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今年も始まりました。私は去年の京都―広島ー東京での会に続き、2年目。http://usjlp.org/ 偶数の年はシアトルが会場です。 米日財団の会長のGeorge Packard氏の開会の挨拶で、国交間を個人と個人の友情でより強くする、と言う会の趣旨に関するお話しがありました。シアトル市長からのヴィデオメッセージの後、お夕食のご馳走をシアトルと西海岸を見下ろす素晴らしい会場で頂きながら、一人ひとり自己紹介します。政府関係者、軍関係者、NPO, 国連、医療関係、教育関係、そしてAirB&B, Facebook, Uberのトップも来ています。 私は自分の培ってきた音楽観、人生観、ピアノの技術、知識、世界中を旅した経験などをどのように効果的に世界の役に立てられるか、ヒントを得たい、と言う気持ちでここに居ます。 眠い!この会では毎晩、夜を語りあかしてしまいます。 もうカボチャです。でもこのような会に参加させていただける光栄への感謝と心意気を記したかった。
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月曜日・火曜日と缶詰になって6000文字ほど書きました。寝入りばな、起き掛け、トイレ、シャワー、料理中、練習中...ありとあらゆる時間に新しいアイディアが沸いてきて、その度にコンピューターに呼び戻され、結局なんだかんだで一日中書いています。構造が出来上がって、最初と中途と最後がもう書けているので、あとはどんどん骨組みに肉付けをしていくだけ。今までは暗中模索で書き進めていましたが、ここからは一気に書き上げます。 こうして日本語でブログを書いていると、英語でずっと書いていた脳みそが何となくバランスが取れてくる感じ。 ちょっと日本語で、骨組みを書いてみます。仮に題して「ベートーヴェンは裸だ!」 イントロ:大きな概念の紹介(音楽は喜びでなくてはならない。19世紀ロマン派の「音楽=苦しんで到達するもの」は多大な影響を持つが、これは裸の王様。私は「王様は裸だ!」と叫ぶ子供になりたい) 第一章:「きっかけ:ハンガリーでの暗譜忘れ」 2001年協奏曲の演奏途中で頓挫。それをきっかけにそれまで直視を避けてきた自分の舞台恐怖症と向かい合うことになる。15年と言う歳月を要したが、私はどうやって舞台恐怖症を克服したのか。 (曲:ショパンの協奏曲2番) 第二章:「数日後の成功、ノースカロライナ州:(方法論1.Power Pose。はったり)」 ハンガリーでのトラウマの後5日目。同じハンガリーのオーケストラとの再共演で、舞台恐怖症を制覇して成功を収める。なぜそういう事が可能だったのか。 (曲:ショパン「24の前奏曲」、ベートーヴェンの協奏曲五番「皇帝」) 第三章:「有名と無名のはざまで:(原因1.セクハラと孤独)」 舞台恐怖症になってしまった理由は複雑。一つには、世界に於ける自分の場所についてどう考えたら良いか分からず、不安定になったことがある。独奏者としてスポットライトと満場の拍手喝采を受ける。翌日伴奏者として、自分と目も合わさない生徒たちを伴奏して生活の糧を稼ぐ。そのギャップ。更に、演奏の機会をくれ、評価してくれているかの様に見えた教師やマネージャーに、口説かれてしまう。評価されていたのは自分の音楽ではなかったのか?自分の音楽に価値はあるのか?20代にして自信が無くなる。 第四章:「ツアー:(方法論2.Exposure Theory:場数を踏む、方法論3.過度な練習を辞める。方法論4.イメージトレーニング)」 セクハラ交渉の土壇場で、ツアーする羽目に。恐怖で肉体的症状を発するが、共演者の励ましを得て場数をこなすうちに、毎晩同じ曲で本番を迎えるツアーが実は最高のセラピーだと気が付き始める。 第五章:「マネージャー:(原因2.セクハラとパワハラ)(方法論5:自分に正直になる)」 マネージャーから演奏会のキャンセル、ビザ剥奪、契約破棄などを脅迫され悩む。その過程で、本当に大事なのは自分が自分をどう見ているかと言うことだけだ、と気が付く。自分と自分が提供している音楽が完全に正直であれば、周りにどう評価されようと堂々としていられる。 第六章:「音楽を理解する:(方法論6.音楽を分析する)」 ツアーで共演した指揮者に舞台恐怖症を告白する。