだ指揮が一体何なのかもはっきりと分かっていない」と話しを切り出したところ、彼は即座に「指揮とは権力である」と即答した。冗談かと思ったが(彼は非常に3枚目である)、大真面目らしい。「自分はチェリストとしてずっと音楽を学んで来たし、指揮者は少なくとも奏者と同じくらいの勉強とエネルギーを費やして指揮をするべきだ、とずっと誤解して来た。ところが最近気が付いたのだ。指揮の仕事は奏者の仕事よりもずっと簡単で楽である。ただ、要するに面の皮を思いっきり厚くして、自分よりもずっと近いところで音楽に関わり、自分よりもずっと準備に時間をかけ曲を良く知っている音楽家たちの目上に立ち、彼らの交通整理をして、自信たっぷりのふりをする。群衆はなぜかいつもリーダー的存在を必要としているから。」「指揮者が始めから終わりまで全てを計画していると思ったらそれは間違えだ。指揮者は奏者の投げかけてくる音楽に常に瞬時に反応しているだけだ。指揮者が決定しなければいけない音楽的要素と言うのは、確かにあるが、その数は限られている。後は、兎に角今在る音楽をどう次の瞬間に続けて行くか、と言う、瞬時瞬時のゲームの様なものである。」「指揮の技術と言うのは確かにあるが、例えば君の様なきちんとした訓練を受けた楽器奏者なら、それはもう出来ている。後はいかに自分を音楽家として掘り下げるか、だけだ。」「指揮とは在る意味とても胡散臭い仕事である。非常な高級取りの上、不相応な権力が手に入る。自分は自分の魂の為に、後10年くらい働いたら辞めようかと思っている」などなど。そして、多くの指揮者がいかに個人的に不幸か、そして彼の場合家庭の幸せを手に入れ、人間としてのモラルを大事にする代償として、華々しいキャリアはあきらめた、などと話してくれた。血なまぐさいような、指揮者どうしの裏切りや、計画的(キャリア上の)暗殺の話しなどを話してくれ、自分はそんなことはとてもできない、と言っていた。それでも、音楽の話し、自分が最近指揮した演奏会の話しになると、目がきらきらして本当に楽しそうだ。最近の演奏会でソリストと意見が分かれ、昼食と夕食を何回も一緒にしながら話し合って結局自分が折れた話しなどを、声高らかに笑いながら話してくれた。そう言えば私も彼と一度ツアーで、ショパンの2番の協奏曲のテンポについて、一度火花を散らしたなあ、そして彼は良く若干青二才だった私と本気で話し合ってくれたなあ、と思いだした。「一つアドヴァイスをするとしたら、拍と言うのは常に踊っていなくてはいけない、と言うことだ」と、何度もデモンストレーションしてくれた。 一生懸命話してくれたから、私も一生懸命聞いた。その後、LAオペラの「神々の黄昏」のリハーサルを見せてもらった。まだセットや衣装が出来たばかりで皆が打ち合わせしながら進行している様な、めったに見ることのできない面白い経験だったが、私は何度も船を漕いでしまった。一生懸命聞いて、一生懸命考えたから。。。

  • ジョージ・オーウェルの「1984」と、村上春樹の「1Q84」

    私は村上春樹の「ノルウェイの森」と「ねじまき鳥クロニクル」(それからもしかしたら「羊を追う冒険」)は、独特の雰囲気を持った素晴らしい小説tたちだと思うし、今や国際的に注目を浴びる村上春樹と言う小説家が、私と同じ日本人なのは誇らしい。でも、村上春樹の「1Q84」がジョージ・オーウェルの「1984」と同じ主張を表現することを目的とした小説だと仮定して(そうかどうか、ちょっと疑問だけど)比較検討するとしたらば、「1Q84」は「1984」の足元にも及ばない、と私は個人的に思う。この2週間でこの二つの小説を読破した。このブログを書くに当たって今、ざっと「1Q84」の書評に目を通したが、大体とても肯定的である。「新しい作風」と言うことで意見は統一しているが、皆それを肯定的にとらえ、讃えている。でも、私は村上春樹は安易なセンセーショナリズムに走ったと思う。何ケースもの、被害者の若い女性の自殺に追い込むまでの家庭内暴力の赤裸々な描写、親友をそうして失って仇を討つつもりで家庭内暴力を奮う男性を次々と暗殺する美人なスポーツインストラクターである女性主人公と、その暗幕で在る優雅な70代の金持ちマダム。