• 今日は10時から1時まで、アリアドネのオケ・パートのリハーサルです。 ハーモニアムはオケの調律に合わず、ソロの時はハーモニアム、オケと一緒の時はシンセサイザーと言う新しい試みの導入で、私は楽器の間を行ったり来たりしています。午後はリハーサルと歌のレッスンの伴奏。 何だか疲れて、夕飯をかき込んだ後、皆と映画を見に行きました。「インセプション」と言うサスペンス。とても面白かった。2時間、タングルウッドを離れて、全く別世界に行く事が出来ました。 今日は早寝をして、明日からまた頑張ります。!

  • クリストフ・フォン・ドホナーニ – Christoph von Dohnanyiの指揮のもと、「ナクソス島のアリアドネ」のオペラのオケのリハーサルが始まりました。私はハーモニアムと呼ばれる、ペダル・オルガンのパートを受け持ちます。このオペラはオケの編成が小さく、その代わり一人一人のパートが独立していて、責任重大です。私のハーモニアムのパートもかなり重要で、ソロも沢山あり、気が抜けません。 ハーモニアムと言う楽器は余りなじみが在りませんが、ウィーン楽派(ショーンベルグ、ベルグ、ウェーベルンが主に立ちあげた音楽学派で、12音階を起用)がマーラーの交響曲や歌曲、ヨハン・ストラウスのワルツなどを戦時中音楽家不足への対応として室内楽団用に編成しなおしたものに、良く出てきます。特典は、小さな割には(ウィーン楽派が使っていたものはドサ周りがしやすいように折りたためるものだったと思われます)、パイプ・オルガンに似た大きな音が足踏みペダルで空気を送っている間中ずっと絶え間なく延ばせる事、それによって木管や弦楽器をまねることが出来る、と言う事です。反対に汚点は、楽器のメーカー、年代によって品質も、物そのものも本当にバラエティーに富んでいて、そのたびに弾き方を一々習得しなければいけない事。おまけに使われる曲の少ない楽器なのできちんと管理されていない事が多く、それから空気の送り具合によっては音程が微妙に狂ってしまったりします。 私は実はニューヨークの室内楽コンサート・シリーズに出演した際、このウィーン楽派の編曲のハーモニアム・パートを受け持った事が在り、それからサン・サーンスの「動物の謝肉祭」にもハーモニアムのパートが在るのですが、それも弾いた事が在ります。と、言う訳で普通のピアニストよりはかなりハーモニアムの経験は多いようです。 ドホナーニーは、知る人ぞ知るハンガリア人のエルノ・ドホナーニーと言う作曲家(バルトークの作曲の先生)の孫で、今はクリーブランド・オーケストラの常任指揮者です。オペラも沢山手掛けている様で、今回ジェームス・レヴァインがキャンセルになり、ドホナーニーが来る事が決まってから沢山ドホナーニ指揮の色々な違った歌劇団の「ナクソス島のアリアドネ」が研修生の間で交換され、皆で彼の到着を待っている間、研究されました。 今はまだオケと歌手は別々にリハーサルしていますが、ドホナーニーは旧体制のヨーロッパ人らしい、微細にまでこだわりにこだわったリハーサルをします。今日は合計6時間のリハーサルが在りました。私はオペラの製作の段階に関わるのは全く初めてで、全てが新鮮で、なかなか面白いですが、さすがに疲れました。明日も朝10時から3時間のリハーサルが在ります。 今日は6時間のリハーサルを終えて、その足でピアノ・プログラム主任のアラン・スミスのお家で、ピアノの研修生と、教授群が招かれたパーティーが在りました。凄いご馳走がテーブルを埋め尽くし、皆で多いに飲み食いして、とても楽しい款談の一時を過ごしました。外に出て涼んでいたら、半月が雲を照らして、夜空が奇麗でした。ほたるが飛んでいました。

  • 今日はタングルウッド研修生のオーケストラとMichael Tilson Thomasの指揮でマーラーの交響曲3番の演奏会が在りました。物凄かった。研修生のオケが余りに上手いのでびっくりしました。隣に座っていたとても友好的なドイツ人の夫婦が涙を流していました。私も泣きましたし、帰りのバスではみんなどの個所で泣いたか、と言う話題で盛り上がりました。マイケル・ティルソン・トーマスは演奏会の後、舞台裏で挨拶に来た観客に囲まれている中、気を失って倒れてしまったそうです。一瞬の事で、すぐに立ちあがったそうですが、昨日もストラヴィンスキーのSymphony of Psalms とモーツァルトのレクイエム、今日はマーラーの最終リハの後に2時間近い交響曲をぶっ続けで振って、それは疲れたと思います。 ボストン交響楽団の常任指揮者、ジェームス・レヴァインは背中の手術の為、今年タングルウッドでの演奏会を全てキャンセルしてしまいました。小澤征爾さんも来る予定でしたが、癌の治療の為にキャンセル。その為にピンチヒッターの、それでも世界的な指揮者が色々と無理をしてくれています。マイケル・ティルソン・トーマスは先週末マーラーの交響曲2番を振り、タングルウッドを正式に開幕して以来、ぶっ続けで色々なコンサートを振っています。ニューヨーク・タイムズの批評には「マイケル・ティルソン・トーマスもジェームス・レヴァインも似た様な年齢なのに、方や精力的に当初の予定を遥かに上回る数の演奏をこなし、レヴァインはキャンセルばかり。ボストン交響楽団はいつまでジェームス・レヴァインに付き合うつもりか」と書かれてしまいました。それを意識してか、マイケル・ティルソン・トーマスは色々なスピーチの場で、ジェームス・レヴァインを立てるような発言を積極的に行い、「ジェームスが心置き無くゆっくりと静養出来るように少しでも力になれれば幸いだ」と言います。偉い!凄い! もう一つ凄いな~と感動するのは、こう言う演奏会、ボストン交響楽団や、研修生のオケのコンサートに、毎晩の様にヨーヨー・マ、エマニュエル・アックス、そしてボストン交響楽団やタングルウッド・ミュージック・センターの重要人が聴衆として出席してくれる事です。興奮して握手を求めに来るミーハーな人たちにも一つも嫌な顔をせずに応対して(まあ、そう言う人は少ないですけど)、コンサートを心から楽しんでいる様子です。 凄いな~、何だか愛だなあ、と思います。 今、マーラーの演奏会の後の打ち上げで飲んできた後で書いているので、あしからず。

