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色々、嬉しいことが沢山在った。 一つは、ちょっと長い話しになるのだけれど、私が2007年に出したCD、"Etudes, Seriously"についてだ。 このCDを出そうと思ったきっかけは、プロコフィエフの「4つのエチュード」作品2を勉強中にこの作品の良い録音が皆無だと言うことを発見したからだ。作品2と言うことで、若い(プロコフィエフはまだ学生だった)時の作品出し、超絶技巧なので弾こうと思う人が少なく(私も始めは怖気づいていた)、この練習曲集は余り知られていない。キーシンがこの4つの中から3番目だけを弾いているけど、彼の演奏はちょっと指任せで速過ぎる。プロコフィエフピアノ曲全集の録音を出している人は、(しょうがなく)と言う感じで、この作品2も収録しているが、本当に妥協の多い録音ばかりだ。私はこの曲は素晴らしく効果的で、音楽的価値が在る作品だと思うので、ちゃんとした録音を残しておきたかった。でも、CDと言うのは出す過程においては色々頑張るけど、出しちゃった後と言うのは、他のプロジェクトも沢山あるし、忘れちゃう。ところが、私の先生が学部生の女の子に「マキコがプロコフィエフの4つのエチュードを素晴らしく弾く。彼女が卒業する前に勉強しなさい」と言ってくれたのだ。この子がツトツトと練習室で練習しているのを聞いて、びっくりした。先生がそんな風に言ってくれた、と聞いて凄く嬉しくって、その子にCDをプレゼント。この子は韓国人でまだ少し英語が不自由だし、多分性格的にもちょっと静かな感じの子なのだが、CDを上げた次の日(昨日)、興奮してロビーで呼び止めてくれた。「凄い!You are so good!!」と言ってもらって、恥ずかしい位嬉しくなってしまった。そう言えば、あの曲は頑張って練習したなあ。そして、こういう風にもっと色々な人にこの曲を知ってもらいたい、もっと弾いてもらいたい、と思って録音したのだったなあ、と思いだした。 もう一つ嬉しかったのは、あんまさんにマッサージしてもらったこと。コルバーンは、何度も書いている様に、学費、寮の滞在費、食費と全生徒(120人)に無料で支給しているが、その他にもさらに、無料で演奏会の入場券を配ったり、毎年恒例でディズニーランドに遠足や、サーフィンのレッスンや、至れり尽くせりしてくれる。あんまさんに来てもらって期末や中間試験の時に生徒に無料でマッサージ・サービスが在るのも今年新しい試みだ。とっても気持ち良かった! もう一つ嬉しかったのもコルバーンのこと。コルバーンの寮の食事と言うのは、私は個人的には寮の食事としては素晴らしいと思う。毎日ピザと、出来あいだけど寿司と、サンドウィッチと、サラダと、スープ2種類が在り、そのほかに日替わりで、パスタとか、中華の炒め物とか、お魚とか、色々ある。寮の食堂だけど一般公開もされていて(そうしなきゃ、120人相手にこんなに豊富なメニューは無理)、結構毎日にぎわっているし、私は普通のレストランに比べても良い質・内容だと思うのだが、皆は結構遠慮なく文句を言う。その文句に応えて、カフェテリアの人たちは色々工夫をしてくれる。昨日は初めての試みとして、インド料理を出してくれたのだ! これは近くのインド料理屋さんに届けてもらって出すのだが、びっくりするくらい美味しかった。いつもは文句の多い私の学友たちも、皆感心していた。問題は、すぐ売り切れてしまったことだ。でも、私は早めに夕飯を食べたので、大丈夫でした。
