今日はライス大学で新学期が正式に始まる日でした。 まだ正式にクラスへの登録が済んでいない人が多く、色々未定で宙ぶらりんですが、 新入生にとってはやはり気持ち新たになる日です。 私は自転車に乗って(今日は転ばず)スイスイと登校しました。 が、ロング・スカートをはいて自転車に乗ると、 どうしても風でスカートが膝上までめくれてしまう事が判明しました。 折角新学期でオシャレをしたのに。。。しょうが在りません。 朝は練習。 ライスの練習室は防音がしっかりしていて、とても集中できます。 午後は今日は一つだけクラスが在りました。 博士課程必修の「ピアノ教授法」と言うクラスです。 修士の生徒と一緒のクラスですが、博士課程の私とV君だけ宿題やプロジェクトが多いのです。 クラスの後はacademic adviser との個人面談が在りました。 これから私が博士課程の勉強を進めるにあたってどう言うクラスをいつ取り、 どうやって博士課程の最後に在る口頭と筆記の試験、さらに論文に備えるか、 と言う事に気を配ってくれる人です。 今学期取るクラスの選択に付いて色々協議しました。 その後は、クラス登録や、色々な事に関して色々なオフィスに行きました。 ライスのキャンパスは大きいので、図書館にコンピューターを使いに行くのも、 ちょっとランチを買いに行くのも、オフィスに用事を足しに行くのも 3分、5分、8分と外を歩かなければいけません。 カンカン照りなので、出来るだけ日陰を探してジグザグに歩いて行きました。 ライスのキャンパスはとても美しいのですが、 もっと大きな木を沢山植えたほうが木陰が出来て良いと思います。 夜は下宿のおばさんに運転してもらって食糧買い出しに行きました。 果物、野菜などを沢山買って来ました。 これで、何の心配も無く学期が始められます。 下宿のおばさんはとても陽気なペルー出身の科学者で 味見の食品を沢山食べてニコニコしていました。 私もつられて味見のおかわりをしてしまいました。
今日はチャイナ・タウンに行きました。 横浜のも、ニューヨークのも、フィラデルフィアのも、ロサンジェルスのも、ロンドンのも、ヴァンクーバーのも、チャイナ・タウンは皆ゴミゴミと混み合っていましたが、ヒューストンのチャイナ・タウンは普通のアメリカのショッピングセンタ―に中国系のお店が入ったところが沢山、沢山ある、と言う感じで、ショッピング・センターそのものは広々として、駐車場もとても奇麗です。看板が中国語なだけ。色々なお店に行きましたが、一つ日本の百円ショップそのもののお店が在りました。本当に中に在る物も、日本製の物ばかりなのです。お値段は2ドルから、と少し割高でしたが、私はゴミ箱や、小物入れや、飴や、沢山買いました。 それから今日のドライヴァー(ヒューストン4年目の台湾人で心理学で博士課程のリサーチをしている女性。ブルーベリーがアルツハイマーに効く、と言う事を立証するリサーチをしているそうです)が特別に私の為に超大きなスポーツ品店に連れて行ってくれました。そこが自転車が安い、と聞いたからです。確かに本当の「自転車屋さん」では一番安いのが300ドルでしたが、ここでは一番安いのは58ドルで、それを買いました。これで学校までの徒歩25分が、自転車で10分に進歩しました。 でも、その後学校までスイスイ気持ち良く漕いで行って練習して帰り道、転んでしまいました。久しぶりに膝小僧をすりむきました。
