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昨日、今学期最後の期末試験をインターネットで提出した。 期末試験を終えたそのままの姿勢で、今学期教えた聴音のクラスの10人の成績を提出し、 最後に今学期取ったクラスと教授の評価(これを提出しないと、成績がオンラインで見れない)も提出、 今学期が正式に終了! 脳みそがもういっぱいいっぱいで、一週間お休みしていて再開を楽しみにしていた練習もする気がしない。 20時間くらい眠らないと。 そして、一日ボーっとしないと。 お散歩して、ゆっくりご飯を食べて、ゆっくりゆっくり自分を取り戻していく。 今、夜の9時。 寝ちゃおう! 今学期は本当に良く頑張りました。
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今日は、アメリカとイギリスでもう10年ほど活動を続けているNPO「Music for Autism(自閉症のための音楽)」主催による演奏会を、今日やって来ました。クラリネット奏者で、私と色々な活動を共にしてくれている麻衣子さんとの共演です。 「自由に、演奏の妨げにならない限り、したいことは何でもさせてあげて」と前もって説明を受けていましたし、過去の演奏会でのエピソード(舞台によじ登って演奏者の周りを演奏会中休み無くぐるぐる20分ほど走り回った後、そっと演奏者一人一人の背中にキスをして女の子の話、とか)を沢山聞いて臨んだ演奏会だったので、ビックリすることなく、彼らの視線から音楽を一緒に楽しめる、とても新鮮な体験となりました。 例えば、ピアノの下にもぐりこんでしまった男の子がいました。多分、5歳くらい。そして私の演奏中に時々下から手を伸ばして、そっと高音の鍵盤を静かに鳴らすのです。お父さんが舞台から男の子をおろそうとしましたが、その子は本当にそっと弾いているし、時々だけだし、「大丈夫ですよ」と言いました。 それから楽器紹介などのトークの時に、大事な言葉を大きな声で繰り返す男の子がいました。(9歳くらいかな?)「ピアノ!ピアノ!」「クラリネット!クラリネット!」「ドビュッシー!ドビュッシー!」など、など。その子が演奏会の後に私と麻衣子さんに握手をしてきてくれました。そしてそれぞれに「ピアノを弾いてくれて、ありがとう」「クラリネットを弾いてくれて、ありがとう」と静粛に言うのです。なんだか、この演奏会のお礼ではなく、まるで「ピアノに捧げる人生を送る事を決めてくれてありがとう」と言われた様な気持ちがして、背筋が伸びてしまいました。 サン・サーンスの「動物の謝肉祭」から抜粋でいくつか弾いたのですが、「亀」を麻衣子さんがバス・クラリネットで、私がピアノで演奏していた時は、子供たち(自閉症の子も、普通の子も)が自主的に急に亀になって床を這い始めました!子供はいいなあ!! 私たちも楽しくなってしまいました。 自閉症の人と言うのは、興奮すると声を出してしまったり、大きな動作を繰り返し長時間行ったり、と言う特徴があるため、演奏会などには『他の聴衆の邪魔になる』などの理由で行きにくくなります。そうすると、自閉症の本人だけでなく、家族も結局演奏会に行きづらくなってしまいます。けれども、音楽による自閉症の子供への精神・知覚向上効果と言うのは、一般の人以上、と理解されており、さらに自閉症の人の中には音楽(でも、他の分野でも)のずば抜けた才能を持った人がたまにいます。そういう人たちのため、またその家族のために、生演奏を供給しよう、と言うのがこのNPOの趣旨です。資金は個人や企業の寄付からまかなわれており、家族の経済状態に関係なく参加できるよう、入場料はただです。そして演奏家にはきちんと報酬が払われます。 自閉症だけでなく、盲目でもある男の子がいました。(多分15歳くらい)。そして演奏海中はずっと静かに座って聞き入っていたのですが、演奏が終わった後、ピアノのところに来て、ドビュッシーの「月の光」の触りの部分を鍵盤で探し始めたのです。次の音が分からなくなったところで私が助け舟を出すと、どの鍵盤を弾いたか見えないはずなのに、「パッ」とその音を拾って続け始めます。お母さんによると、その曲は初めて聞くそうです。 人間と言うのは、素晴らしいなあ。そして、音楽と言うのは凄いなあ、と、改めて思いました。
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木・金・土・日と感謝祭の4連休だった。 私は、13歳でアメリカに移り住んでから初めて、感謝祭をご馳走で祝う事をせずに 木・金・土と家に引きこもってリサーチ・ペーパーを書いた。 題目は、「メシアンの『天の都市の色彩』に置けるグレゴリアン聖歌の使用と、 クリスチャンでは無い演奏家、そして聴衆の一員としてのアプローチの仕方」。 20世紀の代表的な作曲家、オリヴィエ・メシアンは熱狂的なカトリック信者で、 自分の作曲をキリスト教の真実を表現するための手段、としていた。 彼は、特に二つのことにおいて有名。 ①バルトークが世界の僻地を旅して、民族音楽の収集を始めたのと同じ感覚で、彼は世界中の自然の中に入っていき、世界中の色々な鳥の鳴き声を楽譜におこして、自分の作曲に取り入れた。 ②第二次世界大戦中、捕虜に取られた彼は食糧不足で厳寒の劣悪な環境の中、ドイツ軍の捕虜収容所にたまたまあったアップライト・ピアノ、弦の一本切れたチェロ、ヴァイオリンとそしてクラリネットのための「世の終わりのための四重奏曲」を作曲、収容所の中で何千人と言う捕虜のために初演を行う。その逸話と、「世の終わり」と言う聖書に基づいた題材、そしてインド音楽のリズムや、鳥の鳴き声などを取り入れた斬新な作法により、この曲は彼を代表する20世紀の名作となる。 