すると次の日から毎日バス移動中に音楽の分析法を教えてくれる。それまで我武者羅に繰り返す練習を重ね、考えなくても反射神経で弾けるようになることばかりを目指して恐怖に打ち勝とうとしていたが、音楽を理解することによって色々明白になると言う事実に目覚める。 (曲:ショパンの協奏曲2番) 七章目:「反知性主義(原因3.何故私は反知性主義になったのか」 時間をさかのぼって、なぜ自分が反知性主義にここまで染まったかを再考。13歳でジュリアードに受かり、急に技術性の高い曲で他の生徒と競争する立場に。理解する余裕も無く音を正確に弾きこなすことだけに必死になる。周りも似たように「質より量」の練習に追われている。音楽学校では実技が重要視。授業は最小限。誰も勉強しない。次第に演奏家はサル芸になってくる。英語のハンディもあり、私はまさにこの歯車に巻き込まれていた。 (曲:ラフマニノフの協奏曲2番) 八章目:「反知性主義(原因4:音楽史に於ける反知性主義ー白人男性優勢主義)」 反知性主義に打ち勝ち、自分の音楽に自信を持つために学校に戻る。博士論文のリサーチを進める中、反知性主義には歴史的背景があることを知る。カント・へ―ゲル・ショーペンハウアーなどのドイツ理想主義者たちが音楽に課した理想は抽象的。禅の『悟り』な様な、到達が非常に難しいとされる域へのゲートウェイとしての交響曲・弦楽四重・そしてピアノ・ソナタと言った抽象的な器楽曲。これらは歌詞も無く、舞踏曲でもない。観念的な「美」を追求するための社会的目的を持たない美術である。「分かればエリート、分からなければ...」まさに裸の王様の様な試金石。そしてその延長線上で、劣勢人種ー例えば女性や有色人種ーには音楽は理解できない、できるのは霊媒者の様に自分には理解しえない音楽に仕えるだけ、と言うメッセージが、意識下でクラシックの業界に今日に至って蔓延していた。急に自分の葛藤や、受けてきたセクハラが、理解できる。 (曲:ベートーヴェン「ハンマークラヴィア」、メシアン「Colors of the Celestial City」) 九章目:「白人男性優勢主義に片を付ける。(方法論4:命の危険にさらされる。方法論5:コミュニティーを実感する。)」 オンラインで出会ったハンサムで体格の良い白人男性。彼は実は連続結婚詐欺師だった。精神的虐待とストーカー行為を受けて離別した後、コミュニティーの多大な支援を受けながら刑事責任追及。逮捕に成功して自信と勇気を取り戻す。同時に自分がいかに「白人男性に救われたい」と言う偏見とステレオタイプに惑わされていたか、気が付く。私を親身になって助けてくれた人はほとんどが有色人種か女性か両方だった。人と言うのは助け・助けられることが一番幸せだと思う。白人男性優勢主義者たちの「美」や「崇高」のために音楽を追求するではなく、人のために音楽を役立てたいと思う。 (曲:シューベルト作曲リスト編曲『糸紡ぎのグレットヒェン』、ショパン『幻想即興曲』) 十章目:「ヒーラーとしての音楽活動(方法論7:はっきりとした目的意識)」 音楽の脳神経学的効果と言うのをデータ化する研究に携わる。音楽には治癒効果がある。生態学的にはもちろん、社会的効果も高い。音楽を通じて一体感を味わうのは、時空を共有すると言う実感、共感すると言う快感を社会にもたらしてくれる。私は音楽を使った社会運動家となるべく、これからも正直にわが道を信念を持って歩み続ける。 (曲:リスト『愛の夢』) 月・火と缶詰で書き続けた後、水曜日はアメリカは祝日でした。独立記念日、Independence Dayです。 ハイキングに行きました。アメリカは広い!海も山も近所にあります。 そして3年前の独立記念日は野の君と出会った日。もう一つの記念日でもあります。 夜は2人で山の上から花火を見ました。 それぞれの繁華街がポンポンポンポン景気よく花火を上げているのを高台から見まわしながら、アメリカと言う国と理想、その「独立記念日」の意味、そしてその理想の影で抑圧にあえいで来た人たち、理想と現実のギャップを縮めるために日々努力を続ける人達などに、思いを馳せました。夕焼けの中で始まった花火はいたるところで何時間も上がり続け、これは誇示か虚勢か、何なのか…(花火って一発いくらだったっけ?毎秒いくら、今花火に消えているんだろう?)とちょっとへそ曲がりな事も考えました。 気が付いたら一日で16キロほど歩き回っていました。