この女主人公とその友達が繰り広げる、ポルノ的な性遊戯、さらに新興宗教のリーダー的存在による何人もの幼女に対する性的虐待。日本ではどうだか知らないが、アメリカではこの頃映画でも小説でも、簡単に売ろうと思ったら「セックスとヴァイオレンス」の公定式は古くなり、「幼児の性的虐待とドラッグがらみの暴力」(それからトランスセクシュアリティーとか、まだまだ色々あるが)と言うのがもうほとんど当たり前になってしまった。何だかそれに忠実にのっとった、安っぽい方向に逃げたな、としか私には思えない。それに比べてジョージ・オーウェルの「1984」は怖いほどの傑作だと思う。1949年に書かれた、と言うのが信じられない程、1980年代はもとより、2010年の現代社会でも危惧するべき根本的な人間性の問題を的確に描き出していると思う。かなり毒々しい拷問のシーンがかなりのページ数に渡ってあるが、物語には必然的である、と納得できる。興味本位でタブーを描いている感じはまったくしない。宗教でも、政治でも、絶対的な権力の前に屈服してしまった人間が、その権力に逆らって「自分らしさ」「人間らしさ」を保つことは可能かと、問いかけることがこの二つの小説の試みていることである。どちらも、友情、親子関係においては、それは無理だ、とする。そして二人とも、最後に残すのが男女間の愛情である。ジョージ・オーウェルの場合、このカップルは「ビッグ・ブラザー」の設定する法律に逆らって濃厚な大人の関係を結んでいる。普通の恋愛小説でもほとんど見ること無いほどの、読んでいて嬉しくなるほどの完全の恋愛で、二人で話し合うことで初めて表だって絶対的権力に反抗する勇気を得る。しかしその後、拷問に屈して二人ともお互いを完全に裏切りあい、その後自由の身になってももう、お互いの顔を観ることさえ望まなくなってしまう。「ビッグ・ブラザー」の完璧な勝利である。村上春樹の場合、このカップルの間にあるのは10歳の時の一瞬の初恋だけである。それでもお互い、お互いの存在20年間を強く思い続け、この一瞬の熱烈な恋が「自分」形成の大きなファクターになっている。しかし、「リトル・ピープル」の作り出す異様なパラレル・ワールドにおいて、二人は強く願いながら、そして本当に近くまで歩み寄りながら、結局顔をみることさえかなわない。村上春樹がジョージ・オーウェルの描いた警告を、在る意味反対方向から描こうとした、それは分かる。「ビッグブラザー」と言う威圧的な存在に威嚇されながら、怯えて、人格をゆがめながらサヴァイヴァルを試みる、ジョージ・オーウェルの人民に対し、村上春樹の描く社会で人民を歪めているのは、もっと目に見えない「リトル・ピープル」である。それでも題名を明らかにジョージ・オーウェルを意識したものにしたことや、ストーリ発展上の色々なヒントで、彼がオーウェルのノン・ユートピアに似せたものを書きたかったのは容易にわかるし、それに抗う在る男女の恋愛物語、と言うことも分かる。でも天呉と青豆と言う男と女の関係を全く観念的なプラトニックにしてしまったことでこの小説は普通の読者には共感しにくい、メルヘンになってしまっている。ジョージ・オーウェルのウィンストンとジュリアの恋愛は、私たち読者の一人一人が一度は経験したことの在る、あるいは一度は経験したいと強く願う、現実的な、あるいは現実逃避的ななまなましい熱烈な恋愛・そして性愛感情である。その恋愛について読む時、私たちはどうしても自分をウィンストン、あるいはジュリアに投影してしまう。そしてその投影は彼らが拷問され、お互いを裏切り、そしてその敗退感からお互いを嫌悪するに至るまで辞められないから、この小説は私たちを強く揺さぶるのだと思う。あくまで個人的な意見だが、私は村上春樹の「1Q84」には正直がっかりした。世界中の期待がかかる作家だけに、次はもっとうまいことやって欲しい。逆にジョージ・オーウェルには脱帽した。これからもっと彼の本を読んでみようと思う。 Mompou Prelude No. 2 (1927) – A note from the past.