  • 一つ目。 タングルウッドに研修生として来ている日本人で、すでにとても素晴らしく、かつ幅広く活躍している指揮者の原田慶太楼君に、私の指揮のヴィデオを見てもらってコメントをしてもらった事。メールで画像を送ってから返事が来るまで気が気で無かったのですが、忙しいスケジュールの中、昨日の夜遅く、びっしりとコメントを書き出して送って来てくれました。一般的な「上手」「下手」では無く、「ここはこうした方が良い」「ここはこうしたら演奏者に伝わりにくい」「ここはこうだから間違っている」と言った本当に親身なコメントで、私は多いに励まされ、また(もっと勉強したい、もっとうまくなりたい)と言う勇気をもらいました。 二つ目。 今度弾く"Traces"と言う曲の作曲家Augusta Read-Thomasから、昨日のセッションの御礼のメールが来ていた事。「これからOUR(私たち)のTracesを創り上げるのを楽しみにしています。」と書いてあって本当に嬉しかった。作曲家がまだ生きて居る現代曲でも、作曲家は「楽譜にもう全て託したので、書いてある事を忠実に再現して下さい」と放任主義(その代わり楽譜そのものはコンピューターに音楽そのものをインプットしようとしているかのように細かい。一音、一音に強弱記号や、スタッカート、テヌートなど、色々な指示が付いていたりする)の作曲家もいる中で、彼女は私の為にわざわざ出向いて、私の細かい指摘や疑問に誠実な興味を持って一緒に曲に取り組んでくれます。私の意見を聞き入れて、時には楽譜を書き換えたりしてくれて、私にとっては本当に新鮮な喜びです。昨日のセッションの後考えていたのですが、曲と言うのは、作曲家にとっては子供の様なものと思うけれど、演奏家にとっては愛人の様なもので、両方とも曲そのものをとても影響するし、曲からも影響されるのだけれど、それは全く別の立場からで、でもその曲との関係においてで。。。兎に角、OUR Tracesと言ってもらえて本当に嬉しかった。 三つ目。 今日はボストン交響楽団の演奏会を聞きに行きました。ストラヴィンスキ―の”Symphony of Psalms"と言う、昔指揮の勉強の為にやった事が在る曲と、私の大好きなモーツァルトのレクイエム!それだけでも嬉しかったのですが、演奏会の休憩時に見覚えの無い電話番号から電話がかかって来て、それが何と三年くらい連絡が取れなかった友達だったのです!私がコルバーンに行ったばかりの頃ヴァイオリン専攻だった女の子で、とてもユニークな子で、ある日突然コルバーンを辞めて「作曲家になる」と宣言し、それまでの友達とほとんど完全に連絡を経ってしまったのです。しかし、タングルウッドに演奏会を聞きに来ていて、これからの演奏会案内に私の名前を見つけ、電話をかけてくれたのです。物凄く嬉しかった。同じコルバーン出身のライアンと一緒に抱き合って再会を喜びました。作曲家として精力的に活動しているようで、それも嬉しいです。その子は休憩の後またす~っと居なくなってしまいました。とても変わった子で、凄く面白くて私は大好きです。

  • 毎日、ぎっしり充実しています。 やる事が沢山在りすぎて、ちょっと寝不足なので、今日は手短に、でもここ数日(どうしても書き留めとかなくちゃ)と思った事を書きます。それは、Phyllis Curtainと言う今年92歳のアメリカの伝説的ソプラノで、タングルウッドで教えている人が言った事です。"You don’t have to build a house everyday (毎日自分の住処を新しく作る必要は無い)”。どう言う意味かと言うと、演奏している時、練習している時、どうしても基本的な事から不安になりがちですが、ここまで来た道のり、積み重ねてきた訓練、そして自分の勘(才能)を信じて、気を楽にし、その自信の上に演奏を載せなさい、と言う意味です。 明日もぎっしり充実!