博士論文

歴史のあやふやさーやっぱり私は演奏家!

「The History is written by the winners(歴史は勝者によって書かれる)」 私がアメリカに来て一年目、 まだ自信を持って喋れる英語が「Where is the bathroom?」と「I’m hungry」だけだった あの中で始まった世界史の授業の最初のクラスは、この諺で始まった。 びっくりした記憶があるのは、この諺を理解した、と言うことだろうか? 難しい英語ではないし、 6月に渡米してサマースクールで英語で授業を受けることに慣れさせてくれた両親の采配のお陰で もしかしたら理解したのかも知れない。 この諺の意味をクラスの時間の大部分を使って生徒間で討議をさせてくれた。 その事にも、世界史の教科書が百科事典のように大きく、厚く、 日本の教科書の10倍ほど在ったことにも、 ただ、ただ、びっくりした。 真珠湾攻撃が原子爆弾投下よりも事細かに教えられるのに妙に納得したのも、 この最初の授業があったからかもしれない。 名前は忘れてしまったが、肉屋のおじさんの様な赤ら顔をした人の好い先生だった。 なぜ、こんな事を書いているか。 音楽史の文献を読みまくっているからである。 そしてびっくり。 音楽史の一般常識にはかなり事実無根の物が多い。 例えばベートーヴェン。 彼は晩年、耳が完全に聞こえなかった。 「会話帳」なるものを使って意思疎通を図っていた。 ベートーヴェンは言いた事は自分で言えるのだが、 ベートーヴェンに何か言いたい人はこの「会話帳」に書き込む。 だから、ベートーヴェンの会話の片方は全て記録されているのだ。 やった~、と思うでしょう? 違ったのである。 ベートーヴェンの秘書を務めたシンドラーと言う人、 後にベートーヴェンの伝記も書くのだが、 この人ベートーヴェンの死後、 自分の名誉のために自分の部分の会話にかなり手を加えたらしいのである。 ダメじゃん! この場合「歴史は生存者によって書かれる」ですね。 さらにリスト。 リストはどこに行ってもスーパースターで演奏会では女の人たちが感激して卒倒しまくり、 …と、言うのが一般常識。 まあ、そう言う時も在ったりしたのだが、でもそれだけでは無い。 リストは、自分をスーパースターと見せるための演出にかなり苦労している。 友達に大絶賛の批評を書かせたり、桜を使ったり、ライヴァルを蹴落とす努力をしたり… 「あまりの美貌と才能にわれ関せずでスーパースターになってしまった」のではない! もう一人のスーパースター、パガニーニは笑える。 この人は「金儲けのために興業する!」と頑張った人である。 ギャンブル癖があったせいかも知れない。 パガニーニはなんと、変装して自分の演奏会のビラ配りとかもし、 さらに演奏会の休憩時間に走ってチケット売り場に行って […]

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またもや論文、大笑い!

論文、頑張ってます。 今は、クララ・シューマンの事を書くためもあって、 音楽史解釈に於けるフェミニズムに関する本を読んでいます。 例えば、フロイドなどの心理学、特に児童心理学は 男児を対象に研究したものが多く、 男の子とお父さんの関係を研究して、 それを女の子とお母さんの関係にそのまま応用している、とか。 現代ではそんな事は無いと思いますが、それでも確かに男性中心の視点で 歴史は回ってきているのだな~と言うことを色々考えてさせてくれる本、 Gender and the Musical Canon by Marcia Citron (1993)です。 その中で今日の大笑い。 歴史的に影響力を持った人の幼児期や教育背景を考察する時、 父親の影響が主に語られ、母親について語られることが少ない。 しかし、特に女性について考えるとき、母親の影響と言うのはずっと大きいのでは? 母親の事をもっと調べよう!と提唱する下りで 「HISTORYだけでは無くHER-STORYを!」 と言う所で回りがびっくりするほど吹き出してしまいました。 ダジャレと言うのは日本語特有のユーモアだと思っていました。 英語のダジャレは初めて! しかも学術書で! いや~、論文、楽しい!

