• 5月21日(月)は夜19時から、足立区のわたなべ音楽堂「ベルネザール」で「恋するピアノ」。 月曜日の夜...と言うことでお客様の集まりが心配でしたが、幸いご近所の方々、わたなべ音楽堂の渡辺ファミリー、そして私のお友達・音楽同志が集まってくださり、アットホームな素晴らしい会となりました。 一人ひとりの表情を見ながら、対話的に音楽を弾き進めていける会って理想ですよね。興行として成功することを考えなければ、歴史的なサロンはみんなこうだったのですからこの方が良いです。 お客様の息遣いが手に取れる、そしてその感動を次の音、和音、そして自分自身の呼吸に活かせる。 演奏冥利の瞬間です。 ピアノはヤマハ。 ホールは高い天井、柔らかい木材、そして包み込んでくれる暖かい残響が、手造りの教会を想像させる空間。 ウィーンでピアノをお勉強なさったお嬢様のためにお家にあった事務所を改築されて作られた音楽堂。 駅から少し遠いのですが、芸大などが学校の行事などのために使用もする本学的音楽空間です。 http://watanabeongakudo.la.coocan.jp/

  • このブログのタイトルに「通し稽古のふくしゅう」と打ったら漢字変換が「復讐」と返してきた(笑) レヴェンジと言う意味では「復讐」でも良いのかな? 日本への出発がもう一週間後に、そして日本での最初の演奏会が10日後に迫てきました(ワクワク)   最初の演奏会は千葉県の佐倉駅南口から徒歩0分の「カフェ・ド・パリ」さんで17時開演。焼きたてクロワッサンと香ばしいコーヒーが出るライヴハウス。私も初めての会場です。https://www.croissant-and-coffee.com/ 17日に成田着で、19日の「カフェ・ド・パリ」。 そして一日中日を置いて、21日に東京都足立区にあるわたなべ音楽堂で19時開演。http://watanabeongakudo.la.coocan.jp/ 翌日群馬に移動! かなりの強行軍に対応するためには、しっかり準備!       ...と、言うことで昨日の朝はアマチュアピアノ愛好家の皆さんの前で通し稽古をしてきました。 ホストしてくださった方はHIVウィルスの細胞の増加を抑える研究をされていた引退した学者さん。引退後はピアノと音楽にフルタイムで情熱をかけられています。練習、レッスン、受講、リハーサルとスケジュールが音楽でびっしり!素晴らしいブーゼンドルファーが絶景の窓たちに囲まれた居間に座っています。昨日のためにわざわざ調律師さんまで呼んでくださって、準備してくださっていました。集まられたのは、近所のピアノの先生たち。「日本について行きたい!」と演奏後は大きな拍手で皆さん応援してくださいました。 さて、最初の通し稽古を経て学んだこと。 1.新しいピアノや音響でいつもの自分の演奏をするためには、もっとしっかり音や曲のイメージを確立。特に歌曲の編曲はもっともっと歌詞の勉強をする。 2.ピアノに慣れるための試弾の際、どのパッセージをどういうルーティーンでこなしてそれぞれのピアノや音響に慣れるのか、これも前もってしっかり確立。 3.特に「糸を紡ぐグレートヒェン」と「魔王」で、難所の演奏はやはり練習より体に力が入っている。意識して脱力。そして息に集中。どんなに難しくても呼吸は平常に。かすかにほほ笑むと筋肉が緩む。それから難しいパッセージ担当の手と反対の手に集中する。 4.ソナタはやはり長丁場。練習の時のペース配分は大分つかめてきたが、本番はやはり最初で張り切って途中で疲れてしまう。頭が飛んだ状態で、あり得ない間違えをして、慌てて集中を戻す、と言うことが何度かあった。これを避けるためには:  歌曲と同じくらいイメージを確立させる。どの箇所でどのイメージに集中するのか。  難所はソルフェージュとか、和声分析、片手練習、動きの振り付けなどで徹底的に理解。  楽章と楽章の間、どのように呼吸とイメージで頭の中の音世界を瞬時に切り替えるのか、作戦を練る。  「分かれ道」の箇所。どの音から変化が生じるのかをしっかりと把握。   こうやって書き出すと、練習の励みになります。頑張るぞ~。 5月26日(土)13時半開演の群馬県みなかみ町カルチャーセンター、そして6月1日(金)19時開演の山梨県上野原市のもみじホールもよろしくお願いいたします。    