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私はこれから沢山の読書をすることに決めました。 ロスの私が居る所は、ダウンタウンのど真ん中です。ロサンジェルスの中央図書館が歩いて5分の所に在ります。中央図書館は地上4階、地下4階の巨大な建物で、楽譜も、音楽のCDも、映画のDVDも、そして色々な言葉の本も揃えて在ります。日本語の本も大きな本棚二つにわたって在り、コルバーンにオーディションしに初めてロスを訪れた時、私はこの日本語の本の山に狂喜しました。 この中央図書館の他にも、リトル・東京と言う、戦前からの日本からの移民が長年かかって築きあげてきたロサンジェルスの日本人コミュニティーの中心地に、リトル・東京・ライブラリーと言うロサンジェルス公共図書館の支店が在って、ここにはさらに大きな日本語の本のコレクションが在ります。ここは、本だけでなく、日本語のマンガや雑誌や映画も沢山あるのです! でも、これから私が読もうと思っているのは英語の本です。私は在米20年の割には、日本語保持に努力してきたつもりですし、時々変な日本語を喋りますが、まあ普通に喋り、読み書きできると自負しています。特に読むのは凄く好きで、単行本なら(内容にもよりますが)数時間で読みあげられます。 それに比べて、英語は、日常会話は不自由しないし、普通に読み書きできますが、スピードがずっと遅いのです。これは実際の私の英語の能力の反映と云うよりも、13に渡米した時から引きずっているコンプレックスが原因ではないか、と思うのです。読んだり、書いたりしながら、常に自意識過剰に、自分が本当に理解しているか、本当に正しい語彙、文法、スペルで書いているか、疑いながら読み書きしているので、何度も読み返して、確認し続けて、遅くなるのだと思います。これを克服するためには、面白くて次に進まずにはいられないような英語の小説を一杯一杯読もう! 今日はナボコフの短編集と、オーウェルの1984を借りてきました。
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私は普段ブログは夜書いているのですが、今日はどうしても書きとめたい夢を明け方見たので、練習前に急いで書いています。 夢の中で私はその夜、ベートーヴェンの協奏曲をオーケストラと演奏する予定です。現実には私は4番は弾いたことが無いのですが、まあ有名な曲ですし、夢の中の私は(何とかなるさ)、と自信満々です。そしてバスに乗って会場に向かう途中突然(でも、そう言えば全然この曲さらってないなあ。ああ、あんなに他の曲ばっかさらわないで、今日の演奏会の曲もさらっておけばよかった。昨日は一日練習日だったのに。。。)と悔やみ始めます。くよくよ悔やんでいる最中、突然ベートーヴェンの協奏曲4番の本番の翌日は、ベートーヴェンのソナタ、作品54の本番が在ったこともあります。この曲は私は実際何回も演奏しており、CD録音もしているのですが、2楽章がちょっと早口言葉の様な感じで、(これはまずい、練習しなければ)、とバスに乗った私はどんどん焦り始めます。 バスが会場近くに着いたところで私は飛び降り、練習室を探して奔走します。そしてなぜか、私の先生のレッスン室にたどり着きます。そこでは先生が静かに練習しています。飛び込んできた私を見て先生は「おお、今日の夜は本番だったね。」と実に時間をかけてゆっくりと喋り、私に「練習させてください」と泣きつかせる瞬間も与えずに「そう言えば、今君に是非在ってほしいお客さんがお越しになっているんだよ、ホラ」と部屋の隅を指差します。そこには、細面の、ひどく顔色の悪い、白人か東洋人か分からないような、長ぼそ~い人が、フリフリのついたちょっと場違いなシャツとベルベットのジャケットを着てほ~っと立っています。私はなんとなく不思議な気持ちでその人をまじまじ見ていると、急にそれがだれか気づきます。 「もしかして、ショパンさんですか?」 その人はゆっくりうなづきます。おお~、聞きたいことは山積み。頼めばここでレッスンをしてくれるかも! でも、本番は刻々と迫っていて、おまけに遠くから、演奏会が始まってオケの一曲目が流れるのが聞こえてきます。 私はもう着替えて、走って会場に行ってもギリギリセーフ位! 本番を蹴って、ここでショパンと話をするべきか、それともショパンはとりあえず忘れて、本番の為にちょっとでもピアノにかじり付くべきか。。。 ここで目が覚めました。 凄く意味深な夢に思えて、「是非書きとめておかねば」と思ったのですが、書き出してみると結構平凡...?