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昨日・今日と、学会に出席していました。 Music Industry Research Association(音楽産業リサーチ協会)主催の学会です。主に経済学者がデータ解析で音楽産業の傾向や将来、問題と問題の解決法などを協議する学会でした。面白かった! 今回の学会のラインアップはここで見れます。https://themira.org/2018-program MIRAのHPはここ:https://themira.org/ RIAA(Recording Industry Association of America)の弁護士とかデータ分析の人とかNEA(National Endowment of Art)のデータ分析の人とか、プリンストンの教授、オバマ婦人の首席補佐官だった人(ミシェルオバマは男女平等やアメリカの子供の肥満問題など、色々活動的だったので)など、ものすごい人たちが次々と発表しました。 例えばこんなデータ。 アメリカ人一般で職場人種差別を受けたことがある、と答える人は男性が16.9%、女性が11.1%。ところが、アメリカで音楽家として生計を立てている人(内、クラシックは約35%)に同じ質問をすると、男性が24.4%、女性が26%と一気に増えます。さらに同じグループの一般人にセクハラを受けたことがあると答える人は男性が11%、女性が42%。そして音楽家のグループでセクハラを受けたことがあると答える人は男性が16.8%、女性が67.1%! このデータが発表されたときは、「このまま自分の本に使える!」と非常に嬉しくなりました。それに、自分が主張しようと勇気を出して頑張っていることが、自分の妄想ではなかった、と言う確認が取れたような気持ちにもなりました。 性差別、そしてセクハラ問題と言うのは、特に音楽産業に多いと言うのは私の主観ではなかった! しかし、なぜこうなるのか。なぜ音楽にセクハラ・パワハラは多いのか? 一つに、音楽産業ではギグ・エコノミー(英語ではGig culture::単発や短期の仕事を受注してフリーランスする労働形態)が蔓延している。こういうやり方だと、人事部のように働き手の保安を組織的に管理できない。したがってギグをする働き手は弱い立場に置かれる。 もう一つは、音楽産業では夜遅く仕事をすることが必然。そうするとお酒や、時には麻薬などの使用も多くなる。そういう付き合いが悪いと仕事がゲットできない、と言う現状がある一方、お酒などが入るとセクハラの被害に会う確率が増えると言う現状もある。 そして最後に、産業内では権力を持つ立場ほど男性が多くなる。女性は立場が弱いフリーランス演奏家として仕事をしていることが多い。権力が大きくなる立場(例えば指揮者や作曲家やマネージャーやプロデューサー)ほど女性が少なくなる、とかいろいろ面白いデータが次々と出てきました。男女比がここまで極端な産業は、今の世の中では珍しいそうです。 セクハラではないけれど、音楽産業のパワハラを描いた「Whiplash(邦題「セッション」)と言う映画。いつも音楽でのセクハラ・パワハラ問題を考える時に思い出してしまいます。 他に「著作権侵害の経済的ダメージ」とか、「ダフ屋はなぜ儲かるのか?」とか、「ストリーミングの経済的影響」など、データ分析を使った発表が多かった。 色々面白いことが沢山あったのだけれど、いくつか箇条書き。 1.クラシックはかなり例外扱い。でも経済的貢献はクラシックは非常に大きい。 2.ポップスのスターはクラシックよりもずっと儲かってるんだろうと思っていたけれど、そうでも無いらしい。Anthony Improgoと言う人がびっくりするくらいオープンにどれくらい儲かっているか話してくれた。この人はソチオリンピックのテーマ曲とか、テレビシリーズのテーマソングとかも作曲した人だけれど、広報担当の人とかマネージャーとかレコードレーベルとかいろいろなところに搾取されて、手取りは非常に少ない。面白い。 3.テクノロジーに進化が音楽産業にもたらす影響は経済だけにとどまらず、計り知れない大きさ。もっとテクノロジーがこれからどういう風に発展するのかを見極めて、自分の活動の将来性を上手く計算しなければ。ストリーミングと言うものをもっと勉強しなければいけない。 そして、色々面白い人に沢山会いました。ごはんもなかなか美味しかった!
