このブログではセレステ・イングの2017年のベストセラー、まだ邦訳が出版されていない「Little Fires Everywhere」を書評します。私はこの原本を基にしたテレビシリーズは観ていませんが、テレビシリーズの批評、さらに最近話題になった韓国映画「パラサイト」との比較検討などもします。
Celeste Ng著 Little Fires Everywhere(2017)
ニューヨークタイムズのベストセラーに載り、ワシントンポスト・NPR・アマゾン・バーンズ&ノーブルズを始め数々の硬派メディアの「ザ・ベスト・ブック・オブ・ジ・イヤー」になり、兎に角話題になった本。
物書きとして、話題の著書は一通り読んでおきたい。特にアジア人女性の書いた小説がこんなに注目をされたからには絶対に読まなくては…昨日はほぼ一日この本に読みふけり、就寝前に読破しました。こういうのはパンデミックの醍醐味かな?
日本では「リトルファイアー;彼女たちの秘密」と言う邦題で、本を基に制作された全8話のドラマシリーズのみが5月下旬からアマゾンプライムで放映になっている。
ブログに載せたくて、日本語字幕付きの予告編を探したけれど、見つからずびっくり。日本ではあまり話題になっていないのかしら?上のインタビュー動画もあまり視聴数が多くない。リース・ウィザースプーンとケリー・ワシントンが主演と総監督のというのに?
著者:セレステ・イングの物語・文体・構成・登場人物など
原作の著者、セレステ・イングはこのテレビシリーズの台本とプロデューサーも手掛けている。個人的な好き嫌いもあると思うが、私は前宣伝で期待が高すぎたせいか、物語と文体にはあまり感心しなかった。この物語は主に二つの対照的な家族を中心に展開する。オハイオ州、クリーブランドの郊外にある、シェーカー教の理想に基づいて完璧に計画されたアメリカン・ドリームの結晶の様な住宅街、シェーカーハイツ。芝生の長さから家のペンキの色まで街全体の調和を重視して厳しく管理され、常識と道徳心が重視されるこの町で代々育ってきたのがリース・ウィザースプーン演じるエレナ。男女二人ずつ合計4人の10代の子供たちと、弁護士の夫との家庭を築きながら、自分はローカルニュースのリポーターも務める。そこに新参者として現れるのが、ケリーワシントン演じるミア。彼女はアーティストで、シングルマザー。娘のパールによると、ミアとパールはミアのインスピレーションを追い、一つの作品が終わる毎に新しい街を訪れるという放浪生活をパールが生まれてからずっと送っている。
この段階ですでに私が(大体物語が読めた)と思ってしまうのは、私がシニカルすぎるのだろうか?持つ者と持たざる者を比較検討し、最終的にはどちらも人間、あるいはどちらかと言うと貧困層にひいき目の物語展開をするのは、古くは日本昔話し(強欲商人と貧乏正直者ー例えば宮沢賢治)からマーク・トウェインの「王子と乞食」、最近では韓国映画の「パラサイト」まで。要するに社会層と年代層、家族ドラマと親子関係、さらに義理と人情などのヒューマンドラマへの設定だ。
誇り高いエレナの世間体へのこだわりの描写が一番最初から出てくる段階で、もう色々な今までのアメリカ文学に於ける「アメリカン・ドリームへの猜疑心」のアングルの臭いがぷんぷん。この臭いはミアが「アーティスト」として自己紹介する段階で更に強まる。その上、エレナと子供たちの間にある違和感がミアとパールの間に無いことでも、さらに臭くなる。とどめは、原本では白人のミアとパールの母娘が、テレビシリーズでは黒人になっている段階で「慣習 vs 自由」の臭いが、現在のアメリカ人種社会問題を反映してもっと充満してくる。
しかし、この臭いは著者の計算済みということも、認めなくてはいけない。何しろ、この本(とドラマ)のオープニングはエレナが誇るお屋敷が放火によって燃え落ちるところを、エレナがバスローブで茫然と見守る、というシーンで始まるのだ。しかも、放火の犯人が多分一番下の娘だということも、すぐに兄弟の会話で明らかになっている。