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火曜日に最後のオーディションを弾いてから昨日の夜まで、全くピアノをさらっていなかった。 そして気がつくと、明日火曜日の午後にはレッスンがあり、弾く曲が何も無い! と言うことで、今日は久しぶりにどっぷりと練習室にこもって練習モードのみの一日でした。 折角だから、5月下旬~日本でリサイタルで弾く曲を練習開始です。 今年のプログラムのテーマは「生誕記念の作曲家たち」。 2010年はショパンとシューマンの生誕200年ですが、同時にアメリカ人の作曲家、サミュエル・バーバーの生誕100年でもあります。これだけじゃちょっと片手落ちなので、(誰か生誕300年はいないかなあ)と探したところ、バッハの息子で成人してからそれなりに成功した一人、ウィルヘルム・フリードマン・バッハが1710年に生まれていました。ショパンを中心に、4人の作曲家を検証することで、音楽史がちょっとのぞけるかな?と言うプログラムです。 まだ時差が抜けきらず、今日は朝の7時からバリバリ練習していたので、今まだ10時ですが、もうくたくたです。 寝ます。
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昨日の夜は演奏会の打ち上げで、就寝は1時を過ぎてしまった。東海岸と西海岸の時差は3時間、東海岸の方が早い。つまり、私は一昨日だったら朝の4時に就寝したことになる。とても楽しかったけど、朝9時に起きた時はちょっと疲れた感じで、練習をしようかなあ、とちょっと思ったがすぐあきらめ、午後半ばまでかかって1Q84上巻を読破した。(途中何回か昼寝をちょっとずつした)。 村上春樹はアメリカでも凄い話題の作家だ。1Q84の英訳はまだ出ていないらしく、まだこちらの友達とこの小説の話しが出来ないのが残念だ。私は6年前、「ねじまき鳥クロニクル」を全3巻を2日で読破してからしばらくの間村上春樹フィーバーに陥り、村上春樹の作品はほとんど全て読んだ。しかし、食傷気味になる位一人の作家、特に個性の強い彼の様な作家を読み続けると色々なパターンが見えてくる。そして私は「村上春樹は偉大な作家では無い」と言う結論をその段階で出した。これは遠藤周作の「偉大な作家と云うものは優れた異性のキャラクターを描ける人だ」と云った、その基準によるものだ。これまでの村上春樹の作品では女性のキャラクターがいつも似ていた。ミステリアスで、何らかの不思議な超自然的な力を持ち、そして主人公が近付きたいと強く願ってもなぜか近づけない。もう一つの村上春樹の女性キャラクターの特徴は、彼女らの視点と云うものが欠如していることだ。ドラえもんのしずかちゃんもその例の一つだが、例えばしずかちゃんの視点からドラえもんの話を語ることは不可能なのだ。何だかとても僭越な書き方をしてしまったが、村上春樹はある意味、在るグループの人々にとっては日本の象徴だ。ジュリアードの作曲科の学生(勿論アメリカ人)の一人はねじまき鳥クロニクルに感動のあまり、「ねじまき鳥クロニクル」と言う三部作から成るピアノ曲を書いてしまったくらいだ。私は村上春樹を始めとする日本を肩に背負うような日本人には本当に頑張ってもらいたいし、もっともっと凄くなってもらいたい。だから厳しく批判的にもなってしまったりするのだと思う。(ちなみにドラえもんもアメリカで凄い売れている。日本語の教材に使われたり、英訳のドラえもんも沢山出ている) しかし、今度の1Q84では、女性が主人公で、そして色々な女性キャラクターがふんだんに出てくる。そして皆、凄くはっきりとした人格、視点、そして物語を持ち、男性はそれに比べてこの作品では少し影が薄い。図書館の手違いで、下巻がまだ届かず、上巻だけではまだ何とも言えないが、私は本当に今日はとても触発された。村上春樹はこんなに有名になって、こんなにもてはやされて、それでもまだまだ作家として成長、自己開拓をしている。 すごいなあ、と思う。 夜はチャンと練習しました。
