コロナの前は、次の演奏会、次の旅行という感じで、そこまでガ—っと突っ走るという感じでした。旅行中や演奏のある日は興奮状態。挑戦も多い。見るもの聴くもの会う人食べる食事、全てがキラキラして気が張り、瞬間瞬間の全てに貪欲です。それで帰って来るとしばらくは虚脱状態で、ハッと気が付くと次の旅行や演奏が迫っている...そういうリズムが好きでした。 コロナになって、私にとっては移動時間が気分転換だったのだな、と思い当たりました。飛行機の中で兎に角受け身に徹する。座っていると飲み物やお手拭きやスナックや食事が次々と出てくる。その間ずっと与えられた空間の中でじっとしている。 「今日は飛行機に乗ってる時間にしたい!」と野の君に宣言して、説明しました。切り替えたい。また頑張るために、仕切り直しが必要。一日暗闇の中でずっと映画を観ていたい。冬眠状態でじっとしていると飲み物や食べ物が出てくる、その赤ちゃんな様な状態。野の君は一日フライト・アテンダントになる事を笑って快諾してくれました。 炭酸水やお水が時々寝室に差し入れられます。お昼にはおろしそばが出てきました。ワサビがちょっと添えて合って、ちょっとだけ涙が出て来てしまいました。 明日からまたバリバリ頑張ります。
私はレオン・フライシャーとは何度かご縁がありました。学部と修士の時、公開レッスンで演奏させて頂いたこと。そして2009年2月7日に彼の指揮で、ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲というピアノ独奏とオーケストラのための曲を演奏させて頂きました。
最近自家製の豆乳を作って飲んでいます。そうすると副産物でおからが沢山出来るんです。甘辛くこんにゃくと煮たり、色々やっていますが、今日はパンケーキに入れてみました。そうしたらにわかに、子供の頃母が「おからクッキー」というのをオーブントースターで焼いてくれたのを思い出したんです。
本番に向けての練習は張り切り、入り込みます。練習が乗っている時は(これぞ私の本領発揮!)という気がします。ただ、コロナ初期に本番が無く、自分の持つ経験・技術・専門的観点の価値の応用を模索して色々思案していた時の自由な思索も、これを機会に柔軟に続けていきたいと思っています。
音楽は時間の芸術だ、と言われます。時間に構築する建築物だという言い方もあります。でも時間というのは、捉えがたいものです。時間をどう把握するのかで、音楽に対する姿勢は変わります。