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缶詰で論文書いてました。

メシアンの「時の終わりのための四重奏」の演奏も無事終わり、 その後はずっと缶詰で論文を書いていました。 いろんな文献を読み、読むたびに開眼で、しかし読んで私の論文に関係あるのはごく一部。 暗譜の記述がある文献は本当に少ない。 まあ、当たり前かもしれない。 暗譜が始まったころはまだ即興演奏もとても多かった。 聴いている方には即興演奏か、暗譜演奏か区別がつかなかったらしい。 それに当時は曲も構造的にも和声的にも単純なものが多かったし、 一つの演奏会でソリストが担当する曲数も少なかった。 そして演奏会も聴衆がお互い会話をしたり、奏者もろくにリハーサルもしなかったり、 かなりカジュアルな、プレッシャーの少ない物だったらしい。 例えばパガニーニは当時非常な数の演奏をこなしていたが、 自分の作曲した20曲以外はほとんど演奏会では弾かず、 さらに一度の演奏会で演奏する曲は3曲ほどだったらしい。 (他にはオケの曲があったり、歌手が歌ったりしていた)。 同じ20曲を何十回もの演奏会でとっかえひっかえしていたら しようと思わなくても暗譜してしまう。 それにパガニーニの曲は技巧的には難しいかもしれないが、 曲の作りは単純だ。 私が言いたいのは、暗譜の演奏がそんなにびっくりするような偉業では無かったし、 偉業と捉えられない行為をわざわざ文献に発表する批評家もいない。 と言うことで、記録が無い、のである。 業を煮やした私は作戦を変えてみた。 19世記の盲目のピアニストについて調べてみたのである。 そしたら居た!結構居たのである! 点字を発明したのは、自身も盲目のLouis Brail(1809-1852)と言うフランス人だが、 彼はオルガン奏者、そしてチェリストでもあり、 楽譜を点字にすることもしていたのである。 そのせいか、19世紀の後半から盲目の奏者が急増している。 そしてなんとイギリスでは盲目者のための音楽学校までできているのである! Hans von Bulowと言う有名な指揮者がこの学校を訪ねている記述がある。 自分で学校の印象とか聴いた生徒の演奏の感想とかいろいろ書いているのだが、 その中で私は80人の盲目の奏者から成るオーケストラをBulowが指揮する記述を読んで 大笑いしてしまった。 自分だけでは足りず、友達にも話してまたお腹を抱えて笑った。 大指揮者だったBulowだが、 いつもの通り指揮棒を上げて演奏を始めるよう指示したら、誰も音を出さなかった。 (おお)と気が付いて、小声で「始めてください」と言った。 おかしい! またブログを書きながら笑っている。 論文を書くのも中々楽しい。

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論分のまとめ。「2章目:簡単だから暗譜する セクション1.社会背景 2.演奏会様式と演目」

ヒューストンは洪水警報である。 今日はハロウィーンなのに… 仮装を用意して楽しみに待っていた子供たちが可哀想である。 でも私は雨の音が嬉しい。 例のごとく雨の音が聞こえてくると論文が捗る。 昨日は図書館の論文指導担当の先生とのミーティングがあった。 夏休み明け初めてのミーティングだったこともあり、何とお昼までごちそうになってしまった。 私はこの論文指導の先生が大好きである。 目がとっても大きくてなんだかおしゃれなのだがそんな事われ関せずと言う風に 非常に「できる女」だけど「能ある鷹は…」という感じで、かっこよいのである。 それに私はなぜか特に目をかけてもらっている。 元婚約者との修羅場中コンピューターがいつの間にか破壊されていて しかもクラウドやエクスターナル・ハードドライヴにバックアップしてあったデータも 全て消されていたことが判明した時、私はこの人の前で泣いたのだった。 (私は今回の事ではセラピストとこの人の前以外では泣いていない。) まあ、ライス大学のITデパートメントがすごく頑張ってくれて エクスターナル・ハードドライブのデータがほぼすべて戻ってきたので 今となっては笑い話ですが。 それに私は自分でもタフだなと思うけれど 今まで書いた博士論文が全て消えたかもと思った瞬間に (やった~!新しいトピックでまた最初からリサーチやり直せる)と ちょっとだけ嬉しかったのだけれども。 こういう事態になると、自分の優先順位が明確になってくる。 私の場合、お金のロスや身の安全性よりも、 自分の信念、友達、そして音楽に関する仕事の方がずっと、ずっと大事。 自分の車が破損されている防犯カメラのヴィデオを見ても 「証拠残してくれてありがとう!ばかだね~!」としか思わなかったが その車の修理中私をドライブしてくれた私の心の友の車が破損されたヴィデオを見たときは 本当に気分が悪くなって2時間くらい放心状態だった。 だって私がこんな風にいつまでも強がっていられるのは 私の友達が本当に、本当に素晴らしい人たちで、私を一生懸命サポートしてくれるからなのだ。 ま、前置きが長くなったが、昨日その論文指導の先生に2章目を見ていただいたのである。 2章目と言っても、2章目の5つあるセクションの最初の二つ、 16ページ分だけしか間にあわなかったけれど。 その時に注意されたこと。 「色々情報が詰めてあるけれど、一つの段落と次の段落へのつなぎが弱い。 メロディーが続いていない感じがする。 それぞれの段落を短く一文で説明したものを作り、 それで段落の順序と整理をせよ」 それで昨日の夜、教えの仕事を終えてから朝の2時まで そして7時半に目を覚ましてからこっち3時間半、それにかかり切った訳である。 その段落を一文にまとめたものを下に書き出してみました。 自分の復習のために元の英文を日本語に訳して、皆さんに公開します。 INTRO (提示) At lease in some ways memorizing makes piano playing easier than

