指揮について、追加

私は修士を修めた翌年2001年から,コルバーンに来る2006年まで,毎年東欧のオーケストラのアメリカやヨーロッパのツアーに独奏者として参加した。限り在る予算で行われるツアーで、毎朝早くバスでホテルを出発し、午後遅く現地入り、サウンド・チェックをして夜本番、と言う繰り返しのツアーで、食事は移動の休憩時に止まるスーパーで買いだめしたクラッカーや缶詰、果物などだったが、毎晩本番が繰り返し弾け、私はとても楽しかった。そのツアーに2回、指揮者として参加したフランス人が、奇偶なことにLAオペラの副指揮で今LAに居ることを最近発見、連絡を取り合って、今日お昼を一緒にした。
彼はパリの一流オケの主席チェロを務めていたが、バーンスタインに勧められて指揮を始めた。長いことパリ・オペラで当時の常任指揮者だったジェームス・コンロンの副指揮を務めていたが、「一流オペラ、有名指揮者の副指揮を務めるより、片田舎の2流オケでも良いから、自分の指揮がしたい」と、奥さんの故郷であるハンガリアに移住、今ではハンガリアでトップ・レヴェルのオケやオペラの指揮者として、活躍している。その一方時々助っ人で今でもジェームス・コンロンの副指揮を務めるため、お声がかかれば世界中の色々なところに飛んで行く。
彼に会うのは実に6年ぶりだったが、そう言えばツアーの最中はバスで移動中、私を隣に座らせて総譜の読み方や分析の仕方、彼の会った有名な指揮者の逸話、私の演奏に関する指摘など、色々教えてくれたなあ、と懐かしく思い出した。音楽が楽しくてたまらない、と言う感じのエネルギーの溢れたいつまでも若若しい人で、白髪は当時に比べて著しく増えていたが、それ以外は全く昔と変わらず、私のこれからの進路について親身に相談に乗ってくれた。
「私はまだ指揮が一体何なのかもはっきりと分かっていない」と話しを切り出したところ、彼は即座に「指揮とは権力である」と即答した。冗談かと思ったが(彼は非常に3枚目である)、大真面目らしい。「自分はチェリストとしてずっと音楽を学んで来たし、指揮者は少なくとも奏者と同じくらいの勉強とエネルギーを費やして指揮をするべきだ、とずっと誤解して来た。ところが最近気が付いたのだ。指揮の仕事は奏者の仕事よりもずっと簡単で楽である。ただ、要するに面の皮を思いっきり厚くして、自分よりもずっと近いところで音楽に関わり、自分よりもずっと準備に時間をかけ曲を良く知っている音楽家たちの目上に立ち、彼らの交通整理をして、自信たっぷりのふりをする。群衆はなぜかいつもリーダー的存在を必要としているから。」「指揮者が始めから終わりまで全てを計画していると思ったらそれは間違えだ。指揮者は奏者の投げかけてくる音楽に常に瞬時に反応しているだけだ。指揮者が決定しなければいけない音楽的要素と言うのは、確かにあるが、その数は限られている。後は、兎に角今在る音楽をどう次の瞬間に続けて行くか、と言う、瞬時瞬時のゲームの様なものである。」「指揮の技術と言うのは確かにあるが、例えば君の様なきちんとした訓練を受けた楽器奏者なら、それはもう出来ている。後はいかに自分を音楽家として掘り下げるか、だけだ。」「指揮とは在る意味とても胡散臭い仕事である。非常な高級取りの上、不相応な権力が手に入る。自分は自分の魂の為に、後10年くらい働いたら辞めようかと思っている」などなど。そして、多くの指揮者がいかに個人的に不幸か、そして彼の場合家庭の幸せを手に入れ、人間としてのモラルを大事にする代償として、華々しいキャリアはあきらめた、などと話してくれた。血なまぐさいような、指揮者どうしの裏切りや、計画的(キャリア上の)暗殺の話しなどを話してくれ、自分はそんなことはとてもできない、と言っていた。それでも、音楽の話し、自分が最近指揮した演奏会の話しになると、目がきらきらして本当に楽しそうだ。最近の演奏会でソリストと意見が分かれ、昼食と夕食を何回も一緒にしながら話し合って結局自分が折れた話しなどを、声高らかに笑いながら話してくれた。そう言えば私も彼と一度ツアーで、ショパンの2番の協奏曲のテンポについて、一度火花を散らしたなあ、そして彼は良く若干青二才だった私と本気で話し合ってくれたなあ、と思いだした。「一つアドヴァイスをするとしたら、拍と言うのは常に踊っていなくてはいけない、と言うことだ」と、何度もデモンストレーションしてくれた。
一生懸命話してくれたから、私も一生懸命聞いた。その後、LAオペラの「神々の黄昏」のリハーサルを見せてもらった。まだセットや衣装が出来たばかりで皆が打ち合わせしながら進行している様な、めったに見ることのできない面白い経験だったが、私は何度も船を漕いでしまった。一生懸命聞いて、一生懸命考えたから。。。

4 thoughts on “指揮について、追加”

  1. 心地よい音楽は眠りを誘う?
    指揮者と権力者なり、なるほどと思いました。
    どんな世界も内実はどろどろですね(笑)

  2. >abbrosさん
    昔一緒にツアーをしたハンガリアのオーケストラの元フルーティストで、私がツアーをした時はオケのマネージャーも兼ねてしていた人が、自分が連れてきたとても若い新進指揮者に最近、オケの仕事から解雇され、その結果(もともとアル中気味だったのですが)お酒におぼれて事実上自殺をしてしまったことを昨日、その指揮者との会話で知りました。私もとても優しくしてもらった人ですが、その人を首にした新進指揮者とも私は共演したことがあり、実に複雑な気持ちです。
    何だか時代劇みたいですね。
    マキコ

  3. >ピアニスト、makichaさん
    芸術は表層を楽しんで、その内奥はあまり知らないほうが?いやいや、本当のことはいやでも見ておくほうが?いろいろ考えさせられますね、人間のおこない。

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *