盛沢山だった一か月の帰国も残すところあと2日。日本に後ろ髪を引かれながら、アメリカでの日常が待ち遠しい…この複雑な心情は在外人ならでは。
今回の3週間に渡る旅行は移動も多く、また活動も様々で、本当にブログや記録を取っている余裕がありませんでした。でもだから同時に備忘録を残さなければ勿体ない出会いやプロジェクトや感動が連日連夜あったのです。今ここで一気にとりあえず書いておこう
私はこれからどうやって今までアメリカで経て来た自分の修行や人生と、日本人としての自分の価値観の折り合いをつけて生きてくのか。
しばらくブログが間遠になっていた理由は、一か月ばかり旅行が続いたからです。旅先では次々と素晴らしい出会い、会話、感動に恵まれる事が出来ました。 6月30日~7月5日@バンフ:ルネッサンス・ウィークエンド 私にとって去年の9月が最初、今回が2回目の出席となるルネッサンス・ウィークエンド。(前回の記述はこちら)今回はカナディアン・ロッキー山脈観光の中心地、バンフの街での開催でした。 政界・学界・報道・NPO/NGO・起業・テック・エンタメ・宗教・芸術...各界のリーダー達400人が集まった最初の晩の開会式でまず演奏させて頂きました。そこからは「Hi! I am Makiko!!」と自己紹介しても皆ニコニコして「勿論知ってるわ!」と、音楽や演奏家人生についての質問で会話が始まります。物凄く嬉しかったのですが、同時に中々相手のお名前を伺えなくて、困ったりもしました。宇宙飛行士に「宇宙ステーションにいらしたなんて凄い!」と言ったら「イヤイヤ、犬やサルでも宇宙に行けますが、犬やサルーそして私も、到底ピアノは弾けません。」と言われて大笑いしたりもしました。 7時半に始まる朝食は慌ただしく30分で終わり、パネル協議が始まるのが毎朝8時からです。様々な会場で同時進行で「瞑想の効用」「ビッグデータとプライヴァシー」「食の未来」「不動産市場」「AI」などのトピックが協議され、質疑応答が続きます。それぞれ一時間ずつ。一時間のランチと一位間のディナーの間も、参加者との会話は濃厚です。そして夕食のあとも協議会は続き、全てが終わるのが10時半か11時。その後の有志で集っての、飲み会もまた熱血です。 私も「環境問題」、「グローバリゼーション」、「アーティストがパンデミックを乗り切る方法」などの主題で発表させて頂いた他、最後にトークショー形式でルネッサンスウィークエンドの創始者のフィルに参加者全員の前でインタビューを受けたりしました。 たま~の自由時間には、皆でハイキングやラフティングの初体験もしました! 7月7日~7月25日@日本 コロナ感染者数が世界的に上昇する中、陰性証明が入国に必要な日本に本当に帰れるのか前日まで不安でした。でも3年ぶりの日本はやはり素敵だった!パンデミック前の演奏会中心の帰国ではなく、今回は家族や友人との絆を大切にし、更に日本文化に触れ自分のルーツを再確認する帰国になりました。中でも、母の誕生日に最近両親お気に入りの「きみ松」で家族で純和風のご馳走をゆっくりと楽しんだのは良い思い出となりました。 パンデミックの間は演奏もできず、水際対策で日本にも帰れず、自分が拠り所としていたものの多くが無期延期になりました。でも、だからこそ生まれたものもあったのです。パンデミックをきっかけに始まったある神主さんとの3年に渡る文通で、私は今まで全く無知だった神道の歴史や美的感覚や姿勢などについて考察するきっかけを沢山いただきました。そして今回3年ぶりに帰国が叶い、この神主さんのご案内やご紹介で新しい世界観の開拓をする事が出来ました。(Mさん、感謝です!) 群馬で温泉にも浸かりました。森美術館にも行きました。博報堂のUniversity of Creativity のキャンパスも訪問しました。USJLPのイベントも二回あり旧友と友情交歓しました。美味しいホルモン焼きを大勢の友達と食べて大変盛り上がったりもしました。浜松でカワイの工場を見学し、在米日本人として、そしてシゲル・カワイ・アーティストとしての誇りが倍増しました。在米日本人は帰国時に欠かせない人間ドックもやりました。 25弦琴奏者の佐藤康子さんと人形遣いの黒谷都さんが人間の営みを自然に戻す月舞台で共演するイベントにも参加させて頂きました。 そしてもう四半世紀以上応援し下さっているピアノ愛好家のKさんとYさんのサロンのこけら落としも弾かせて頂きました。 7月26日〜7月30日@シアトル:US-ジャパンリーダーシッププログラム 日本からロスに降り立って16時間後にはまた空港へ。でも洗濯が出来た。お家のベッドで一晩眠れた。やっぱり自宅は良い物です。 各界のリーダーの友情と絆によってより日米関係を人間的かつ揺るぎないものにする、というのがUS-ジャパンリーダーシッププログラムの主旨です。このプログラムのフェローとして、パンデミック以来初めての会合に参加するためのシアトルでの四泊五日でした。多様な専門分野のリーダーたちが毎年日本とアメリカからデリゲートとして選抜され、2年のプログラムを経てフェローとなります。 2000年に始まったこのプログラムのコミュニティーは現在約450人ほど。オリンピック選手、宇宙飛行士、起業家、メディアのパーソナリティー、政治家...フェローの中にはかなりの有名人も少なからずいます。が、そういう有名人も含めフェローの多くがこのコミュニティーに少なからず愛着を感じていて、米日財団が正式に開催する毎年の会合に欠かさず出席するフェローも少なくありません。更にフェローの有志の間で自主的に世界各地でイベントが企画・運営・開催されたり、ズームでほぼ毎月様々は主題で勉強会が開かれたりします。今回もコロナの感染者数が高まる中、100人ほどがシアトルに集まりました。 環境問題・経済格差・テクノロジー・食安全・文化...様々な主題でパネル協議が行われ、それに対しての質疑応答があります。が、その合間に水辺でビュッフェのご馳走を頂いたり、皆でシアトルの日系人の歴史の形跡を拝見しに行ったり、ロック博物館でライブのバンドに合わせてカラオケしたり...そして夜は皆でカラオケで大騒ぎしたり、お酒を飲んで話し込んだり、大学生の様にゲームをして大はしゃぎをしたりします。USJLPの会合のノイズレヴェルは一般的にかなり高い。参加者一人一人の熱血度合いを反映しているかのようです。その大音量に負けずと声を張り上げて世界情勢などについて議論などを戦わせたりするので、会の終焉にはどの参加者も大抵声がガラガラになっています。 私は、好機にもコミュニティーにも出会い・友情にも、本当に恵まれています。感謝の念に堪えません。 この一か月のハイライトの一部を動画にまとめてみました。
なぜか毎年春先、色々旅行・お仕事・発展・出会いが多い。 2017年は博士論文の審査を合格したばかりで、正式に卒業の手続きと準備を進める中、最新アルバム「100年:初期ベートーヴェンと晩年のブラームス」の収録をしながら、演奏会や教えをこなしていた。その間、新居を探しにヒューストンから西海岸に飛んだりもしていたのだった。 2018年の4月はSan Francisco, New York, Houston, San Diegoと飛び回り、演奏や教えや録音をこなし、途中で家に戻った数日で更にラジオ収録や世界初演に向けての作曲家との打ち合わせや、期末演奏試験の伴奏アルバイトなどをやっていた。 そして今年も春は充実!3月後半からいくつか大きな本番が続いた。24日にロサンジェルス中央図書館内にあるTaper Auditoriumで開いたレクチャーコンサート「メロディーは世界の共通語」は沢山のお客様に来ていただけ、反響もとても良い、思い出深い会となった。 その数日後、今度はMuseum of Tolerance(寛容博物館)と言う異文化・異国籍者たちの調和と共存を謳う会場で、小辻節三と言う第二次世界大戦中日本へ避難して来た何千と言うユダヤ人難民を助けたヘブライ語学者についてのプレゼンテーションに音楽を添えさせていただいた。プレゼンターはノートルダム清心女子大学の広瀬佳司教授と、朝の連ドラや大河ドラマでおなじみの俳優、山田純大さん。大物二人がわざわざ日本からいらしたイベントは満員御礼でメディアも沢山来ていて、私は最初と最後にちょこっと弾いただけなのですが、思いがけず色々な出会いに恵まれてしまいました。 そのまた数日後、今度は日本へ一時帰国。私にとっては30年前の渡米以来初めての桜の季節の日本だった。桜の美しさは時差ぼけ早起きの散歩時や、移動の電車の中から満喫した。桜の美しさは勿論、日本人の桜を愛でる心に打たれた。何しろ街全体が桜で覆われている感じになる。8分咲きくらいからちょうど満開の花びらが散り始めるころまでを満喫した。 移動中の桜は満喫したけれど、いわゆる『お花見』の時間はあらばこそ。東京と滋賀で色々な形で音楽のさまざまな効果に関するワークショップを計4回やらせて頂いた。(ワークショップに関してはまた別のエントリーで振り返ります。)ワークショップの合間にリハーサルを重ね、硲美穂子さんとのヴァイオリンリサイタルに埼玉県のふるさと新座館ホールで共演もさせて頂いた。 硲さんは謙虚な方である。