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夏に帰国した際にお邪魔して2時間の演奏を鑑賞していただいた群馬県薄根中学校から感想文集が送られてきました。 先生が文集にしてくださった色々な手書きのお手紙を読んでいると、その筆跡からそれぞれの生徒さんの声が聞こえてくるようです。 表紙にも裏表紙にも可愛らしい絵が描いてあります。 そして、随分と個性的な表現が沢山...! 「音に角が無くて、まるでなめらかなプリンを口に入れた時の感覚...」面白い! さらに「体が自然と落ち着くような気持ちになった。きっと音楽と言うのは好きと言うのを忘れるくらい、私たちにとって大切なものなんだな、と思いました」…すごい! 沢山の生徒さんが「生のクラシックは初めて」と書いてくださいました。そして「外国に興味を持った」とか「音楽で世界に通じられると言うのはすごいと思った」など。 数か月前に、体育館でみんなが20分のシューベルトのソナタに身じろぎもせずに聞き入ってくれたことを思い出しました。私の方が勇気づけられる思いで、読みました。この文集は大切に取っておきます。 薄根中学校の皆さん、ありがとうございました。
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自分が今まで培ってきた音楽の技術と知識、そして一般的な世界観をどのようにしてこれからの人生で有効利用するか。色々模索していますが、その一連で今日はLAのスキッドロウと言う有名な貧困地区にあるホームレスシェルターでボランティアをしてきました。このシェルターで将来演奏会をするかも知れないからです。その話しを持ってきてくれたのは、この人です。 このTed Talkで話しをしているVijay Guptaが率いるStreet Symphonyと言うNPOが演奏会を月に一回行っているのがこのホームレスシェルター:The Midnight Mission. 約750人の老若男女の元ホームレスたちに教育とカウンセリングと衣食住を提供し、自立への道を支援する、と言うシェルター。入るためには審査があり、入ったらシェルターの提供するプログラムに沿った生活をします。 正規の雇われているキッチンスタッフは5人。残りはボランティアに頼って750人を賄います。 10時半ごろ現地に到着し、まずそこの視察やプログラムの説明を受けてからキッチンに入り、昼食の準備。人手が足りない。更に、食材が廃棄処分直前の大手スーパーなどからの寄付なので、食べられる部分と食べられない部分の仕分けに余分なひと手間がかかります。一度キッチンに入ったらもうトイレに行く暇も、水を飲む暇もない位の天手古舞です。 一時間ほど、大きな段ボールひと箱のプチトマトをかろうじてまだ食べられるものと絶対に食べられないものに分けて、食べられるものを水洗い。さらに袋詰めになったサラダ菜と人参の千切りを巨大なゴミ箱のような大きな容器に兎に角空けて行く。そして先ほどのプチトマトとドレッシングと、ひたすら雪かきのように混ぜる。それから大量のご飯を工場の様な巨大炊飯器からシャベルで救い出して、大きなバケツに空けて行く。 気が付いたらすでに昼食開始の時間。まず、車いすで自分で食事を取りに行けない人のための給食をお盆に作って、持って行ってあげます。今日の献立はご飯の上にメキシコ風の煮豆をかけたもの、サラダ、コーンドッグとホットドッグ一つずつ、そしてドーナッツとリンゴです。一人90セント(約100円)の予算の割には、思ったより充実!? しかし、コーンドッグとホットドッグはその後まもなく底をついてしまい、その後ブリトス、タキトス、そして最後はピザと、いかにも出来合い・インスタント食品のオンパレード... そして気が付いたら長蛇の列が大きなカフェテリアの壁4面の全てにへばりついています。それからは今度はただ単にドーナッツを配り続ける。砂糖漬けの様なドーナッツは今砂糖断ちをしている私は見ているだけで当てられそうです。段ボールの底には砂糖が結晶になっていて、ドーナツを引っぺがすと、半分くっついて残ってしまいます。 色々な人がいます。全く普通に見える人。とても陽気な人。体から異様なにおいがする人。目を合わせない人。「ドーナッツ要りますか?」と確認してから上げているのに、上げたら不満そうな顔をして投げて返してくる人。