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木・金・土・日と4日続けて、踊ってきた。 踊り始めて2か月目にして完全にハマってしまって居る同僚のピアニストに強く誘われて、とりあえず一緒に木曜日にクラスに行った。そしたら「週末スペシャル!一括で払えば金・土・日とクラスにもダンスパーティーにも参加し放題!」と言うのがあってついつい払ってしまったのだ。貧乏性なので、一度払ったとなると「元を取らねば」と言う執念もあり、かなりの忙しさ・眠さの中を、頑張って毎日通ってしまった。 このダンスクラスは、タンゴ、サルサ、バチャダなど南米のダンス専門。ビートに乗って骨盤を動かしながら踊る。初心者のクラスで、男女組まずに全員鏡を向いて練習した時はかなり楽しく、にかにか笑いながら汗だくになって動き回ってしまった。確かにリズムに乗って、周りと一緒に体を動かすのはとっても楽しい。脳みそからなんか出てくる感じ。 元々、ダンスをやれば音楽にもっと新しい感性が持ち込めるのでは、とかねがね思っていたこともあり、まきこ頑張った! しかし、こういう南米ダンスはもう描写できないくらいセクシーなのです。 もうどうしよう!と言う感じ。非常に恥ずかしい。強制的にクラスの男性一人ひとりと組まされて、初対面の人と体をぴったり合わせてくねくねするのは、なんとも言えぬ照れくささ。でも、クラスに参加する老若男女全員、みんな非常に心の広いやさしい人たちで、もたもたと不器用な私をおだてまくって褒めまくって、何とか乗せてくれました。私があまりに不器用な時は、私のネックレスまで兎に角褒めまくり。面白い文化体験だった。 5分毎にパートナーを変えるので色々な男性と踊ることになるのですが、結構面白い。うまい・下手、だけではなく、心配りの仕方がみんな違う風に表れるのです。みんなまず、自分がうまくなることに必死で、邪念が無い。そして、男性は女性を上手くリードすることも「うまくなること」の一部なので、一生懸命やってくれるのですが、それがそれぞれ違う風に表現されるのです。上から目線で色々教えてくれるけど実践がいまいちの男性もいれば、褒めまくりながらちょっとした手首の動きや背中の支え方などで(次どうだっけ...?)ともたつく私の体をさささっとうまく正しい方向へ導いてくれる人も居る。ただ単に経験値や腕前だけではなく、これは自信と意思の強さ、そしてやはり性格?人間性? そして、それぞれの先生の教え方からも色々学んだ。 私は人を教えることの方が、教わることよりも多い立場です。しかも、自分が初心者だった時の事をあまり覚えていないのに(3歳でレッスンを始めたので)、初心者を教えることも多い。そして残念な事に、初心者にどう接するか、と言う勉強をする機会はあまりない。しかし今回のクラスで色々分かった。 1.必死になっている人に、理論や概念を説いても、あまり意味がない。 ...当たり前、でしたね。でもよ~く肝に銘じた。 2.褒めるのは重要。 初心者は自分ができてないことで内心すごくしょげていたりする。褒めまくり作戦は結構重要。 3.笑わせるのは重要だが、あまりジョークばかりかますと、向上心を削いでしまう。 初心者だけど、先生にまじめに接してもらいたいと言うプライドがあるんです。 4.初心者はとにかくやってみたい。 何を説明されても実感が伴わないので、兎に角実践とデモンストレーションが重要。 最後に。 教えている先生たちはかなりハイレヴェルで、コンクールとかでも賞を沢山取っているような人たち。そのこだわりと質向上の執念から来る気負いは、同じパフォーマーとして、良く理解できるものでした。