ライスで今年音楽の博士課程(Doctorate in Musical Arts)を始める生徒は4人います。 私ともう一人ピアニスト、チェリスト、そして作曲家です。 今日はそのピアニストの運転で、チェリストとそのルームメート(建築の修士)、そして私で韓国雑貨のお店に行きました。博士課程の生徒たちは一緒に取るクラスも多く、これから沢山一緒に勉強をする仲間なので何となくお互い観察してしまいます。韓国雑貨のお店ではお米の大袋と、炊飯器と、キムチの大瓶と、そば、うどん、のり、ふりかけ、そしてラーメンを買いました。これで何となく気持ち的に落ち着きます。 その後少し練習をして(ほぼ一週間ぶり!)、また3人でベトナム料理を食べました。運転して午後一杯付き合ってくれたのに、インスタント・ラーメンを一袋買っただけのピアニスト(男の子です―外食中心の生活らしい)におごりました。 さて、これから「リサーチにおける責任ある行動について」と言う、オンラインのコースを取らなければいけません。博士課程の生徒は皆必修のコースで、例えば学会に発表する際、自分のリサーチのどの課程を報告から省いてしまったら倫理的に問題が在るか、とか他の人のアイディアはどうやって引用するのが正しいか、とかそういう事に関するコースです。何故か読もうとすればするほど眠く成ってくるので、一息入れて、ブログを書きました。 明日はチャイナ・タウンに行きます。安い洋服(短パンが切実に必要)や、食器、小物、果物・野菜などを買いだしてきます。
タングルウッドに居る間インターネットで見つけた下宿先は、ライスから徒歩20分くらいの所にある静かな住宅街にあった。周りの家はつたに覆われていたりして、趣が在る。でも私の住む事になった家は近所の中で目立って古い家だった。大きいのだが、古く、手入れが行き届いていない。私の部屋も窓が3方に在り、壁に備え付けの本棚が在ったりして素晴らしいのだが、床が傾いている~家具付きの部屋なのだが、コンピューター・デスクに備え付きの車輪付きの椅子が転がって行かないように必死で足で押えながらタイプをするほど。そして、部屋のドアが。。。在って無いようなドア。トイレのドアも壊れている。ドアのノブが壊れて回らないので、ドアを閉めたままの状態にするためには故障後に取り付けられた簡単なちょうつがいを操作し無ければいけない。などなど。 私はニューヨークでもっともっとひどい状態のアパートに沢山住んできたし、ここはインターネットで調べた他の物件と比べて格安だったので、(何か在るだろう)と覚悟して来ていたので、(まあこんなものだろう)と言う感じだったのだが、一日違えて越してきたもう一人のライスの生徒の女の子はショックを受けて、他の物件をサッサと見つけて来てしまい、下宿のオーナーと今交渉中、もめている。その子のショックぶり、そしてその子がもう少し割高だが、まあ同じくらいの物件でずっと手入れの行き届いた下宿先を見つけてきたという事実で(私ももう少し探してもっと居心地の良い場所を見つけるべきだろうか)と言う気持ちが湧いてきた矢先の今朝・・・ たまたま昨日オリエンテーションで在った修士を始める作曲家の男の子が「今は知り合いの家に身を寄せているが、新居を探さなければいけない。一緒に来ないか?」と誘ってきた。私は(この作曲家が、出たがっている子の後釜に座れば、全てが丸く収まるかも)と思い、それから他の物件を見る事にも興味があったので、同意した。まず、この作曲家を私の現住所に連れてきた。500ドルで、電気もガスも水道もインターネットも全て込み、全館冷房・暖房で、キッチンとバスは共有、と条件を話した所では興味を持って聴いていたのだが、私の部屋を見せた途端「これはひどい、ここには住めない。僕の許容範囲を超えている」とはっきり断られてしまった。この子は車を持っているので、この子がここに越してきたら、車を借りられる、と踏んでいたのに。。。 この子のリードで近所の物件探しが始まった。そして探してみれば、あるものである。500ドルで1LK、ベランダも付いている。車でライスから10分。キッチンには皿洗い機もオーブンも付いている(マイクロウェーブは無かった)。アパートの中にはフィットネス・センターもプールまでも在る。他にも似たような物件がかなりあるのだ。この子はヒューストンに知り合いが居ないらしく、私にしきりに同じアパートで二部屋借りて、一緒に登校しよう、と誘って来る。私が車を購入するまでは喜んでアッシー君をしてくれる、とか、良い住環境は生産性を高める、とか色々言って来る。 私は正直揺れてしまった。