音楽家は本当に演奏し、教えるだけが社会的役割なのか?私はそうではないと思っている。私は芸術家は芸を極める過程で培ってきた精神性で、社会に貢献をするべきだと思っている。でもそういう社会的システムがなく、一般的に芸術家にそういう期待が寄せられていない中で、具体的に何をどうしたらそのヴィジョンに沿った行動が取れるのか...?
私の思い描く理想郷では、芸術家は、宗教家や教育者や医者や料理人とセラピストやソーシャルワーカーと同じように、社会的に重要な役割を果たす人々として受容されています。そして、例えば相談事があったらセラピストやソーシャルワーカーや宗教家に教育家に行くように、音楽家やアーティストに相談してみよう、と思ってもらえるような、日常生活に組み込まれた尊敬される、でも身近な存在です。どうやって音楽を日常生活に活用すれば、より健康、より幸せ、より生活の質向上ができますよ、というような相談に乗るのです。
終戦後、体育館に集まってみんなでレコード鑑賞をしたという話しを思い出す。娯楽に飢えている時代、音楽を聴きたいという気持ちが、音質の悪さや会場の寒々しさを補った事だろう。戦時中のラジオの音楽も同じく。その思い出を嬉しそうにかたってくれたご婦人は多分、音質の良し悪しの問題は記憶から抹消されている。
脳神経科学を勉強して良かったことの一つに、自分の心身状態を客観的に判断し、どうやって対処して自分の成りたい自分に近づけるか計算できるようになることが在る。ルティーンは自分に(全て平常!)とメッセージを送るのに効果的。私は朝は大抵儀式的にルティーンに沿って行動している。