でもこのダンサーたち、無料で踊ることになんの反発もない感じ。とにかく楽しくてたまらない感じ。そして、発表会のような形で色々な分野のダンサーたちと一曲ずつ踊りを披露して、本当に5分とかの短い時間だけでも一生懸命、本当にきらきらと楽しそうに踊って、「見てくれてありがとう!」と言う感じ。収入はたぶん教えることで得ているのでは?クラシックとはかなり違う経済構造。 色々考えさせられました。 それから、楽しいことをしていると、他の事にも積極的に成れる。ものすごく忙しい一日を終えて、普段ならもうダレ~っとして使い物にならないときでも(ダンスのクラスに行かなきゃ!)と思うと、疲れていることも忘れて動き回り、汗をかいてすっきりして、帰ってきてメールを大量に書いたりできる。不思議。趣味は本当に必要なんですね。 ダンス、続けようかな~。非常に迷っています。楽しいけれど、自分のコンプレックスとどう向き合うか...
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帰ってきて3日目。 肌寒い。朝夕は長袖のカーディガンが欲しい。涼しくて過ごしやすいが、日本と随分違うぞ!朝起きたら喉が痛かった。要注意。 時差のあっても夜はぐっすり眠れているのだが、朝型の私には珍しく朝いつまでもとろとろと寝ていたい。目の周りにはパンダの様な隈。疲れも隈も早く取れてくれ~。午後は異様な眠さ。生産性は一時放棄して、ずっと見ようと思っていた映画「ガス燈」(1944)を見る。 イングリッド・バーグマン主演で、多くの人が傑作とする古典映画だが、この映画は心理学的にも大事らしい。「本当は自分は加害者ではなく、こんなに良い人なのに、お前の被害妄想や狂気のために糾弾を受けて自分が被害を被っている」と言うのは、虐待の加害者が良く使う手らしい。被害者の意識を操作して加害者が保身を図るためのこう言う論理を「ガスライティング」と呼ぶのは、この映画が基になっている。しかし眠気と戦いながらの映画鑑賞は映画には申し訳なかったが、授業中でもなんでも(寝てはいけない)と思いながらとろとろと一瞬寝てしまう時、何であんなにも気持ちが良いのだろう。 そんな中、友達がありがたいことに色々誘ってくれる。今日は最近踊りにはまっていると言う同じくピアニストの友達にダンスのクラスに誘われた。片道一時間半の遠出だが、超有名なインストラクターのクラスが格安で受けられると言う。ブラジルのZoukと言うスタイルのダンス。 楽しそうだが、出発が午後半ば、帰りが真夜中近くと言われる。ここで体動かして気分転換して、すっきり時差が取れるかも!?と言う希望的観測で興奮する自分がいる一方、(いやいや、この隈は寝てしか直せないでしょ)と戒める自分が最終的に勝つ。すごく行きたかったけど。こういう風に誘ってくれる友達がいるのは嬉しい。 残った理由の一つにはずっと同じ演目を弾いてきて、そろそろ新曲を練習したくてうずうずしていた、と言うのもある。今回の「恋するピアノ」はシューベルトを中心とした歌心を大事にする音楽的な曲が多かった。そのバランスをとるかの様に、今の私は激しく、肉体的・打楽器的な、リズミックな曲が弾きたいのだ!今、私の頭の中でずっとなっているのはこの曲! 新曲を練習始めるのは、楽しい!ワクワク。 そしてずっと保留になっていた本の執筆も今日、再会。かなり良い調子でぐんぐん進む。 時差のせいで、朝型の私が夜になると目がギンギンに冴えてくる。しかしもう11時半!寝なければ隈がいつまでも消えず、朝がいつまでもつらい...寝るぞ!