彼に関する文献はとても多いし、また彼自身が自分の作法について書いた楽理の本や、インタビューなども山の様にある。そして読めば読むほど、彼の信仰は私の想像を絶するレヴェルなのだ。例えば、私にもマリアの処女懐妊は、象徴的な逸話としてならば受け入れる事が出来る。しかし、彼(や彼のようなカトリック信者)にとってはこれは歴史的事実なのである。その彼が書いた、「天の都市の色彩」はキリスト教新約聖書にある「最期の審判」、世界の終焉のあとに訪れる、信者のための天国を描いた作品だ。私はこの曲(ピアノ・コンチェルトと言っても良い、独奏ピアノと室内楽オケのための曲なのです)を4月20日に学校のオケと演奏することになっている。ほとんど布教活動的、と言っても良いようなこの曲を、信者でない私がどうやって解釈し、どう表現するのだろう?私は無神論者と言い切ることはしない。しかし、組織的宗教は歴史上色々な悪行を行って来たと思っているし、ある視点を排他的に「絶対的真実」として提示し、不特定多数の人間に理論を越えて信頼する事を要する組織は、宗教であれ、軍隊であれ、危険で、好ましくない、と思っている。 クラスの課題をこなすだけでは無い、自分の精神的スタンスを問われるようなリサーチのプロセス、そして三日間だった。とても貴重な時間だった。私はもうすでに無くなったメシアンをかなり親しく知る事が出来たと思う。メシアンは、とても楽天的な、とても幸せな、無垢な人だったのだと思う。非常に頭が良い人だったと思うけれど、彼がその楽天性や、無垢な状態を保つためには、カトリック教徒であることが必要だったのかも知れない。そして私は文化、信仰、時間、そして言葉の違いを超越したところで、彼の音楽を通じて、彼の精神性と繋がれると信じるし、彼も同じことを言っただろう、と確信する。 音楽って素晴らしい。私は、今自分の人生がとても好き。4月20日の演奏が楽しみ。
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金曜日は、ヒューストンの日本人会の方が中心となって 私の5枚目のCD,「ゴールドベルグ変奏曲」完成記念の会を開いて下さいました。 (このCDに関する情報はこちらから=http://www.cdbaby.com/cd/makikohiratapianist) 土曜日の演奏会のための学校のオーケストラのリハーサルが5時に終わってから ヒューストン・ダウンタウンにある会場にドレスを持って直行! そのまま音出しをして、会場の音響を確かめます。 私と会の趣旨のの紹介、ちょっとゴールドベルグの触りの演奏の後、 皆さんとのお食事(ステーキやえびやチーズケーキの出るコースで、美味しかった!) そして私のデモンストレーションを交えたゴールドベルグに関するトーク。 皆さんにこやかに身を乗り出して聞いてくださり、活発な質問が沢山出る、 とても素晴らしい会となりました。 ヒューストンで、このように日本語で私の熱意を分かち合って下さる同郷人と一緒に 熱く語り合う時間を持てて、本当に凄く嬉しかった! 持って言ったCDが、完売してしまいました!! オーマイゴット! これから「ヒューストンの若手演奏家を支援する会」で定期的に演奏会をしよう!と 積極的におっしゃって下さる日本人会のVIPの方々と夜中の2時まで語り合いました。 そして昨日の夜は学校のオーケストラの演奏会。 私は、ライス大学、シェパード音楽学校のオーケストラは正直、 多くのプロのオケ(例えばヒューストン交響楽団)より上手いと思っています。 大きな理由を二つ挙げると、指揮のラリーラックレフが素晴らしいのと、 一つのプログラムを入念に3週間リハーサルする、と言う事があると思います。 私がこの学校に来た理由には、このオケの評判とラリーラックレフの物凄さがあります。 そんなわけで、私はオケの鍵盤パートを誇りを持って担当しているのですが、 昨日はピアノ・パートがかなり重要なレスピーギの「ローマの松」、そしてバルトークの「舞踏組曲」が ドヴォルザークの交響曲8番に続くプログラムで、私はちょっと緊張して望みました。 シェパード音楽学校の大ホールは2千人ほど入る、本格的なものです。 音響も素晴らしいのですが、照明も素晴らしい。 毎回、ステージに上がって、調弦が終わり、指揮者がステージに登場する前の瞬間に 客席の照明が落とされ、ステージがほわ~っとまぶしくなると 戦意が高まる、と言うか思わず高揚感を感じます。 昨日の演奏は素晴らしかった。 本当に「ノル」と言う感覚でした。 もう次のパッセージとかのことを考えていない。 音楽の事だけを考えていて、自分のパートは思わず弾いてしまう。 考えていなくても弾かずには居られないという感じ。 オケと本当に一体となっている感覚。 私は結構、素晴らしい人生を送っているではないか、と思います。 とは言え、やはり寝不足の本番は禁物です。 昨日は午後のゲネプロの後、前後不覚に1時間半熟睡してしまいました。 起きたら、一瞬今朝なのか、午後なのか、何曜日なのか思い出せなかった。 20秒後くらいに(ああ、今日は土曜日でオケの本番の日)と思い出し、 あわてて時間を確認して、まだチャンとシャワーを浴びる時間があることを確認してホッとしました。 そして本番の後はかなりぐったり。 涙が出るかと思うくらい疲れていました。 そのまま帰宅して眠る事実に10時間。 しかし、今日は冬時間の始まり。 日照時間がずれるのにあわせて、真夜中に一時間時計を戻すのです! と、言うわけでたっぷり寝たのにその割には早起き、と言う超お得な日! グッド・タイミング、冬時間、ありがとう! 今日はショスタコーヴィッチの交響曲1番のピアノパートを担当します。 これも重要なピアノ・パートで有名な曲です。