嬉しそうにしてくれる人。お礼を言ってくれる人。 ボランティアしている人も色々な人がいます。隣でサラダをよそっていた人はラテン系の人を見かけるとスペイン語で話しかけ、ポケットに持っていた辛いソースを振舞ってすごく喜ばれていました。私が東洋人にお醤油を提供するのと同じ感じかな?ホームレスの人に「東洋人?」と言う人は2、3人しかいませんでしたが…そういえばボランティアも東洋人は私一人でした。後は割と当分に白人・黒人・ラテン系と言う感じです。年は20代半ばから70代くらいでしょうか? 「ドーナッツもう一個頂戴」と言い続けるおばあさんに3個目を上げても本当に良いのかどうか非常に迷って居たら、私の隣でリンゴを配っていたDavidが「麻薬などの禁断状態にある人は甘いものとか体に悪いものしか食欲を示さない人も居る。上げなさい。」と忠告してくれました。 Davidは20年パナマ紛争の時から色々な戦争で戦った退役軍人です。PTSDのためにアル中になり、つい最近アルコール中毒を克服。以来ほぼ毎日午後は正午から6時までボランティアをしているそうです。「人を助けていると言う実感が気持ち良い」のだそうです。 新しい世界が広がりました。 下の写真は先週出かけたStreet Symphony 主催のこのホームレスシェルターの演奏会です。今日は忙しくて写真を撮る暇もなかった。
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7月28日(土)から8月4日(土)まで一週間、US-ジャパン・リーダーシップ・プログラム2年目のデリゲートとしてシアトルでの集会に参加して来ました。http://usjlp.org/ US-ジャパン・リーダーシップ・プログラムは米日財団のフラッグシップ・プログラムです。国交間の親善は個人同志の友情を育むことで一番意味のある関係性を発展させることが出来ると言う信念の基、2001年から開始されて今年が19年目。10~15倍の審査を通った各分野のリーダー達は二年間、夏の一週間をこのプログラムのため、奇数の年は日本、偶数の都市はシアトルで、同じ屋根の下で同じ釜の飯を食しながら一週間を過ごします。アメリカ側から20人、日本側から20人、男女比もまったく同じの計40人ですが、専門分野は本当に多様。活動は大きく分けて三つ:協議、体験、そしてアフターアワー。協議は真面目にやりますが、体験とアフターアワーはみんな大はしゃぎに羽目を外して、友情を深めます。 1.協議:政治、軍、メディア、テクノロジー、医療、企業、起業、慈善事業・社会活動、宗教、研究、教育、そして芸術。全く違った背景・視点から、社会問題や将来への展望について協議します。 今回協議した主題をリストするとこんな感じです。 Erosion of Truth and Trust and the Implications for Democracy(真実と信頼の浸食と民主主義への意味合い)情報の大量化と多様化につれ、視聴者側一人一人の責任と言うことが重要性を増してくる、と言う結論。 Partnering for a Safer World(より安全な世界を目指しての協力)テクノロジーの進化に連れ、個人の尊厳・人権が今までになかったスケールややり方で脅かされている。中国の脅威、アフリカの情勢不安、さらにそんな中、グローバルな伝染病の流行を防ぐために今、何ができるのか。 Upheaval in the Indo-Pacific: Strategic Prospects for the U.S. and Japan in Unprecedented Times(激動のインド-太平洋:米日の協力体制と計画)今のアジア国際情勢の中での日本とアメリカ軍と安全保障。 Boom or Bust?Predictions for a Changing Economic Landscape(繁栄?崩壊?これからの経済はどう変わるのか?) Gender, Diversity, and Inclusion in the Wake of the #MeToo Movement(#MeToo の時代に論じるジェンダー、人材多様化、など) The State…