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マキコがウロウロしている訳

農業革命の結果、食品生産の急増に伴い、人口の倍増が起こった。 (ヨーロッパ人口:1700年=一億五百万、1800年=一億八千万、1850年=二憶六千五百万) さらに、少ない労働で効率よくより多くの農作物の生産が可能になり、 工業革命の影響もあって都市への人口集中が始まった。 (パリ人口:1800年=50万人、1851年=130万人) 都市への人口集中により、マスコミの活発化が起きる。 さらにアメリカ独立戦争(1776-)とフランス革命(1789―)に始まる 貴族社会の崩壊と、中産・ブルジョア階級の成立。 社会階級が生まれつくものでは無く、資産や能力や努力で変われるもの、となる。 政府が君主政治から、共和・民主制に代わり、 政治が一般市民を対象とした、一種のショーにならざるを得なくなり、 それに伴い、それまでプライヴェートでやるべきとされていたことの多く(音楽を含む)が 公共で、しかも多くの視聴者を対象としてやるもの、と変わる。 その上、個人の思想を重要視する啓蒙主義の浸透。 ナポレオンのテクノクラシー(技術家に一国の産業的資源の支配と統制を委ねるとする政治) そしてそれを促した工業革命の結果、 個人が習得する実際的な知識や技術の価値が大きく上がる。 この全てが個人・個性の賛歌につながり、 その結果、ヴィルチュオーゾが英雄として奉られる社会になる。 Paul Metzner著、Crescnedo of the Virtuoso: spectacle, skill and self-promotion in Paris during the Age of Revolution, 1998 ぜ~、ぜ~、ぜ~、ぜ~… 弱音を吐かせてください。 私は言葉をしゃべり始めたときは香港で、 広東語と英語と日本語のちゃんぽんでしかしゃべれない子だった。 6歳半で日本に戻って、日本語は不自由なくなったけれど、 13歳で英語をほとんど解せず渡米して 高校はほとんど解せず卒業して、 そのまま音楽学校で一般科目を勉強せずにここまで来た。 その私が工業革命、農業革命、啓蒙主義、共和制と言われたって、 一々調べなきゃ、分からないんです…! あああ、もう!!! この全てを暗譜と言う演奏様式が社会現象を反映して出てきたものだと言うことを 何とかしてまとめなければいけないんですけれど、もう!!! 頭をかきむしり、洗濯物をまとめながら突然 (よし!人口増加についてはこう言う風に書こう!) と、思いついた文章を忘れないうちに!とすっ飛んでコンピューターに行き、 一文書いて、また行き詰まり、 また洗濯物をまとめ始めて(!)となり、コンピューターにすっ飛んで… と、洗濯物を手に朝からぶつぶつ独り言を言いながらウロウロしています。 それが私の『論文執筆』です。

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