  • 私の日本出発も10日後に迫ってまいりました。毎日楽しみに準備しています。 今年の演奏会テーマは「恋するピアノ」。主にシューベルトの作品を中心にしています。 「歌曲の王様」と言うあだ名を持つシューベルトの「アヴェ・マリア」「糸紬」など、特に有名な歌曲を中心に、前半ではのピアノ独奏用にリストが編曲した歌曲をご披露します。例えクイズ形式で、二つの「愛」をテーマにした曲を演奏して、一つは人類愛、一つは男女間の愛を歌っていますが、さてどっちがどっちでしょう!?とやってみたり。お客様参加型で楽しいクラシック体験を提供できれば、と今からワクワク計画を練っています。 前半で強調したいのは、メロディーとは何か、と言うことです。メロディーと言うのは人間の感情や意思の伝達のための声の抑揚を体系化したものだ、と言うのが私の考えです。感情が高まれば声のピッチも高くなり、安定すれば低くなる。それを、この歌曲メドレーで実感していただければ、と思います。 後半ではシューベルトの死去数か月前の傑作、ピアノソナタ21番変ロ長調、D.960。全4楽章を弾きとおすと40分以上かかる大曲です。 これが、大まかな私の演目の流れです。 でもクラシックの演奏会様式に色々疑問を持っている私は、今年の帰国ツアーの際に試してみたいことがあります。それは、お客様からのリクエストを受け付けてみると言うことです。 お客様により積極的な姿勢で演奏会に参加していただく、体験型音楽会を押したい、と言うこともあります。 それから最近演奏会型食体験、と言うのがアメリカで話題になっているのを受けて、逆にレストラン型演奏会と言うのが可能か、実験してみたい、と言うのもあります。 演奏会型食体験と言うのはこうです。レストラン側は数週間前から、カレンダーでその日に提供されるメニューのコースを発表しておく。お客さんは予約の際に、その料金はもう払っている。そして、時間は限定。例えば6時に食事開始なら、お客様は演奏会のために集まるように6時の開始前にはすでに全員着席している。そして、コースはすべてのお客様に同時進行で配膳され、みんなが同じメニューを共体験する。それぞれのコースはメインシェフによってその材料、心、季節性などが説明されながら配られる。   この形式だとレストラン側は、材料や料理に無駄が排除でき経費削減できます。さらに、同じ料理を同じタイミング食べることでお客様側に連帯感が生まれる。 この発想を聞いて、私がじゃあ逆に演奏会をもっと自由な注文型にできないか、とおもって考えたのはこういう形です。まず、その演奏会で演奏可能な演目をあらかじめお客様にお知らせしておく。お客様に「この曲が生で聞きたい」と言うご希望を持ってご入場いらしていただければ最高です。そして会場で多数決などで、演奏する曲と、その順番などを進行型で決めていく、と言う方法です。                               下にその演目メニューを書き出します。私の演奏会にご参加ご予定の方々に多く読んでいただいて「これを平田真希子の生演奏で聞きたいな」と思って楽しみにご来場いただければとてもうれしいです。 大まかな流れ 前半「歌は感情伝達の声の抑揚の集大成」 どっちがどっち?「人類愛」vs。「男女愛」 リスト作曲「愛の夢(Libestraum)」(1850) 5分 シューマン作曲リスト編曲「献呈(Widmung)」(1840)4分 「歌曲の王様」シューベルトの有名歌曲 シューベルト作曲リスト編曲「アヴェ・マリア」(1825-1838/1876)6分 シューベルト作曲リスト編曲「糸を紡ぐグレートヒェン」(1814-1838/1876)5分 シューベルト作曲リスト編曲「魔王」(1815-1838/1876)4分 ここでリクエストや質問を受け付けます! 後半「大曲の中のメロディー展開」 シューベルト作曲ピアノソナタ21番変ロ長調、D.960 (1828)43分 第一楽章「モルト・モデラート」20分 第二楽章「アンダンテ・ソステヌート」11分 第三楽章「スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツォートリオ」4分 第四楽章「アレグロ・マ・ノン・トロッポープレスト」8分 アンコールにもリクエストや質問を受け付けます! お客様のリクエストに応じられる曲:テーマとの関連性 メロディーは世界共通語!? 「『サクラ』に恋するブラームス  ブラームス作曲「狂詩曲作品79-1」(1879)9分 ブラームス作曲「間奏曲作品116-2」(1892) 4分 「恋するベートーヴェン」 ベートーヴェン作曲「エリーゼのために」(1810) 3分 「苦しむ反逆児モーツァルト」 モーツァルト作曲「幻想曲」二短調K.397/385g(1782) 6分…

