音楽人生

美笑日記9.30:時の花

南カリフォルニアならではの楽しみは色々ありますが、公園や庭に鈴なりになる果実の種類の多さもその一つではないでしょうか。レモンや金柑などの柑橘類は勿論、日本では聞いた事すら無かったサボテンの実の数々や、イチジクやザクロ…鑑賞するだけでも楽しいです。 今朝庭仕事をしていたら、お隣から枝を伸ばすグアバの小さな実がいくつか転がっているのを発見。(もう今年もそんな時期か…)残暑の中の思いがけない秋の予告です。見上げると、緑色のまだ固い果実が一つ、また一つと段々見え始め、気が付くと星の数ほどもあるんです。その中で控えめな黄色に染まった数個に手を伸ばすと、引っ張ってもまだ枝にしがみつく実と、触っただけで手の中に落ちてくる実があります。 「時」という語を含むことわざは多い中、熟れた実がホロリと落ちる感触で「時の花」という言葉を思い出したのには訳があります。ミヒャエル・エンデ作「モモ」は「時間とは何か」というテーマと向き合う、スマホとAIに侵された現代人に読んでほしい作品です。そのクライマックスで時間の司祭「マイスターホラ」がモモに見せる時間とは、大きな振り子の揺れに合わせて咲いては消える壮大な花です。 「時間の芸術」と言われる音楽の道を歩む私は、よく「モモ」のこのシーンを思い出します。それぞれの音が「咲く」か否かはタイミングの問題で、それを極めるのが音楽性だと思うのです。メトロノームに合わせて弾くのはまだ枝にしがみつく実をもぎ取るのと同じです。時計やカレンダーに縛られて生きるのも同じく。 コロナまでは次の演奏会や演奏旅行までが私の時間の単位でした。でも「ステイホーム対策」で季節の移り変わりを初めて一か所で体験し、私の時間の感覚や音楽観が一皮剥けた気がします。「速く・正確に」を目指して練習を重ねたピアニストが、余韻に耳を澄ますようになりました。 この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。https://musicalmakiko.com/en/healing-power-of-music/3324  今日のブログは日刊サンに隔週で掲載中のコラム「ピアノの道」エントリー138(10月6日出版)を基にしています。

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美笑日記9.17:「AIとアーツ」シンポジウム

「A Symposium on AI and the Arts (AIとアーツについての協議会) BEYOND HUMAN?(人間超越?): From the Metaphysical to the Physical(概念論から物理まで)」という9時から16時までの一日イベントに参加しました。良い刺激を受け、学びとこれからの考察課題を沢山もらいました。 主催は南カリフォルニア大学(University of Southern California, 以下USC)。会場はUSCキャンパスにあるBovard Auditorium:1,235席あります。8時半の開場時にはすでに長蛇の列。学生さんらしき若い世代は半分くらいで、新卒20代から働き盛り世代、そしてかなりのご高齢者まで、年齢・人種にも多様性があります。参加費が無料だった上に登録者にはAIロボットが作るお昼がふるまわれるとの前宣伝も人気に繋がったとは思いますが、しかし月曜日の日中イベントにここまで人が集まるのはやはりこのトピックへの一般関心の高さを感じました。 「AIは分かるけれど、なぜ今アーツ?」 この題目を見てそう感じられる方もいらっしゃるかもしれません。AIとアーツが並べば、生成AIなどによって芸術関連の職業やアートの存在意義が脅かされるという内容しか想像できない方は世の中に多くいらっしゃるのでしょう。しかし一方、我々現代人は、歴史的前例がない、つまり今までの常識が通用しない未来に不安を感じています。人口増加・環境変動とそれに伴う自然災害の悪化と増加・エネルギー国際安全・世界各地での武装紛争と核兵器の脅威・人権問題・経済格差・サイバーセキュリティ―…私が昨日学んだ新しい言葉の一つが「Polycrisis(日本語では『ポリクライシス』または『複合危機』)」。世界経済フォーラム(WEF)が2023年1月の年次総会(ダボス会議)前に公表したグローバルリスク報告書で、この言葉がキーワードとして登場して以来、よく使われている言葉です。現在あるいは将来の複数のグローバルリスクが絡み合って複合的な影響や予測できない結果を生み出し、様々なリスクが連鎖して増幅することを意味します。更なる不安要素がいくつかあります。⓵個人の見識の狭さとバイアスの強さがSNSのアルゴリズムや誤報や偽情報などで助長されている。⓶言語や文化や宗教観や世界観の違いによるコミュニケーションギャップと社会的分断と対立。⓷実用性や社会への関連性が希薄になってしまった個々の専門業界や研究分野。そんな中、包括的・人間的なアプローチのできる芸術やAIの内蔵する可能性に希望を見出す動きが強くなってきているのです。 「なぜAIとアーツを並べるの?」「AIとアーツは別々に協議をするべき相反する・対立するものじゃ…?」 そうではないと明確化してくれたのが12人の講演者の一人、「地球上一番多くのロボットとダンスをした」ダンサー・振付家・ロボット研究家、スタンフォード大学のDr. Catie Cuanです。「これから我々の社会や日常生活は動く非生物、つまりロボットを多く迎え入れることになります。この時我々がこれ等ロボットに抱くのは警戒心か疎外感か、あるいは愛着や共感か。それによって未来の我々の幸福度や社会性が大きく影響されるのです。」こう言って講義を始めたDr. Cuanは社会的・日常的に受け入れられるロボットを作るための動作や仕草、つまり雰囲気や印象を形作る研究をしています。8時間ぶっ続けでロボットと踊り続け人間らしい動きを教え込んだり、ロボットのそれぞれの関節に違う楽器音のサンプルを埋め込み動きに合わせて好感度の高い和音を奏でさせたりと、彼女の研究は多様です。私が一番びっくりしたのは機械学習を使って「How to be lovable(どうすれば愛されるのか)」を探求するプロジェクトです。半数近い子供を含む毎日8000人以上の来館者がある未来博物館にロボットを置き、そのロボットの動作・仕草に対する反応や観覧者たち同士の会話のデータを集め、どうすれば好感度を高め、接触時間を長くできるかロボットに学習させるんです。 「AI≠Artificial Intelligence: AI=Aggregated Intelligence (AIは人工知能じゃない:AIは集大成知能だ!)」 こういったのはARやブロックチェインやNFTやImmersive Filmなどを使う芸術家、Nancy Cahillです。彼女によると、芸術家というのはすでにある素材の常識を超越した使い方を提示する。であるからして、AIを使った芸術はAIの可能性を高め・深め・広げる、ということです。 それに似たことを言ったのは、Harry Yeff(Reeps One)、物凄い声の魔術師です。ちょっと観て(聴いて)ください。 以下が上のHarry Yeff氏の主張の概要です。「人間は通常自分の持つ声の可能性の20%ほど使っていないとされています。自分は声域を広げて、声を媒体とするアーティストとして様々な活動してきました。AIを使えばよりその媒体の持つ可能性を大きく活用ができると気が付いたのは、チェス選手権の過去を持つからです。チェスの腕を上げる方法は色々あるのですが、自分は貧しい育ちなのでコンピューターを相手に練習をして強くなりました。AIを競争相手にしたんです。人間の弱さの一つに、一度成功をするとその成功した方法に囚われてしまうということがあります。が、AIにはその弱さがないーそしてAIを相手に練習すれば自分のその弱さから脱却できるんです。AIは我々の先生になりえるんです。その教訓を基に私は、AIに開拓した自分の声を全て教え込み、その上で更にAIに新しい可能性を開拓してもらってそのテクニックをAIから学びとる、という方法で更に自分の声の可能性を広げることができました。AIと協力することによって人間の常識や限界を超えることができるんです。」 AIと機械学習で人間の習性に沿ったデザイン→健康にも環境にもよい生活習慣(HBIという新分野) Human-Building Interaction (HBI)という新しい分野の開拓者、Dr. Burçin Becerik-Gerberの講演も開眼でした。土木工学・環境工学・デザインを勉強し、現在USCのCenter for Intelligent Environments(CENTIENTS)の総長を務める女性です。人間の生活習慣や状態のデータを集め、それを使ってどのように個人や集団の習性やニーズ、そして環境保護やサステイナビリティーに最適なデザインをできるのか、研究しています。最近ではAIを使って建築物や家具を擬人化し、スマホやノートパソコンなどを通じて「もっと姿勢を良くした方が集中できますよ」「あなたは涼しい方が集中できる体質なので、そういう人のために空調の気温設定を下げてある部屋番号xxxxに移動することをお勧めします」などの勧告などの試みもしているそうです。(この時女性が勧告する方が、男性が勧告するよりも7割ほど受け入れられやすいとのデータも出ているそうです。) 下にCENTIENTSのプロモーションヴィデオでより詳しい説明があります。(英語ですが。)