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今年も始まりました。私は去年の京都―広島ー東京での会に続き、2年目。http://usjlp.org/ 偶数の年はシアトルが会場です。 米日財団の会長のGeorge Packard氏の開会の挨拶で、国交間を個人と個人の友情でより強くする、と言う会の趣旨に関するお話しがありました。シアトル市長からのヴィデオメッセージの後、お夕食のご馳走をシアトルと西海岸を見下ろす素晴らしい会場で頂きながら、一人ひとり自己紹介します。政府関係者、軍関係者、NPO, 国連、医療関係、教育関係、そしてAirB&B, Facebook, Uberのトップも来ています。 私は自分の培ってきた音楽観、人生観、ピアノの技術、知識、世界中を旅した経験などをどのように効果的に世界の役に立てられるか、ヒントを得たい、と言う気持ちでここに居ます。 眠い!この会では毎晩、夜を語りあかしてしまいます。 もうカボチャです。でもこのような会に参加させていただける光栄への感謝と心意気を記したかった。
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月曜日・火曜日と缶詰になって6000文字ほど書きました。寝入りばな、起き掛け、トイレ、シャワー、料理中、練習中...ありとあらゆる時間に新しいアイディアが沸いてきて、その度にコンピューターに呼び戻され、結局なんだかんだで一日中書いています。構造が出来上がって、最初と中途と最後がもう書けているので、あとはどんどん骨組みに肉付けをしていくだけ。今までは暗中模索で書き進めていましたが、ここからは一気に書き上げます。 こうして日本語でブログを書いていると、英語でずっと書いていた脳みそが何となくバランスが取れてくる感じ。 ちょっと日本語で、骨組みを書いてみます。仮に題して「ベートーヴェンは裸だ!」 イントロ:大きな概念の紹介(音楽は喜びでなくてはならない。19世紀ロマン派の「音楽=苦しんで到達するもの」は多大な影響を持つが、これは裸の王様。私は「王様は裸だ!」と叫ぶ子供になりたい) 第一章:「きっかけ:ハンガリーでの暗譜忘れ」 2001年協奏曲の演奏途中で頓挫。それをきっかけにそれまで直視を避けてきた自分の舞台恐怖症と向かい合うことになる。15年と言う歳月を要したが、私はどうやって舞台恐怖症を克服したのか。 (曲:ショパンの協奏曲2番) 第二章:「数日後の成功、ノースカロライナ州:(方法論1.Power Pose。はったり)」 ハンガリーでのトラウマの後5日目。同じハンガリーのオーケストラとの再共演で、舞台恐怖症を制覇して成功を収める。なぜそういう事が可能だったのか。 (曲:ショパン「24の前奏曲」、ベートーヴェンの協奏曲五番「皇帝」) 第三章:「有名と無名のはざまで:(原因1.セクハラと孤独)」 舞台恐怖症になってしまった理由は複雑。一つには、世界に於ける自分の場所についてどう考えたら良いか分からず、不安定になったことがある。独奏者としてスポットライトと満場の拍手喝采を受ける。翌日伴奏者として、自分と目も合わさない生徒たちを伴奏して生活の糧を稼ぐ。そのギャップ。更に、演奏の機会をくれ、評価してくれているかの様に見えた教師やマネージャーに、口説かれてしまう。評価されていたのは自分の音楽ではなかったのか?自分の音楽に価値はあるのか?20代にして自信が無くなる。 第四章:「ツアー:(方法論2.Exposure Theory:場数を踏む、方法論3.過度な練習を辞める。方法論4.イメージトレーニング)」 セクハラ交渉の土壇場で、ツアーする羽目に。恐怖で肉体的症状を発するが、共演者の励ましを得て場数をこなすうちに、毎晩同じ曲で本番を迎えるツアーが実は最高のセラピーだと気が付き始める。 第五章:「マネージャー:(原因2.セクハラとパワハラ)(方法論5:自分に正直になる)」 マネージャーから演奏会のキャンセル、ビザ剥奪、契約破棄などを脅迫され悩む。その過程で、本当に大事なのは自分が自分をどう見ているかと言うことだけだ、と気が付く。自分と自分が提供している音楽が完全に正直であれば、周りにどう評価されようと堂々としていられる。 第六章:「音楽を理解する:(方法論6.音楽を分析する)」 ツアーで共演した指揮者に舞台恐怖症を告白する。すると次の日から毎日バス移動中に音楽の分析法を教えてくれる。