  • NYに来ています。 NYは私が13歳から20年近く過ごした、私の故郷の一つですが、今回の「帰郷」は一年ぶり。 8日の滞在を精一杯楽しむ!意識的に思っているだけでないのかもしれない。どうしても夜遅くまで目がさえ、朝早く目が覚めてしまう。 ワクワクしています。 体験型シアター「スリープノーモア」に行ってきました。 LAで同じく起業をしようとしているピアニストが「お願い!ぜひ行って来て!人生観変わるから」と強く勧めてくれたので、 かなり高額でしたがチケット購入。 「怖いからいかない」と同伴を断ったNYの友達の言葉にちょっとドキドキしながら、行きました。 シェークスピアのマクベスを基に、6階建ての1939年建築のホテルを改造して、役者を部屋から部屋へと追いかけながら体験する、と言う前知識と、「動きやすい服装と靴で来てください」「お客様には仮面をかぶっていただきます」などと言う観劇前日に来た劇場からの注意書き、そして私に熱狂的に勧めたLAの友達の言葉から大体の予備知識はありました。 体験型シアターと言うのは、私は他でも体験していました。 例えば、公園で行われたシェークスピアは、舞台転換ではなく、それぞれの場面にふさわしい公園の場所に移動して劇が展開され、観客はその間、役者について行って立ちっぱなしで観劇します。出番でない役者が必要に応じて、懐中電灯で進行中の劇を照らしたり、小道具をササっと出したりしていました。これは工夫が結構楽しかった。 ダンテの「神典」の時は何と、マンハッタンの一か所で落ち合って、役者について地下鉄の駅にぞろぞろ行きます。これが「地獄」への降下。そして地下鉄に乗って、他の何も知らない乗客も居る中、役者がとうとうとモノローグを演じて、目的地でみんなでぞろぞろと役者について行って、使われていない倉庫のようなところで、ヴィデオ・インストレーションとか、ライヴの音楽とか、などが「地獄」を演出する、と言う試み。この時は間延びがして、ちょっと観客同志で気まずい感じがしました。 ただ、こういう場合、どうしてもプロダクションや演技その物の質が失われる感が否めない。 今回は「儲け度外視でセットデザインも衣装も非常な投資をして製作され、役者も最高級」と言うLAの友達の言葉で更に好奇心が刺激されていました。「儲け度外視」!...このご時世で?私は今、起業をしようとしている中、利益を出しつつ、提供する音楽の質を妥協しない、と言うことの難しさに七転八倒しています。だから、ここが一番の見どころだった。 (警告:要注意!もうすでにチケットをご購入の方、またこれからスリープノーモアに行くのを楽しみにしている方々はお読みになられない方が良いかもしれません)           結論から言うと...ちょっと悲しい気持ち。まず、「儲け度外視」ではなかった。セットが「歴史的背景を重要視した調度品」で、芝居抜きでもインストレーションとしても博物館の様に楽しめる、と言う謳い文句だったのに対し、すべてが薄暗く、何もよく見えず、しかし数多くある剥製も触ってみると偽物。そして「儲け度外視」でお客様の体験を最優先にさせるのであれば、絶対入場数を半減すべき。仮面を被ったお客は傍若無人となり、役者を囲んでお互いを押しのけ、少しでもよく見ようとほとんどけんか腰。役者は接近してくる聴衆をかき分けながらなんとか演技を続行しようとして、お客にぶつかったりしている。 そしてシェークスピアなのに、役者は無言でパントマイムと踊りのみ。しかも演技も踊りもどっちつかずで、結果(私の意見では)どちらも最高級ではない。踊りやパントマイムだけでシェークスピアの新解釈を提示できないとは思わないけれど、このスリープノーモアではセックスと暴力シーンだけがハイライトされ、血まみれになった役者が殺し合いの組み合いを延々と続けたり、半裸・全裸の役者が茫然といつまでも踊り続けたりする。(しかし、素晴らしい体つきだった。女性はみんな、きれいだったけれどおっぱいが無くてびっくりしたが、男性は筋肉粒々で彫刻みたいだった。) 興行の難しさ。なぜ本物には正当な対価が払われると言う確信が無いのか?お客が悪いのか、資本主義が悪いのか? どちらも悪いのかも。仮面を被ることを義務付けられる3時間は無言でいること義務付けられるが、それが終わった後、周りのお客に聞いてみた。「どうでしたか?」そしたら「すごい!素晴らしかった!」と言う意見ばかり。「14回もスリープノーモアを見に来た友達に強制的に連れてこられたが、その訳が分かった!」などと。 エ~~ン(涙)