何度もリハーサルに来られて、テンポや解釈を確かめられ、納得が行かれるまで形容詞を重ねられてフレージングや解釈の相違について私と意見を交わして下さる。控えめな方なのだが、この特別な日のために発注なされたと言うドレスをお召しになった途端に背筋が伸び、表情が輝かれた。そしてリハーサル中とは見違えるような伸びと自信でたっぷりとフランクを弾かれた。こちらが圧倒される勢いだった。共演者にだけわかる息遣いと言うのがある。微妙なタイミングや、一瞬の音色の事なのだが、この日の硲さんはあっぱれと言う言葉がぴったりだった。 硲美穂子さんとの最初の出会いは25年前、夏の音楽祭で。私はまだ高校生だった。主に大学生を対象にした音楽祭に、美穂子さんはすでに修士も納められ、ご自分で立派に演奏家や教師としてご活躍なさっているベテランとして、更なる上達と発見を求めて9歳の娘さん同伴でいらしていたのだった。今の私には、その物凄さが分かる。脱帽である。そして、この音楽祭でまだまだ青くて生意気な若輩者の私をラヴェルのツィゴーネと言う大曲の共演に抜擢してくださったのである。それから25年を経て、硲さんの転居を機にそれまでコミュニティーで30年続けて来られた演奏会シリーズに終止符を打たれる、その大事な会にまたもや抜擢していただいた。光栄この上ない。フランクのソナタやクライスラーの小品など、美しい曲を沢山ご一緒させて頂いた。 日本から帰って数日後、今度は長距離ドライブでSan Diegoに。アメリカの高速はうっかりすると時速140キロを超えて走ってしまう。でも大自然の中の広々としたハイウェイでは、あんまり早く感じない。周りの車に抜かされたりする。 San Diego Flute Guildとは去年からのご縁。毎年恒例のSpring Festivalでは近辺の小学生高学年から音大生・セミプロまでがコンクールに参加したり、楽器商店などの出品を物色したり、公開レッスンを受けたりする。この音楽祭の目玉は二つ。アメリカ中から録音で選抜された若いフルーティストのコンクール勝者のコンサート。さらに、このコンクールの審査と公開レッスンの講師を務める客演フルーティストのリサイタルである。私が仰せ使うのは、コンクールの最終選考の伴奏と勝者のコンサートでの共演、そして客演フルーティストのリサイタルでの共演。今年の客演フルーティストは元ボストン交響楽団の首席フルーティストで、現在はライス大学でフルートの教授を務めるLeone Buyse. 世界に名だたるフルーティストである。私が博士課程を修めた母校の恩師でもある。 伝説的なピアニストでこれまた私の恩師Claude Frankと並んで、Leone Buyseは私が「音楽の天使」と呼びたい一人である。優雅で邪気が全く感じられず、音楽を愛する気持ちだけがひしひしと伝わってくる。後光がさしている感じ。レオンは大の日本好きでもある。 「マキコサ~ン、オゲンキデスカ?オシサシブリデ~ス」とハグしてくる。 「演奏旅行で今まですでに12回も日本に行けた!」と目を輝かせて、「でも桜の時期にはまだ一度も行っていないの」と私の携帯の桜の写真を、感嘆詞をあげながらいつまでも見ている。 レオンは妖精の様な人だ。私が(こう言う風に年を重ねたい)と憧れる愛らしさ愛情と余裕と優雅さをすべて持っている。周りへの気遣いが何気なく、でも画然としている。レオンの周りではみんなが優しくなる。彼女の音楽も同じく。共演者に自信を持たせる確固たるリズム感と、気遣いが両立している。そして気負いの無い自信がある。周りを圧倒する自信ではなく、周りを安心させてくれる余裕がある、朗らかな自信。こういうのをカリスマと言うのかもしれない。 レオンと今回初めて共演して、開眼場面の一つ。本番直前の楽屋で。「本当は外で日の光を浴びていたいんだけれど、色々な人に話しかけられるでしょう?話しかけられると嬉しいからついつい会話してしまうけれど、本当は本番前は静かにしていたいのよね~。」と入って来たレオン。楽屋は一つしかなく、私たちは二人で一つの楽屋を共有するしかなかったのだけれど、私に「無理な会話と気遣いはやめましょうね」と優しく気遣って同時に釘を刺し、さらに「本番前は奏者は音楽に集中するわがままが許されていいんだ」と言う安心を与えてくれた。そして私がトイレに行って帰ってくると弱音で練習していたのだが、それがこれから私たちが弾くレパートリ―では無かったのである。「ああ、これ!? これ来週弾くの。何度弾いてもなんか弾きにくい曲ってあるのよね~。」貫禄を感じた。 こう書きだしてみて、最近私は素敵な女性の先輩に色々な大切な事を伝授されている気がする。ラッキーだなあ、と思う。