それまで我武者羅に繰り返す練習を重ね、考えなくても反射神経で弾けるようになることばかりを目指して恐怖に打ち勝とうとしていたが、音楽を理解することによって色々明白になると言う事実に目覚める。 (曲:ショパンの協奏曲2番) 七章目:「反知性主義(原因3.何故私は反知性主義になったのか」 時間をさかのぼって、なぜ自分が反知性主義にここまで染まったかを再考。13歳でジュリアードに受かり、急に技術性の高い曲で他の生徒と競争する立場に。理解する余裕も無く音を正確に弾きこなすことだけに必死になる。周りも似たように「質より量」の練習に追われている。音楽学校では実技が重要視。授業は最小限。誰も勉強しない。次第に演奏家はサル芸になってくる。英語のハンディもあり、私はまさにこの歯車に巻き込まれていた。 (曲:ラフマニノフの協奏曲2番) 八章目:「反知性主義(原因4:音楽史に於ける反知性主義ー白人男性優勢主義)」 反知性主義に打ち勝ち、自分の音楽に自信を持つために学校に戻る。博士論文のリサーチを進める中、反知性主義には歴史的背景があることを知る。カント・へ―ゲル・ショーペンハウアーなどのドイツ理想主義者たちが音楽に課した理想は抽象的。禅の『悟り』な様な、到達が非常に難しいとされる域へのゲートウェイとしての交響曲・弦楽四重・そしてピアノ・ソナタと言った抽象的な器楽曲。これらは歌詞も無く、舞踏曲でもない。観念的な「美」を追求するための社会的目的を持たない美術である。「分かればエリート、分からなければ...」まさに裸の王様の様な試金石。そしてその延長線上で、劣勢人種ー例えば女性や有色人種ーには音楽は理解できない、できるのは霊媒者の様に自分には理解しえない音楽に仕えるだけ、と言うメッセージが、意識下でクラシックの業界に今日に至って蔓延していた。急に自分の葛藤や、受けてきたセクハラが、理解できる。 (曲:ベートーヴェン「ハンマークラヴィア」、メシアン「Colors of the Celestial City」) 九章目:「白人男性優勢主義に片を付ける。(方法論4:命の危険にさらされる。方法論5:コミュニティーを実感する。)」 オンラインで出会ったハンサムで体格の良い白人男性。彼は実は連続結婚詐欺師だった。精神的虐待とストーカー行為を受けて離別した後、コミュニティーの多大な支援を受けながら刑事責任追及。逮捕に成功して自信と勇気を取り戻す。同時に自分がいかに「白人男性に救われたい」と言う偏見とステレオタイプに惑わされていたか、気が付く。私を親身になって助けてくれた人はほとんどが有色人種か女性か両方だった。人と言うのは助け・助けられることが一番幸せだと思う。白人男性優勢主義者たちの「美」や「崇高」のために音楽を追求するではなく、人のために音楽を役立てたいと思う。 (曲:シューベルト作曲リスト編曲『糸紡ぎのグレットヒェン』、ショパン『幻想即興曲』) 十章目:「ヒーラーとしての音楽活動(方法論7:はっきりとした目的意識)」 音楽の脳神経学的効果と言うのをデータ化する研究に携わる。音楽には治癒効果がある。生態学的にはもちろん、社会的効果も高い。音楽を通じて一体感を味わうのは、時空を共有すると言う実感、共感すると言う快感を社会にもたらしてくれる。私は音楽を使った社会運動家となるべく、これからも正直にわが道を信念を持って歩み続ける。 (曲:リスト『愛の夢』) 月・火と缶詰で書き続けた後、水曜日はアメリカは祝日でした。独立記念日、Independence Dayです。 ハイキングに行きました。アメリカは広い!海も山も近所にあります。 そして3年前の独立記念日は野の君と出会った日。もう一つの記念日でもあります。 夜は2人で山の上から花火を見ました。 それぞれの繁華街がポンポンポンポン景気よく花火を上げているのを高台から見まわしながら、アメリカと言う国と理想、その「独立記念日」の意味、そしてその理想の影で抑圧にあえいで来た人たち、理想と現実のギャップを縮めるために日々努力を続ける人達などに、思いを馳せました。夕焼けの中で始まった花火はいたるところで何時間も上がり続け、これは誇示か虚勢か、何なのか…(花火って一発いくらだったっけ?毎秒いくら、今花火に消えているんだろう?)とちょっとへそ曲がりな事も考えました。 気が付いたら一日で16キロほど歩き回っていました。