  • 5月16日ごろから6月11日ごろまで、今年18年目を迎える日本での演奏活動のために、また帰国します。 昨年の帰国からこっち、本の執筆、起業の計画など、新しいプロジェクトを沢山手掛けています。 なぜ、クラシックピアニストの私が起業をしようと思うのか。 もっと社会に関連性のある音楽創りがしたいからです。 音楽家として培ってきて経験や教訓や技術を活かしてもっと社会貢献がしたいと思うからです。 そして、すでに固定化されているクラシックの主流のシステムの中からでは改革を提唱することが難しいからです。 一度、起業と言う形をとって、クラシックのシステムの外に出て、外部者として外から音楽の新しい在り方を提唱する。 これが、私の音楽革命計画です。 私は音楽と言うのはコミュニケーションの手段だと思っています。 実際、音楽と言うのは言葉よりも先に出現した、と唱える考古学者もいます。 発生した音を同時に同空間で共に体感する。音楽を一緒に体験する。 これは、時間と空間を共有していると言う実感です。 そして、美しさを共に愛でると言う行為は結束を強め、社会平和を促してくれる、と信じています。 さらに私は音楽には治癒能力があると確信しています。 古代からヒーラーや祈祷師と言うのは、音楽を使ってきました。 最近の脳神経科学では、音楽の脳の活性効果、そして健康促進作用が盛んに研究をされています。 アメリカの牢屋では音楽療法や音楽教育、芸術鑑賞などで、犯罪者が出獄後、再犯で牢屋に戻る確率を下げています。 National Institute of Health(NIH:国立衛生研究所)は音楽の健康作用効果を研究する「Sound Health」を立ち上げました。 しかし、同時に私は、19世紀以降の演奏様式には問題意識を感じています。 クラシックの演奏様式は儀式的です。 舞台の上での演奏は一方通行で客席からは遠く、「楽しい交流」とは違う、厳格な雰囲気があります。 そして演奏会場に行く労力、チケット代の投資などを考えるとどうしても特別イベントになってしまいます。  さらに、音楽の効果が一番大きく表れる人々に演奏会場は縁が薄い社会構造があります。 脳が発達中の幼児、知的・精神的・肉体的ハンディがある人たち、自閉症の方たち、高齢者たち、などです。 「録音があるじゃないか」と思われるかもしれません。 しかし、録音は「死んだ音楽」「缶詰の音楽」です。 デジタル化された音楽を日常的に聞き、非人間的な完璧さ演奏を求める聴者と弾き手の間にはさらにギャップが生じます。 演奏者は完璧さを求められ、そのプレッシャーの下で聴衆を忘れ技術的完璧さの追求に追われてしまいます。 それを受けて聴衆は、誰が演奏しても同じ、同じ曲ならただで聞ける歴史的巨匠の録音の方が...と言うことになってしまいます。 一番効果が高い音楽は自然で交流型、聴衆参加型の音楽体験です。私がハンガリー狂詩曲の演奏の時、お客様と「交流型演奏」に成功した例をご覧ください。これには勿論、聴衆の協力が必要です。この時は曲を演奏する前にお客様との「リハーサル」を行いました。   音楽と音楽家を日常的に活用して、健康促進・幸福感倍増。共感と思いやりの充実する社会にしよう! じゃあ、一音楽家として私ができることは何か。 もっと一般社会人の日常に密接した音楽家と音楽の社会に於ける在り方を、体系的に提唱する。 非音楽家の能動的な音楽の楽しみ方と言うのを、実体験を通じてご紹介することで世の中に広めていく。 アイディア⓵ 音楽宅配サービス「音楽博士御用達!」 これについては以前ブログで書きました。音楽博士、御用達! アイディア② 「音楽博士引率!」アマチュア奏者の指導と応援 「音楽=特別な時に受け身で押し頂く完璧な演奏」と言う概念を払拭し、「音楽=日常的に行う楽しみ」と言う能動的な姿勢をアマチュア奏者を始め、鑑賞愛好家の間に広めるために、アマチュア・コミュニティーを始め、ママ友コミュニティー、学校などの教育機関・障碍者コミュニティー・高齢者コミュニティーに、プロの音楽家をどんどん送り込む。                 アイディア③「音楽博士コンサル」 音楽家と言うのは大抵世界中を旅し、色々な経験と修行を経て、一般の人とは少し違った視点・人生観を培っています。その視点を生かして、沢山の方々の色々なご相談に乗ってお役に立てたら。 勿論、「こういうテーマのイベントではどのような音楽がふさわしいか」と言うようなご相談から、「舞台恐怖症の克服法」「発達障害の子供のための日常的な音楽の使い方」など、色々一緒に考えさせていただきます。また、「今度、このような演目の音楽会に行くが、どうやったら一番楽しい体験をできるか、準備法を」なども大歓迎!演奏会にご一緒する「演奏会ツアーガイド」のサービスもご提供できます。 こういうサービスは、私は突発的に頼まれて行ったことは何度もありますが、ビジネスとして展開するためには市場調査、広報、値段設定と、課題はいろいろあります。音楽バカで今まで来た私にとっては未知の世界、新しいチャレンジです。いづれは音楽療法士、他の楽器奏者、さらにはいろいろなジャンルの音楽家も沢山起用して、大きな国際ビジネス展開したい、と言うのが私の野望です。 様々な専門的なご意見・ご提案を始め、色々な形でのご参加・ご支援を必要としています。…