自分の生き方を根本的な所から疑問を持ってしまった。 私はどうして日常的なレヴェルでもっと欲が無いのだろう? これは怠慢なのだろうか?努力して変えるべきなのだろうか? 本当に住環境を整えたら、生産性が上がってもっと良い音楽家になれるのだろうか? でも、どんなに家賃が同じでも、このアパートに越してくるためには私はまず家具を一杯買わなくてはいけない。そして車を買わなければいけない。車を買えば保険、そして故障したら修理、さらに駐車場、ガソリン、どんどん経費がかさばって行く。その上、電気代、ガス代、インターネット代、全て家賃の上に自腹だ。その経費を賄うために私は働かなくてはいけない。働いたら、練習と勉強の時間が減る。今の下宿先だったら私は学校からもらう生活費だけでも何とかやっていけるのである。でもこのアパートに越したらば、絶対にバイトをしなくてはいけない。住環境と言うのはそこまでの価値が在るものなのだろうか? 私はこの作曲家の良い生活を求める為の努力、と言うのには脱帽したのだ。この子は東欧出身の子だ。だから余計にハングリー精神が強く、物質的な貧しさと言うのを避けたがるのかも知れない。でも、私は逆に豊かな暮らしに生まれおちて、だから簡潔さ、苦労、と言うのに敢えて憧れるのかも知れない。 作曲家とのアパート探しが午後早い時間に終わった後、タングルウッドで出会ったお友達にドライブしてもらってお買いものに行きました。この下宿先に腰を落ち着ける、と決めた後だったのでこの部屋をいかに居心地良くするか、色々工夫してちょっと奮発して色々買いました。中でもセールで買ったとても座り心地の良い椅子が嬉しい。19ドル99セントで、折りたたみなのですが、本当に可愛くて、楽ちんなのです。これくらいの贅沢が私には丁度良いのです。
今日はライス総合大学の修士課程、博士課程の生徒の為の説明会が在りました。 朝の9時から夜の9時まで色々な活動が在ったのですが、朝食(ベーグルとお茶かコーヒー)、昼食(サンドウィッチとクッキーとポテトチップスと飲み物)と夕食(バーベキュー)が全て無料で支給されました。この不景気の中、ヒューストンは石油からの収入で経済状態がそれほど悪く成っていない、さらにライス大学は他の大学が教授の給料カットや解雇などをしているのに比べ、全く健在である、と言う噂は本当みたい、と思いました。セクハラ予防のコースが必修だとか、論文を書く際出所を明らかにせずに他の人の文章を盗む事は、見つかったら大抵退学になります、とか、言う話の他に心理学の先生も、お医者さんも、生徒会の人も「運動をしよう!運動は心身と共に健康にしてくれ、生産性を高め、効率よく勉強も仕事もはかどるし、集中力もアップする!運動をしよう!」と繰り返しているのが印象的でした。 その他、キャンパスのツアー(とても大きく、キャンパスの中をぐるぐる走っているバスが在るほどです)や、図書館のツアー、生徒会主催の説明会、など色々ありました。「ラマダンで断食をしている生徒は、ヒューストンの気温と湿度に気を付けてください。それからお昼は、後で食べられるように持って帰って下さい」などと言っていて、人種や民族、宗教の多様性が垣間見られました。ざっと見ただけでも確かにインド人や、中近東ぽい人が多いし、アジア人も思ったよりずっと多い。黒人の人は思ったより少ないですが、何しろ多様なグループです。 明日も引き続き、説明会が在ります。 9時から11時半まで「安全」に関する説明会(多分ここら辺に多いハリケーンに付いてとか、キャンパス内での事故についてとか)の後、私はタングルウッドで一緒だったレーチェル(ピアニストでライスでは正式伴奏者として働いています)に運転してもらってお買いものに行きます。4時からは生徒会主催のお楽しみ会みたいなのが在って、6時からは校長先生のお家で修士課程・博士課程の生徒全員が招待されて、バーベキューが在ります。 私はしばらく練習の事は忘れて、ヒューストンを好きになる事、ライスでのこれからの生活を楽しみにする事に専念したいと思っています。