そして、この物語の変化球は街で起こるスキャンダル。複雑な親子関係、個人のプライヴァシーと報道・表現の自由のバランス、お金で買えるものと買えないもの、養子縁組・不妊治療・中絶などに関する倫理問題…ある事件をめぐってこういう社会問題がにわかに身近になることでそれぞれの古傷を掘り返し、平和な町を真っ二つにし、物語は複雑化していく。その最終的な結果がエレナの末っ子の放火への発展する。
物語と設定はまあまあだったが、凄いと思ったのは人物描写と発展、そして構成だ。それぞれの登場人物の言動を説明する背景が深堀されていくので、何度も物語が数十年も巻き戻される。章によっては、メインの物語よりも、昔の背景の方がページ数が多かったりするくらいだ。でも、主題への関連性がいつも非常にクリアなのでそれで混乱が生じることが無い。ここが素晴らしい。それから、どの登場人物の立場にも最終的に同情が出来る。自分でも同じ言動に至ったかも知れないと思わせてしまう。これも凄い。
なぜ今この物語がベストセラーになるのか。
① まず、この物語では女性の登場人物に焦点があたり、男性の登場人物は非常に影が薄い。メインのキャラも女性二人だが、彼らの娘たちも非常に重要で複雑な性格と物語への絡み合いがある。一方息子や兄弟や夫たちは恋愛対象だったり社会的影響力のために物語の重要人物に結果的に影響を及ぼしたりするが、概してステレオタイプに徹して、あまり発展性が無い。物語にジェンダーバイアスが在るか無いかを測定するベクデル・テストには問題なく合格する。
② さらに貧困家庭と富裕家庭の絡み合いというのが、最近の社会問題を反映して、一種の流行りなのでは、と思う。私はこの物語と韓国映画の「パラサイト」の共通点、そしてなぜ今この二つの物語がここまで評価されるのか、と言うことに興味を持った。ご存知ない方のために、「パラサイト」の予告編をここに載せます。
なぜこの「リトルファイアー」と「パラサイト」の相違点についてもっと色々な人が発言していないのか、私には不思議なほど。「パラサイト」は韓国という単一民族国家が舞台設定なので勿論人種問題は入ってこないが、社会層問題・家族内でのコミュニケーションギャップ・常識と現実や表面と深層の間の溝・学説的な倫理と現実問題の間にある実状など、カヴァーしている問題の多くが全く同じに思える。そしてこの二つの、私に言わせると後世には多分引き継がれない二つの作品が今ここまで評価されている理由も。
その理由。おこがましくも私が言うと、現在こう言うインテリぶった、社会問題を意識したような小説や映画を鑑賞するエリート層の多くが、自分たちを「富裕層でない」と思っているからではないか?富裕層がちょっと妬ましい。富裕層の墜落を潜在的に願っている。そして少し優越感を持っている。「彼らには富がある。でも自分たちには知識・意識・良心・愛・自由・創造性・他色々…がある」と思っていたい。
…あれ?それって私だけでしたか?( ̄∇ ̄;)ハッハッハ
嬉しかったこと
- エルトンジョンの生涯をミュージカル的に描いた映画「ロケットマン」を見ました。最近クラシック以外の音楽も聴こうと思っているのだけれど…やっぱり私はクラシックが好き。そしてロックスターとかスーパースターはなぜみんなアル中や麻薬付けになる?もう方程式みたい。共感できない。分からない。
- 久しぶりにベートーベンの後期のソナタを弾きました。やはり良い。エルトンジョンよりずっと良い。
- お昼に食べた白身魚が美味しかった。
- 今日はちょっと自分を甘やかしてアイスを食べました。美味しかった。
- 疲れている時にゆっくりできるのは、パンデミックの良いところかな?そして私の今の身分の。
- 今日レッスンを希望してくれるピアノ愛好家の人あり。今から教えます。時差があるので変な時間のレッスン!
お疲れ様です。
内容が濃くて一読では到底理解できません。が、次の箇所は共感できます。
「ロックスターとかスーパースターはなぜみんなアル中や麻薬付けになる?もう方程式みたい。共感できない。分からない」
芸術家は、普通人より自己破壊衝動が強いのではと思えてなりません。
小川久男
もっと分かりやすく書けるように工夫します。
いつもコメントありがとうございます。
真希子