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美笑日記9.10:111度の演奏会

猛暑が続きました。LA界隈で一番暑くなるのはサンタモニカ山地で海風が遮られる「ヒートポケット」のウッドランドヒルズ。一か月おきに私の定期演奏を主催して下さるプラット図書館のある場所です。先週土曜日の演奏の日は最高気温が華氏111度(摂氏43度)!記録更新の暑さでした。 小さな会場ですが、立ち見が出るほど地域に根付いたシリーズ。(でもこの炎天下に何人ご来場下さるかな…)私の心配は無用でした。ウォームアップのために早めに会場入りする私よりも早く、数人が中央最前列にすでに陣取っていらっしゃいます。「昔は世界中を旅行したけれど腰を骨折して…今は演奏会が楽しみなの。あなたの演奏は中でも一番の楽しみよ!」きれいにお化粧をした顔なじみが歩行器に体を預けながら楽し気に話しかけてくださいます。いつもは子供連れの夫婦などもちらほらいらっしゃる会場が、この日は高齢者のみ。子供時代から冷房やITに慣れ親しんだ世代より、うちわとラジオで育った世代の方が意外とタフなのかもしれません。 (下の写真は、前回6月の写真です。今週末はとても黒い長袖・長ズボンは無理でした。) 黒人霊歌を主題にした変奏曲やロシア系ユダヤ人のガーシュウィンの前奏曲、そして独立革命をきっかけに祖国ポーランドを去ったショパンのバラードなど、話しを交えながら弾き進めます。質疑応答も活発。世界や人生に翻弄されながらも音楽を紡ぎ続ける人間の強さに対する感動と感謝で会場に一体感が生まれました。音楽というのは圧政された声に耳を傾けるきっかけをくれます。音楽家としての私の使命です。 先月末、アフガニスタンの暫定政権タリバンの法務省は、公の場で女性が声や顔を出すことを禁じる規則を含む新たなな法律を発表しました。女性の中学校以上の教育も許されていません。音楽の演奏も「若者を迷わせる」として2023年の夏、ギターやタブラやスピーカーなどが大量に燃やされています。表現の自由も教育も差別されないことも世界人権宣言に含まれる基本的人権です。世界市民、そして音楽家として私の断固反対をここに発表します。 この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。https://musicalmakiko.com/en/concerts/3308  このブログは日刊サンに隔週で連載中のコラム「ピアノの道」♯137(9月15日付)を基にしています。

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